裁定取引 (アービトラージ)という言葉がある。商品等の価格差を利用して儲ける取引である。
例えば、ブックオフで100円の古本を買って、それをヤフーオークションで売ったとしよう。もしその本が非常に珍しい本で、仮に5000円で売れたとすると、4900円の儲けである。
これが裁定取引である。
この裁定取引のストラテジーが、最近、インターネットの情報爆発により変化してきている。
本を買いに行ったり、ヤフオクで出品するのは面倒である。しかし、株や先物などの証券はインターネット上でやりとりすることができ、ほとんど労力はいらない。だから、ウォール街の人たちはコンピュータを駆使して、必死に裁定取引の機会をうかがっている。
この裁定取引を行うためには、「適正な価格」というものを知っていなければならない。この価格をはじき出す手法として、ブラック・ショールズ方程式 がある。ウォール街における主流の方法である。しかし正しく適正価格を求めるためには、根本となる確率モデルが正しくなければならない。
LTCM という超大型ファンドが崩壊したのは、この確率モデルに「ロシアの金融危機」という事象が考慮されていなかったからだ。さらに、市場の流動性が無限にあるとした仮定も間違っていた。最近のサブプライムローン による金融危機も、信用をモデル化するための「格付け」の値が現実とはかけ離れていたのが原因である。
これら確率モデルによる市場のモデル化(これをブラック・ショールズモデルと呼ぼう)は、数学的にとてもエレガントであり、理論的にも面白い課題なので、数理ファイナンスの分野で主流の研究課題となっている。しかし、ブラック・ショールズモデルより強力な手法が最近、提案されている。
それは、データマイニングである。データマイニング とは、混沌とした大量のデータから、一定の法則性や知識を掘り起こす手法。これが、裁定取引の新しいツールとなりつつある。
「「金融工学」は何をしてきたのか」(今野浩著、日経プレミアシリーズ)では、「ロジットモデル推計」というテクニックを使って、大量のデータから法則性を見つけ出し、会社の破産確率を導き出す方法が紹介されている(第5章)。この手法は、データの多さと計算機のパワーに頼った「泥臭い」方法であるが、結果は良好だそうだ。
さらに驚くべきことが、「クリック!」(ビルダンサー著、イースト・プレス)に載っている。グーグルなどの検索ワードの膨大なデータを時々刻々追うことで、誰よりも早く経済指標を推定し、裁定取引を行って利益をあげているらしい(第5章)。まだ、データの解釈に問題があり、推定は百発百中ではないが、誰でも使っているブラック・ショールズモデルよりはうまくいきそうである。
この手法で裁定取引を行うためには、膨大なデータとそれを解析する超高速のコンピュータ、そして効率の良い推定アルゴリズムが必要である。無料のサービスと引き換えにグーグルが世界中からかき集めている膨大なデータの使い道は、実はこんなところにあるのかも知れない。
そして、次の金融危機は、もしかしたら、グーグルによって引き起こされる可能性がある。
「金融工学」は何をしてきたのか(日経プレミアシリーズ)
クリック!「指先」が引き寄せるメガ・チャンス
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