ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典14(10人目)

 

~アレクセイ・カラマーゾフ(3日目18時~)~

【アリョーシャ一覧】

 

~アレクセイ・カラマーゾフ(序)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(1日目11時半)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(1日目16時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(1日目19時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(1日目21時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目早朝~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目12時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目12時半)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目13時半~)

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目14時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(2日目20時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(3日目18時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(3日目21時~)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(公判前日1)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(公判前日2)~

~アレクセイ・カラマーゾフ(公判当日~)~

 3日目18時ごろ

 アリョーシャ:「ぼくがここで見つけたのは、誠実な姉さんだった」

 3日目18時ごろ:グルーシェニカの家に到着。アリョーシャは、グルーシェニカのカテリーナに対する狡猾なふるまいにショックを受けていたので、「どことなく恐ろしい女性」という観念ができあがっていた。しかし、彼女のふるまいは、一昨日とは見違えるようで、話し方からはあの甘ったるい感じは消えていた。そして、「なにもかも率直で素朴な感じがしたし、動作のひとつひとつがきびきびして、すっきりと、信頼感に満ちていた」。グルーシェニカが膝の上に乗って甘えてきたが、アリョーシャは「魂の大きな悲しみが、心のなかに芽生えかねないあらゆる感覚を呑み込んでいたので、今の彼はどんな誘惑や試練にも耐えうる、このうえなく堅い鎧を身につけていた」。

 ラキーチンがシャンパンをすすめるので、一口飲んで「いや、これ以上はやめときます!」と静かにほほえんだ。ラキーチンが、ゾシマ長老が亡くなったことを話すと、グルーシェニカは、「うそ、ゾシマ長老が亡くなったですって?」と声をあげ、「ああ、そんなこととは知らず!」とうやうやしく十字を切って、「ああ、わたしったら、もう、この人の膝に乗ったりして!」と、おびえきった表情で膝から飛び降り、ソファーに座り直した。その様子をみて、アリョーシャの顔に「みるみる光が差してきた」。そして、力強い声で、「ラキーチン、ぼくが神さまに逆らっただなんてからかわないでくれ。」と言って、自分がここに来たのは、人間の邪悪な心を見つけるためだったのだが、それは卑劣な人間だったからだ。「ぼくがここで見つけたのは、誠実な姉さんだった。大事な人だった……愛する心だった……」、グルーシェニカの優しさが、「ぼくのこころを甦らせてくれたんです」と声をつまらせながら話した。

 

 アリョーシャ:「ぼくはあなたに一本の葱をあげました」

 グルーシェニカは、あらいざらい胸の内を話した(五年前の恋人の話と、自分を捨てた昔の恋人が再び自分の結婚を申し込んで来ていること・僧服のままアリョーシャを連れて来ることができたら二十五ルーブル渡す約束をラキーチンとしたこと)。つづいて、アリョーシャも話し始める。「ぼくがここに来たのは自分がだめになって、それでも『いいんだ、いいんだ』っていうためだった」。しかし、この人は五年間の苦しみをなめながら、自分を苦しめた男を許し、喜びいさんで飛んでいこうとしている。グルーシェニカが、「わたし、あの人のこと、愛している? それとも愛してない? あなたに決めてほしいの」と言うと、アリョーシャは「だって、もうゆるしているでしょう」とほほえんだ。ラキーチンが、「いったい、やつが君に何をしたっていうんだい?」と苛立たしい口ぶりで言うと、「この人がわたしに何を言ってくれたかなんて、わたし、知らないわよ、知るもんですか、何も知らない。でも、心がそう感じているの。この人、わたしの心の表と裏とをひっくり返してしまったの……わたしを憐れんでくれたのは、この人だけなの、そういうことよ!」。アリョーシャは、「ぼくはあなたに一本の葱をあげました。ほんとうに小さな葱をね。それだけです、それだけのことです!……」と言って、優しくグルーシェニカの両手をとって、ほほえんだ。

 

 グルーシェニカ:「行くわ!」

 そのとき、玄関で騒々しい物音が響いた。そして、フェーニャが「奥さま、奥さま、お使いの方が参りました!」と叫んだ。グルーシェニカは決心して、「行くわ!」と寝室に駆け込んだ。「アリョーシャ、兄さんのミーチャによろしくね」「グルーシェニカは、高潔なあなたじゃなく、卑怯者の手に落ちました!」と伝えてくださいと頼んだ。そして、「グルーシェニカはあなたを一時間だけ愛したことがある、たった一時間だけど、愛したことがあったって‥‥…だから、この一時間のことをこれから一生忘れないでほしい」と付け加えた。

 

 ラキーチン:「きみたちひとまとめでも一人ずつでも、悪魔に食われちまうがいいのさ!」

 ラキーチンは、「ドミートリー兄さんのことをばっさりやったあとで、それでも自分のことを一生忘れるな、か。なんともまあ、とんだ食わせ物だよ!」と言った。そして、グルーシェニカのいない隙に、お相手のポーランド人の悪口を言った(ラキーチンのくせに正しかった)。さらに、二十五ルーブルで友人を売った自分のことをさぞ軽蔑してるだろうと問うので、「そうそう、ラキーチン、ぼくはそんなこと、まるきり忘れていたよ」「君が自分からわざわざそういったんで、思い出した……」と言うと、「きみたちひとまとめでも、一人ずつでも、悪魔に食われちまうがいいのさ!」とわめいて、一人で別の通りに曲がってしまった。【⇒第2部 第7編:アリョーシャ3 一本の葱】