3月7日(土)映画「木挽町のあだ討ち」12時40分~14時45分の回をT・ジョイ横浜へ。
この作品の原作を読んだことはなく以前映画館で観た予告編に於ける雪中の立ち回り芝居小屋での歌舞伎上演の華やかさ位の予備知識しか持たずに臨んだのですが・・・・。

物語の後半二段構えになって明らかにされる思いもよらない事の真相驚愕し、し・・・・(隣席の中年男性も泣いていた様子)。
封建社会束縛追い詰められる者と、その束縛反発何とか救いの手を差し伸べようとする者と・・・・。
これ以上書いてしまうネタバレになってしまうのがもどかしいですが、とにかく観に行って良かったです。

主演柄本佑勿論ながら、長尾謙杜瑞々しい若侍ぶり瀬戸康史からっとした小粋な役柄山口馬木也北村一輝がみせる主従愛高橋和也の意外な迄の女形役嵌まりっぷり、そして出番は僅かながらもヴェテラン石橋蓮司流石の悪家老ぶり沢口靖子清冽さ等々、皆好演でした。
「国宝」半二郎役では真の厳しさを体現しきれていない違和感を覚えた渡辺謙も、

今回抑制気味演技効を奏してか、微細な感情の襞まで見事に表出していたと思います。

「国宝」ブーム此処に迄影響しているのか、結構な観客の入りでした。

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2年前2024年3月「本家本元が贈る」と銘打って始まった「N響大河ドラマ&名曲コンサート」

昨年2025年の回平日の東京オペラシティとあって諦めざるを得ませんでしたが、

今年<特別編>3月5日(木)NHKホールということで、どうにか聴きに行くことができました
























今回指揮沖澤のどか司会田添菜穂子、そして特別ゲストは・・・・再び私の大好きな高橋英樹サン


[第1部 大河ドラマ編]
最初は、千住明による「風林火山」(2007)。
雄渾な中に悲壮感をも漂わせた音楽が、沖澤&N響により生き生きと現出されていました
その後、田添沖澤による今回の聴きどころ等についてのとなりましたが、沖澤「単に大河ドラマの音楽としてだけではなく邦人作曲家の作品の展覧としても意義ある演奏会ではないか」との言葉同感
続いての、木村秀彬による今年「豊臣兄弟!」テーマ音楽演奏を経て、いよいよ高橋英樹サン登場
ここから池辺晋一郎によるテーマ音楽2曲、あの「独眼竜政宗」(1987)と「八代将軍 吉宗」(1995)。
「独眼竜政宗」での沖澤曲調を意識し過ぎたのか多分に力みが感じられましたが、「八代将軍 吉宗」に於ける絢爛たる趣の表出には耳をそば立たせられるものがありました。
演奏後トークによると、高橋サン池辺サンとも親交があるそうで・・・・。田添「池辺先生は高橋さんの前でも駄洒落を仰有るんですか?」との質問(高橋サンはぐらかして答えず)に思わず私は笑ってしまいましたが、客席の大半池辺サンのことをよく知らなかったのか笑い声殆ど起きず
続く坂田晃一「春日局」(1989)の後、坂田本人も交え、大河ドラマ音楽担当裏話苦労話が。
は、今回の目玉の一つである、楽譜が散逸してしまい僅かなスケッチと当時の音源しか遺されていないのを坂田が復元したという、武満徹による「源義経」(1966)の蘇演
正直なところ、武満作品というよりは坂田色滲み出てしまっているように思われあまり心を動かされませんでしたが。
更に武満繋がりで、大河ドラマからは外れるものの、「ドラマ人間模様」吉永小百合の演技が視る者の心を打った「夢千代日記」(1981)の武満によるテーマ音楽
山陰うら寂しい風景の中で過酷な運命を背負いつつ懸命に生きる夢千代それを取り巻く人々慎ましやかな営み反映した武満重苦しさ清澄さ精緻さとが交錯した音楽を、沖澤的確に表現していました。
そして、高橋サンの大河ドラマデビュー作(武市半平太役)でもあった「竜馬がゆく」(1968)の間宮芳生によるテーマ音楽

これも長らく楽譜が行方不明になっていたのが、近年書斎から発見されての蘇演とのこと。

明るく前向きな曲調が、沖澤により良く表現されていたと思います。
そして、冨田勲による「徳川家康」(1983)と服部隆之による「新選組!」(2004)の力強い音楽第1部終了

[第2部 「河」「川」にちなんだクラシック名曲選]
最初は、ワーグナー(フンパーディンク編)/楽劇「神々の黄昏」~「夜明けとジークフリートのラインの旅」
沖澤の演奏は、冒頭の響き軟質かつ和声感にやや不足していたのと、その後の音楽の運び性急に過ぎて巨きさを欠く結果となっていたのが残念でした。
高橋サン海外旅行の想い出ばなし挟みつつ続いてはイヴァノヴィチ/ワルツ「ドナウ川のさざ波」
この曲を聴くのは随分と久しぶりのような気が・・・・とよくよく考えてみたら全曲を聴いたのも実演を聴いたのも今回が初めてだったかも
最後は、スメタナ/交響詩「モルダウ」
冒頭フルートによる源流の描写の清冽さ主要主題豊かな表情その後情景の移り変わり巧みな描き分け終盤思い切った踏み込んだ表現等々、第2部に於ける沖澤の演奏の中ではこの曲が最も充実していたように感じました。






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・・・・ひなまつり!

退勤後家路を辿る途中ふと思い立って母の為ひなあられを。


何故2袋かって?
そんなことは言いっこなし!




2月28日(土)羽田空港の、





久しぶり第1ターミナルから、


11時10分発日本航空553便旭川行搭乗

















旭川空港周辺悪天候に伴い、状況によっては新千歳空港への行先変更または羽田空港への引き返しあり得る告知され気を揉んでいましたが、幸い





2分早着12時48分無事旭川着



13時10分発旭川市街方面への旭川電気軌道バスは、


3分延発




5分延着13時53分旭川駅着

13時58分発JR宗谷本線普通列車名寄行からくも間に合い






























14時39分着塩狩下車


塩狩これ迄にも何度か通ったり列車の行き違い待ちの停車時間にホームに降りたりはしているものの、下車したのは1994年10月8日、そして2011年7月2日に続き今回15年ぶり3回目












誰が作ったかホーム上愛らしい雪だるま

ラッセル車が。




前回下車した折の投稿からの再掲になりますが、かつての手塩国と石狩国の境である塩狩峠は、1909(明治42)年2月28日上り急勾配に差し掛かった列車の最後尾の客車の連結器が外れ逆走し、あわや大惨事と思われたところを、その客車に乗り合わせていた鉄道院職員長野政雄氏自らを犠牲にして他の乗客の生命を救った事蹟、及び長野氏をモデルとした三浦綾子の小説「塩狩峠」(文中では永野信夫)の舞台となったところ


高校生の頃学校の特別授業映画版「塩狩峠」(1973(昭和48)年、監督:中村登、出演:中野誠也、佐藤オリエ、長谷川哲夫、新克利、近藤洋介、滝田裕介ほか)を観て心を深く揺り動かされ(信夫の自己犠牲も勿論ながらその前の信夫が信仰告白の草案を同僚の三堀に読み聞かせ自らの慢心を三堀に詫びる場面等も)

その後原作も読み

遂には上述のとおり1994年2011年峠を訪れた次第。 


冬季この2月28日のみ開館「塩狩峠記念館(三浦綾子旧宅)」へ。


碑文には・・・・、
「明治四十二年二月二十八日夜、塩狩峠に於て、最後尾の客車、突如連結が分離、逆降暴走す。乗客全員、転覆を恐れ色を失い騒然となる。時に、乗客の一人、鉄道旭川運輸事務所庶務主任、長野政雄氏、乗客を救わんとして、車輪の下に犠牲の死を遂げ、全員の命を救う。その懐中より、クリスチャンたる氏の常持せし遺書発見せらる。「苦楽生死均しく感謝、余は感謝してすべてを神に捧ぐ。」右はその一節なり 三十才なりき」と。


「塩狩峠」のことを想う時、あのダイアナ元英皇太子妃の葬儀に於いて当時のブレア首相弔辞に引用し、またドイツハイデルベルク埋葬されている20世紀最高の大指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラー墓碑にも刻まれているという、

新約聖書所収パウロ「コリント人への第一の手紙」第13章第13節「このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。」、及びこれをテクストとしたブラームス最晩年の歌曲「四つの厳粛な歌」第4曲終結部が、脳裏に浮かんでしまうのです

さて、何故今回この厳冬期に塩狩峠を訪れたかというと・・・・上述の長野氏の殉職の日付に注目してください2月28日まさにこの日
「塩狩ヒュッテユースホステル」Facebookで、開業翌年の2014年から長野氏の殉職の日に合わせ「しおかりキャンドルナイト」開催されていると知った故です。

夕食後、そのキャンドルナイトへ。










ところでAmebloを始めていた15年前ともかく32年前1994年初めて塩狩峠を訪れたのが何故10月8日と日付迄分かっているかというと、その時に宿泊した駅最寄りの「塩狩温泉観光ホテル」(併設の「塩狩温泉ユースホステル」共々2006年閉館)のロビーで、その夜に所謂「10.8決戦」プロ野球セントラルリーグのペナントレースに於いて129試合を終了して69勝60敗の同率首位で並んだ長嶋読売ジャイアンツと高木中日ドラゴンズによるナゴヤ球場での最終決戦TV観戦し、中日の敗戦に落胆した想い出がある為


ヒュッテで一夜を過ごした翌3月1日(日)












雪の舞い落ちる中8時43分発宗谷本線音威子府発快速「なよろ2号」塩狩を後にし












9時22分着旭川で、









10時00分発道北バス旭川空港直行便乗り
3分早着10時32分空港着





13時35分発日本航空554便搭乗し、


7分早着15時18分羽田空港第1ターミナル帰着


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この投稿拝読して「えっ!」と思ったのですが(勝手ながらreblogさせていただきました)、
昨年6月収蔵品屏風画「ウィーンに六段の調(ブラームスと戸田伯爵極子夫人)」企画展での展示目当て急遽飛んで行った岐阜県の「大垣市守屋多々志美術館」閉館になるそうな。


大垣市発表見る限りでは、

「移転先を検討する中、施設の老朽化が著しいため、令和8年3月31日に一旦閉館」「閉館後の令和8年度以降についても、守屋多々志美術館の機能をスイトピアセンターに移し、企画展を年に複数回開催するほか、ワークショップ、講座、アウトリーチ事業等も引き続き開催し、芸術文化に触れる機会を定期的に設けてまいります」「その間に移転先について、生涯学習の拠点であるスイトピアセンターへの統合や民間施設などへの移転も視野に入れながら、検討を進めてまいります」とのことで、とりあえず廃止ではなさそうなことに一応は安堵しましたが、なにぶんにも文化芸術を取り巻く日本の環境冬の時代早期に良い形で移転先が決定するとよいのですが。


奈良県桜井起点に、

「山の辺の道」探訪を試みた今回の三連休


 

最終日2月23日(月・祝)は、


桜井9時38分発近畿日本鉄道大阪線大和朝倉発大阪上本町行区間準急乗り




9時44分着大和八木で、
10時02分発近鉄名古屋発大阪難波行名阪甲特急「ひのとり」乗り換え



























10時25分着鶴橋で、

10時36分発JR大阪環状線天王寺発関西空港行「関空快速」&和歌山行「紀州路快速」乗り継ぎ












大阪経て





10時55分着福島下車





昼食摂り


ザ・シンフォニーホールへ。























ツィクルス最終回この日の演目は、勿論交響曲第9番「合唱」

第1楽章冒頭もう一段の神秘性があればとも思いましたが、第1主題の全容が総奏で提示される部分雪崩を打つような迫力その後のピンと張り詰めた緊張感(中でも随所でのホルンの強奏)、第2主題豊かさ展開部後半から再現部冒頭にかけてコーダ凄愴さは、尾高さんの演奏の中でも際立ったものだったと思います。
第2楽章第3楽章に於いてもその充実ぶり継続
第4楽章声楽が入る前部分では、とりわけ歓喜の主題1stヴァイオリンに移る部分感動的な趣心に響きました声楽が入って以降は、バリトンの平野和レチタティーヴォ好演"vor Gott"フェルマータ十二分な長さ(と云っても往年のウィルヘルム・フルトヴェングラーよりはずっと短かったけれど)、二重フーガテンポの良さと立体感印象的で、またコーダの最後の激しいアッチェレランド(これも勿論フルトヴェングラーよりはずっと遅かったが)も壮絶なものがありました。
感動大阪駅向かい











16時30分発JR東海道本線姫路発敦賀行新快速乗車して、
1駅隣16時34分着新大阪で、

早め夕食摂り


18時00分発東海道新幹線東京行「のぞみ252号」乗り







20時20分品川帰着
おや!






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奈良「山の辺の道」桜井から大神神社を経て狭井神社

そして玄賓庵桧原神社長岳寺辿ってきた2月22日(日)

長岳寺後にした時点もう17時周囲次第暮色が訪れ、焦りが。










大和(おおやまと)神社御旅所や、
念仏寺門前経て
萱生町の、
中世外敵を防ぐ為形成された環濠集落通り


灯がともりつつあるのを望見しながら、




夜都岐神社境内入ったのが18時10分

その先内山永久寺跡目指そうとしてなおも歩を進めたものの、とうとう完全に陽が落ちてしまい、遂にコースどおりに進むのは断念せざるを得ない仕儀に
内山永久寺跡目標地点である石上神宮へ、地図アプリを頼りに大きく迂回して19時20分頃どうにか到着



天理教教会本部宏壮な建物通り
ゴール天理駅東口辿り着いたのは20時20分頃



20時51分発JR桜井線奈良発王寺行普通列車乗り21時05分桜井帰着
ホテル戻り、まずは取るものも取りあえず大浴場の湯に浸かってから、コンビニエンスストアおにぎり等で一人わびしく夕食

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2月22日(日)「山の辺の道」桜井から海石榴市喜多美術館金屋の石仏それに大神神社を経て狭井神社到ったは、

引き続き「山の辺の道」天理方面北上






有名額田王「うまさけ みわのやま あおによし ならのやまの~」長歌そして「みわやまを しかもかくすか くもだにも こころあらなむ かくさふべしや」反歌歌碑







玄賓庵










桧原神社







遙かに、
二上山が。






15時先を急がねば




おお
奈良を愛した写真家
入江泰吉か。
再びの、
二上山







大和棟民家








あら
今度は、
武者小路実篤






















神籬(ひもろぎ)遺跡



渋谷向山古墳(景行天皇陵)視界に。



此処にもあの額田王歌碑が。















えっ天理でも熊が出た!?







行燈山古墳(崇神天皇陵)と、



櫛山古墳を。





天理市トレイルセンター経て


拝観受付終了時刻間際長岳寺に。














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奈良県桜井着いた翌日2月22日(日)

ホテルを出て桜井駅北口から向かったのは、


日本最古の道とも言われる「山の辺の道」
これ迄にも部分的には辿ったことがあり、今回全部を歩き通す予定ではなかったものの、近畿日本鉄道設定ハイキングコース「山の辺の道コース」(桜井駅~天理駅)踏破目指し初めて桜井駅から・・・・。











三輪山望み・・・・。







ほぅ・・・・、

有島生馬か。





遙か二上山が。



今度は、
今東光か。

かつて歌垣の舞台となった海石榴市(つばいち)の地に建つ海石榴市観音






目指したのは金屋の石仏でしたが、



石仏すぐ手前「喜多美術館」
此処当初立ち寄る予定はなかったのですが、

佐伯祐三藤田嗣治安井曾太郎梅原龍三郎といった名前吸い寄せられるように中へ








美術館創始者である故・喜多才治郎氏長男の方が、折に触れ解説してくださいました。
以下の画像その方の許可(というよりお勧め)のもとに撮影したものです。フラッシュの使用及び商業目的での撮影今でも禁止なので念の為。
イサム・ノグチの作品。

キリコ作品
第一展示室
ルノワール
ユトリロ
ゴッホ
ルオー
ピカソ
中村彝
佐伯祐三
藤田嗣治
同じく藤田嗣治
安井曾太郎
熊谷守一
棟方志功
梅原龍三郎
須田国太郎
第二展示室近現代アート
第三展示室近現代写真アート

喜多氏の長男の方が、印画紙ならではの発色と細部の鮮明さについて解説してくださったのですが、それを端緒にデジタルの功罪、更には最近の演奏会の在りようについて迄、暫し語り合いました


先へ
崇神天皇磯城瑞籬宮跡














平等寺



















大和平野遠望
大和三山の内の畝傍山(左)と耳成山(右)。
耳成山
畝傍山

崩れかけた築地塀趣を誘う
さて大神神社境内へ。







凄い人出
「いざいざ奈良」キャンペーンJR東海「うましうるわし奈良」キャンペーン懐かしいポスター

折角三輪に来たからにはと、一旦境内を退出してそうめん處行き
「にうめん柿の葉寿司3個セット」と、
わらびもち昼食
再び大神神社境内経て


次へ







狭井神社



















さて、此処迄14時頃残りの行程日没時間との兼ね合い心配になってきました。

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N響第2059回定期公演聴いた翌日

三連休初日2月21日(土)横浜から、




9時26分発JR京浜東北線・横浜線桜木町発八王子行普通列車乗り

新横浜で、
10時37分発JR東海道新幹線臨時東京発新大阪行「のぞみ331号」乗り継ぎ




























11時54分着名古屋下車し、






近鉄名古屋から、



12時30分発近畿日本鉄道名古屋線・大阪線名阪乙特急大阪難波行「アーバンライナー」乗車













木曽川

長良川

揖斐川木曽三川渡り


桑名











近鉄四日市



白子
経て































13時56分着名張で、
同59分発急行大阪上本町行乗り換え


赤目口

三本松


室生口大野




榛原


長谷寺





大和朝倉経て


14時26分着桜井下車













この日はそのまま駅北口ホテル投宿し、




大浴場浸かり





暫し休憩した

夕食












明けて2月22日(日)朝風呂入り

6時30分から朝食摂って

一憩の後出発


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