1月4日(日)映画「新解釈・幕末伝」10時20分~12時25分観に久しぶりT・ジョイ横浜へ。








坂本龍馬ムロツヨシ西郷隆盛佐藤二朗吉田松陰高橋克実という時点で、どんなハチャメチャ喜劇になるかと思っていましたが、果たして桂小五郎(木戸寬治(孝允))役山田孝之土方歳三役松山ケンイチ真面目な顔で大ノリノリストーリーテラー歴史学者小石川二郎役市村正親味のある演技佐藤二朗意表を衝いた小声で気弱な西郷吉之助(隆盛)そしておりょう役広瀬アリスと何よりムロツヨシ振れきった怪演展開のあまりのバカバカしさに、新年早々腹の皮がよじれる程大笑いしました


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本年も宜しくお願いいたします。
今年こそ、今年こそはは静穏な世界となりますように。

大晦日「第76回NHK紅白歌合戦」視て



司会綾瀬はるか相変わらずの愛すべき天然っぷりと同じく司会今田美桜やや緊張気味の初々しさ微笑ましく思い連続テレビ小説「あんぱん」紅白スペシャルステージでの今田美桜・河合優実・原菜乃華による「東京ブギウギ」に於ける河合優実堂々とした歌いっぷりに感心するとともに同コーナー終盤感極まりそうになった今田美桜の姿涙を誘われそうになり

石川さゆり「天城越え」伴奏を務める下野竜也&N響興味深く聴き

岩崎宏美MISIA流石の歌唱力圧倒され、


福山雅治「クスノキ」改めて胸を衝かれ・・・・。



引き続き「ゆく年くる年」を視てから就寝


元旦は、昨年同様三浦海岸行きました

昨年僅差で乗り損ねた京浜急行電鉄の品川発臨時特急「初日号」今年は間に合いましたが、


車内は「鉄オタ」で立錐の余地もない程で、やっとの思いで乗り込みました

途中横須賀中央で、望遠レンズを付けた一眼レフカメラを下げた「撮り鉄」の一団大声を上げて列車の先頭へ・・・・やれやれ
終着三浦海岸には2分遅れ6時12分着


海岸そこそこの人出






昨年より雲が多かったものの、







どうにか隙間から初日の出観ることができました


戻り
7時25分発三崎口発青砥行特急帰途に。




12月29日(月)首里城公園後に



沖縄都市モノレール「ゆいレール」の、22年前はまだ開通していなかった首里より先の区間乗るべく

13時29分発那覇空港発普通列車乗車



石嶺








経塚









浦添前田



おっ
トンネルだ!


終着てだこ浦西には13時39分着












折り返し
14時08分発列車乗車






















































































14時47分那覇空港着












搭乗便全日空472便が、定刻16時50分発のところ、






使用機材到着遅延に伴い17時00分発






更に17時10分発



そして17時15分発繰り下げになり、

全ての搭乗時間が掛かったこともあり、

結局36分延発17時26分出発
















17時40分離陸

























羽田空港及びその上空離着陸機混んでいるとのことで、
待機余儀なくされ






19時45分着陸
第2ターミナル到着は、
50分遅れ19時55分

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旧海軍司令部壕

ひめゆりの塔ひめゆり平和祈念資料館

沖縄県営平和祈念公園

そして那覇市第一牧志公設市場国際通り巡った翌日12月29日(月)



美栄橋9時52分発「ゆいレール」那覇空港発てだこ浦西行乗り







10時06分着首里下車



22年ぶりとなる首里城公園目指しました



守禮之門を観て懐かしさが。



園比屋武御嶽石門
歓会門




瑞泉門











遙かが。

漏刻門



22年前晴天だったこともあり、眺めて石垣の白と、建物の朱と、海と空の碧とのコントラストが、哀しくなる程美しく感じられたものでした。
やはりこの地が、沖縄戦地形が変わる程と評される位甚大な被害を受けたことは、忘れてはならないと思います。



龍潭





広福門


首里森御嶽


奉神門








22年前華麗な姿で魅せていた「平成の復元」による正殿が、2019年10月に焼失してしまったのは大変なショックでしたが、2026年秋の完成を目指し此処迄復元工事が進んでいることに、感慨深いものを覚えました




右掖門











世誇殿
























湯屋









「首里杜館(すいむいかん)」内の、



レストランで、
「やんばる若鶏の照り焼き丼」「ジーマーミー豆腐」昼食






円覚寺跡


沖縄県立芸術大学通って



首里駅戻りました



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12月28日(日)旧海軍司令部壕

ひめゆりの塔ひめゆり平和祈念資料館

沖縄県営平和祈念公園巡った後は、

平和祈念堂入口16時35分発琉球バス交通82系統糸満バスターミナル発玉泉洞糸満線玉泉洞前発乗り
















5分延着17時03分着糸満バスターミナルで、
17時10分発沖縄バス89系統糸満線那覇バスターミナル行乗り換え









赤嶺駅前



小禄駅前












旭橋・那覇バスターミナル等を経て





8分延着18時13分着開南下車





「那覇市第一牧志公設市場」へ。



建て替え後この市場に入るのは今回が初めて



2F食堂群一つで、
「ラフティー丼」と、
「シークワーサー泡盛梅酒」夕食
食後市場通り








そして国際通り散策














折角なので、道を逸れて「那覇文化芸術劇場なはーと」立ち寄り











再び国際通り戻り




沖映通り入って
ホテルには20時30分頃帰着

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12月28日(日)旧海軍司令部壕

ひめゆりの塔・ひめゆり平和祈念資料館後に

ひめゆりの塔前14時02分発琉球バス交通82系統糸満バスターミナル発玉泉洞糸満線糸満バスターミナル発玉泉洞駐車場行乗り




14時11分着平和祈念堂入口下車
沖縄戦組織的戦闘最終戦場となった摩文仁の丘に位置する沖縄県営平和祈念公園へ。







2F常設展示室では、単に沖縄戦の推移を追うのみならず明治初頭の「琉球処分」以降沖縄の苦難の歴史展示されていました。
標準語神社建設・参拝強制皇民化教育・・・・。
琉球民俗の否定については、柳宗悦浜田庄司といった民藝運動の提唱者達異を唱えたものの、却って「沖繩縣ハ観光客ノ愛玩縣ニ非ズ」と官僚達の反発を招く始末
日本南洋進出機に貧窮した沖縄を離れ南洋諸島に移り住んだ人々約13,000人その後の太平洋戦争で犠牲となったとか。
そして沖縄戦
住民総動員の中、琉球語を話したことで間諜扱いされ処刑されたり集団自決に追い込まれたりといった悲劇が
沖縄戦の展示の最後に記されたこのことばが、胸に深く突き刺さりました

沖縄戦の実相にふれるたびに
戦争というものは
これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはない
と思うのです

この なまなましい体験の前では
いかなる人でも
戦争を肯定し美化することは できないはずです

戦後アメリカ統治下に於ける苦難の歩み展示も。

80年前の凄惨な戦闘が嘘のような美しい海


















沖縄県民のほか全国からの沖縄戦戦歿者



更には連合国軍側兵士朝鮮半島・台湾出身犠牲者の名前も。


県内各学校の生徒達組織された隊慰霊碑「全学徒隊の碑」








22年前拝観した「沖縄県平和祈念堂」時間切れ今回は観られず

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10時33分着我那覇で、
10分遅れでやって来た10時45分発沖縄バス89系統糸満線那覇バスターミナル発乗り換え








12分延着11時14分着糸満バスターミナルで、





更に11時30分発琉球バス交通82系統玉泉洞糸満線玉泉洞駐車場行乗り換え


















11時44分着ひめゆりの塔前下車
近くのレストハウスで、

昼食摂った後








「ひめゆりの塔」見ているうちに






形容し難い深い哀しみと強い怒りが衝き上げてきて慟哭してしまいました。
「ひめゆり平和祈念資料館」見学
まだ戦局破滅的段階に至る前沖縄戦が始まるよりも前集合写真に於いて女生徒達カメラに向ける屈託のない笑顔見ていて彼女達どうして過酷な運命に巻き込まれなければならなかったのかとの想い再び捉われました
生存者証言する病院壕内の負傷兵悲惨な状況と、それでもなおかつ自分達のことよりも負傷兵のことを気遣っていた彼女達、その彼女達次第に仆れていき、遂には解散命令以降多くの犠牲者を出すことに

22年前初めて此処を訪れた時は、定期観光バスだったこともあって資料館の見学時間が充分でなく今回多めの時間を確保したつもりでしたが、やはり足りなかった・・・・。

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今回沖縄行は、戦後80年今年7月9月に広島

10月に長崎を訪れたのに、


沖縄を訪れないのは自分の中で気が咎め(誰に言われた訳でもないのだけれど)、年内ぎりぎりでどうにかスケジュールを立てたのです。
沖縄南部戦蹟巡るのは、2003年8月初めて沖縄を訪れた時以来22年ぶり

羽田から那覇着き

琉球舞踊鑑賞した翌日12月28日(日)



国際通りホテルコレクティブ前バス停から、




8時33分発琉球バス交通98系統琉大線琉大北口駐車場発豊崎美らSUNビーチ行乗り
















定刻より5分延着8時55分宇栄原団地前下車


近く「海軍壕公園」へ。
子供達遊び場混じって
琉球独特様式も。
これら苛烈な戦闘に巻き込まれたのだろう





「海軍戦歿者慰霊之塔」

揮毫開戦迄駐米大使として交渉に臨み避戦に向けて尽力した野村吉三郎海軍大将



すぐそば「仁愛之碑」刻まれた
海軍沖縄方面根拠地隊司令官太田實少将(死後中将)自決を前に海軍次官に宛てた「沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ之ニ代ツテ緊急御通知申上グ」に始まり民間人の艱難辛苦を述べ有名な「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」で締め括られる電文改めて眼にして胸が張り裂けそうに
沖縄戦に於ける県民の悲惨な状況再度想いを致すとともに、ともすれば「護民」の意識を欠いていたと云わざるを得ない日本軍の中にあって、太田司令官のような将官が存在していたこと救いと思えてなりません
ビジターセンター内一角には、

壕の発掘調査新たに見つかった遺留品特別展が。
学徒動員出征した早稲田大学の学生遺品だろうか。
資料館









そして壕内へ。





鶴嘴が。
















自決時生々しい手榴弾の爆発の痕が。




太田司令官部屋





当時悲惨な壕内の状況



















多くの兵士達此処から還らぬ出撃に





壕を出た先

遙か遠くに見える海に、
再び胸を衝かれる想いに
壕内兵士達は、どれ程再び陽光のもとで気兼ねなくこの海を眺めたいと願ったことだろうか・・・・。

太田中将「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」・・・・果たして我々はそれに応えられているのだろうか

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12月27日(土)那覇に着きホテルチェックインした後は、

美栄橋17時59分発「ゆいレール」てだこ浦西発那覇空港行で、





1駅隣県庁前18時01分着


街の賑わいからやや外れた静かな場所にある、





予約していた琉球料理琉球舞踊へ。








まずは料理と、







折角なので泡盛古酒を。



19時過ぎから琉球舞踊実演















































































20時頃店を辞し
県庁前20時25分発「ゆいレール」那覇空港発てだこ浦西行乗り



20時27分美栄橋戻り


ホテルへ。




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12月27日(土)羽田空港第2ターミナルから、















13時05分発全日空473便沖縄/那覇行搭乗


機内準備時間要したとのことで出発予定時刻13時15分繰り下げられ、




更に年末人気路線とあって乗客全員の搭乗時間を要し13時25分出発










13時41分離陸






































































沖縄らしい海の色


定刻16時00分より遅れて那覇空港16時11分着陸











16時18分到着















沖縄訪れるのは、2015年GW八重山地方与那国島石垣島波照間島訪ねて以来で、









沖縄本島2004年GW南大東島を訪れた際に足掛かりとして那覇宿泊して以来21年ぶり


久々沖縄都市モノレール「ゆいレール」乗り









美栄橋下車し、


今回ホテル投宿







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