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2017-09-18 02:01:32

人生迷子のピア活動

テーマ:若者

気が向いたので久々の発信です。

 

今日までFFPの若者たちと講師派遣で仙台に行ってきました。

 

2泊3日、若者たちと一緒にいろいろなことに取り組んだり、話すことで、自分なりに気づいたことや考えたこと、そして、まだまだ深まる謎もあり、ちょっと整理してみようかな?と思い立ちました。

 

ブログを書いていたのも、言語化のトレーニングのためだった部分もありましたが、やめてしまってからは自分の書く力を鍛える機会がめっきり減ってしまい、なまっているのでは?とちょっと心配になります。

 

毎日ジョギングしていたからそれなりに走れたけど、半年ばかりさぼっていたら走れなくなっていた…って感じになるのかも(笑)。

 

なまっていたらすみませんって感じですが、自分なりに書いてみます。

 

FFPの活動も3年間の助成金をもらい継続した活動を進めてきて最終年の3年目を迎えています。

 

紹介するのが遅くなってしまいましたが、7月に大好評だった報告会の様子はこちらにアップされています。

 

(報告3の16分15秒ぐらいから見てください)

 

http://www.akiyama-foundation.org/news/2369.html

 

ダイスケとひとみが実に自然体で活動について説明しています。

 

そんなFFPの活動ですが、私にとっては仕事でもなんでもない自主的な活動にもかかわらず、気持ちの上では大きな存在になりつつあります。

 

何でだろう。

 

一般的な言葉で言うと、「ライフワーク」なのでしょうが、ライフワークになってしまった理由については解明途中で、謎が深まっています。

 

助成金が今年度で終わってしまうと、今回行ってきたような講師派遣にみんなで行くことがなかなかできなくなり、でも、みんなこの活動は続けたいと思っているので、次に向けてどうするかが話題になることが多くなりました。

 

来年からどうするか?問題はこれまでもずっとことあるごとに話題になり、まだ明確な結論や方向性が出ているわけではないのですが、その話題を繰り返すうちに、議論の深みが増しています。

 

最初は、単に「続けていきたい」という希望だけだったり、続けるためにはどうしたらいいのか?を困ってみたりしていたのですが、だんだん「これでいいのか?」「助成金どうのこうのじゃなくて、自分たちとしてもっとできることがあるんじゃないか?」など、そもそもの活動の本質を考える機会になっていました。

 

活動を続けたいというのは、つまりは何を続けたいと思っているのか?

 

助成金の存在やサポーターのサポートを当然のこととして便乗しているだけじゃないのか?

 

そういわれても、自分はこれ以上を求められて無理。今で精いっぱい。

 

などなど、昨日の夜は宮城県蔵王のペンションで夜中まで真剣に話し合ってきました。

 

議論の経過はいろいろあったのですが、結局のところ、次がどうなるかは継続して考えていくことにして、まずは自分たちがこの3年間いろいろと吸収してきたこと、感じたことつまりインプットしてきたことを、アウトプットしなくちゃということで、「卒業制作」をすることが決定しました。

 

もともと、冊子を作ろうという目標はあったのですが、冊子づくりとなるとサポート役としての私の役割が大きくなってしまうので、一人ひとりが自分なりの自己表現をするべきだということで、個人作品と全体作品に取り組むことにしたのです。

 

そして、発表を3月の中旬として〆切を決めてしまい、それまでの制作のためのスケジュールも立てました。

 

どこまでできるかわかりませんが、とりあえず共同で作品を作ることは決まりました。

 

全体作品は映像にすることとなり、それぞれのメンバーの役割分担を大まかに決めました。

 

また、個人作品については次回の集まりまでにテーマと背景、概要がわかる企画の骨組みまで考える宿題も決目ました。

 

半年しかありませんが、何かしらのものを創り上げたいと思っています。

 

今回、仙台での研修(「依存」というテーマに絞った事例検討研修)が土曜日にあり、金、土、日と2泊3日の予定だったのですが、出発の前日の木曜日に私が仕事の関係で、人生に迷っている若者に新たに出会いました。

 

話しているうちにFFPのメンバーっぽいなぁと思ってきて、本人も次の一歩を踏み出すために釧路に行くことにかなり前向きになったので、思い切って翌日から仙台でみんなが集まることを伝え、いきなりですが活動に誘ってみたら、ためらいなく「行きたいです」ということで、急きょ、一緒に行き、みんなと活動を共にすることで、これからのことを考えてみることになったのです。

 

紹介してきた私の友人もその急な展開にはびっくりしていましたが、非常に自然な形でFFPに合流し、金曜日の夜には仙台の秋保温泉にあるコテージで合宿に参加し、翌日の研修に参加し、そこで帰るのかと思いきや、みんなが翌日の移動のために蔵王に泊まることになっているスケジュールに「一緒に行きたいです」と同行し、昨日の夜更けまでの議論にも参加し、今日、私たちが空港に移動する前に、新幹線の駅まで送り、東京に帰っていきました。

 

駅で帰りの切符を渡して見送ると、実に充実した笑顔で「かなり釧路に行く気持ちになっています。よろしくお願いします」と話していました。

 

若者たちはすぐにグループLINEでコミュニケーションしていたようで、「久々にあんなに笑った」「めっちゃ、楽しかった。帰りたくない」などとべたな青春ドラマのひとコマのようなやり取りを半分ネタにしながら笑い飛ばしながら報告しているのを、レンタカーの運転席で聞いていました。

 

そんなFFPについてもう少し距離を置いたところから見てみると、「何なんだ?これは?」とわからなくなります。

 

だって、仕事に行けなくなり、人と話すのが辛いと言っていた若者がいきなり前情報も受けずに前の日に誘われていきなり東京から仙台にやってきて、ほぼ知らない人たちの中に入り、ものすごく馴染んで「ここ、めっちゃ居心地いい」と言って、別れを惜しんで帰っていくのですから、この魅力、パワーとは何なんだろう?ということです。

 

昨日の振り返りや話し合い、研修の中でも、一人ひとりがFFPの活動の重要性や必要性、意義、存在の大きさについて表現や強弱やニュアンスは違いますが、語っていました。

 

活動の中のどの要素にこれだけのパワーがあるのか本当によくわからないし、そんな特別な力がここにはあることを実感しつつも、それを喜べないというのか、「FFPの活動は素晴らしいよ!」なんていう気持ちにはなれないもやもやが私にはありました。

 

今、そのもやもやの理由がこの報告を書いていて、気づきました。

 

若者たちが実感する手応えや安心、自分らしくいられる場所がFFPじゃないといけない現実に私はもやもやしていたのです。

 

FFPの活動が大切だ、かけがえがないと言うことは、他の生活や日常からはそれを得ることができないという現実を突きつけられているのだと。

 

そのことに私は引っかかっています。

 

私たちが活動していることは本当に何も特別ではありません。

 

ともに食べ、ともに学び、ともに遊び、ともに語り、などなど、いろいろなメンバーがいろいろな関係性や距離感を織りなしながらともに過ごしているだけ。

 

確かに旅に出かけることは非日常かもしれないけれど、家族旅行や学校の旅行、そして大人になれば友達同士の旅行などでもできる程度です。

 

それが特別に大切な存在になり、その中でめきめきとみんなが成長していったり、イキイキとしていったり、アイデンティティを見つけるために実にまっとうに悩んだり迷ったりしている姿を見て、当たり前のことを特別なものとしてこうして取り上げなくてはならないことに釈然としない思いがあるのでした。

 

それは、若者たちの家庭の問題だとか、学校が機能していないからだとか、特定の犯人や原因を探して、責める気持ちではありません。

 

子どもたちや若者たちを育もうという社会の姿勢や一人ひとりを尊重していこうとする社会のあり方を根本的に問い直したり、考えていくことのできないもどかしさです。

 

少子化対策や若者支援や子育て支援という対策、政策じゃなく、個人個人への支援のあり方と言う対象化された問題でもなく、思想的な倫理的なことが問われているのだろうと思います。

 

そうはいっても、「だから、どうしたらいいのさ」とさらにもやもやする私がいるのですが、思想的、倫理的な問題だとしたら、やっぱり「自己表現」が大事なんだと、FFPの卒業制作へ話が戻るのでした。

 

明確なことなんかわからないし、何が正しいかもわからないし、仕事や生活が不安定になるかもしれないし、もやもやしてばかりだけど、ちょっとでも生きているという実感があるのなら、その実感を道しるべにして自分たちの進む方向を見つけてみようと思います。

 

そんなぐるぐるを考えていた帰りの車の中で、釧路メンバーと話をしていて発見したのは「迷子の居場所説」でした(笑)。

 

今回の東京の新メンバーじゃないけれど、いきなり来ても「ここ、好きかも」と思わせてしまう安心感や居心地の良さの背景には来た人が「人生の迷子になっている」という共通点がありました。

 

FFPの活動は人生の迷子の不安を少しだけ解消させるものがある。

 

言い換えると、人生の迷子のピア活動なのでしょう。

 

虐待経験や障がい、病気、不登校などの「生きづらさ」というキーワードで表現しながら、「なんか違うなぁ」と思っていたのですが、生きづらさを共通基盤とするのではなく、「人生の迷子」がキーワードで、だから自分自身も立間はサポーターとはいいながらも、こうしてしっくりとして仲間チックにいられるのだろうと思います。

 

人生の迷子度なら結構、自信あります(笑)。

 

ということで、私たちは北海道で人生の迷子たちが集まり、社会で自分たちらしく生きていくための模索を続けていますので、いろいろなキャラや技能を持った人生の迷子に集まってもらいと思っています。

 

自分たちらしい仕事や暮らしの場についてアイディアを出していたら、人生の迷子の看護師さんやヘルパーさんが集まると、面白いことができそうということになりました。

 

ひとみに「看護師の勉強しないか」と半分冗談で言ったのですが、「なんせ、私は不器用だし、注射とか無理」と却下されたので、人生迷子の看護師さんを探してこようと言ってみたりして。

 

久しぶりにとりとめもなく書いたので、何だか中途半端ですが、合宿から帰ってきて感じたことを書いてみました。

 

今回の研修の旅は事例検討でもなぎが感情があふれて泣いてしまうハプニングがあり、それをメンバーの力でひとみとだいすけが協力助っ人となり乗り越えたり、ロッジでの合宿では久々にフィバ研をやって、「否定」というキーワード周辺について深く語ったり、いろいろなことがありました。

 

とても書ききれませんが、そのあたりもやると決めた卒業制作の中に込められたらと思っています。

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2017-07-29 02:02:14

還元する役割

テーマ:若者

不定期更新、休業状態ではありますが、久しぶりに書こうと思います。

 

というのも、もう何年も前から続けている道の審議会の会議に参加してきたのですが、その内容はやっぱり、委員である以上は何かの形で還元する必要があるだろうと思ってしまうからです。

 

その審議会は「北海道青少年健全育成審議会」

 

つまりは、子どもや若者たちが健やかに成長していくために設置されたものなのです。

 

私は縁あって、ずいぶんと長く委員をやっていて、審議会自体は年に数回なのです、昨年はこの審議会を経て取り組まれた若者たちの意見を聞く試みとして「ほっかいどうSNSユースミーティング」という企画に、FFPの若者たちと一緒に参加するなど、子どもや若者たちを育むための施策や環境づくりについて考えるきっかけになってきました。

 

ユースミーティングの様子は前に書いているので、こちらを参照ください

http://ameblo.jp/n-salon/entry-12221728438.html

 

また、3月の審議会の際に公表された高校生の意識調査についても、報告しています

http://ameblo.jp/n-salon/entry-12259992678.html

 

今日の審議会のお題としては、上記のユースミーティングを含めて、北海道がここ数年進めてきた「若者たちから意見を聞くためにはどうしたらよいか」という試行についてのまとめがありました。

 

全国のいろいろな取り組みや道がこれまでやってきたことなどが一通りまとめられていて、今後も検討や試行を続けていきますというものでした。

 

「市民の政治への参加」「生活当事者が自分が所属する社会の意思決定プロセスにいかに参加するか」というのは私にとってはライフワークのテーマと言えるものです。

 

よって、このお題には思うところがたくさんあります。

 

特に若いうちに、いや子どものうちに自分に関係することを理解し、体感し、責任もって意見や感想を持ち、それを伝えて、行動に反映させるということは、極端に言えば「それさえ実現できれば、世の中、ずいぶんと変わるよ」と思うぐらい重要なことでもあります。

 

毎日メディアを賑わしている政治のニュースや容易に上がったり下がったりする政治への信頼度はどう見ても、自分たちとは関係のないどこか遠くの世界を見ている感があり、本当なら自分たちの身近な存在であるはずの「どんな社会になったらよいか」「そのためにはどうしたらよいか」なとどいうことは考えても仕方のないことだったり、考えたってなにも変わらないことだったり、自分たちが考えることじゃないという感覚があります。

 

そこが「自分たちが考えることでなんとなかる」とか「自分たちがまさに考えて、行動することなんだ」という意識にどうやったら転換するのかずっとずっと考えてNPOの活動をしたり、場づくりをしたり、支援を単なる一方的な保護の機会にせずに、社会を見直すチャンスだと言い続けてきたのですが、そうした願いは年々のれんに腕押しと言うのか、現実は逆行していくことを感じることが多くなり、途方に暮れることも多くなっています。

 

それでも、子どもや若者たち一人ひとりと接してみると、やはりその可能性はたくさんあるし、その可能性を社会の中で伸ばすのではなく、狭めるようなことにはしてはいけないと思うのでした。

 

私がこれまで市民社会をつくるためにいろいろ取り組んできたことの中で、実感していることの一つに「継続すること」があります。

 

今日の審議会でも、繰り返し取り組むことが結果や展望を生み出すことが多いので、何かしら継続する取り組みをしてもらいたいと意見を伝えてきました。

 

また、定期的に審議会で報告される少年非行等の状況について、今年の上半期について報告があり、ここ数年減り続けてきた少年非行の数が今年は増加の数字が出てきていて、それが話題になりました。

 

特に窃盗犯(主に万引き)がけっこう増えてるのです。

 

増えた理由ははっきりわからないということでしたが、万引きは被害にあったお店からの通報で明るみになることを考えると、店が通報するようになってきた(警察もかなりお店側に通報してくれるように伝え続けているらしく)ことが影響していて、万引きそのものが増えたわけではないということかも?という話も出ていました。

 

そう考えると数字というのはわかりやすいようで、誤解もたくさんあります。

 

増えた減ったの数字で「ああ、万引きが増えたんだ」と多くの人たちに思わせるのですが、ちょっと考えてみると「お店が通報するようになった」数が増えたかもしれないわけで、物事を多角的にとらえる視点が実は大切だと思うのです。

 

他にも生活保護の受給率もそうで、生活保護の受給率が高いと「経済的に苦しい人が多いのね」という風に思われますが、生活保護が申請主義であることを考えると「経済的に苦しい人が制度を活用できている」「市役所が経済的に苦しい人たちを受け止めている」という見方もできるのです。

 

そう考えると意識調査や実態調査は一つの目安だったり、その数字をめぐっていろいろなことを考えるきっかけだったり、そいういう意味があるのだろうと思います。

 

少年非行の数に話を戻すと、私は数が増えた減ったというよりも、少年非行の背景も把握するような調査ができないかと強く思いました。

 

遠軽にある家庭学校(児童自立支援施設)の創始者である留岡幸助さんは、明治、大正の時代に「非行の原因は貧困だ」と言いましたが、それから100年以上たった今も、おそらく非行の背景には貧困など家庭が置かれている社会的なしんどさがあるだろうと推測できます。

 

私はせっかく非行の数を毎年把握しているのであれば、その背景についてもちょっと工夫して把握する調査をしてみたら、何が必要なのか、どんな取り組みをしたらよいのかわかるのではないかと思ったので、そうしたことができないかと意見を言ってきました。

 

どうも、少年法の厳罰化を含めて、反社会的な実態への批判が厳しくなることは感情的には理解できますが、問題解決という観点では、遠ざかっていると私は強く感じているので、より実態を正確にとらえたうえで、有効な対策が計画的に取り組まれて、その結果を丁寧に検証しながら、取り組みが進むことを期待したいです。

 

審議会の委員はさらに2年の任期をもらえることになりました。(任期には制限があるのですが、女性の場合は特別に伸ばすことができるルールがあるらしく、伸びることになったそうです)

 

与えられた役割を果たしたいと、今日の審議会でも伝えてきたので、久しぶりにちょっと書いてみました。

 

それにしても、1時間ちょっとの時間の会議のために釧路から札幌に日帰りという移動を久しぶりにしました。

 

朝8時に釧路の自宅を出て、JRで4時間ちょっとのところが今日は鹿にぶつかって、4時間半の往路移動で、札幌滞在時間が4時間半ぐらいで、5時半前のJRでまた4時間半の復路。

 

移動時間に寝ることが特技である私は得意技を今日はいかんなく発揮し、往復ともにほとんど寝ていた(つまり、9時間ほど寝ていたことになる笑)ので、今はすっかり目が冴えていたので、報告することができました。

 

明日は北海道で子どもや若者たちを応援する人たちが集まる「シンタの集い」が阿寒で実施されるので、FFPの若者たちとともに長女も一緒に参加してきます。

 

今日のノリで、元気だったら、戻ってきてちょっと紹介できるかな?と今は意欲が高まっているところです。

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2017-07-14 00:48:25

ちょっとずつ

テーマ:ブログ

いったんリセットして、次の情報発信のスタイルを模索しながら、時間だけが過ぎていきます(苦笑)

 

数日前に若者たちとの活動の助成金を受けている団体での報告会があり、その時の様子をFFPのブログに書いたので紹介します。

 

と言っても、ここにもしばらく書いていないから、あまり気づいてくれる人もいないかもしれません。

 

http://ameblo.jp/ffp-hokkaido/entry-12291517279.html?frm_id=v.mypage-checklist--article--blog----ffp-hokkaido_12291517279

 

この後にも報告会への周囲の反響は続いていています。

 

何がそんなに受け入れられたのか、少し整理したいなぁと思っています。

 

北海道も暑い日が続いています。

 

少しずつ、また情報発信をするためのモチベーションの回復と機会の準備が進んできた気がします。

 

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2017-05-22 01:11:09

安心はどこに?

テーマ:ブログ

いったん、一区切りをつけたブログですが、ここ1週間ぐらいで今後の目標を見出せそうな偶然の出会いが重なり、自分なりに考えたことがあるので、久しぶりに書いてみようと思いました。

 
書いてみようというよりも、書いたものを紹介しようと思っただけの手抜きです(実は)。
 
仲間と一緒にゆる~い活動をしている「両生類の会」(障がい児者の家族でもあり、支援者でもある両方の立場を持つ人たちの会です)で週末にリレーエッセイの発信をしているのですが、ちょうど順番が回ってきたので、今の自分の気持ちを書いたものです。
 
この一週間ほどの間に出会った人たちがさらにこの気持ちを後押ししてくれて、この先の自分のやるべきことを少しクリアにしてくれた気がしています。
 

 安心はどこに?

 

 この4月から、9年ぶりに自宅のある釧路中心の生活に戻りました。

 

 諸々の仕事がひと段落したこともありますが、大きな理由は重症心身障がいの長女の介護体制を整え、 将来に向けて『安心な生活』をイメージしたいと思ったからです。

 

2003年に支援費制度がスタートして以来、地域ではそれまでとは比較にならない数の通所施設や移動支援などの個別サービス、グループホームなどができ、地域生活支援の体制は格段に充実しました。

 

長女も生活介護事業所を3か所曜日で使い分け、ほぼ毎日ヘルパーを利用し、通院にも付き添ってもらうなど、私が家にいなくても日々は大きな問題なく過ごしています。

 

 しかし、長女の生活の拠点は自宅であり、日常の介護を担ってくれていたのは今年73歳になった私の母で、いくらたくさん使っても福祉サービスはあくまでも家族の負担軽減の手段としての位置づけに過ぎません。長

 

女は一昨年に肺炎で入院したことをきっかけに夜間の人工呼吸器を使うようになってから、体調がとてもよくそれまで伸び悩んでいた体重が順調に増えていき、逆に母は年々体力も筋力も衰えていき、体のあちこちも痛み出すなど、介護負担が大きくなっていきました。

 

今では移乗やトイレ、お風呂などの介助は二人で行わないといけいない状況になっています。

 

これ以上、母に負担はかけられないと、まずは私が主な介護者として家に戻ることに決めたのでした。

 

そうして家に帰ってきたものの「この先、どうなるんだろう?」と次の展開が見えません。

 

自分だって年をとり、衰えていくのですから、いつまでも介護できるわけではありません。

 

数年前には我が家をグループホームにしようと計画した時もありましたが、長女の妹たちにとっての実家をグループホームにしてしまうのは申し訳ないと思うようになりました。

 

だからと言って、長女の今までの生活ぶりを考えると家から出て、安心して暮らせるイメージがありません。

 

思い起こせば、長女に障がいがあるとわかって幼児期に肢体不自由児の通園施設に通っていたころ「障がい児者としての人生ではなく、一人の生活者として地域で生活してほしい」と願い、幼稚園、地域の小学校へ交流に行き、長女が少しでも地域の一員として生活できるようにあんなに頑張ったのに、今ではすっかり、家と福祉施設の往復だけの生活が当たり前になっています。

 

昨年は相模原で重度の障がいがある人たちが生きる価値がないと殺された事件があり、世間やニュースが安易に犯人だけを悪者扱いすることに強い違和感を覚えました。

 

確かに犯人は断じて許されない行為をしたけれど、犯人が主張していた優生思想や障がい者への扱いについて自分にはまったく関係ないと100%責めることができる人なんているのだろうか?

 

排除や差別を許さない社会だと自信をもって言えるだろうか?

 

障がいのある人たちが安心して暮らせる社会に向かっているのだろうか?

 

いや、そもそも長女が安心して生活できる地域、社会ってどんなものなのだろうか?それすら、うまくイメージできない自分がいます。

 

とりあえず、私は今すぐ衰えて介護できなくなるわけではないので、こうして釧路に戻ってきて、長女と再び日々過ごしながら、その答えを探そうと思っています。
 
福祉サービスができたからこそ、もう一度原点に戻って長女やいろいろな人たちと「安心」を見つけたいと思う今日この頃です。
 
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2017-04-19 22:37:08

責務を解く

テーマ:ブログ

すっかりと途切れ途切れのブログになっています。

 

このブログは自分で勝手に責務として「毎日書くこと」を目標に続けること、この夏で10年が経ちます。(去年末からは2日に1回になっていますが)

 

で、昨年の暮れぐらいから、「もうそろそろ、いいのではないか」と思っているところです。

 

次女にそんな気持ちを言ってみると、「やりたくないのに、やっても意味がないんじゃない」とあっさり言われました。

 

今日でいきなり終わりと言うわけではないですが、どこかでちょっとした総括を書けるようなことがあれば、書こうかなと思っています。

 

そして、別の形で何か情報発信を継続できるように再検討をしたいと思っています。

 

とりあえず、自分へ課した責務は今日で解きます。

 

まぁ、でも気が向いたら何か書くこともあるかもしれません。

 

途切れがちになっても、ちょこちょこ覗きに来てくれた人たちもいるので、ちょっと申し訳ない思いもありますが、これまでありがとうございました(って何にお礼を言っているのか謎ですが、ちょっとお礼を言いたい気分です)。

 

新たな発信方法の準備ができたら、そのお知らせはしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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