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みやざきのコト〜にっくの宮崎が好きやとよ〜

宮崎県で生活していた頃の記憶や帰省した時のコトなど宮崎に関するコトの備忘録や近況など。宮崎観光の参考に、昔の宮崎を懐かしむきっかけにでもなれば幸いです。

焼肉きんぐさんにあるデザートの「やわもちアイス(ラズベリーチーズ)」。

 

焼肉きんぐさんにはそれなりに食べに行っているのですが、「やわもちアイス(ラズベリーチーズ)」を初めて食べた時からずっと、その香りや味で瞬間的に子供の頃の何かが一瞬思い浮かぶんですよね。

 

何かが一瞬すぎて懐かしいという感じしか思い出せないんだけど、昭和の頃にあった駄菓子屋にいる感じ?。

 

毎回食べては一瞬何かが浮かんで懐かしいという感覚になるんですよね。

 

最初は駄菓子屋で匂う香りとか、ラズベリー味とかレアチーズ味の似た味の駄菓子か何かあったっけ?と思っていて、ふと思い出したことがありました。

 

昭和の頃って私は生クリーム、バタークリームがあまり好きではなく、通称ぽんた(たぬき顔のケーキ)とか、モンブランとかを小学生の頃は食べてましたが、中学生の頃くらいからチーズケーキを食べ始めた記憶です。

 

昭和の頃に初めて食べたチーズケーキは上にアプリコットジャム(あんずジャム)が塗ってありましたが、すぐにレアチーズケーキも出てきたような気がします。

 

あの頃のレアチーズケーキの上にはラズベリージャムが塗ってありましたよね。

 

あのレアチーズケーキを初めて食べた中学生の頃をふと思い出すのかなぁ。

 

中学生の頃は駄菓子屋には行った記憶がないんですけどね。

 

最近はスフレ風やバスクチーズケーキとかが主流で、レアチーズケーキをあまり見ないような気がするし、あってもラズベリージャムはないような気がしますが、今風のおしゃれなケーキ屋さんとかデパ地下のスイーツ売場なんかにしか行かないからかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日南市で生活していた小学生の頃なので1970年代の記憶ですが、うちは節分には落花生を撒いてました。

 

父が鬼のお面を付けて鬼の役をやってくれたりした記憶があります。

 

母も同じように覚えているようですが、落花生に鬼のお面が付いた状態で売ってたように私も記憶しています。

 

落花生を拾って、ピーナッツを年の数だけ食べてました。

 

今の生活圏だと節分で撒くのは大豆なんですよね。

 

大豆を撒くから、外に撒いた大豆はゴミ箱行きです。

 

落花生の方が拾いやすいし、無駄にならないけどなぁと思いつつ、鬼を追い払うには大豆の方が効果的なのかなと思ったりもするんですよね。

 

節分ということで話題になっていたのですが、北海道や東北、北陸などの雪国はだいたい落花生を撒くらしいのですが、雪が積もった庭などに撒くから拾いやすい落花生を撒くのだそうです。

 

宮崎や鹿児島は節分に落花生を撒く家が大半らしいのですが、落花生の産地があるからと推測されているそうです。

 

しかし、落花生の産地といえば千葉のように思うのですが、千葉は大豆とのこと。

 

千葉は東京の人に東京は大豆なのに、なんて言われたりして大豆にしているのかも知れないし、生産しているからこそ売り物なので撒いたりしないのかもしれないし、食べ飽きているからかもしれませんね。

 

あとは恵方巻も縁起物ですから、大人になってからは毎年ちゃんと恵方を向いて食べるようになりました。

 

恵方巻きの食べ方も決まりと言えば無言で食べるというだけですから、一度口に入れるとそのまま一度も口から離すことなく食べる派、途中で醤油などにつけて食べる派など色々といらっしゃるようですが、私はずっと口に入れたまま1本食べるのでで、うなぎの恵方巻とか食べている最中に醤油が不要な恵方巻きを毎年食べてます。

 

豆まき、恵方巻以外にも、イワシの頭を焼いて玄関に挿したりとか、その地域によって色々と風習があるんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和の頃、家にあった大きい瓶に入った蜂蜜。

 

キッチンのシンクの下に保管してありました。

 

子供の頃の記憶で大きい瓶だったという感覚ですが、大さじスプーンで掬っていたので高さ20cmくらいの瓶だったのでしょう。

 

小学生の頃、朝食はトーストが多かったんですね。

 

トーストは、バター、ジャム、バターと砂糖、そしてバターと蜂蜜のいずれかで食べていました。

 

あと喉が痛いといえば、当時は「蜂蜜舐めておきなさい」と言われ、スプーン1杯を舐めていたように覚えています。

 

うちにあった瓶に入った蜂蜜ですが、ふと気がつくと底の方にかなりたっぷりと砂糖みたいな砂粒状のモノが貯まっていたことがありました。

 

子供の頃は蜂蜜は甘いから、砂糖が貯まったんだとばかりに思っていましたよ。

 

蜂蜜に浸かった砂糖は甘いに決まっていると、その蜂蜜に貯まった砂糖(結晶)をバターを塗ったトーストに乗せて食べたら甘くて美味しかったのも覚えてます。

 

中学生、高校生の頃は平日は朝食を食べなかったし、蜂蜜を食べた記憶がありません。

 

なぜか蜂蜜は小学生の頃の記憶しかないんですよね。

 

大人になってからも若い頃は蜂蜜を買うことはなかったのですが、たまにテレビで蜂蜜を見たりすると昭和の頃の蜂蜜は美味しかったとか、あの瓶底に貯まった砂糖みたいなのが好きだったなんて話はしていましたけどね。

 

近年、朝食にギリシャヨーグルトを食べるようになってから、食べやすくなるというので蜂蜜をかけたら美味しくて、蜂蜜を買うようになりました。

 

ふと気がつくと、スーパーなんかで売られている蜂蜜は中国産が多くなり、カナダ産、オーストラリア産なども多くなっていて、日本産が少ない印象。

 

味を試すということもあって小さい容器に入った蜂蜜を買っては買って、美味しいと思わなければ違う蜂蜜を買うというのを繰り返しているのですが、どれも子供の頃に食べていた蜂蜜とは味が全然違うんですよね。

 

花などの種類によって違うのでしょうけど、昭和の頃に家にあった蜂蜜の味の記憶に近い味すらありません。

 

気になったので調べたら、蜂蜜にブドウ糖の含有量が多いと結晶化しやすく、温度が下がると結晶化するのだそうで、容器毎湯煎などで温めれば蜂蜜の状態に戻るらしいんですね。

 

昭和の頃、シンクの下に置いてあったから、冬に寒くて蜂蜜が結晶化していたのかと納得しました。

 

今の家だと冬は暖かくしていますから結晶化なんてしないのでしょう。

 

ただ、ブドウ糖の含有量が多いと結晶化するというのも気になります。

 

最近の蜂蜜は日本産でもブドウ糖が少ないのでしょうか。

 

だから蜂蜜の味がぜんぜん違うと感じるのかな。

 

あの蜂蜜の結晶が懐かしくて、数十年ぶりに食べてみたいんですけどね。

 

蜂蜜のブドウ糖含有量が多く、室内の気温が低くないと結晶化しないなんて、なかなか条件が厳しい。

 

ブドウ糖含有量が多い蜂蜜を冷蔵庫に入れれば結晶化するのかな。

 

新しい蜂蜜買ったら試してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は石油ストーブを使わない家が7割を超えているそうです。

 

昭和の頃、冬に暖を取る器具といえば、うちは石油ストーブでした。

 

昭和の頃はガレージに石油が入ったポリタンクが置いてあって、石油ストーブの石油が無くなると、油タンクを取り出して、溢れないように逆さまにしてポリタンクのところまで持っていって、通称シュポシュポでポリタンクから油タンクに灯油を移し入れたりよくしていました。

 

いかに油タンクから溢れないように、できるだけ満タンに近い状態に入れるかなんて試行錯誤しながらしていましたね。

 

私が小学生の頃に家にあった石油ストーブはマッチで日を付けていたような気がします。

 

中学生の頃になると石油ストーブのレバーを操作するだけで、燃焼筒が斜めに傾き、火を付ける装置が出てきて芯に火を付けられるようになっていたように思います。

 

大人になって帰省するようなった平成の頃には、石油ファンヒーターになっていて、ボタンを押すだけで自動で火が付くタイプでした。

 

ガレージに置いてあるポリタンクから石油を油タンクへ移すのは相変わらずでしたが、この頃になるとシュポシュポがもう電動タイプになっていて、スイッチをオンにすれば電動で吸い上げてくれるようになっていました。

 

シュポシュポと赤いところを揉んだり空気を抜いたりしなくても、スイッチ操作だけで済むようになっていたのでちょっとだけ便利になったもんだと思いましたね。

 

今はもうエアコンとガスファンヒーターですから、ボタン一つで暖を取れますし、給油なんて煩わしさもありません。

 

けど、子供の頃に石油ストーブに火を点けるためにマッチを擦って芯に素早く火を付けたり、石油ストーブの上にはやかんやお鍋が置いてあって、そこから湯気が出ていたり、石油ストーブの上のところでお餅やスルメを焼いたりなんてことをしていたのも懐かしい。

 

煩わしさもありましたが、マッチの擦り方、シュポシュポの使い方、油タンクを零さないように運ぶ方法など、あれこれ試行錯誤していましたから身に付いたスキルですが、もう使うことはたぶん無いスキルになったかなと思うと、ちょっとだけ寂しさも感じてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日「THE TIME,」で「鹿児島県民は黒板消しをラーフルと言う」と紹介していました。

 

もし、私が黒板消しを見せられて名称を問われれば「黒板消し」と答えると思いますが、「ラーフルとは何でしょう?」と問われれば「黒板消し」と答えられますし、黒板消しの別の名称を問われれば「ラーフル」と答えます。

 

黒板消しの記憶を思い返してみましたが、小学校の頃を思い返すと小6の頃に思い浮かぶクラスメイトが「黒板消し」と言っていたような記憶が朧気に思い浮かびます。

 

今は黒板消し電動クリーナーなんてものがあるようですが、昭和の頃は黒板消し係だったか日直だったか覚えてないけど、黒板消しを両手に持って窓から両手を外に出してパンパンと叩いたり、窓の下の壁を黒板消しで叩いていたような(壁を黒板消しで叩くのは外から見ていた光景が思い浮かぶので見ただけかな?)気がします。

 

風がある日だとチョークの粉を浴びたりすることになるし、チョークの粉は体に悪いと言うので息を止めて黒板消しを叩いたりしていたような記憶。

 

中学か高校で「ラーフル」って言ってたのかな。

 

中学、高校の頃にクラスメイトや担任(先生)の誰かが「黒板消し」か「ラーフル」か言っていたようなシーンを思い出そうとしてもなかなか思い浮かばない。

 

あっ、高校の時に黒板に強めに書く教師がいて、チョークの初手の点が消えないなんて言ってた記憶を思い出しました。

 

この時にクラスメイトとの会話の記憶を思い返そうとしたけど、「黒板消し」で点が消えないと言ってたような気がしますね。

 

その時のクラスメイトは高校で初めて同じクラスになった小中は別の学校だった子。

 

学生時代を考えると、何となく中学のクラスメイトだった女子の1人が「ラーフル」って言ってたような記憶が思い浮かぶけど、記憶かどうかもわからないくらいモヤッとしてますね。

 

大学の時には講義は黒板で、ゼミは「ホワイトボード」でした。

 

「ホワイトボード」のマーカーで書いた文字や図形を消すのは「イレーザー」ですからね。

 

「ラーフル」ってどこで覚えたんだろう。

 

そういえば入社当時に会社で先輩の女性が何かの名称をここではそう呼称するんだと思った記憶があったので、それについて考えたけど、それはタオル地に枠と対角にステッチがある雑巾にしか見えない布を「ダスター」って言ってた記憶でした。

 

「ダスター」って私の当時の感覚だと、洗車に使ったりするマイクロファイバー製のクロスとかで、小学校なんかでも使う対角にXのステッチがあるタオル地の布は雑巾だと思っていた頃の記憶でしたね。

 

「ラーフル」はテレビで何度か観て記憶したのかなぁ。