みやざきのコト〜にっくの宮崎が好きやとよ〜

みやざきのコト〜にっくの宮崎が好きやとよ〜

宮崎県で生活していた頃の記憶や帰省した時のコトなど宮崎に関するコトの備忘録や近況など。宮崎観光の参考に、昔の宮崎を懐かしむきっかけにでもなれば幸いです。

こちらのブログの画像はだいたい「宮崎県観光協会」さんが提供されている画像を使わせていただいているため、ブログで紹介している料理や場所とは異なります。あくまでイメージ画像です。
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先日、半世紀ぶりに「東九州新幹線」と「四国新幹線」の検討が動き出したと報道されました。

 

「東九州新幹線」は現在の福岡市と鹿児島市を大分、宮崎の両県経由で結ぶ路線で、1973年に国の基本計画路線として計画だけはあったものの、2026年まで半世紀以上全く動いてなかった計画。

 

「四国新幹線」も岡山県から四国四県を結ぶ計画で、こちらも1973年から半世紀以上全く動いてなかった計画。

 

宮崎県出身の50代半ばの身としては、50年前にあった計画ならもっと早く開通しておいてくれればという気持ちですね。

 

福岡市内(博多駅)から新八代ルートで宮崎駅だと想定時間は最短の1時間24分。

 

福岡市内(博多駅)から鹿児島中央駅経由のルートだと宮崎駅まで想定2時間12分。

 

新八代ルートだと人吉、えびの、都城経由で宮崎駅みたいです。

 

鹿児島中央駅経由ルートだと都城、宮崎駅みたいです。

 

どちらのルートでも都城は通るみたいで羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和8年熊本地震により被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 

一日も早く穏やかな日常が戻りますよう心よりお祈り申し上げます。

 

まだまだ復興・普及に向けた活動も続いていると思いますが、観光需要を回復させる目的で政府が補助金を使い「九州ふっこう応援割」を2026年10月1日(木)より開始するそうです。

 

同じ熊本県でも被災してない地域がもちろんあるので、旅行者を受け入れられる宿泊先を応援しようという施策ですね。

 

宿泊費、旅費など上限がありますが、地震の影響でキャンセルが相次いだ熊本、鹿児島へ旅行する場合には6割引。

 

福岡、大分、佐賀、長崎、宮崎への旅行は5割引。

 

ただし、割引額には上限があるようです。

 

1泊旅行だと最大2万円の割引が上限、2泊以上の旅行だと最大3万円の割引が上限、九州の2県以上で宿泊する旅行だと最大3.5万円が上限みたいです。

 

旅行予約サイト、旅行会社、ホテルの直販などを経由して予約した場合に適用されないので要注意です。

 

間違っている可能性もあるので、気になる人はちゃんとご自身でお調べください。

 

10月1日(木)開始のようですから、10月のスポーツの日の三連休と11月の勤労感謝の日の三連休に九州へ行く予定がある方は、早めに確認や予約を行わないと宿泊も移動も予約できないなんて可能性もあるかもしれないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年8月23日(日)放送分の「鉄腕ダッシュ」。

 

城島茂さんとSixTONESの森本慎太郎さん、そして福島県の木材所の方が演者として映っていた時に、城島さんが木材のしなりを確かめるために切り出された薄くて細長い木材を左手で押さえて固定し、右手で連打し始めたんですね。

 

その木材のしなり具合を見ていた私の脳裏には、サイズは違えど「ハイパーオリンピック」の定規を使った連打が思い浮かびました。

 

すると、城島さんが「ハイパーオリンピックでやりましたよね?」と木材所の方に投げかけると「俺も今言おうと思って」と言い出して「ハイパーオリンピックでやりましたよね。定規で」って感じで盛り上がりました。

 

城島さんも木材所の方も55歳だそうで、同世代の私も木材のしなりを見て同じようにハイパーオリンピックを遊ぶ時に定規を弾くことを思い出したんですよ。

 

城島さんは奈良県出身、木材所の方はたぶん福島県の方でしょう。

 

私は宮崎県。

 

ハイパーオリンピックは1985年前後くらいにゲームセンターで遊べて、その後ファミコンに移植されたゲームで、100m走の競技だとボタンを連打すればするほど早く走らせることができて、記録が出せるようなゲームだったので、ボタン連打からボタンを擦る方が早いとか、定規を弾いた方が連打できるなんて感じでした。

 

同世代だとゲーセンだったりファミコンで遊んだ方も多いのではないでしょうか。

 

城島さんがハイパーオリンピックで遊ばれていたのが奈良県在住の頃なのか、上京後なのかは知りませんし、木材所の方もずっと福島在住なのか知りませんけど、当時インターネットなどの情報網がない時代で、遠く離れた地域に住んでいても、同じような体験というか遊びをしているんですよね。

 

私も定規を弾いた記憶はあるのですが、ゲーセンではなくファミコンだったような気がします。

 

誰かがファミコンソフトを持っていて、遊ぶ時に誰かが定規で弾くと記録が出るとかなんとか言って、定規を持ってきてみんなで試したんじゃなかったかなぁ。

 

ゲーセンにわざわざ定規を持っていって遊んだりしたなら珍しいから覚えているはずですが思い出せないし、ハイパーオリンピックがどこのゲーセンにあったかも思い出せません。

 

私は定規をうまく弾くことができなくて、定規やボタン擦りよりもボタン連打の方が結局速い記録が出せたような記憶が朧気ですが思い浮かびます。

 

ボタン連打と言えば高橋名人ですよね。

 

高橋名人が1秒間に16連打できるということで、ポケットサイズで液晶とボタンが付いたボタン連打測定機みたいなのがあって、それを誰かが持っててみんなで遊んだりしていましたが、中学生くらいの頃は最高14回くらいは連打できてたような記憶があるなぁ。

 

世代ではない森本さんは「何ですか?ハイパーオリンピックって?」という感じでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お盆休みにニンテンドースイッチの公式オンラインセールをチェックすると、「アーケードアーカイブス」にあるナムコさんのレトロゲームがいくつかセール対象となっていました。

 

「ボスコニアン」、「ラリーX」などがセール対象となっていて、通常ダウンロード838円(税込)が30%オフで586円(税込)。

 

「ボスコニアン」懐かしいですね。

 

小学生の頃、日南山形屋さんの宮崎銀行油津支店さんがある方の出入口から入って階段で2階に上がると、通路にアーケードゲーム筐体が複数台並んでいて、テーブル筐体も2台くらいありましたよね。

 

立って操作する筐体の「ラリーX」、「ギャラガ」、他にも座って手でハンドル、足でアクセル、ブレーキを操作する筐体でレースゲームの「ポールポジション」なんかもあったような気がします。

 

同じ時期にあったのかは覚えてないけど「ボスコニアン」、「ゼビウス」は確実にあった記憶があります。

 

そうそう、アーケードゲームじゃなくてエレメカっていうジャンルになるような気がするけど、潜水艦の潜望鏡から見て、海に浮かんでいる模型の軍艦に向けてボタンを押すと光の魚雷が海中を進んでいるような演出になって軍艦に当たると爆発を光で演出するというようなゲームもあった記憶がありますね。

 

あの通路にいると、よくこのエレメカ(だと思う)の潜水艦ゲームの「ピコーン」みたいな潜水艦のソナーみたいな音が鳴っていたような気がします。

 

「ゼビウス」があったのは中学生の頃でしたね。

 

昭和50年代後半(1980年前後くらい)は、油津のゲームセンター(寿屋前とか)は警察官と補導員がパトロールしていて、小学生だけでゲームセンターにいると補導されて警察官と補導員に叱られて、さらに学校と親に連絡が行くという話だったんですよね。

 

ただ、小学生の頃、仲間内では日南山形屋さんのゲームコーナーは補導員が来ないらしいという噂だったので、安心してゲームができる場所でした。

 

小学生の頃は母親と買い物に行っても、別行動して2階通路でゲームで遊んだりしていた気がする。

 

寿屋日南店さんのボーリング場は大人の空間のイメージで、子供だけでゲームを遊びに行くのはちょっと気が引ける場所で、寿屋日南店さん向かいにあったゲームセンターは不良がいるかも知れないちょっと怖い場所で、安全にゲームできる場所は日南山形屋さんだった記憶です。

 

そんな日南山形屋さんも2025年2月24日に閉店となり、64年の歴史に幕を下ろしたのは予想できていたとはいえ寂しいニュースでした。

 

現在は1階で「宮崎山形屋ギフトショップ日南店」さんとなって営業しているそうですね。

 

私ら世代が小中学生の頃は、百貨店の日南山形屋さんがあって、総合スーパー(スーパーは食品だけで総合スーパーは衣食住の品揃えがあり規模も違う)の寿屋さんが油津と吾田にあったんですよね。

 

もう日南市から百貨店も総合スーパーも無くなった訳ですよね。

 

サピア日南さんはショッピングセンター(商業施設)ですからね。

 

都会はどこもそうだと思いますが、だいたい地方出身者が多数いるので、今でも初対面の人が地方出身者だったりすると出身地の話になることが多いのですが、大学生の頃は「日南市は百貨店と総合スーパーはある」と言うと、「都会の市でも百貨店なんてない市の方が圧倒的に多い。そんなところは田舎じゃない」と言われた頃が懐かしいです。

 

大学生だった頃(1990年前後くらい)は帰省時に寿屋油津店さんに行ったりしていたので、まだ営業されてたんですよねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この度の令和8年熊本地震により被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 

 一日も早く穏やかな日常が戻りますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

熊本地震により松橋ICとえびのIC間の高速道路に大きな段差ができたりしていたので、通行止めが解除されるまでもっと復旧に時間がかかると思っていましたが、僅か17日間の復旧期間で一般車両が通行可能になったことに驚きました。

 

14日午前6時に解除されたので、お盆休みに宮崎や鹿児島へ車を利用して帰省されていた方々は、Uターン時には九州自動車道を使えた方々も多かったのではないでしょうか。

 

熊本、福岡あたりは余震も多かったように思いますが、被災地の復旧と復興、そして支援と日夜ご尽力くださっている関係者の皆様に深く敬意と感謝を申し上げます。