語り手はヒトのオス個体に宿る○○目線?!

 

今回は朝井リョウさんの衝撃作『生殖記』のあらすじ&感想をご紹介します!

 

評価3.8/5

内容にはめちゃくちゃ共感できるものの、物語としては語り手がずーっと主人公の生態や行動を解説し続けるだけなので、やや退屈するところが。個人的には読みやすさで言えば『正欲』、内容の良さでは『生殖記』という感じ。ちょい読みづらい進化版『正欲』と言えば「しっくり」くる(それでも私は本書の方が好き)。ユーモアもあるのであまり悲観せずに読めるところもGOOD。

 

 

あらすじ

本書の語り手は同性愛者である会社員・達家尚成の「生殖本能」。包み隠さず言えばチ〇コです。尚成はこれまで自分の秘密を誰にも明かすことなく、この異性愛者を前提とした社会で迫害されないように「擬態」しながら生きています。

 

一方、尚成と共に30年以上生きてきた「生殖本能」の「私」は、自身の活躍の場がないことに嘆きつつも、変わりゆく時代の中で自分たちの在り方が変わっていくことを受けいれています。本書はそんな世の中に「しっくり」きていない尚成を応援する「私」の物語になっています。

 

解説

『生殖記』を読む上でのポイントは、「幸福とはなんぞや?」です。尚成はこの「しっくり」こない世界の中で、少しでも自分なりの「しっくり」を求めながら生きています。悔しいことに、異性愛者はそれだけで既に世の中の「当たり前」と「所属」を手にし、ひたすら共同体内における均衡、維持、拡大、発展、成長を目指して進み続けます。

 

所属している共同体に貢献したいという気持ちが、自分は共同体に所属しているのだという感覚=共同体感覚を強めてくれる。その共同体感覚こそ、人間の幸福度に大きく関わっている。共同体感覚が高いほど、幸福度も高くなる。P76

この資本主義社会における拡大、発展、成長こそが、THE異性愛者社会なわけで、まさに子孫を残すことや、社会貢献なんかに該当してきます。しかしそれらが不可能な尚成のような個体は「役立たず」だという理由で邪魔にされ、迫害されるだけでなく、暇を持て余します。拡大も、発展も、成長もできない個体がそのような社会で生きていく場合、死ぬまでの時間が暇すぎるのです。異性愛者はいいですよ?恋愛したり、子育てをしたり、家族のために出世を目指して奮闘したり。ヒトは他の生物と違って生殖後もやることが多いですからね。しかし尚成はそれらを諦めた個体ですから、余生を時間潰しできる(ダイエット、お菓子作り、掃除など)無心でいられる何かを常に求めています。

 

生殖=拡大、発展、成長であること。そして資本主義はそれらの後付けにすぎず、世界はどこまでも生殖すなわち異性愛者の常識でできているという考え。何だか「しっくり」きませんか?物語の終盤、尚成は生まれて初めて自分なりの「しっくり」にたどりつき、幸福を感じます。それは「そもそも同性愛者(や独身、子なし家庭)が責められる理由って何なん?」の答えが「子孫を残せないから」一点にたどりついたときにありました。

 

それなら「同性愛者でも、独身でも、子を持てない人でも、子孫さえ残せれば、何も問題ないのでは?」ということになります。たとえばメスだけで妊娠可能だったり、オスだけでも出産できたり・・。そんなふうに医療や技術が進化したら?もう毎日「次」やることに悩まなくても、自動的に拡大、発展、成長できるのではないか?

 

本書はヒトがいかに「拡大、発展、成長」のために生きている生き物なのかを実感させてくれます。ピンとこない方も、次の感想を読めば何となくわかっていただけると思います。(以下ネタバレ含む)

 

感想

実は拡大、発展、成長の社会で疎外される人は尚成のような同性愛者だけではありません。たとえば労働に向いていない異性愛者や、高齢者なども同じです。どちらも経済的に拡大、発展、成長できない個体として邪険にされる仕組みになっているのがこの世の中。

 

幸い尚成は仕事向きの人間であったため、経済という面では存在することを歓迎されていました。しかし、それ以外の面で迫害されている尚成は、決して会社に貢献する気はなく、仕事とは自身の拡大、発展、成長の場ではなく、あくまで食料調達の場だと割り切ります。さらに職場を異世界だと設定することにより、多少嫌なことがあっても「別な星に出稼ぎに行っているだけだからなぁ~」と受け流すことができるようになっています。

 

同僚たちが言う「社会をもっとよくするために~」の社会(次世代)に属していない尚成は、判断、決断、選択、先導を担うことも拒否します。なので当然、出世欲もなし。皆がやりたがらないどうでもいい単純な仕事を好み、楽してお給料を貰えればいいのさ~精神で飄々としているのです。

 

尚成は普通に生きていると異性愛者から迫害されてしまうため、誰よりも空気を読み、そして深入りしないという技もお手の物。経済的自立をした今なら、学生時代とは違いほとんど共同体をごり押しされる危険性もなくなったので、なんとか命はキープ。もうそれで精一杯なので、それ以上の目標(拡大、発展、成長)は不可能といったところです。

 

しかし実際、成体になったヒトは結婚・出産うんぬんより、「お前は金を稼げる能力を持った人間なのか?」の方が生存において超重要になりつつあると思います。仕事ができないヒト、労働がとことん性に合わないヒトというのは、他に食糧調達をしてくれる仲間がいない限りほぼ死確です。そこで良きパートナーに寄生できるのなら何とかなりますが、恋愛も無理となったら・・・。これは高齢者も同じで、つまり「生産性のない人間」と見做されたらもう終わりなのです。そう、生産性。これがすべての根源だったのですね。もう生産するものがなくなっても、私たちは誰もストップがかけれず、死に物狂いで拡大、発展、成長へと進みます。どうでもいい行動に出て無駄を生産します。とても哀れな世の中だと思いました。

 

おわりに

大変不謹慎ですが、大災害だったり、コロナだったり、ノストラダムスの大予言だったり、世界終幕モード、縮小ムードになった瞬間に、パニックになる人逆に元気になる人の二種類がいますよね。

 

前者は生産性特権がある人たち、後者はそれがないので、それさえ無くなってしまえば隠れて生きる必要がなくなる人たち。朝井リョウさんは前者を「モラハラ大黒柱」と表現していたのが笑えました。

 

だって、幸福度が共同体感覚に依っている個体、その中でも尚成のように発生後三十年を超えたようなヒトの個体は、今後心身が時間的に前進するにつれ老体になるため、殆どの場合、共同体への貢献度は低下していきます。家庭や社会を支えていた個体があっという間に家庭や社会に支えられるようになるわけで、そうなると、これまで共同体への貢献に幸福度を司らせていた分、甚大なショックを受けがちなんです。まさに、あの一見美しい宣言”生産性のない人なんていません”が自分に還ってくるわけです。入浴も排泄も自力でできないような今の自分に生産性なんてあるのかと、共同体にとって自分は今ただただお荷物な存在なのではないかと、多くの個体は今後、幸福度を下げていく傾向にあります。P275

はい、コレめっちゃ真理です~。生産性!生産性!と叫ぶほど自分で自分の首を苦しめているんですね。しかし尚成のように生産性命ではないヒトにとっては、そもそも幸福の基準が違うので、拡大、発展、成長しなくても、時間が前進しても全然問題なくハッピーを維持できます。むしろ異性愛者から特権意識を剥がせる未来のためなら、時間が進むほど嬉しいし、縮小・崩壊に向かうほど元気がでてくる!しかも実際そんな世の中になりつつある。

 

結局、自分の幸福度をどこにおくかという話なのかな。時代に合わせるか、自分基準か。

 

尚成のように、みんなでマットを運ぶとき、腕に力は入れず、でもその一員であるっぽく振る舞う生き方をする人はとても多いはず。ちょうどこの本を車の中で読んでいたら(人を待っていた)、真向かいにある中学校の体育館から見事に同じファッションをした成体たちがぞろぞろ出てきて、みんな髪型も同じで、ガムを嚙んでて、乗っている車も似たり寄ったりで、思わずうわぁ~と声がでちゃいました。共同体だぁって。あの人たちはマットを運ぶ腕に力入ってそうだなぁと思いました。でも、なんとなくあの輪には入りたくないなぁと強く思っちゃいました。何でだろう?めっちゃ生産性ありそうなのに(笑)私は尚成の方にずっと親しみがあります。

 

ちなみに『生殖記』では『正欲』にはいなかったような私のイチオシキャラ多和田颯が登場します。本書が読みづらいにもかかわらず、気に入っているのは彼のおかげといってイイくらい魅力的です。変に優等生でもなく、ドガってもなく、けれども誠実なところがキーパーソンとして大活躍。未読の方はお楽しみに。

 

さいごに、今回はオス個体の生殖本能が語り手でしたが、メス個体だったらまた違った考えがありそうだなぁと興味深かったので、ぜひ村田沙耶香さんあたりが描いてくれたら面白そうだなぁと思いました。しかもこの生殖本能は生まれ変わって別な個体(ヒト以外も当然ある)に宿る設定なので、そこら辺も面白いポイント。現実的ではありませんが、コラボ希望です。

 

以上、『生殖記』のレビューでした。

 

 

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