わたしを庇わないで|あらすじ・感想
石田夏穂さんの『わたしを庇わないで』のレビューになります。こちらは面白いしか収録されていない中編小説集。どの話も爆笑してしまうので絶対に家でひとりで読んでくださいね!【あらすじ】あなたは人に「デブ」と言えますか?欺瞞の薄皮をぴりりと剥ぎとる、笑いと皮肉てんこ盛りの、傑作中編小説集!三國造船で働く安井は、職場の人たちを「サンゾウ」と一括りにし、直視せぬようやり過ごしてきた。労働組合からの要請を受け、改めて個々のサンゾウを観察し始めるが……。――「世紀の善人」小学校を卒業した望は、友人とディズニーランドに行く計画を立てたが、自分の顔が嫌いで乗り気になれない。「奇跡の一枚」を目にしたことで、自意識が変わり……。――「小人二十面相」タナマル水産の広報部員として働くアヤノは、自他ともに認める「デブ」である。担当する食べ歩き企画で、その食べっぷりと自虐ネタが「おもしろい」と話題になり……。――「わたしを庇わないで」わたしを庇わないで (集英社文芸単行本)Amazon(アマゾン)評価★★★今年ツボった一冊に推薦したいくらい笑った。共感あり、文才あり、とにかくパンチが効いていた。最近ありきたりなストーリーというやつに拒否反応が出ているので、想像力溢れる個性的な本を読みたい方には満足してもらえるかも。以下は各編のあらすじと感想になります。世紀の善人トップバッターは、三國造船(略してサンゾウ)という世界的企業で働く女性社員の嘆きを面白おかしく描いた話。サンゾウの生態主人公の安井は積算部で唯一の女性社員。彼女の他は時代が昭和で止まったパワハラ男性社員ばかりのため、回される仕事はお茶出しやコピー取りなどの雑用ばかり。そこでストレスに耐えながら生きていく手法として彼女が生み出したのは、男性社員たちを一人の人間として認識するのではなく、「サンゾウ」という生き物として認識し、扱うことだった。たとえばサンゾウたちがエアコンの風で喉がイガイガすると不機嫌になったシーン。彼らは自分たちの体調不良の原因をエアコンをつけた安井のせいにする。以下はその際に爆誕した彼女の名言だが、サンゾウという生き物をよく表している。 サンゾウ裁判の結果、安井はバイオテロの主犯格になった。「エアコンの送風禁止!」「のど飴ほしい!」「節電を徹底しろ!」安井は速やかに加湿器をセットした。前は、こういうときサンゾウに言い返したかったものだ。が、サンゾウがそういう絶滅危惧種であることが明らかになったいま、いまさら彼らにできないことをさせようとしても無理なので、だったらなるべく外部の手を加えず、原始の状態で保存したほうがいいだろう。いまのご時世、野生のサンゾウは滅多に拝めない。昔はどの会社にもいただろうが、いまはワシントン条約マターだ。(P36〜37)安井はもはやサンゾウの考えることが透視できるレベルになっている。最初は嫌で仕方なかったサンゾウ集団だったが、「本来なら自然淘汰されている生き物を自分が飼育してあげている」と思うことで、彼女もなんとかメンタルを保っているように見えた。サンゾウはメンコイ?安井がサンゾウに抱く印象は「嫌い」ではなく、「気持ち悪い」だった。「気持ち悪い」は「嫌い」とは違って感情ではないため、いつしか彼女はサンゾウを観察(検体)するようになる。そこでわかったのは、サンゾウが圧倒的に強者であるということだった。以前、他の部署で同じくサンゾウからパワハラを受けている女性社員がセンゾウ(専務)の薬を入れ替えていたことがあったが、当の本人はそれに気づかずにいたのだ。それはなぜか。それはセンゾウが身近な誰かが自分の薬を入れ替えるなど夢にも思わないほど強者だったからだ。実は安井もサンゾウに嫌がらせをしたことがあった。サンゾウの財布から8,000円を抜き取って募金箱に入れたのだが、そのときのサンゾウも「きのう知らないうちに金を使いすぎちゃったよーっ」だった。こちらもまさか盗人の部下が会社にいるなど夢にも思わない強者だったのだ。彼らはあまりに予定調和だ。サンゾウは食物連鎖の頂点すぎて自然界の厳しさを忘れてしまっている。それを教えられるのは自分しかいない。職場でいちばん弱い自分しかいない。(P64)こんな状態のサンゾウだから細々とした作業や面倒な作業はすべて安井に押し付けていた。絶対に自分でやろうとはしなかったのだ。その度に安井は「サンゾウは◯◯をすると死ぬ、だから私がやってあげないとだめなんだ」と自身に言い聞かせていた。最終的にはサンゾウの◯◯をすると死ぬシリーズのひとつ、「サンゾウは階段を使うと死ぬ」が実現してしまう。普段なにがなんでも階段を使わずエレベーターしか使わないセンゾウが、あることが原因で階段をかけ下りてしまったのだ(心臓発作)。ちなみにサンゾウには女性の言うことは絶対に聞かないという性質もある。なんとそれが原因でもうひとりのサンゾウも多分死んだ。このようにサンゾウの金太郎飴っぷりは見事なので、ぜひ皆さんも直接確認してほしい。小人十二面相小6の望は友達と卒業旅行でディズニーランドに行く予定になっている。しかし、自分の顔が嫌いで仕方ない彼女は、そのような写真を撮りまくる人気スポットに行きたくなくて困っている。醜形恐怖症?望が顔面コンプレックスを抱えるようになった原因は七五三まで遡る。彼女は当時撮られた写真がとてつもなく不細工だったことをいまだに引きずっているのだ。しかし友人や家族から見た望は美少女であり、どうやら彼女の美的センスには狂いがあるようだ。その一方で、望が卒アル撮影の際に、クラスの女子たちが前髪を何度も直す姿を見て「ビフォーアフターは何ひとつ変わらないのに触れば触るほどビジュアルが向上するかのような熱意をもってそれを続ける」と引いていたり、カメラマンに何度も撮り直しさせる姿を見て「8回も撮って何が変わるんだよ」と呆れるシーンには共感しかなかった。本当の自分面白いことに、望はふいうちで自分の顔を鏡や写真で見てしまった時に、「あれ?かわいい」と思うことがある。それを彼女は「どうやら自分は偶発的にブスで、偶発的に美人だ。自分の容姿容貌は媒体によってゴミにも華にもなる」と考察している。たとえば同じ鏡でも汚くて暗い場所にあるものは欠点がボヤけて美人に見えやすい、一方試着室の鏡は暴力的に不細工な姿をつきつけてくる、といった感じだ。だからこそ望は、美しく見えたときの自分を記憶に刻んでモチベーションをキープし、あとはできるだけ無慈悲な媒体に被弾しないよう注意して生きようとしている。あの文房具屋の壁は、よい「鏡」だ。望のセンサーがそう告げている。(略)総合的に判断した上で、その「鏡」を見ることにした。果たして、そこにいらっしやったのは、それはそれはケッコウなお嬢サンだった。(P121〜122)姿見って心臓に悪いなあ。あれはモデル以外の人は見ないほうがいい。(略)望はデップリと佇む自分の姿から逃れるのに必死だった。せっかく芽吹きつつあった自尊心の種がこの失態で大暴落した。(P112)結局わたしたちは本当の自分の姿というのを見ることができない。自分の姿だけは媒体を通した二次情報でしか知ることができないからだ。鏡と写真は人から見えている自分とは違う。おそらく容姿に自信がない人は、誰しも心に望を飼っている。わたしを庇わないでラストを飾るのは、自他ともに認めるおデブちゃんの話。これが一番面白かった。公認デブアヤノは昔から太っている。しかし今の今まで誰からも太っていると指摘されたことも、揶揄われたこともなく生きてきた。平和で優しい世界だった。時にその「配慮」は彼女を傷つけた。ある日、会社で一緒に食リポ取材を担当しているナナミが体調不良を訴えたため、アヤノがリポーター役を務めることになった(彼女はいつも着ぐるみを着て盛り上げる役だった)。ところが次のロケも、その次のロケも、ナナミはキャンセルし、いつしか代役を務めるアヤノの食リポのほうが世間で人気となり、完全に彼女がリポーター担当にされてしまった。アヤノの食リポが人気になった理由。それはとても理不尽なものだった。自分では美味しそうに食べているつもりの姿が、ただ太っているという理由だけで、なぜか「面白い」と評判になったのだ。それにしても、やはり驚かされたのは、誰も「おいしそう」と言わなかったことだ。皆さん示し合わせたように「おもしろい」「おかしい」「笑える」「ウケる」。何か越えてはならない一線を越えてしまった気がした。(P151)アヤノが世間からデブキャラでウケたとたん、社員たちも彼女を公認デブとして扱うようになってしまう。また、動画の視聴者からはもっと辛辣なコメントが寄せられた。しかし、アヤノは事実をありのままに教えてくれる視聴者たちに妙な安心感を覚えていて…。デブはかわいそう?そんなアヤノを見て、ナナミはアンチコメントを削除したり、自虐をしてはいけないと説教をしてくるようになった。さらにコメント欄にはアンチからアヤノを擁護する集団が現れ、「この人は病気で太っているのかもしれないし、薬の副作用かもしれません」などと庇うようになった(アヤノは健康体だし、逆にこれは何らかしらの原因がなければ太っちゃいけないと言われているようなもの)。しかしこれらはアヤノを苛立たせ、傷つけてしまった。思うに、デブは「デブ」と言われて「傷つく」というより「傷つくことになっている」のだ。デブは「デブ」と言われて「傷つく」というより「傷つくべき」なのだ。(P156)私はもし拳銃を所持していたら自分を「デブ!」と罵るやつではなく「この人をデブって言わないでかわいそう!」と庇うやつのほうに発泡する。(176)デブにデブと言ったらかわいそうなのは、貴方がデブを差別しているからだ。(P189)案の定、手厚く庇われた私は、かつてない屈辱を覚えた。「庇う」という行為はその庇われる人の劣勢を一方的に確定してしまうことだ。それが好ましくない状態であることを克明にプロパガンダしてしまうことだ。(P178)ナナミの偽善者っぷりは凄かった。自虐してはいけない(なぜ自虐だと思うのか)、人はありのままで美しいのだから容姿を貶すアンチを許してはならない、と言いつつ、自身は美容に熱心で、社内でもマドンナ扱いで、明らかにそれを売りにしていた。何より、アヤノが少食で苦手な魚を無理して食リポしていることに気づいていなかった。それはアヤノがデブだから。ナナミのなかには、デブ=大食いで好き嫌いがないという偏見があったのだ。デブを勝手に庇う人こそ、実はサイコパスで、偽善者なのかもしれない。感想ただ一言、共感しかない。ルッキズムに対してこれほど説教くさくなく、ユーモアたっぷりに、でも核心をついた内容を伝えてくれる小説が他にあるだろうか?それほど筆者のハイセンスな文章に痺れました。ここにあるのは単なる皮肉や自虐じゃないのよね‥。なんでしょう。なんと言ったらいいのでしょう。本書の主人公たちにはプライドがあるんですよね。ちゃんとそれがあるから皮肉っても自虐しても自分を汚さないし、嫌わない。『世紀の善人』の安井だって、結局他部署の女性は休職しちゃったけれど、彼女はしませんでした。なぜならサンゾウに見下されても自己評価を下げなかったから。おかしいのはサンゾウで、自分は正しい。そう最初から最後まで信じていたから泣かずにいられたのです。なんだったらサンゾウのバカさ加減をメンコイとまで思えていたのだから強い。もはや「敵に勝つには敵を知る」の孫子マインドで生きていたのがよかったのでしょうね。まぁ結果としては狂人になってしまいましたが、おそらく彼女はサンゾウに精神勝利したので、あの決断に悔いはないのでしょう!『小人二十面相』の望は、自己分析をしすぎて醜形恐怖症になっていました。そもそも彼女は実年齢に対して精神年齢が高く、頭も良い。悲しいことに、そのせいで同級生がこれから悩むようなことをかなり前から先取りしている状態に見えました。あの年齢で客観視をマスターしていると、辛いだろうなぁ。しかし妹はもっと賢くて人生を達観していそうだったのて、望にはまだ隙がある!大丈夫(笑)!彼女の場合は攻撃は最大の防御なり作戦だったのかな。自分で自分の評価を下げることで、自分を守っている。そんなふうに見えました。これ、実は意外とプライドが高いタイプです。表題の『わたしを庇わないで』は、人類みんな読んでくれレベルに秀一でした。こっちが頼んでいないのに気の毒扱いするなよって。人の価値観を勝手にアップデートするなよって。しかしデブを勝手に庇ってくるやつもサイコパスですが、デブを罵ってくるやつもサイコパス。みんな自分が見せたい自分のとおりに評価してもらえないとストレスを持つという点においては、アヤノもいい感じにワガママで自分軸を優先しているのだと思いました。自分が大事それでいいじゃん?それがあれば潰れないじゃん?わたしのことをわたし以外が決めないで。わたしの幸福の基準を社会が勝手に不幸に染めないで。皮肉や自虐のようで、でも全然そうじゃない。たくましい女たちの物語でした。とても読みやすい小説なので、気になった方はぜひ。以上、レビューでした!