わたしの女の子との交流記 その七 お見合い編 | わたしの夢はどこに・・・

わたしの夢はどこに・・・

私ってなに?本当にGIDなんだろうか?まだまだ彷徨っています。
その中で多くの方のブログを見させていただいて、いろいろなことを教えていただきました。
このブログは自らの心の整理と、一つの事例として他の方の参考になったらお返しになるかな
と思って開きました。

わたしは絶対しなくちゃ、とか

  (女性と)結婚するなんて絶対いや、と言うこともなく

  それなりに年が来て、縁あれば、いつか(女性と)結婚するんだろうな

  とは思っていました

 

女性から思いを寄せられることは皆無とは言いませんが

        ・・・それでも片手あれば足りるかな(^O^;)

  基本”もてる”ということはなかったですね!

それでも

  わたしと結婚することが出来ない

  男性とか、女性でも既婚者からは

  「□□(旧姓)さん、いい人なのにね~」とは言われ

        ・・・先日の「恋愛免許証」では

            ”超絶イイ人だが、友達止まり”と言われました

  会社の同僚はじめ、お客様やら、山小屋のメンバー

  さらには近所のおじさんに、行きつけの喫茶店の常連さんまで

  いろいろな方から紹介されて

  両手両足の指では足らないくらいの、正式非公式のお見合いをしました

 

お見合いは、一回で断ったら失礼になるから、と言われていたこともあり

  どうしても合わないなぁと感じた人には

  それでもお断りしたこともありますが

  多くはお断りを言われた方が多いかな(^O^;)

 

それでも何人かは、その後何回かは連絡を取り合って二人で会いました

  わたしは自ら飲むわけでもなく、食通でもないので

  街のこじゃれたお店だとか、チョット素敵なお店を知っているわけではないので

  二人でいつもどこに行くか困るのですが

  取り敢えずお見合い後初めての時には、大体浜名湖一週していました

浜名湖一週は、龍潭寺等湖北のお寺さんを参拝したり

  湖畔のマリーナのレストラン等に入ってお食事をすると

  大体3~4時間で廻って来られるので

  それなりにお話するお時間も取れていいのです

 

そして問題が二度目(お見合いから三度目)のデートなのですが

  お相手の意向も確認しながら、当然日帰りですがあちこち行きました

 

その中のいくつかの思い出を紡いでいきたいと思います

 

先ずは近場から

  お客さんに紹介された彼女ですが

  隣県新城市にある鳳来山東照宮に行きました

      ※東照宮は各地にいくつかあるようですが

        わたしは三大東照宮の日光東照宮、久能山東照宮、鳳来山東照宮に行きました

この東照宮はスカイラインがあって

  少し離れてはいますが山の上の駐車場まで行くことができますが

  この時は麓の鳳来寺より1425段の参道を登って東照宮に

      ※久能山東照宮の石段は1159段ですので、鳳来山の方が少し多いですね

  さらに奥の院まで行きました

ただこの時は、途中で岡崎から来られていたご夫婦と一緒になり

  その時の雰囲気と言うか、成り行きで

  一部石段を競って登ることになってしまいました(^O^;)

「まだまだ私達若いわねぇ~」と言ったり

  「本当に若い小学生は、自分のことを”若い”なんて言わないよ~」

  なんて言いあいながら、楽しく石段を登りました

東照宮を参拝した後

  さらに登って奥の院からの絶景も四人で観たのです

  そしていろいろお話していたら

  豊橋まで戻るのが大変そうだったので

  彼女の了承を得たうえで、豊橋駅までご夫婦を送って行きました

 

 

次の彼女は、最初の会社の二度目の転勤でこちらに移ってきた時

  家を建てるまで住んでいたお家の裏の方に紹介された方です

紹介してくれた方とは、町議選挙の時にちょうど組長だったわたしは

  田舎の地域ぐるみの選挙を体験したのですが

  その時に一緒に動いて、選挙のことをいろいろと教えいただいたのです

そうした中で、紹介してくださった方のお母様がお花の稽古をしていて

  そこに通われていた娘さんを紹介してくださったのです

 

彼女とは何回目かのデートで

  中伊豆は天城峠旧道と河津七滝を歩いてきました

天城峠旧道とは、伊豆の踊子が歩き、石川さゆりが唄った「天城越え」ですが

  「河津七滝」は”ナナダル”と読んで

  釜滝から大滝までの河津川沿いに七つの滝があり

  そこを繋いで1km弱の遊歩道があります

これを浄蓮の滝駐車場まで私の車で行き

  そこからバスに乗り換えて水生地下バス停まで

  そして現存している最長の石造りトンネルである旧天城トンネル目指して歩き出します

    ※この旧天城トンネルは学生時代の思い出があって

      神自連の自動車ラリーで防大が幹事校の時

      応援でわたしは防大担当チェックポイントだった天城トンネル出口に配され

      11月の寒い夜で、近くの歯座位を探して焚火をして暖を取ったり

      満天に埋め尽くされた星の中で、数えきれないほどの流れ星を見た夜でした

この時はたしか夏だったと思うので

  わたしのコーデはポロシャツとショートパンツにハイソックスでしたが

  みんなレディースでした(^O^;)

  ブラはしていなかったけどね・・・

 

暗いトンネルの中では

  (安全の為に)彼女の手を取るべきか、どうするのか悩んだのですが

  結局は手を取ることは出来ませんでした

 

その後も何度かデートしましたが

  最終的にはお礼として??

  お仕立券付きのワイシャツ生地が隣の方経由で送られてきて

  終わりました

 

そしてもうお一人、やはりお客様から紹介された彼女

  彼女とは、当時TVで知った木曽の大桑村で作られている「桜の花漬け」を求めに

  南木曽までのドライブをしました

ドライブそのものは、求める花漬けも手に入り

  往復の行程でのお話もたくさんできて良かったのですが

  その後日、いろいろなお客様から

  「この間の日曜どこ行ったの?高速で隣に彼女乗せて」と言われちゃいました

なぜ知っているの??と思ったのですが

  それはその時に乗っていた私の車のせい(^O^;)

  と言うのは『わたしの車の変ナ歴シ』で紹介した三代目のバイオレットで

  10万kmを越えた時に

  Zの黄色に全塗装して黒のレザートップに艶消し黒のボンネットにドレスアップ

  とにかく目立つ車だったのです(^O^;)

 

そして彼女とは、阿寺の七滝にも行きました

  この滝は、日本の滝百選にも選ばれている滝で

  こちらは”アテラノナナタキ”と読みます

  そしてこちらは七つ滝があるのではなく、七段の一つの滝なんです

  ここに着いた時、少し雨が降り出したのですが

  わたしの車に常備していた一本の傘で、駐車場から滝まで歩いていく事になりました

でもね、女の子と一緒の傘に入ったことはなくはないですが

  彼女との距離感は??

  雨に濡れないように肩を抱いて、、、ということも出来ず

  結局は身体が触れないように少し離れて

  彼女が濡れないように、少し彼女の方に傾けて歩きました

天城トンネルの時もそうなんですが

  まだあまり親しくなっていない方との対応はどうしたらよいのでしょうか???

 

そして最後は、今隣の家に住んでいる彼女、元奥さんです

  当然、最後のお見合い相手ですが

  彼女は、二番目の会社で一緒に仕事をしていた営業さんの紹介でした

実際には彼自身が彼女を知っていたのではなく

  彼の母親と彼女の母親が幼馴染で、その縁での紹介でした

 

3月31日に初めて彼の家で会って

  そのまま二人で伊良湖のガーデンホテルでランチ

  その後何度も浜名湖を巡ったり、やはり伊豆に行ったりしていましたが

  ある時彼女のマンションに行った時に

  わたしの女装するという性癖をお話ししました

この時には、まだ性同一性障害なんて言葉は知らず

  ”女装する変態おじさん”という概念でしか、自分を語れなかったのです

  それでも彼女はどう思ったのか

  それでもいいからと、結婚する前提でお付き合いが継続されました

でもその時わたしは、もうこのまま結婚できないのなら

  転職した結果、新しい会社に通うのに途中乗り換えがあったりして

  通期時間が結構かかっていたので

  弁天島にあったリゾートマンションに転居することにしていて

  家は売却され、マンション購入の銀行審査も下りた時でした

それで契約直前でしたが、銀行側はストップしましたが

  家の売却契約は終わっているので、彼女のマンションに転がり込む形で名古屋へ!

家を建てた時にはこれが終の棲家で

  これ以上西に移ることはないんだろうなと思っていたのが

  一気にさらに100km西へ!

  そして結婚届も8月18日の日曜日に区役所に

  知り合ってから4ヶ月チョイでした(^O^;)

    ※彼女も結婚式というか披露宴はなくて良いということで

        先ずは区役所への届けだけで

        法律的にはそれだけで問題ないのですが

        そうは言ってもひとつの区切り、想いの確認と言う意味で

        自分らだけででも結婚式はしておいた方がいいのではないかと

        わたしが会員になっていたトマムの水の教会で結婚式を挙げることにしました

      式場予約は簡単に出来るんだろうと思っていたのですが

        実際には最短で3か月後の10月18日

        そこまでに何かあってはいけないと

        その日は日曜だけど同じ18日に届けだけ出すことにしたのです

 

結婚する前にわたしの女装癖をお話して

  引っ越しの時にも、それまでに持っていたレディースのお洋服もたくさん持ち込んで

  夜に私の部屋でお仕事する時、女の子になっているのは黙認してくれ

  なおかつ「着たら汗が染み付くから洗濯機に出しておいて」と言われていたので

  分かってくれているんだな、と思っていたのです

 

それから七年ほどして上の子に恵まれ・・・・この前二年続けて途中心停止

  さらに翌年下の子も生まれたのですが・・・・上の子が早生まれなので学齢は二年差

  上の子が中学生になると

  「こどもが分かるようになるから、(女装は)やめて」と言われるようになり

  さらには「そんな趣味に高い金を使って」と・・・

わたしは勝手に分かってもらえていると思っていたのですが

  彼女としては、女装趣味なんて、時間が経てば、年取れば、いつかやめるんだろう

  と思っていたのでしょうね(*_*;

 

その齟齬が時間が経って、ズレが大きくなってきたのでしょう

  その軋轢の中で

  わたしはいつか、もうこのままこの家に居てはいけないんだろう

  と思うようになり

  結婚20年目の家族四人での富士登山は止め

  上の子の高校受験の一年間、自分の気持ちの確認をしながら

  トランス準備のために、脱毛とフライングのデポ注を始めました

そして上の子の高校が決まって

  家族にカミングアウトしての「勝手にRLE」として家を出ました

 

それからも、こども達が居て、彼女の配慮もあってか

  家族との交流は続きながらも

  離婚があり

  下の子の成人を待って、戸籍の改性までできました

 

そして家を出て7年半

  その間に彼女のご両親とも続けて亡くなって

  同じ敷地内のご両親の家が使われなくなったので

  お家のお守りということで、彼女の誘いがあって

  迷いもありましたが、隣の家に戻ってきました

 

結婚した時、彼女はわたしが定年になったら

  船で世界一周旅行に行きたいね、と言っていたのですが

  たまに「私の(老後の)夢を返せ}と言われますが

  言われてもね・・・

「世界一周旅行」に行くだけなら

  わたしだって正しく”女性だけど”パスポートは持っているし

  問題なく行けるんですよね(^O^;)

  「夫婦としていきたい」と言われたらoutですが・・・

 

それでも昨年くらいから

  二人でのお泊り旅行も行くようになっているし

  (子供も一緒ならもっと前から)

  そして今年はフェリーを使って二泊の南東北旅行をして

  先日は義姉との三人女子旅もしました

 

いずれにしても子育てすることは出来たし

  お仕事、結婚、子育て、トランス

  わたしがこれらをみ~んなこなすには

  このタイミングでしか

  出来なかったのかな

  これでいいんだよね!

  と勝手に思っています

 

先ずは彼女(元奥さん)に感謝です<m(__)m>

 

このシリーズもあと一回

  もうすこしお付き合い下さいナ