やっても無駄

どうせムリ

どうせうまく行かない



そんなふうに思ったこと、ありませんか?


私はたくさんありました。



でも「また傷つきたくないから避けている状態なんだ」とわかるようになったら、落ち込まなくなりました。


 

 過去に失敗したり、自分が思うような結果にならなかったりしたことで傷ついてそのままになってるから、残ってるんですね。


残ってるからこそ、またそんな思いをしたくないので再体験しそうな状況を回避しようとします。


もちろん無意識です。



だから


やっても無駄

どうせムリ

どうせうまく行かない


と思うことで、傷つかないように守っているんです。

 


  過去に傷ついた自分に気がついて、手放してあげると視界が開けたり、捉え方が変わったりします。



そうなると選択も変化します。


選択が変われば結果も変わると思いませんか?


自分にとって何が最適か、どうしたいか、考えられるようになるといいですね。

 

 

 

 

 

 


カバー写真が桜ですが、札幌の開花宣言はまだです。。


最初は22日だった開花予想。寒いので伸び伸びになってます。晴れている日にお花見に行きたいので、天気予報とにらめっこしてます(笑)





小さい子どものチャレンジ精神や好奇心って、すごいですよね。


大人になるにつれて、いつの間にかチャレンジしなくなったり、守りに入ったりしていくことってよくあると思います。


私ももちろんありました。



でもそれって「年齢」が原因なんでしょうか?



年齢を重ねるにつれて頑固に、保守的になる人もいるし、 


シニアになっても、外国語を習得したり、SNSをはじめたり、新しいことにチャレンジしている人たちもいます。


 

ということは、必ずしも年齢が影響するわけではないんですね。



「好奇心」だったり、「夢」だったり、「成長」だったり…、きっとその人にとって大切なものがベースにあるんじゃないかと思います。



私も最近、新しいことをはじめました。一つは断捨離。もう一つはライブです。


(ライブははじめたばかりなのでもうちょっとやって、いろいろ固まってきたらリンクを貼ります)



どっちも前から興味があったけど、なかなか踏み込めなくて「うーん…」ってなってたのですが、断捨離は無性にやりたくなってやってます。楽しいです。



ライブも、お話しがたいなと思いつつ、先延ばしにしてました。



いまのところ、お役立ちな内容ではなく、誰かに伝えたいこと、聞いてほしいこと、日常や気がついたことなどを、語ってます。


そういうふうに人と繋がれる場がほしいなと思っていたからです。


書いても伝えられるけど、 「話す」もまたいいんですね。


「書く」のと「話す」のはやっぱり違います。


書いているいうちに伝えたいこととは違ってしまったり、思うように言語化できなかったり、


声に出して話しているうちに、それてしまったり、あとから「あれも言いたかった」と気がついたり


「書く」も「話す」もして、人に伝える、表現する、コミュニケーションする。そういうところを磨いていきたいと思います。



ライブは即興だけど、ある程度長い文章は即興になりにくいですよね。即興すぎると読みづらくなります。


聞いている人の反応が、リアルタイムであるのもいいなと思いました。


私は声を出して話しているけど、相手はチャット(文字)で、お互いに同じ方法ではないやりとりが新鮮でした(笑)


とくに頭を使いがちな人は、即興で何かを(表現など)するのはいいですよ。



 

 

 


ネガティブな気持ちになることって、誰にでもありますよね。



そういう気持ちになったときに、なんとかしようとていませんか?

 


 「なぜ嫌なんだろう?」「きっと○○たからだ!」と、分析をはじめたり、過去を掘り返したり…。




それが必要なこともあるけれど、そこにある自分が感じている気持ちをスルーしているケースがとても多いです。




例えば、

誰かに嫌なことを言われたとします。


「この人、いつもそうだよね」

「そういう言い方は無いんじゃないの?」

「私が○○したからかな…」

「もしかしたら、嫌われてるのかもしれない。」



反応の仕方は様々ですが、どれもダミーで、自分の本当の気持ちではありません。



自己防衛のため、無意識に本当の気持ちを隠しています。



私も自分で自分の気持ちをスルーしていたことに気がついて、「スルーしてた💦ごめんね」と思うことがあります。



隠したいし見たくないけど、本当は気がついて欲しいから、チラチラ見せてくるんですね。



本当の気持ちはもっとシンプル。

「寂しかった」

「悲しかった」



その気持ちに気付いて手放すと、 問題だと思っていたことが問題ではなくなります。



さっきの例で言えば、

「嫌なことを言ってきた人」を客観的に捉えることができるようになります。


 

 

 

 


誰かと自分を比べてしまうこと、ありませんか?


昔の私は目立つことがイヤで、大人しくて、人と違ったことはしたくないタイプでした。



いまは違っていても、同じでも、どっちもいいと思ってます。



自分と違う価値観や考えなどをを知るのは楽しいです。


何ヶ月も太陽が昇らない国があったり、住んでいる人よりも通勤で来る人の割合が多い国があったり、自分が知らないだけで世界は広いなと思います。



 似たような環境にいても全然違う考えや価値観をもっていたり、



人はみんな違います。


 でも、ちょっとだけ「それ同じ」「分かる」という部分もあって、それも嬉しいなと感じます。


 

「違うこと」も「同じこと」も、全然問題ではなくて、それをダメなことだと思ってしまうことが問題なんですね。



正しい

間違ってる

優れている

劣っている


そういうものを持ち出してジャッジすると、自分がしんどくなってしまいます。



だから、もし「人と比べているな」気がつくことがあったら、自分にOKを出してあげてくださいね。



 


 

 

 

 


どうせ失敗する

やっても変わらない

頑張ってもムダ


そんな思い(無力感)に囚われていませんか?


ここにハマってしまうと、自分で抜け出すのは難しいです。



「どうせできない。だってできなかったから。」それが事実だと信じ込んでしまうのです。



でも、そこに至るということは、すごく努力して頑張った過去があるということです。



例えば、「頑張ってもムダ」と思っているなら、



何かに対して一生懸命に頑張った結果、傷つくことがあったり、うまく行かなかったり、結果に満足できなかったり…といった経験をしています。



だから、「頑張っても無駄(何回やってもできなかったから)」と思ってしまいます。



でも無力感は学習なので、変える(手放す)ことができます。



生まれたときから無力感のある人はいません。赤ちゃんや小さな子どもはなんにでも触ったり舐めたり興味を持ちますよね。



「どうせ失敗する」も、何かを一生懸命にやって失敗した結果、自分に対して失望したり、希望を持てなくなったり、そういう経験をしてます。



問題は「自分が経験したこと」の中にあります。



ただ単に、そういう経験をたくさん積んできた。というだけなのです。


能力がないとか努力が足りないとか、そういうことではありません。


だめな人も、価値がない人もいません。


問題となっている経験のところをクリアにしていくと、行動できるようになるし、未来に希望が持てるようになります。