自分の居場所がないって辛いですよね。




実際に居場所が一つもないというケースはかなり少ないと思いますが、



居場所がないと感じる場合、家や学校、職場などで、自分が受け入れられている、必要とされていると感じられていない…。




そういうのをひっくるめて「居場所がない」という一言でまとめていないでしょうか?





自分の居場所があると感じている人たちに、どんなときに居場所と感じるか、話を聞いてみたら



人との繋がりが感じられる場所や、集まり
自分の趣味の時間、場所


を居場所と感じられるそうです。




その共通項ってなんだろう?と考えみて、自分らしくいられる場所なんじゃないかと思いました。



無理せず、自分らしく、リラックスできる場所。
楽しく過ごせる場所。


自分が自分でいられる時間があれば、自分がいる場所が居場所になる。


そう思いました。

 



問題は自分らしくいられないことであり、

自分はダメ
受けいられない
認められない
愛されない
価値がない

と、自分自身が頑なに信じていることです。



私が「どこにも居場所がない」と感じていたときは、自分が周囲の人に受け入れられてない、認められていないと、強く感じていました



人は自分が信じてきたものを、正しいと思いがちです。


本当に自分に価値はないのか?
本当に自分は一度も愛されたことがないのか?


ちょっと疑ってみてください。



過去にあなたをあたたかく迎えてくれたり、尊重してくれたり、そういう人がいても自分が受け取らなかった、信じなかった…ということはありませんか?




意外とそうでもなかったと思えたら、少し世界の見方が変わるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、発展途上な自分が許せないなと思いました。



そんな自分が許せないから「中途半端な状態の自分を人前で出したくない」と思っていて、


その結果、素直に自分のことを話したり、表現するのを阻んでるな…と気が付きました。



私は、人は何歳でも成長するものと思ってるし、私の価値観の中では「成長」が上位にきます。



その価値観と相反してるので、なんでこれが出てきたのだろう?と自分と向き合ってみました。



自分は愛されない
自分には価値がない

 

そういう間違った思い込みから発生していて、それを認めたら「中途半端というより、成長途中なんだよね。」と、優しく受け止められるようになりました。



自分に対して、中途半端だと攻撃してました。自分責めですね💦





メンタルが不安定な人ほど、
自分自身に対して、愛されない、価値がない、受け入れない、などの思い込みを持っていますが、それは間違い。



たとえ、子どもの頃のあなたに親がそう言ったとしても、それをずっと信じ続けて生きていかなくてもいいんです。



自分に対してネガティブで否定的な言葉をかけられるとストレートに受け入れるのに、

ポジティブで肯定的な言葉は、受け入れられないし信じられないってありませんか?



私はずっとありました。



いまはネガティブなのはスルーして(入ってこないし、気にならない)
ポジティブで肯定的な言葉を受け入れます。



そっちのほうが楽しいし、そうできるようになっていくとラクになります。



過去に縛られるのはやめました。


完璧であること
上手であること
失敗しないこと
人に認められること


そういうものをゴールにすると自分が苦しいし、しんどくなってしまいまいます。


 

 

 


前から白い文鳥さんを飼いたいと思っていて、ついにお迎えしました。


毛が生えてないぷっくりしてところは「そのう」です。餌が透けて見えてます。
 

なでなですると気持ちよさそうにします。


名前は

おもち
しらたま
マシュマロ
みるく

で迷ったんですが、いちばん呼びやすい「みるく」にしました。


白い食べ物ばっかり(笑)


お店では12月生まれと言ってて、それにしては羽が生え揃ってないな?と思ったのですが、

文鳥飼いの人方にきいてみた結果、やっぱり12月生まれみっぽいと思ったので、12月で誕生日を決めます。


背中が少しグレーですが、大人になると白くなるらしいです。





もう一羽の桜文鳥の「ゆず」は3月で5歳になります。

仲良くしてくれたらいいですが、文鳥って結構気が強いので、カゴを分けて様子を見ようと思ってます。

しばらくはプラケースで育てます。





ラクに生きるには、素直になることが必要です。

 


自分の気持ちを素直に認めたり、それを相手に伝えたり…



でもそんなこと認めたくない!

もし相手に言ったらバカにされる


などの反応がでてきたら、それは自己防衛。



その自己防衛に従っていると、幸せとは正反対の方向ヘ向かってしまいます💦


でも人って、この自己防衛のほうが正しいと思っちゃうんですよね。



自己防衛も生き残ろうと必死です。




私も長らく振り回されてきました。


実は劣等感がとても強くて、弱い自分、できない自分を出したくないと思ってました。



 劣等感を手放してみたら、「私って、いつも人と戦ってた!」と気が付きました。


ちょっとしたことで人と比較して張り合って、相手は気にしてないのに、自己防衛で自分の中で勝負をしてました。



まさに一人相撲状態(笑)


 

 そういうのをやめたら楽になったし、相手のいいところが見えやすくなったり、客観的になれたり、コミュニケーションが取りやすくなったり、いいことしかありません。




 自己防衛は手放したほうがラクになれます。

 

 

 

 

 

 

 


後悔したくない


後悔しないようにしたい


そう思ったことありませんか?


私はたくさんありました。


でも、いまは後悔って必要ないなと思ってます。



あのときああしていればよかった。

こうしていればよかった。



 そう思うことで、後悔したときの感情を感じることから回避してました。





「あのときああしていればよかった。」

「こうしていればよかった。」


↑これは感情ではなく「思考」です。



感情を感じていると思いがちですが、実は感じられていません。




感情は「悲しい」「悔しい」など、シンプルなので、感情を感じているなら、例えばこんな感じになります。



「時間に間に合わなかった。悔しい!」

「大事なものを失くしてしまった。悲しい…。」




つまり、しっかり感じてるかどうかがポイントになります。





それから、後悔しないために事前に準備したり、何かを選択したりすることもありますよね。




後悔したくないから○○する




「感じたくない」という恐れを起点にして選択すると、自分が本当に望んでいるものとは違う結果を得る選択になります。



なぜなら、回避することが目的になるので、欲しかった結果は手に入りにくくなります。




例えば、


駅前のケーキ屋さんのケーキが好きで食べたくなったとします。


でも強めに雨が降っているし、駅前まで行くと傘をさしてても濡れるかも。


最近買った、お気に入りのバッグを濡らして後悔したくない。


すぐ近くのコンビニなら、雨が弱まっているときに行けば濡れないだろうと考えて、コンビニに行きました。


「コンビニのケーキもおいしかったけど、やっぱりあのケーキ屋さんのケーキが食べたかった…」と思いました。




「後悔したくない」からはじまって、回避してコンビニにした結果、本当に食べたかったものを買いにいかない選択になっています。



ケーキは話をわかりやすくするための例えですが、こういった選択を以前の私はしてました。そして、その結果に満足していませんでした。





 ネガティブな前提がない状態で選択すると、自由度が高くなります。



 


あなたが後悔しているとき、感情を感じられていますか?