センテンスサワー -31ページ目

センテンスサワー

気の向くままに書き綴るのでよろしくお願いします。
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梅雨入りしてしばらく経ち、ようやくそれっぽくなってきたようです。

全国で雨降りのようで、石川県では史上最多雨量らしいです。

私の住んでいる香川県では、明日あたり警報がでるらしいです。

雨の少ない県なので願ったり叶ったりで、みなさんホッとしていることでしょう。この時期、香川県では節水話が定番なのです。

だからといって、デメリットだけではなく、雨の少ない県だからこそ生まれたものもあるのです。

讃岐の地域は少雨のため米が育ちにくく、代りに少雨でよく育つ小麦を生産することにしたのだそうです。同様の理由で製塩もよく育つため力を入れて生産したそうです。

そこで生まれたのが「うどん」です。

少雨だからこそ、適した材料で、適した製法で、適した食べ物が生まれたのです。



そもそも香川出身の空海が中国からうどんの製法を持ち帰り日本へと広めたそうです。

仏教の人だと思っていたら、うどんの人でもあったのです。

そしてこの功績は大きいでしょう。

幾つもの要因が作用し、引きつけ合い、地域ならではのものが誕生したのす。

これは香川だけではなく、日本の各地で誕生しているし、偶発的ではなく、必然だと言えます。




長い人生、長い歴史の中で「雨ニモマケズ」的な自己啓発も大切ですが、少しくらい負けてみてもいいのではないでしょうか。

そこから生まれるものもあるだろうし、少なからず「うどん」は生まれたのです。

無理して同調なんかせず、自分らしくでいいと思います。



最後に、謎かけでしめくくりたいと思います。


香川県とかけて、うどんと説く、その心は、

どちらも「ツユ」が欠かせないでしょう。

お後がよろしいようで。

以上。
20世紀初頭、ライト兄弟は初めて飛行機を飛ばした。

当時、「人間はどのような機械をもってしても空を飛ぶことはできない」と唱える科学者がいたようだ。

誰もがそんなことなど無理に決まっていると思っていただろう。

それでもライト兄弟は空を飛ぶという夢を追い求めた。

時間と労力を費やし、度重なる実験を経て、ついにライト兄弟は人類の夢を乗せて空を飛んだ。

それが一世紀も前の出来事である。



それでは簡単にライト兄弟について他己紹介をしよう。

ライト兄弟とは、兄のウィルバーライトと弟のオービル・ライトのことである。

アメリカ出身の動力飛行機の発明者で、世界初の飛行機パイロットである。

彼らは自転車屋をしながら研究を続け、1903年に飛行機による有人動力飛行に世界で初めて成功する。

もっと詳しいことを知りたい方は、ウィキペディアで調べてください。時間があれば「ライト兄弟の秘密」を読んでくださいね。



それではライト兄弟が飛行機を発明した時代について解説したいと思う。

歴史的背景を知ることはとても重要であり、彼らの偉大さを改めて実感できるのでは。

ということで少しばかり振り返ってみよう。


1893年、デュリー兄弟によりアメリカでガソリン・エンジンを搭載した自動車が完成する。同時期に、蒸気自動車や電気自動車が凌ぎをけずっていた。自動車レースなどで、ガソリン・エンジンの性能が評価され、実用化に向かう。

1903年、ライト兄弟が飛行に成功した前後に、自動車会社が続々と誕生する。フォード社やゼネラル・モーターズが創立。

1901年、USスチール(製鉄会社)設立の年。鉄の時代到来。日本では、八幡製鉄が完成しており、軍艦が建造されはじめる。数年後、日露戦争。

そして1908年以降に、アメリカ、ヨーロッパで飛行機の発展が急速に進む。

この辺りから、航空黎明期に突入する。

各地で、ライトフライヤーのコピーが作られはじめる。

飛行機競技会が開催され、スピード、高度、飛行距離を競い、新たな記録を更新し続けた。

まさに「素晴らしき飛行機野郎」の世界だった。

しかし、この飛行機開発競争の中で、ディフェンディングチャンピオンであるライト兄弟は、競合の中に埋没してしまう。

皮肉なことにライト兄弟は初めて飛行に成功したが、その後は順風満帆とはいかなかった。


1909年、ライト兄弟は投資家たちの協力を得て、ライトカンパニーを設立する。

ライトフライヤーは長距離飛行できるように改良され、洗練された無駄のないデザインに変わり、「ロードスター」という愛称で人気となる。

それから数年、ロードスターは改良され続けるが、ライト兄弟の活躍はここまでとなる。



1912年、ウィルバー・ライト、腸チフスで死去。

それ以降、ライトカンパニーは失速していくことになる。

技術的なセンス、商売センス、どの点においても兄であるウィルバーの功績が大きかったため、弟のオービルだけではどうすることもできなかったのだろう。

また彼なくして飛行は成功しなかったことも事実である。

飛行機をさらに発展させるには設備や軍資金が重要で、そのためにはマーケティングに力を入れ、生産技術を向上させる必要があった。残念ながらオービルにはその能力が欠けていたのである。




その後、航空界で注目されたのはグレン・カーチスという実業家である。

彼は技術だけでなく、経営能力や資本金、そして設備まで備えていた。彼には人間としての魅力もあった。

そして彼をバックで支えていたのは、電話機の発明で有名なグランハム・ベルである。

彼らの出会いは、ベルが航空機用エンジンをカーチスに発注したことがきっかけである。

この本には、カーチスも同じくらい取り上げられていて、その話も実に興味深い。

次回はその話をしよう。



そして1914年、第一次世界大戦勃発。

翌年、1915年、アメリカとヨーロッパで戦闘機が登場し、空中戦が始まる。



というのが、一連の流れであり、過程である。

輝かしい栄光の影で、並行して様々な物語が進行していた時代だと思う。

発明が人を救い、また発明が人の命を奪う。

結果はどうであれ、夢とロマンが数々の発明を生んだことは事実である。

ライト兄弟も同様に命をかけて夢とロマンを追いかけた。




人間には翼がないから、飛びたいとか思うんだろうな。

鳥が空を飛び、儚くもそこに自由を感じたのかもしれない。

過去の偉人はぼくらから様々な夢とロマンを奪っていく。

そして無責任に世界を少しづつ自由にしていく。

残り物の夢とロマンはあまり面白みのないものばかりで、くだらねえ世の中だよなと、思っちゃたりする。

でも、それはそれでニッチなところに夢とロマンを探す作業も楽しいのかもしれない。

てことで、本日はこれまで。



 

先日、江頭2:50分がDVDの発売イベントで全裸で観衆にダイブをしたことで、公然わいせつ罪として事情聴取されたそうだ。

裸になるくらいならまだ注意くらいで済んだのかもしれないけど、どうやら勃起していたようで事が大きくなったのだろう。

これに関してとやかく言うつもりはないけど、改めて芸人という職業は大変な仕事だと感じた。

社会が近代化するということは世知辛い世の中になることは当たり前で、逃れようのない事実。加えて、日本国民の民度は低下する一方だし先行き不安。

アメリカでは女性上半身の露出を求める抗議運動などあったけど、この点に関してはすごく寛容で羨ましい文化だなと。

その点、現在の日本には芸人を受けとめる寛容さはなく、冷たい目で傍観しているだけ。監視社会化している中で、これまで通用していた芸人のあるべき姿も消えつつある。

そもそも芸人のあるべき姿とは一体何なのだろう?

裸になったり、女遊びしたり、豪遊したり、などなど。

非常識な行いや破天荒な姿に生き様があり、それを笑うことで古き良き時代の関係性が成り立っていたのである。

つまり社会不適合者だからこそ悪行であっても正当化され、またそれが芸に繋がっていたのである。

差別を笑うことはある意味人間の真理であり、悲しい性であるが、芸人は差別されるか否かのグレーゾーンで、同情を笑いにかえていたのである。



だが、それは過去の話で会って、ビートたけしや松本人志などのカリスマが登場することにより、芸人の価値が高まってしまい、戯言は通用しなくなり、芸人に対する見方は変わってしまったのである。

最下層だった芸人という職業も、テレビタレントとして活躍することで芸がなくても食っていけるようになり、いつの間にか富裕層の仲間入りしてしまった。もちろん、売れてない芸人はたくさんいるが、一般人が認知しているのはテレビで売れている芸人なので、それ以外は自称芸人であるとしておく。

最下層の芸人を笑うという構図はいつの間にか崩壊し、芸人の方が上の存在になってしまった。芸人のあり方も、笑いの取り方も、何もかもが不利な状況になってしまった。

差別や暴力に対して敏感な世の中で、それを武器として生業としていた芸人は一体どうすればいいのか?

体を張ったり、無茶をしたり、数年前までの寛容なメディアが無い中で、薄まった芸を見せられても満足できないに決っている。

今回、江頭の話題を取り上げたのは理由があって、芸人が過激さを追求することが困難になっている中で、過激さを追求できるアンダーグラウンドな人たちが存在することだ。

例えば、以前話題になった、男性器を有名フランス料理店で調理して、それをオーディエンスを集めて食すというイベントである。

これを笑いと捉えるのはいささか無理があるが、笑いの法則にのっとれば笑いになりやすい環境は整っていると思う。笑いにならなくても、過激さに興奮し、面白がれる人たちはいるだろう。

ぼくは彼らをあんぐら芸人と呼ぶことにするが、彼らが現れることで、芸人は不利になることは事実だろう。

あんぐら芸人の追求する過激さに、芸人は指をくわえて見守ることしか出来ない。制限された中で、どう面白くするかという課題もあるが、それはパターンにも限界があるだろうし、建設的ではない。

テレビタレントになるか、芸を追求するか、という究極の選択をせざるを得なくなるだろう。

どう考えたって、先行き不安以外のなにものでもない。



とまあ、こんな感じで書いてきたけど、違う方向に向かって芸人は進化していることも事実だ。人を傷つけず、慣れ合いで笑いが取れる技術が磨かれていると思う。ある意味尊敬するし。

でも、ぼくはそんなこと求めてないし、期待していない。

過激さ、暴力、差別などの危険な匂いがするものに、ぼくらは飢えているのである。

倫理的にも道徳的にも判断の出来ないグレーゾーンの中で、彼らは責任をもって笑いを生み出そうとしていたのである。

昨年の教師による暴力問題ではこぞって暴力に対して線引していたけど、そもそもそんなもの無意味な議論であって、似非絶対主義の戯言でしかないだろう。

良い暴力もあれば、悪い暴力もあるし、それを極端に抽象化して悪を生み出す気持ち悪いさ。

絶望ですよ、まじで。

あんぐらで活躍する素人が、ネットの普及により、彼らの活動が容易く広まるようにもなった。

それと同時に芸人は言葉を失っていく。

とりあえずだけど、解決策はひとつしか見当たらない。

それはメディアというプラットフォームを放棄することだ。

てな、感じかな。

以上。