毎月、2泊3日の業務の買い出しと休暇を兼ねて鹿児島への出張は諏訪瀬島、硫黄島、そして屋久島でも続いている。
たまには映画でも見ようかと天文館の映画館の前に立った。
上映中の映画は「嗚呼!花の応援団」だったが、「どおくまん」の漫画の劇場版で、面白くて学生時代よく読んでいた。
女優は日活ロマンポルノの女王・宮下順子だったが、主役の青田赤道役は新人だが何処かで見た顔だ。
キャスト一覧を見て唖然とした。
「今井均」と書いてある。 ずっこけた・・・
大学の友人の剣道部主将の今井だった。
何であいつが・・と思いながら映画を見た。
長い学ランにキセルをくわえて「クエ!クエ!くえ~」「チョンワ!ちょんわ」という独特のポーズ。
やや迫力に欠けるがバカバカしくて面白かった。
今井は海洋学部・海洋土木科で建設会社に就職していたのだが、何でまた俳優になったのかと友人に電話して聞いた。
野人は空手部、イスラエルにわたって軍事空手の教官をやっていた同期の友人は今井と仲が良かった。
今井の会社の近くの日活でこの映画の主役のオーディションがあり、「どんなバカが来るのか」と冷やかしに行ったら、それがどういうわけか主役に抜擢され、休暇をとって出演したと言う。
応募者およそ2000人の中の1人・・・
今井の言う「バカの頂点」に選ばれた・・と言うことか。
図体もデカく人相も悪いが彼は行儀の悪い良家の「お坊ちゃま」だったようだ。
学生の時から体に合わないちっこいスポーツカーで大学に来る上に、センスが悪い。
必ず学生帽に時代遅れのマントを羽織って来るから最も目立つ。
真夏も同じ学ランで、Tシャツ姿など一度も見たことがない。
おまけに酒癖が極めつけに悪く、武道団体の飲み会では酔うと必ず近づく男に挨拶代わりの強烈な「頭突き」を食らわすのだ。
「ゴーン」といきなり来るから目から火が出てしまう。
その今井が男をあげて有名になった出来事があった。
まさに純情物語だな。
回りの人間は一切目に入らず恋の道まっしぐらで感動ものだった。
大学の前にスナック喫茶があり、クラブの練習帰りの学生で賑わっていた。 そこの新人の女性に一目惚れしたのだ。
夕方の定刻になると今井は必ずそこへ行く。
しかしいつも払うお金は百円だけだった。
真っ直ぐにカウンターへ行き彼女の前に座るのだが・・
「水・・」としか言わないのだ。
その席に誰か先客がいようものなら平気でその男を排除する。
野獣の目でじっと彼女の瞳をみつめるのだからたまらない。
そして・・ 恒例の百円ショーが始まる。
ジュークボックスへ行き、必ず同じ曲をかける。
曲名は郷ひろみの「小さな体験」
スナックの客の全員が「始まった」と、息をひそめて「その瞬間」を待つ。
「どうしてそんなに綺麗になるの~ 僕だけの君でいて欲しいのに~ 誰が誘いかけても知らない振りしているんだよ
いいね~~~ 」
真剣な顔して彼女を力強く何度も指差しながら「派手なアクション」をやるのだ。
まさに今井一人のワンマンショーだな。
そして・・
曲が終わると、例の趣味の悪いマントを羽織り何事もなかったかのように帰って行く。さすが居合抜きの達人だな
それが毎日続くのだから日に日に学生の見物人が増えて
店は 大繁盛した。
ただし、彼女の前だけは空けて置かないと・・
誰であろうが襟首掴まれて排除される。
二人がどうなったかは知らないが、少なくともあれは凡人ではない。 今も昔もあんな真似が出来る男はいない。
映画は赤字だった日活が一発で黒字になるくらいヒットした。
当然第二作の話が持ち上がったが彼は辞退した。
「俺はサラリーマンじゃ バカバカしくてあんな恥ずかしい事が何度もやれるか・・」
この名言を残して、土木工事でアフリカ出張の道を選んだ。
そして・・主役交代した2作・3作目は
まったくヒットしなかった
いつもはヒゲもなく オールバックだが
数年前の帰国時 息子連れてビレッジにやって来た
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