人間が甘いものを求める理由 2 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

現状では果肉の他に砂糖や蜂蜜など甘いものは多彩だが、全人類が有史以来食べ続けたものかどうかは言うまでもない。

砂糖もなければサトウキビにかじりついていたはずもない。

 

サトウキビの発祥地はニューギニア島あたりで、紀元前6千年くらいから熱帯・亜熱帯を中心に徐々に世界に広まって行った。

希少な天然の蜂蜜は滅多に食べられない。

人類は熱帯から寒帯まで生息、女性も子供も簡単に採取出来るのは木の実しかない。

 

木の実を品種改良した果物は市場に溢れ、自然界と異なり人間界では毎日でも大量でも摂ることが出来る。

これだけ果物があるのだから甘いもの欠乏症・依存症になるはずないのだが、程度は違っても誰でも依存症・クセになるのは何故だろうか。

依存症とは摂り続けても止まらない症状だが、そんなはずはない。

 

分類上は甘さを持つ同じ糖分でも砂糖と果糖の質は異なる。

つまりベクトルの違いからエネルギーの向きと力が異なる。

わかりやすく言い換えるなら、電気エネルギーの違いで「周波数」のようなものが異なると考えればよい。

 

例を挙げれば、動物や昆虫は特定の植物の葉でしか生きられない種も多い。

パンダ、コアラ、同じ蝶類でもモンシロチョウとアゲハチョウは異なる。

草食動物は幅広い種の草類に対応出来、果肉も幅広く多くの動物が好む。

 

人間の消化能力・食性から、必要十分条件を満たす食べ物は「肉類、昆虫類、陸の魚介類、果肉」、つまり動物性たんぱく質と果肉。

消化出来ず食性が合わない果実の種やナッツ類は飢えを凌ぐ保存食。

江戸時代は飢饉対策として食用のシイ類などが全国の寺社に植えられている。

 

人類誕生以来食べ続けて来た果肉エネルギーは本能に埋め込まれ、他の動物・類人猿同様に本来は間違えるはずがない重要な食べ物なのだ。

 

食生活には便利でも必要ではない砂糖で本能が満たされるはずもないが、何故周年大量に食べられる果肉の甘さでは満足出来ないのか。

 

果物依存症よりも砂糖依存症のほうが圧倒的に多い理由は、単に甘さを求める本能から砂糖の方がはるかに甘いからであり、果肉エネルギーが欠乏するほどより甘さを求めるようになるからだ。

 

当然、砂糖では幾ら摂っても満たされずはずがなく、果肉で満たされない理由は流通する果肉は人間が必要とするエネルギーを十分に有していないからだ。

 

エネルギーが不十分な理由は、人間が何らかの手を加えたからであり、加えることはそう幾つもない。

果樹園は畑のように毎年耕さないが毎年の肥料は不可欠。

 

自然界は自然界の理に適った循環で植物は生長するが、人為的な異物が入れば植物の細胞は異常に肥大、特に毎年動物に運んでもらう果肉細胞に大量に詰めて分散する。

温帯・寒帯地域での基本は隔年結果でもその為に毎年実を付けるようになる。

これを利用したのが果樹栽培であり、肥料無くして生計は立てられない。

 

自然界の循環に異物はないが、人為的な異物とは肥料だけでなく堆肥やヌカやボカシなど言葉は違ってもすべて異物に変わりなく、冠水による水没や道路からの入水だけでなく、生活排水や肥料水が混入した河川から汲み上げた水もまた異物であり、細胞も味も本来の植物とは異なる。

 

つまり流通する果物で人間の本能は満たせず、砂糖製品は問題外と言うことだ。

砂糖は健康とは関係なく食生活を楽しむ為のものであり、果物を正常に戻せばこの問題は解決する。

 

実践して既に結果は出ている、やってみれば誰でもわかる。

 

何故人間はここまで甘いものを必要とするのか。

果肉エネルギーの役割は何なのか。

 

続く・・・

 

 

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