終日、原人と物理論に熱が入った。
やべ~ハカセや原人と物理論を始めると行き着くところを知らない。
科学物理の常識よりも科学に見捨てられた未知の分野が大半だ。
やべ~ハカセは科学とは一線を画した独自の理論を展開、原人は物理学者として物理界の最前線に身を置きながら矛盾を突き崩そうとしている。
立体的な思考回路はどちらも半端ではなく超が付くほどずば抜けている。
数日前、原人に不安定な塩素について多項目の調査を依頼したが、昨日は朝から塩素論議、昼からは水とエネルギーの循環論議が続いた。
野人原人の論議では必ず新たな世界が開ける。
仮説とは言え、目からウロコ、耳から尾ビレ・・
鼻水は銀河の果てまで飛んで行く
今回は地球規模の壮大な
「水とエネルギーの循環と生命の関係」
この仕組みは狭い学問の領域に囚われず、森羅万象すべてを見なければ理解出来ない。
誰も考えもしないこの道理は、仮説とは言えつじつまが合う。
大切な事はその通りなのか、仮説が仮説でなくなるかどうかであり、科学的証明など後回し、それらは頭脳明晰の原人がヒマな時間にやればよい。
結果すべてがその通りになるのであれば事実に間違いもなく、あえて証明は必要ないからだ。
実験に知恵と根気は必要だが難しいものでもない。
体の脱洗剤理論や塩やお茶や野菜や肉の道理論においても結果がご立派に証明、多くの人が助かり喜んでいる。
野人が一刀両断したこれらはどれも世界の常識だったが、権威ある科学的証明でこれまで何故崩せなかったのか、多くの人が被害を被ったのか考えて見るとよい、それが今の学問の盲点だ。
仕組みがその時代の「人知で理解出来るかどうか」など森羅万象の道理とは関係がない。
古代から、人の理解に関係なく水は空から降っていたのだ。
そこから天の恵み、恵みの雨という言葉が生まれた。
当時、何故雨が上から落ちて来るのか考えても、一生かけても証明出来なかっただろう。
物理学会には線引きされた独特の領域があり、領域外のことは野人流で道理を組み立てればよい。
方向を示し、完全な結果が出て人々が助かり役に立てばそれで良いし、富や名誉やメンツとも無縁、おやじんギャグさえあれば生きて行ける。
野人原人には、地球の復元に向けてやらなければならないことがあまりにも多過ぎる。
人類の水に対する認識、活用法は明らかに間違っている。間違っているからこそ悲惨な現状を招き入れている。
誰かが修復しない限り海山川、大地、飲料水、生活用水、農業用水、環境汚染、水不足、病などの問題は続くだろう。
世界の常識が根底から覆る 水と海と大地と宇宙と 生命の仕組み・・誰も踏み込まなかった領域
未来は野人原人、それとやべ~人にかかっているのかも知れないな。
今回もまた・・とてつもなく重い水を背負い込んでしまったが、水流護身術の創始者だから仕方ないか、ため息を 鼻息
に変えてやるしかない。
水をもって水を制す・・
水の循環の道理と生命との関係と研究の成果は、またその度わかりやすく紹介する事にしよう。
世界の海の死滅
http://ameblo.jp/muu8/entry-10653153487.html
合宿打ち上げ会
http://ameblo.jp/muu8/entry-10732789257.html
茶人エッセンス 物語の始まり
http://ameblo.jp/muu8/entry-10744132392.html
協生理論の誕生
http://ameblo.jp/muu8/entry-11537895314.html
水を制する者は・・ 鼻水も・・水虫も 制す
水虫菌だらけの地球 さらば水虫名残惜しいけど・・見ず無視