改めて申すまでもなく、浅井先生の御臨終の相は御金言に寸分違わぬ素晴らしいものであり『千日尼御前御返事』の「善人は設い七尺・八尺の女人なれども、色黒き者なれども、臨終に色変じて白色となる。亦軽き事鵞毛の如し、輭らかなる事兜羅綿の如し」との仰せの通りでありました。
先生の御表情は柔和そのもので、お葬儀までの数日間、折に触れて唱題回向を重ねる度にお肌の色はますます白さを増し、唇は深紅となり、私はその素晴らしい妙相を眼前にする度に感嘆のため息がもれるのを抑えられませんでした。
そして、納棺の際には体がしなやかに曲がるほど柔らかく、しかも軽く、そのお姿と私の手に残る感触は今でも忘れるものではありません。
先生との今生のお別れは言葉にできぬほど悲しいものでしたが、先生の成仏の妙相を拝見した瞬間、底知れぬ哀惜の念は「御本尊様絶対、先生が指さされるまま前進すれば広宣流布は必ず成る」との揺るぎない大確信に変わった事をはっきりと覚えております。
第六天の魔王にしてみれば、かかる先生の素晴らしき成仏の妙相が特別追悼号で広く日本の人々に伝わり、日蓮大聖人の仏法の有難さ、顕正会の正しさに目覚める人達が後を絶たない事が憎くて仕方なく、妬ましくて仕方なく、悔しくて仕方ないに違いない。
そして、先生の成仏の妙相は66年に及ぶ先生の激闘の正しさを証明する何よりの現証であれば、嘘でもなんでもでっち上げてそれを否定しなければならないのでしょう。
しかし、今般の悪辣な謀略によって、かえって先生の御臨終の素晴らしさが葬儀社という第三者の証言によっても証明され、一層の輝きを増した事は「魔及び魔民ありと雖も、皆仏法を護らん」の姿そのものであります。
私は早瀬管長に強く言いたい。
「いつまでも顕正会の諫訴を無視し続けるばかりか、宗門僧俗にこのような馬鹿げた事をやらせていたら『法に過ぐれば罰当たりぬるなり』とて大聖人様の御罰を被り、かえって宗門が一国に赤っ恥をさらす事になる事をよくよく弁えるべきである」と。
令和7年 6月25日 6月度 総幹部会 浅井会長指導
- 説明
- 日蓮によりて日本国の有無はあるべし
- 魔障を乗り越えた時に初めて本物の信心に立てる
- 宗門僧俗が垂れ流す悪質なデマを破す
- 第六天の魔王に誑かされる宗門僧俗
- 浅井先生の素晴らしき成仏の妙相
- 宗門に現われた還著於本人の罰の現証
- 富士大石寺の源流のままの顕正会の御奉公
- 正系門家の仏法違背より起こる日本の亡国の姿
令和7年 6月25日 6月度 男子部班長会 行成総男子部長指導