早瀬管長は宗門僧俗に浅井先生の御臨終を貶める荒唐無稽な虚偽を流布させて、仏弟子という以前に人として恥ずかしくないのか。
私が求めた2つの大事についての諫訴がいたたまれないからとはいえ、あろう事か、大聖人様に忠誠を貫き通された先生の素晴らしい成仏の妙相を冒涜する所行は断じて許さない。
大聖人様は御書の至る所に提婆の虚誑罪、瞿伽利の欺誑罪と仰せ給うておられる。
提婆達多とは釈尊に敵対した大悪人、瞿伽利はその弟子であります。
「虚誑」とは妄語、嘘をもって人を誑かす事。「欺誑」とは欺き誑かす事。
このように、提婆達多と瞿伽利は嘘とでたらめばかりを吐いて釈尊を落とそうとした。
先生の臨終の相に対する妄言はまさに提婆達多と瞿伽利のたばかりを彷彿とさせるたばかりであります。
どこまで卑怯で卑劣なのか。「恥を知れ」と言いたい。
そもそも、このような宗門僧俗の異常極まる体質は、国立戒壇を怨嫉し続け、卑怯千万のたばかりを重ねた天魔その身に入る阿部日顕にその源を発する事は言うまでもありません。
阿部日顕は池田大作に諂い「国立戒壇は御書にない」とか「国立戒壇は田中智学の模倣」などと言っては御遺命の国立戒壇を否定し、正本堂を「御遺命の戒壇」と偽り、先生の諌暁によって偽戒壇正本堂が音を立てて崩壊した後もなお「国立戒壇が間違いだと言った事は正しかった」などと無慚無愧、大謗法の言葉を吐いている。
御本仏の眼を抉り、命を絶ち、喉を裂くにあたる御遺命破壊の大罪を犯しておきながらいささかの改悔もなく、嘘と詭弁とたばかりで大勢の学会員と宗門僧俗を入阿鼻獄に導いた謗法闡提であります。
大聖人様は真言密教の元祖である弘法の法華経誹謗の大罪を責め給うて『報恩抄』に「仏説まことならば、弘法は天魔にあらずや」と一言のもとに破折しておられる。
この「仏説」というのは、魔が仏の形を現じて民衆を誑かして仏法を破壊するとの涅槃経の経文であります。
大聖人様は、弘法がこの仏説の通りであるゆえに、第六天の魔王その身に入った者であると断じ給うたのであります。
これをもって思うに、阿部日顕も「法主は時の大聖人」などと述べて、全僧俗を心服随従させ、また「御当代法主上人の御内証は、本門戒壇の大御本尊の御内証と而二不二(阿部日顕は戒壇の大御本尊と不二の存在)」などと馬鹿げた事を言わせている。
仏のごとく装った売僧が御遺命の国立戒壇を否定するは、まさに第六天の魔王その身に入るの所為であります。
先ほどの『報恩抄』の一節を拝して言わせて頂けば「仏説まことならば、阿部日顕は天魔にあらずや」と断じて憚らない。
参考までに弘法のペテンを列挙すればこのようなものであります。
例えば、疫病がはやった時に弘法は「自分が祈禱したところ、たちまちに病人が多く蘇生して、しかも、真夜中に太陽が赫赫と輝いた」と言った。
このあり得ないたばかりに対して大聖人様は「もし真夜中に太陽が出たというならば、それは、いずれの月、いずれの日、いずれの時にそれが出たのかを言ってみよ」と破折しておられる。
また「ある時弘法が朝廷において諸宗の僧を集めて印を結んで南方に向いたら、面門俄かに開いて金色の毘盧遮那という仏に自分がなった」などと戯言を言っている。
あるいは、弘法が仏法を習いに中国に渡ったその帰りに海上の船の上から日本に向かって三鈷という金属でできた仏具を空に向かって投げてこう言った。
「自分がこれより弘める教えに感応する土地があれば、必ずそれに到達するであろう」と。
そして、日本に渡って帰ってから高野山の地面を掘ったら三鈷が出てきたという。
大聖人様は「前もって人を使わせて埋めておいた誑惑である」と喝破あそばされている。
このように、第六天の魔王その身に入った者は己を仏のごとく見せかけて、でたらめなたばかりで民衆を誑かし、仏法を破壊せんとする。
天魔その身に入る阿部日顕の亡霊に支配された現在の宗門僧俗の悪質極まるたばかりはまことに提婆の虚誑罪、瞿伽利の欺誑罪、あるいは弘法のそれに勝るとも劣らぬペテンであります。
令和7年 6月25日 6月度 総幹部会 浅井会長指導
- 説明
- 日蓮によりて日本国の有無はあるべし
- 魔障を乗り越えた時に初めて本物の信心に立てる
- 宗門僧俗が垂れ流す悪質なデマを破す
- 第六天の魔王に誑かされる宗門僧俗
- 浅井先生の素晴らしき成仏の妙相
- 宗門に現われた還著於本人の罰の現証
- 富士大石寺の源流のままの顕正会の御奉公
- 正系門家の仏法違背より起こる日本の亡国の姿
令和7年 6月25日 6月度 男子部班長会 行成総男子部長指導