本日の総幹そうかんかいもまことに素晴すばらしく、大感動だいかんどうおさがたきものであります。
 顕正会全体のしゃくぶく一昨日おとといの時点で二万になんなんとする力強い前進ぜんしんが叶っておりますが、いよいよここから戦いのテンポを上げ、この中盤ちゅうばん、三万を突破して270万に限りなく近づけていきたいとけつしております。
 ここに迎える7月は、だいしょうにんさまが文応元年に時の国主北条ほうじょう時頼ときよりに『立正りっしょう安国論あんこくろん』を奏進そうしんあそばされた月であります。
 だいしょうにんさまは立宗以来念仏・真言しんごん・禅・律等の邪法をしゃくされ、唯一のじょうぶつの大法たる南無なむ妙法みょうほうれんきょういっさいしゅじょうにお勧めくだされた。
 しかし、邪宗の坊主らの煽動せんどうによってにちれんだいしょうにんを憎む声は国中に満ち、迫害は日々に強まった。
 その中、正嘉元年8月に起きた前代ぜんだいもんの巨大地震を御覧になられただいしょうにんさま「これ仏法ぶっぽうよりこと起こる」を知り給い「もしこのまま仏法ぶっぽうに背き続けるならば、日本国のいっさいしゅじょうは必ず今生には他国の責めを受け、後生にはげんごくに堕ちる」と厳然とげんされ、仏国実現を強く国主にうながし給うた。それが『立正りっしょう安国論あんこくろん』のしゅであります。
 この『立正りっしょう安国論あんこくろん』におけるこくしんぴつげん毫末ごうまつたがわず、その14年後に蒙古の襲来となってじつとなっております。
 実に、だいしょうにんさま諸天しょてんに申しつけてなさしめ給うだいげんしょうであればにちれんだいしょうにんこそまっぽうしゅほんぶつにてまします」ことしょうめいであります。
 同時に、この大罰をもっていっさいしゅじょうに改悔の心を生ぜしめ、後生のげんごくの大苦を今生に消せしめんとのだいだいにてまします。このことを深く拝したてまつるべきであります。
 そしてあさせんせいは『立正りっしょう安国論あんこくろん』のこころを端的にこうおおくださっておられます。

 「にちれんによりてほんこくはあるべし』
 このじゅうだいこそ『立正りっしょう安国論あんこくろん』のこころそのものなのである」と。

 その理由についてせんせいは『しゅほんぶつじょうどうしょ』の

ふみこころは、にちれんによりてほんこくはあるべし。
 たとへば、いえはしらなければたもたず。ないへいのもんすでにほんはしらたおしぬ。
 ただいまみだれてそれともなくゆめごともうしゅったいして、いちもんどしう同士討ちして、のちにはこくよりめらるべし。れいせば立正りっしょう安国論あんこくろんくわしきがごとし」

の一節をもって「『開目抄かいもくしょう』のこころとはにちれんによりてほんこくはあるべし』ということであり、そしてこのことは『立正りっしょう安国論あんこくろん』に詳しく示してあるとおおせ給う」どうくださいました。
 ゆえにせんせいは、二度の一国いっこく諌暁かんぎょうの書を始め広告文や特集号においてにちれんによりてほんこくはあるべし」との『立正りっしょう安国論あんこくろん』のこころ日本にっぽんの人々に広く伝えられたのであります。
 そして、立正りっしょうとはせんずる所国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうであります。
 日寛にっかんしょうにんは「立正りっしょう」のじんについて文段にかく御指南くだされている。

 「りつとは戒壇かいだんつるなり。
 そうじょういわく『こくしゅほうてらるれば、さんほんもんかいだんこんりゅうせらるべきなり。ときつべきのみ』」
と。

 かかるいちだい遺命ゆいめいされたのが日興にっこうしょうにんへのぞくじょうであります。
 この国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうされる時、初めて日本にっぽんはいかなる国にもおかされない金剛不壊の仏国となる。
 なぜかといえば、宇宙的スケールの力用りきゆうを持つ諸天しょてん善神ぜんじんが厳然と守護するゆえであります。
 この国立こくりつ戒壇かいだんに全世界の人々がもうでるの時至れば、地球上から戦争も飢餓も疫病も消滅し、まさに、じゃっこうとなるのであります。
 されば、いよいよ前代ぜんだいもん大闘諍だいとうじょう日本にっぽんへのこくしんぴつせまる今、せんせい御意思ごいしを継いで戦う我ら顕正会員こそにちれんによりてほんこくはあるべし」の重大聖語を高らかに叫び、国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうに向けたとうだいしゃくぶくを展開してまいろうではありませんか。


令和7年 6月25日 6月度 総幹部会 浅井会長指導

令和7年 6月25日 6月度 総幹部会 宗門僧俗が垂れ流す悪質なデマについて 横田理事

令和7年 6月25日 6月度 男子部班長会 行成総男子部長指導