そして、もんていけんぽんというのはひゃくじんでんごうをさらにさかのぼことばいじょうしゅおんのんの年数をさかのぼった時のおんがんじょじょうどうをもってほんの自行と名づけ、このおんがんじょの本果を顕わすのをもんていけんぽんというのであります。
 ゆえにがーじつじょうぶつらいりょうへんひゃくせんまんのくなーゆーたーこうというきょうもんことは同じであってもわってくるんです。
 ひゃくじんでんごうの時にじょうどうしたしゃくそんなのか、おんがんじょにおいて初めて誰も知らない時にただ一人のしょうにんおんがんじょじゅゆうじんじょうどうをもってがーじつじょうぶつというのかどうか。
 そのことの天地の差がきょうもんが同じであっても義がことなるのであります。
 ですからもしおんひゃくじんでんごうの本果のじょうどうがーじつじょうぶつと説くといえばもんじょうけんぽんとなり、これがしゃぶつだっちゃくぶっぽうとなる。
 もしおんがんじょじょうどうがーじつじょうぶつと説くといえばもんていけんぽんとなる。これこそ、にちれんだいしょうにんしゅぶっぽうなんです。
 もんじょうけんぽんというのは文の表面に顕われているからきょうもんを読めばそのままかる。
 だが、もんていけんぽんは文の底に秘し沈められているからこれはじんであり、ぼんにはとうていからない。
 これを知り給うたのはほんぶつにちれんだいしょうにんゆいぶつぶつきょうがいたるにっこうしょうにんのみであられる。
 そこで、富士大石寺以外のそうでんの身延・中山・池上、あるいは京都の要法寺(これは、にちもくしょうにんの最後の天奏にお供したにちぞんが京都に残ってひらいた寺ですが、大石寺と距離が離れるにしたがってだんだんとしゃぶっぽうになってしまって、しゃぶつを本尊とするにいたったんですね)。
 この要法寺のにっしんを相手ににっかんしょうにんは『まっぽうそうしょう』をもって破折しておられるわけでありまするが、そのように、要法寺といえどもしゃぶっぽうについてしまった。
 いかにいわんや身延・中山・池上、そして今のしんこうしゅうきょうりっしょうこうせいかいとかがだいしょうにんさまぶっぽうを何もからずにしゃぶっぽうのまねをしているわけであります。
 そこで、そうでんにちれんしゅうなどは皆ひゃくじんでんごうの昔にじょうどうした本果のしゃくそんこそ根源の本仏で、それ以前に仏などはまったく存在しないとおもい込んでおる。
 ところが、寿じゅりょうほんを見てごらんなさい。きょうもんの上でも、しゃぶつひゃくじんでんごうじょうどう以前に仏になるために長い年月をかけてさつしゅぎょうをしたことが明かされておりましょう。
 これは、じょうぶつのための原因のしゅぎょうであるから本かに対して「ほんにん」というんです。「ほんにんみょう」ともいいます。
 どのきょうもんがそれに当たるかというと

がーほんぎょうさつどうしょーじょうじゅーみょうこんゆーみーじんぶーばいじょうしゅー
われもとよりさつどうぎょうじて、じょうぜしところじゅみょういまなおいまきず、かみかずばいせり)」

と説かれているんです。
 これは、わずか28文字でありまするが、これをしゃぶつほんにんみょう、すなわち、仏になるための原因のしゅぎょうが説かれているんです。これがほんにんみょうということです。
 このようにしゃぶつは、ひゃくじんでんごうの本果のじょうどう以前にさつとしてほんにんしゅぎょうをしている。
 しかし、この時のさつとしてのしゅぎょうくらいじゅうの中ではしょじゅうくらいであって、さつの最高位のとうかくや無上の仏果であるみょうかくくらいには及びはつかないけれども、ぼんと比べれば高いくらいであります。
 従って、ほんにんみょうといってもおんがんじょみょうの凡身のほんにんみょうではなくて「ほんにんしょじゅう」というんですね。
 しょじゅうというくらいに登って本果のくらいに至るその原因のしゅぎょうをしたから「ほんにんしょじゅう」というんです。


(平成30年 10月13日 御大会式 浅井先生指導)