インナーゲーム | 母体武道 合気道 無元塾

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成田伝合気道で唱えられた母体武道をさらに洗練させて、武道のみならず、セラピー、ボディワーク、普段の立ち居振る舞いなどの根元となる普遍的なものをお伝えしております。

いつも稽古の時に話すことがあります。

 
そのことを話すことでここの成田伝合気道の教えの理解が進むようにしているのです。
 
そのいつも話すことと同じようなことが書いてある本があるということで、その本をその指摘した生徒さんに借りて読んでみました。
 
その本の名前は
 
「インナーゲーム」ティモシー・ガルウェイ著という本でした。
 
最初そのタイトルから、何か小説なのかなと思っていたのですが、実際はテニスのレッスンプロである著者のコーチングのノウハウに関する本でした。
 
というよりも、この本自体の考え方が、ヒューマンポテンシャル運動の中心地となったエサレン研究所の中で開発されたコーチングの考え方の礎の1つとなったというくらいの代物だと言うことがウィキペディアに書かれてました。
 
僕自身は、コーチングを勉強したこともないですし、この本を読むのも始めてなのですが、とても言っていることがよくわかります。
 
全く同じとは言いませんが、考え方の方向性としてはほぼ同じだからです。
 
それは、こうでなくてはならないとか、こうすべきだとか、外側からの指示によるトレーニングよりも、

内側、つまり人間の中で起こっている思考、感情、感覚、意識、無意識、潜在的な能力を含む自分自身をセルフ1とセルフ2に便宜上分けて、何が起こっているのかを理解してトレーニングする方が上達させるのに有効だという内容になっています。
 
そして他ならぬここの合気道の教えは、まさに内側に関する教えそのものであり、それをどう自分に府に落とせるかということが、各々習う者の課題となるのです。
 
なぜなら、私達が今まで受けてきた教育は、論理的、常識的ではあるのですが、競争、比較、評価の中で価値基準を決めて、良し悪しを指摘される外側からのモチベーションによるものなので、
 
内側からの自発的なモチベーションによる習得方法がいまいちよくわかっていないのです。
 
この本の画期的な考え方は、自分というものをセルフ1、セルフ2という二つに分けて、

セルフ1は外側の比較、評価に触発された指示をセルフ2にする性質を持ち、

本能的潜在的な能力を持つセルフ2の自然習得力を発揮していくのを邪魔をしているという相関性を持っているということ。
 
すなわち、

セルフ1はセルフ2を常に過少評価し服従させようと常に画策しているというのです。

でも実際はセルフ2は自分の体験、他人の動きの観察を集積し記憶し続ける能力があり、そういうセルフ2を信頼し、尊敬し、任せることで、本来その人が持っている能力を発揮するすることができるのだというのです。

いかにセルフ1を謙虚にさせ、そしてセルフ2を活性化させるのか?

そのためには、

セルフ1の良し悪しを判断する癖をなくして、

セルフ2のために視覚イメージと感覚イメージが必要であり、そのイメージは鮮明であればあるほど良く、感情を交えず自分をあるがままに観察するようにと言うことです。

そして、頑張りすぎずに、リラックスした状態で、今ココに集中する。

成長することが目標なので、失敗や成功という結果は重要ではなく、両方どちらのプロセスからも学びを得ることができるのです。


その他にも、内側のパワーを触発する文章が散りばめられています。

いくつか、書いてみますと、

①↓↓↓
 

自分を1つにするためには、心の活動をスローダウンさせることが必要なのだ。「心を静かにする」とは思考、計算、判断、心配、恐れ、希望、がんばり、後悔、焦り、他のことに気を取られるといった活動を減速させ静める作業だ。みんなゲームの目的もここにある。こうした瞬間をより多く体験し、その状態をより長く保ち、心をさらに静め、自分たち自身の習得能力や、実行能力が連続的に拡充していくことが、我々の目標だ 。


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ここの合気道でお伝えしている瞑想的であることと同じことを言っているように思います。



②↓↓↓

見る、聞く、感じる、といった感覚(アンテナ)からの情報を取り込むのが、「意識」である。この意識の外側では何をしても「体験した」ことにならない。意識があってこそ人はすべてのものや事象を「知る」ことができる。意識なくしては、目はものを見ても見えないし、耳は聞こえない。精神は考えることができない。意識は、言って見れば「知る」ための、混じり気のない光源のようだ。光のための光といってもいい。その光源があってこそ、各種の、知覚という光が対象物を照らすのだから。

 

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つまり意識とは知覚、感情、思考のためのエネルギーのような存在なのです。そしてその意識は武道をする上で有効な置き場所がある。その1つが丹田のような中心というわけです。


つまり中心帰納のことです。


そして同時に弛緩集中も意識します。


...


全てを書くとキリがないので、また別の機会に書くようにしたいと思いますが、



ここ無元塾では、そういう考え方の切り口で、成田伝合気道をよりわかりやすくお伝えするようにしています。


そしてここで活用しているインナーゲーム同様の考え方は中心帰納などの習得するにとどまらず、


この本に書かれた言葉で表現すると、



「自分を判断する癖をやめて、自身を任せる練習方法は子供や時にはボスとの接し方にもそのまま適用出来る。競技の場面で障害をむしろありがたいと感じて受け入れる考え方は、長く険しい人生のさまざまな場面で、困難な中にプラス材料を見い出す力を、強化する。インナーゲームによって得たものは、すぐに、しかも自動的に、人生の全局面で活用出来る。インナーゲームの真価もそこにある。」



そう、無元塾での考え方はこの文章と同じであり、


そして、さらに成田伝合気道を伝えることで、ここの合気道の素晴らしさだけでなく、習う人たちにコーチング的、カウンセリング的な効果、考え方まで伝えることができるのです。



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