母体武道 合気道 無元塾(クラニオアイキ)

母体武道 合気道 無元塾(クラニオアイキ)

成田伝伝合気道で唱えられた母体武道をさらに洗練させて、武道のみならず、セラピー、ボディワーク、普段の立ち居振る舞いなどの根元となる普遍的なものをお伝えしております。

先日の日曜日の新陰流活人会の神田明神での奉納演武はいろいろと勉強になりました。

 
型の中の動きや拍子の中に、ここの合気道の中心帰納や腰回しとの親和性も感じました。
 
それにしても、よく百単位の型を開発し、またそれを覚えるなんて、すごいなと思いました。
 
面倒くさがり屋の僕は、ここの体捌きの8個が限界です。
 
(^O^)
 
あとは中心帰納と腰回しでなんとかつなげていく、、ていう感じです。
 
是非とも、そのたくさんの型の中に、中心帰納と腰回しを意識的に組み入れたとき、質感がどうなっていくかを試していただき、シェアしてもらいたいなと思いました。
 
そういうことをお互いにシェアしていければ、ここの合気道も、皆さんもどんどんレベルアップしていくのではないかと考えたら、とてもワクワクしました。
 
 
今思えば、この合気道をオープンに発信し続けて、三年半になります。
 
いろんな方々がいらっしゃり、様々な情報をいただき、またここの質感、概念もお伝えし、相互浸透するように吟味して、メンバーの皆さんにシェアをするという、、
 
そういうことを続けてきました。
 
 
大切なことは、中心帰納と腰回しを軸に考えていくことです。
 
その差異と同一性を理解する事で、数多ある武道の極意の本質が見えてくるのです。
 
まさに母体武道たる所以です。
 
 
もし、こういうことを、3年半前に初めていなければ、
 
皆さんとの出会いなどなかったのだと考えれば、不思議な気持ちになります。
 
今まで接点のあった全ての方達の様々な生き方、在り方、考え方がここの合気道に組み込まれてきているのです。
 
皆さんとのつながりの中で、中心帰納はさらにブラッシュアップされ、それがいつの間にか稽古の中で、シェアされていき、課題が見つかれば、みんなでワイワイ考えていく、
 
誰かが先進的な気づきを得れば、出来るだけ言葉で表現してもらいます。
 
その人の中にだけ留めておくのは、本人にとってとてももったいない事なのです。
 
みんなにシェアする事で、みんなのレベルが上がり、
その中で稽古する事で、また自分のレベルも上がるという仕組みです。
 
そういう中で、もし主催している僕よりもさらに高い気付きを得た人が出てくれば、僕はその人に尊敬の念を持って、教えを乞います。
 
より多くの武道、格闘技、その人たちと出会えば、出会うほど、
 
そのつながりの中で、
 
中心帰納に収斂されていく。
 
そういうことを意識して、稽古を重ねていきたいと思っています。
 
 
\(^o^)/
 
 
 
さて、
 
どこかの成田先生の動画のコメントに、成田先生は平井先生の教えていたことと違うことをやっている、、というようなコメントがありました。
 
ある人が見たらギョッとするかもしれません。
あれだけ、平井先生を尊敬され、信じて、全面的に教えを受け入れるという意識で、稽古を続けてこられた成田先生を、同門の人が見て、そう映っていたということです。
 
 
でも、ぼくはそれは当たり前のことだと思っていますし、それでよかったのだと思っているのです。
 
なぜなら、平井先生の教えの原理主義者でいたら、多分、成田先生は達人になっていなかったと思うのです。
 
成田先生は、平井先生の教えを大事にされてはいましたが、解釈として、いろんな切り口で、考えに考えて、体系化し、結晶化されたのです。
 
 
だから、成田先生の凄みがあるのだと思うのです。
 
それは技の質も違うのは当然なのです。

 

 

塩田剛三先生も、植芝翁先生以外に、大東流を習って、
あの動きを会得されたとも、どこかで読みました。
 
確かに、植芝翁先生と塩田先生とは、動きの質が全く違いますよね。
 
そういうことなんだと思うのです。
 
 
よく、教えてもらっている先生のコピーのような動きをされている人がいます。しかも、ほぼ全員がそういう状態の道場もあったりします。
 
プロセスとして間違っているとは言いません。
 
でも、そのまま金太郎アメ状態では、それ以上のことを得るのは難しいでしょう。
 
やらなければいけないのは、その先に進むことなのです。
 
 
無元塾は、達人、成田先生を目指すのではなく、
 
成田先生がいまだに目指す、同じところを目指すというわけです。
 
 
難しいですが、、
 
 
(*^▽^*)


 



天気も良かったし、

その後のお酒も美味しかったです!



\(^o^)/