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M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
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峡ちゃん先日娘達と健康診断に行ってきました。


娘達と健康診断にいける日が来るなんて、

思っていなかったな。


健康診断に行くって事は、自分の体を気にかけてる

って事。


自分の体を大切に思っているって事。


娘達の摂食障害やアームカットを経験してきた

私にとっては、娘達が自分の体を大切に思ってくれる

って、本当に嬉しい。


体を大切に思っているだけじゃない・・・。


健康診断には、彼女たちにとっての、大難関、


体重測定がある。


私達が思っているより、娘たちにとってずっとずっと、

人前で体重計る事って抵抗がある一大事だと思う。


かつてほど、体重に拘らなくなったとはいえ、多少の葛藤は

あると思うのよ。


それでもいいから、健康診断に行ってもいいやって思って

くれたんだなって思う。


次女の聴覚検査で異常がみられたので、


「どうする?」


って次女に聞いたら、


「すぐに耳鼻科に行きたい」


というので、今日、大学病院に行ってきました。


「正常範囲」


との、診断。


異常がみられたら、すぐに病院に行こう・・・なんて考えてくれる

ようになったんだなぁ~。


病院大嫌いなのに・・・・。


摂食障害の真っ最中だって、きり過ぎちゃった時だって

病院絶対行かなかったのに・・・・。



機械もメンテナンスすることで、大きな故障にならないですむ

のと同じように、体のメンテナンスも大事だと思う。


ついでに、なが~い付き合いの家族関係にもメンテナンスは

必要だよね。


家族の中で起こるいろいろな事が家族関係のメンテナンス時期

なのかもしれない。


もう一度お互いの存在をチェックし直して、不具合あったら修正して

お互いが心地よい関係にしていく為のメンテナンス。


我が家にはメンテナンスする事が必要不可欠だったんだなって思う。



目がチカチカするぅぅぅぅぜぇぇぇぇ支援するって難しいって思う。


何年か前に、引きこもりっていう言葉を作った

富田富士也先生の講演会に参加した時、


先生がおっしゃったの。


「子育て支援は充実しない方がいい。」


「子育て支援が充実する事によって、それが

あたり前になってしまう。」


支援が充実する事によって起こる弊害もあるんだ

って、その時始めて知った。


どこまで支援するのかって本当に難しい問題だなって

思う。


子育て支援ばかりじゃなくて


復興支援にしても


障害を持っている人に対しても。


どこまで支援すれば、支援された人の本来の力が

出てくるようになるのか。


どんな人でも、どんな状態でも


立ち上がっていく力は持っているのよね。


その力がうまく発揮できるように支援していけたら

最高なのに・・・。


昨日1/4の奇跡のかっこちゃんの講演会に行ってきました。


かっこちゃんは最高の支援者だと思った。


たくさんの愛情を持って、障害を持っている子ども達に

接していく。


そのかっこちゃんの愛情に子ども達が応えていく。


かっこちゃんは


「奇跡は誰にでも起こせる」


っておっしゃっていたけど


そりゃ~無理だ~って私は思ったのよ。


私のような凡人はなかなか上手に人を支えていくなんて

出来ない。


でもね、出来ないからって我が家みたいに、子どもが

不登校だったり、摂食障害になったりしちゃったら


ほっとけないじゃない。


家族として、親として


子どもを支援していきたいって思うじゃない。


支えていきたいって思うじゃない。


だからイメージとして


オフ サイドはなし


で、子どもと接してきたの。


摂食障害というボールを持っているのは子ども。


その子より前にはでない。


出たら反則。


イエローガード。


当事者である子どもを置いてきぼりにして、自分だけ

走って行ってしまわないように・・・。


ボールを奪ってしまわないように・・・。


私はかっこちゃんにはなれないから、


自分の出来る範囲のルール。


イェーイ今年最後の「家庭内傾聴」の講座が始まったんだけど、

参加してくださるお母さん達のキズを感じる。


母親のリカバリーの必要性。


リカバリー・・・


子どもの事で母親自身が葛藤し、


その葛藤の中で母親自身キズついていく。


キズついた自分に気づいて、


そのキズを癒しながら、


自分の子育てにもう一度自信を取り戻してほしい


って思う。


「こんなはずじゃなかった。」


「なんでこんな状態になるの。」


「自分の子育てが間違っていたのかもしれない。」


「こんな苦しい毎日から逃げてしまいたい。」


「もう子どもの事で悩みたくない。」


「今の子どもがイヤでしかたない。」


いろんな感情で頭が爆発してしまいそうになる。


「自分が悪いんじゃないか」


「1番辛いのは子どもなんだから、自分が頑張らなくちゃ。」


なんて、思う日もあるけれど、


「もうイヤだ、もうイヤだ、こんな毎日、もうイヤだ。」


「子どもなんて迷惑かけられるだけだから、顔も見たくない。」


って思う日もあって、


自分の感情に振り回される。


そんな状態、自分の感情だけでいっぱい、いっぱい。


それなのに、子どもは母親に子どもの感情をぶつけてくる。


心の中は、湯のみ茶碗にお茶が溢れている状態。


こんな状態じゃ~いつまでたっても、美味しいお茶は飲めない。


子どもの為にどうしたらいいの?


って、子どもにとっての正解を求めるお母さんが多いの。


子どもにとっての正解は子どもにしか分からないの、


残念なことなんだけど・・・。


だから、子どもにとっての正解を追及する前に、


お母さん自身のキズついた心に気づいてほしいの。


キズついたところに薬ぬってほしい。


「辛かったね、でも頑張ってるじゃん。」


って、言いながらね。


講座を通じて、「愛され、愛するべきたくさんお母さん達」


に会えることに感謝です。



初音ミク昨日梅ちゃん先生の後番組で、ガードキーパーだったかな?

自殺者を未然に発見して、思いとどまってくれるよう働きかける

人のことを話題にいていた。


その中で、やはり基本は「傾聴」


相手の話しをよく聴いて、ナニがその人を死へと向かわせている

のかを、話をじっくり聴いて、必要な助けや助言をしていく。


まぁまぁまぁ、「傾聴」がメジャーになってきたじゃない。


こうやって、番組で取り上げてもらえると、たくさんの人に「傾聴」って

言葉を覚えてもらえるし、うれしいです。


人と関わりのある仕事についている方は、研修なんかで「傾聴」学ぶ

と思うんだけれど、私が今一番「傾聴」を学んで欲しいのは、学校の

先生かな。


子ども相手に話を聴いて貰いたいのは勿論だけど、訳わかんないこと

言ってくる親たちにだって、「傾聴」すれば、どうにか事が収まること

多いと思うのよね。


10月から11月にかけて、「家庭内傾聴」の講座を不登校のお子さん

お持ちのご家族対象に開催するんだけれど、最近私のまわりで

身内でのトラブル抱えている人が多くてね。


義姉と本家の関係もそうだけど、親戚関係や兄弟、親子、身内だ

からこそ起こるトラブル。


疎遠になるくらいならまだましで、最悪のケースは裁判にまで

発展しちゃって・・・・。


お互い分かり合ってるからこれぐらいいいだろう・・・なんて甘えの部分が

出てきちゃったり、遠慮なく土足でプライベイトなところまで入っていっ

ちゃったり・・・・・。


私が主催する「家庭内傾聴」はカウンセラーやゲートキーパーや

ソーシャルワーカーなどの支援者の立場での「傾聴」とはちょっと

違う。


子どもやダンナや親、親戚、身内だからこその安心感、信頼感が

すぐにも生じる。


お仕事で「傾聴」なさってる方は、相手の安心感や信頼を築くのに

どれだけの努力が必要かわかってらっしゃると思う。


だから、「家庭内傾聴」はやりやすい。


反面、


子どもやダンナや親、身内が「辛い、辛い」って言ってるのを、

ただただ「傾聴」するのって、言ってる本人より辛い場合がある。


自分が親と疎遠状態なので、大きな声で言えないけど、

疎遠になる前に、関係が修復できるうちに家庭内で「傾聴」

してほしいなぁ~って思うの。


それとね、この間義姉たちとの話し合いの後で、新たに約束事を

決めようかなって思ったの。


姉弟の間で

1、金銭の貸借はしないこと。

    貸すならあげちゃいましょう。

2、政治、宗教の話題はご法度。

    政治、宗教の押し付けは揉め事の種。

3、お互いの好き嫌いを認めましょう。

   一度イヤだと言われたら、覚えていようね。


親しいからこれくらいいいだろう・・・・なんて考えで行動すると今の

世の中うまくいかない。


長く仲良いい関係を続けていくなら、この1,2、3、守って

貰わないとね。


今、身内と上手くやってくのってたいへんな時代なのかも・・・。

    







ハートアメンバー記事のれいこちゃんのコメントに

お答えして・・・。


れいこちゃんと私の両親のような支配的な親についてです。



カウンセリングにしても、何かの講演会にしても、

宗教にしても、そこから自分にとっての何かを得て、


前を向いて生きていこうって気持ちがなかったら、

ナニをやっても何の気づきもないと思うのよ。



東さん親子の葛藤は詳しく分からないけれど、

私が思うには、親子間に「愛」があったんだと思う。


勿論私たちの親にも「愛」はあるんだけれど、

相手が受け取れる「愛」ではないのよ。


ほっかほっかの炊き立ての白いご飯食べたいのに、

パンをいっぱいくれたって、心は満たされないじゃない。


それと一緒で、子どもがナニを求めているか、

どんな愛情なら受け取れるのか・・・・


そこが理解できないんだと思う。


自分が与えたパンでお腹満たしてほしいから、子どもの口の中、

パンでいっぱいなのに、ぎゅうぎゅう押し込んでくる。


当然子どもは息ができなくなる・・・・。


苦しくて苦しくて、もだえ苦しんでいても、自分が与えたパンで

子どもが苦しむなんて考えてないから、苦しんでいること

理解できない。


逆に、自分がパンをいっぱい与えたのに、自分への感謝がない

って不満に思ってしまう。


そんな愛し方でしか子どもを愛せない、可哀想な人でも

あるよね。


本人は一生懸命やってるんだと思う。


一生懸命やってるのに、感謝しない子どもが悪いって思うんだよね。


今世で解決するかの疑問ですが・・・・。


我が家の場合は無理だと思っています。


コメントにも書かせていただいたけれど、命かけて挑んでる孫を相手に

しても、動じない根性。


彼らは考えを変えないと思います。


彼らを変えるには、ものすごいエネルギーが必要。


それと、時間。


そんなものにエネルギー注ぐなら、違うことにエネルギー使った

方がいいと思う。


俗物過ぎるけれど、「お金」も関係してるかな。


明日食べていく「お金」がなくなれば、少しは謙虚になるかも・・・?


希望的ではありますが・・・。