の続き。


家族を拒否


性の悩みを十数年抱え続けてきた中、

家族を守るための努力の甲斐なく

家族がピンチになったことで

鬱病はどんどん悪化して自殺未遂をしたわけだけど、


当然親は心配して飛んでくる。

それでも繕って隠して平気だと誤魔化していた。

とにかく帰って!

それ以来電話にも出られない、顔も見せない、

帰省もしない生活を送っていた。


本当に親不孝だと思う。

でも、親にこんな状況を見せるのも嫌だった。

女として生き始めてからはまして苦しかった。

そして親がいると親の感情に引っ張られて

私の中の私自身が自由になれないと感じていた。


だから縁を切っていた。


友人と大学の教授に支えられながら

何とかそこに心が生きていた。


改名


もう女性として生きようと決めてしばらくしたころ、

やはり名前が男名だと不自由だし、嫌だったから、

改名しようと行動し始めた。


いや、祖父から授かった名は男過ぎて嫌なんだけど、

そのころの見た目とのギャップもすごすぎて

いろいろ不都合もでてきてはいたけど、

やっぱり長年使ってると名前自体が自分自身になってて、

女の子の名前に変えるって決めたときも

相談もなしに大切な名前を捨てることに罪悪感を覚えた。


でも、もう男の名前はいつか変えたい…

名前の変え方を調べていくうちに条件があることを知った。

使用範囲の多さ。診察券や会員券など

使用期間の長さ。最低一年は使ってなきゃいけない


といった話をネットや知り合いのニューハーフさんから

調べてみて、簡単じゃないんだなぁ…

沢山使わなきゃいけないんだ、

長く使わなきゃいけないんだ、


どうせ変わるなら

親に相談できないから

友だちと考えよう。


大切な友だちといろいろ考えた。

①過去を悪れるために、将来を自由に描けるよう

今までと全く違う名前にするか。

②家族につけてもらった名前を何か残して

新しい思いを付加させるか。


やはり①は私の良心が許さなかった。

家族の思いを捨てるわけには行かない。

それにどんな過去でも今のあたしを作ったのは

昔のあたし自身。

その思い出も捨ててしまったら、

仲良くしてくれた友だちも、

守ってくれた先輩も、

愛してくれた家族も、

みんな否定してしまうような気がして。


忌わしい名前だとしても、ゼロにはしたくない。


そこで、②何らかの形で名前を残したいと決めた。

しかし、どう繕っても男性的な漢字しかないから

漢字を残すことは不可能。

というわけで名前の音を再利用することに。


音が基本残るように1音削ったり、

1音足したり、子音をつけたり試行錯誤して、

あたしのキャラに似合いそうな音はどんな音だろう、

呼びやすさとか考えて音を決めた。


そして、漢字は何を充てるのか。

小学校の頃、学校休んで自転車こいで

行ったとあるところでの思い出から、

あのときの苦しみを受け止めてくれた場所であり、

そして今も変わらず時間が過ぎ、

より輝いていく様を表現できる漢字があることを思いつき、

その漢字を充てたいと提案。


みんなからも「うわぁ…めっちゃ泣ける…ええ話や!」

と言うわけで満場一致で漢字も決まった。


それ以来みんなからはその名前で呼んでもらい、

最初はむず痒かったけど、すぐに馴染んできた。

大切な友だちみんなで自分の名前を考える。

なかなかできる体験じゃないし、

みんなの思いも当時過去を失いかけて孤独だった

私の心に、その隙間を埋めるには十分すぎるものだった。


名前を決めてすぐにいろんなお店のカードを

通用名にしてくれとお願いした。

病院や公共料金の使用者の名前も変えてもらった。


一部社内ルールで戸籍名限定のものもあった。

「名前を変えるためには必要なんです。

協力してください!」

当時の私は馬鹿だった。そんなお願いしても無駄。

目標をもって頑張ろうと思ったときに

人はわがままになりすぎる。

ご迷惑をおかけしている事に気付かされたのは

そういう経験を何度も経ているうちに学んでいっただけ。

今偉そうなこと言っても私もわがままの塊だった。


年賀状を友達から女性名で書いてもらって

どんどん実績が積み上がってくる。

嬉しい反面、馴染んでくると

男名を使うのがどんどん苦しくなってくる。

早く名前を換えたいとすら思うように。


でも、家族に何も話さないで勝手に変えるのは

人として許されるのか…


大切なものをないがしろにして

強く未来に一歩進めることができるのか…




◎改名裁判の経験談は↓こちら




向かい合わなきゃ…


やはりちゃんと向かい合わなければいけない。

いつまでも隠しておくわけにはいかない。

今の自分、本当の自分を認めてほしい…


自殺未遂から何からで憔悴している母親に

いきなり告白するのは無理だろう。

絶対に泡吹いて倒れちゃう…

先ずは引いた立場にいるお兄ちゃんから話してみよう。


すると、意外にも簡単に受け入れてくれた。

昔から悩み多い弟だったことは感じていたらしいし、

友達にゲイとかレズもいたから耐性もあったらしい。

あたしの話を聞いていろいろ腑に落ちたようで、

すぐにじゃぁどう親に対応するのか話し合いになった。


お父さんは例の一件以来立場なし。

相談するほどのことはないとのこと。

おじいちゃんは大正生まれの軍人だから言わないほうがいい。

お母さんには衝撃だろうけど会いたがってるし

向かい合うしかないだろう。

そこで、何とかカミングアウト帰省をしようと計画。


あたしは長居するよりは現実を突きつけて帰る。

兄が長期で帰れるタイミングに実施して、

泡ふく母を数日かけて慰める。


母親の苦しみは同じ母親のほうが癒せるだろうということで

近所に住む親戚のおばちゃんに協力してもらう。

若くしてご主人亡くして苦労してる人だし、

看護師さんで優しい人だし、母とも親しくしてるし…。

話をして理解してくれて、カミングアウト帰省の時にも

立ち会ってフォローしてくれると約束。


そして、兄とおばちゃんと母が実家の駅すぐの店で

食事会をするというから、それに合わせて帰省すると連絡。


帰りの特急電車は不安に満たされていた。

やっぱりやめて帰ろうか…

否定されたらどうしよう…

気絶しないかな…

このまま死んじゃったほうが楽なんじゃないか。

やっぱり過去なんて捨てたほうが良かったかも…



家族と再会


なんてグダグダ考えているうちに到着。

駅の改札を抜けてすぐにお店に直行。

でも入店できずもじもじ。

兄を呼び出し数年ぶりの再会。

その時点で兄にはびっくりされるも

私はそれどころじゃない。


兄からは

「もう少し控えめな服にしとけよ

いきなりだと衝撃強すぎる…」

と言われた。


当時はCanCamやAneCan、時々non-no

といったファッションで…

髪巻いて、胸も強調してなくても大きくなってるし、

CanCamファッションですから…

前あったときは真面目な男の子がですよ。

確かに言われてみればそうだよね(;^ω^)


でも仕方ないからそれで入店。

バクバクの心臓を抑えながら歩いていく…


兄が席に戻って、あたしが目の前に立ってても

まったく気付かないお母さん。


……………………………沈黙


え?……


……………………………沈黙


何ももう言葉を発せなかった。

お兄ちゃんとおばちゃんが何か聞いてきてたけど、

おぼろに答えるのが限界。記憶も殆ど無い。


お母さんも何も話さない。

ただただ泣いていた。


小一時間して、母も状況が飲み込めたのか、

今度は謝りはじめた。


「ごめんね、お母さんの何が悪かったのか…

ごめんなさい、ごめんなさい…」


「お母さんのせいじゃない、誰も悪くない、

悪くないけど、、、ごめんなさい…

でも、自分らしくいられて今は楽しくやってるよ。

本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」


何も話せずそのまま別れて、

また特急にのってとんぼ返り。

兄とおばちゃんからは

「お疲れ様。辛かったでしょ。あとは任せな。」


ただただ泣くばかり。

これで良かったのか…






つづく…

アメブロってアフェリエイト始まってから

業者さんのアカウントが増えて

ブログというより広告記事が増えてるのかな?


「いいね」もフォローもアクセス稼ぎ目的と

思われるものばかり。

(そういう指摘もあるみたいですね)



私も沢山の人にLGBTや里親について

知ってほしい思いもあるけど、


私なんかが当事者代表だなんて

言えないという考えもあるし、


注目されてどこかで近しい人に

見つかりたくもない思いもあって


ランキングとかアクセス数とか

実にどうでもいいんだよね。


というわけで、いらない業者を選別・拒否します。

違いがわかりやすい人はフォロー拒否してますが、

紛らわしいのは手を付けてません。


というわけで、実験します。

何も読まずにいいねを乱発してるアカウントを釣ります。

この記事にいいねを押したアカウントはお断りします。

こんな新規の人気なしアカウントでどのくらい釣れるんだろ。


というわけで、この記事にいいねグッド!しないでくださいニヤリ

よろしくおねがいします。

竹内智香さん、 

スッキリで紹介されてるんだけど

スノーボードのパラレル大回転の

オリンピック選手らしいんだけど、

すごく共感するし、カッコいい。


38歳、6度目のオリンピックかぁ、

頑張ってほしいなぁ。


競技を続けたいけど

出産のチャンスが小さくなる。

だから保険適応外だろうと

長期で高額になろうと

卵子凍結保存してのチャレンジ


ボードが日本人に合わないから

自分で開発しちゃう。


結婚、出産のこととか周りから言われるようになって

卵子凍結保存のことを話しているとのこと。

それが弱いからこそだと話すけど

嘘を付き続けるのが難しいからだと


嘘を付き続けるのは強い心がないと

できないことというのも共感する。

でも、自分への救いを求めてではなく

夢実現のために負担を減らすこと

相手の心配してくれる優しさに

答えてあげるためだから

意味合いが違いすぎる。


それも、そういう妊娠の心配という優しさを

大きなお世話だって言う人も沢山いるのに

そういった不満も尤もだし、

私もそういうのが重荷だったから

不満を言う人にこそ共感しちゃうんだけど、

そういう優しい人の優しさを尊重できる

更に上行く優しさに凄いなぁ…と感じる。


あたしみたいに男か女かといった話は

聞かれることがなければ嘘はつかなくていい

自分で自信がなかったときは

嘘ついてるような気がしてたけど。


更に女性アスリートに妊娠出産が原因で

ブランクができ評価に大きな影響を生むこと

競技を続けることによって子宝に恵まれなくなること

その大きな犠牲を負わなければかなわない夢を

自分の知恵で乗り越えながらも

後進のために考えてほしいって思いも共感。


彼女の、正直に生きているということも

夢のために何かを諦めず、

ボード開発も不妊治療の応用も

問題を受け入れるのではなく、

道を探し行動していること。

その困難を人のせいにせず

自分の成長に昇華していること。

でも、その困難が真に困難であることを証明し

変えろと声高に言うのではなく、

考えてほしいと提案する。


私の信念とほぼほぼピッタリ。

影響力もやってることも段違いにすごいけど

同じなんて言ったらバチ当たるレベルだけど、

私なんてしょっちゅう折れちゃうけど、

だからこそ彼女の強さは良く分かる気がする。


カッコいい。

あんな強く優しい人でいたい。

北京大会、絶対注目!応援する!

竹内智香さん、頑張ってください!

やっと昨日見ることができた。
上の子が結構触発されたんだけど、
中身もいいドラマだったと思う。

維新・文明開花のあたりの歴史のこと。
働く意味、経済原理のこと。
志や正義といった道のこと。

特に説教を垂れるつもりもないから
ただただみんなで見てたけど、
何かを考えるときの基礎になる世界観を
共有してくれたんじゃないかな?

で、上の子が一つだけ訊いてくれた。

孔子の論語の一節。
榮一氏の幼少期の頃から亡くなるまで通して
軸に据えられていたことば

過ちて改めざる、是を過ちと謂う

あやまちを反省しないことがあやまちだという考え方。

イマイチ意味が馴染まないらしい。

「悪いことは何しても悪いことなんじゃないの?」

確かに悪いことは悪いことかもしれない。
失敗は失敗かもしれない。

けど、その過ちで悲しんでいる人の気持ちになったり、
失敗した悔しさに立ち向かうときって、
どうしたらこうならなかったのかな?
って考えて工夫するよね。
次は成功させようって努力するよね。
悲しんでいる人を助けようと思うよね。

それが反省するってこと。
それが改めるってこと。
その改めることができれば、
昨日の自分より明日の自分は
もっと強く成長してるんじゃない?

失敗は明日の成功のステップになるんだよ。
つまり、反省することで
失敗することは成長することに変わっちゃう。

悪いことだと怒られたり悲しんだりするけど、
成長することは良いこと。
怒ることも悲しむこともない、
むしろ嬉しいことじゃない?

だから悪いことをして反省もないと悪いこと。
悪いことを繰り返すか何もできないままなのか。

悪いことをしてもちゃんと反省できてたなら
できること増えるし楽しいよね?

今のあなたは自分自身で
ちゃんと考えて努力できてるよね。
だから怒ることもないし、
逆に励ましてあげてるし
全力で応援してあげてるの。

失敗を怖がらず、
どんどん失敗して
どんどん成長してほしい。
それがあなたはできる、
だから人として信頼してるのよ。

「あー、確かに。わかったわ」



委託直後は努力のドの字も知らなかったのに、
反省と言えば自分の部屋に閉じ込められること
と返してくるようなぱっぱらぱーな子が
今では論語の一節を腑に落としてくれるなんて。

もしかしたら厳しすぎた?
なんて少し不安になるけど、
本人はのびのび自由に暮らせて楽だと
話してくれているから
多分これでいいのかな。


から一気に先の話に飛びます。


手術のためのお金稼ぎを終えて、

手術して、

再出発して、

挫折して、

再び鬱になりかけていたころ。


この間はまた改めてしたためたいと思います。


ちょっと知り合いから夫と義実家との関係を訊かれたので

先に書きます。




初めての義両親


彼(今の夫)と付き合って2年ほど、

直前の古傷が癒えない頃だったか

既に家賃の節約も兼ねて同棲を始めていた。


そんなとき、彼の実家の家族と電話で

私のことを紹介する機会があった。


彼は正直にあたしが元男の子だということを告げた。

義父母も義妹も最初は戸惑っていたが、

いい大人が考えたんだから好きにすればいい

といったリアクション。

でもそれなりに関係を作っていた。


しかし、ある日彼がお義母さんの虎の尾を踏んでしまった。

溜まりに溜まっていたみんなの不満が義実家から向けられた。


そのトドメが私のことだった。


あんなオトコオンナと付き合うなんて

お前はどうかしてる!

お前は金輪際この家に上がるな!

墓にもお前は入れさせん!

もう親だとは思うな!

子どもだとも思わん!

せいぜいオトコオンナと仲良くしてろ!


義父から来たメッセージ。

彼もブチ切れてそのまま絶縁


申し訳なくて、切なくて、悲しくて、

泣き崩れました。

以後毎晩のように彼にわびて謝って泣いて。

そのまま再び鬱になってしまった。


2年ほど引きこもる生活

彼も俺のせいで傷を追わせてしまったと感じていた。

何とか彼に支えられながら過ごす毎日。


彼にも重荷になってしまっていることは実感。


何とかしなきゃと思っていたときに

近所のおばあちゃんたちと何故か親しくなって

他愛のない話をしながらカフェでお茶する中で

いろんな話を聞かせてもらって

癒やされ頑張ろうとまた決意。


簿記2級とFP2級の資格を

独学で一年かけて取って、

なんとかなんとか就職してみた。


けど、営業職だったから体力落ちて

鬱もきつい時期に務まるわけもなく

すれ違いも多くなってしまったから

2年ほどで退職。

でも、失敗した過去の経験を

払拭するには十分だった。


女性の営業として方々をまわり

一応契約も取ってきた。

女性ばかりの会社で親友もたくさんできた。

今でも仲良くしてる子いっぱい。

里親になってからも親子で付き合いとか。


そんなころに彼からもプロポーズをうけた。

しかし、お断りすることになった。


「私なんかが相手だと幸せにはなれない


家族に拒否され、子どももできない、

誰からも祝福されない結婚、

未来のない結婚をあなたにさせられない…


別れる覚悟で断った。けど、

「そばにいてくれたらいい。」

私の思いに寄り添ってくれた。

それがまた申し訳なくて申し訳なくて…



義母危篤の報せ


会社を辞めてからしばらくした頃

義実家から電話がきた。

「お義母さんが倒れた!

あと何時間持つかわからん

息子に帰ってこいと伝えてくれ」


最期の最後まであたしを拒否していた義母

でも、流石に最期くらい息子に看取らせてやらなきゃと

お義父さんが感じて彼に知らせてくれた。

彼が着いてしばらくでお義母さんは息を引き取った


冷静を装い電話をくれた彼にかける言葉もなかった。

冷静でいなきゃ、冷静でいなきゃと

言い聞かせるのが精一杯。


電話を切ったあとまた私独り泣きじゃくる。

私のせいで彼は元気なお義母さんと

何年も会うことすら叶わなくなった。

私が彼からお義母さんを奪ってしまった

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…


そんな時、彼からまた電話がかかってきた。


「うちのこと、俺達だけだと回せないから

もろもろを手伝いに来てくれ」


でも、あたし、嫌われてるし、

拒否されてるし、逆にご迷惑になる…


「頼むから来てくれ。」


悩みながら急いで荷物をまとめ、

翌朝の特急ですぐ彼の実家を目指した。


初めて会うお義父さんと義妹

憔悴しきっている。

かろうじて話してくれた言葉。


「よく来てくれた。ありがとう。」


急なことに動揺しているのと

複雑な心境が伺いしれた…

お葬式の準備やらなにやらで

みんな気持ちも休まらない様子。


少しでもお手伝いをと

私も家事から雑用までをこなした。


赦し


葬式当日、お義父さんから火葬に向かう前に呼ばれた。



「**さん、本当にありがとう、

お義母さんの顔、見て上げてくれ」


お義父さんが涙ながらにそう言って招いてくれた。

ほんのり優しい表情であたしを見てくる。


赦してもらえたのだろうか…

お義母さんの姿を見て涙が溢れてくる。

初めてちゃんと拝見した…


「ごめんなさい、ごめんなさい、

         ごめんなさい…」

自然と出ていた言葉はそれだけだった…

お義父さんが返してくれた


「謝るのは私らの方だよ、

今まで本当にすまなかった。

**さんにに来てもらえて

本当に助かった。

こいつの最期を

一緒に見届けてくれて

ありがとう。」


棺を一緒に運ばせていただき、

遺影を抱かせていただき、

申し訳無さと、嬉しさと

悲しさと、悔しさと、


火葬場では田舎の葬式らしく

参列者も和気あいあい。

みなさんの時間を楽しく過ごせるよう

私も一生懸命お手伝い。


そんなこんなで短くて長い数日間を終えることに。


そして彼と一緒に帰る頃合いに、

彼から何とびっくりなお願いが…


「もう少し残って助けてやってくれないか?」


でも、私なんかがいても迷惑だし…


「夜に親父たちと話してて、

お前がおふくろにどこか似てるって

話になって、一緒にいると楽みたい

あいつら憔悴しきってるから、

家事だとか何だとか世話してやれないか?」


うん…


そこから彼は仕事のために帰宅。

私一人、義実家でお手伝いをすることに。

買い物、洗濯、掃除をやって

義妹といっしょにご飯を作って。

寝るときも一緒に寝たいっていわれて、


私がお義母さんの代わりだなんておこがましいけど、

すこしでも力になれてるなら

それだけで嬉しかった


お義母さんが家計のことを全部みてきたから

誰もお金の管理ができてなかった。

お義母さんを重ねられ信頼してもらえたから

お金のこともいろいろ整理しなきゃいけなくなった。

FPや簿記の知識を活かして

バランスシートを組んで先の計画を立てたり、

生命保険の申請した。、お葬式の決算をしたり、

遺産の処理や、諸々契約の整理も手伝えた。




今では


そして結婚して現在。

血の繋がりのない孫たちと

かつてはオトコオンナと罵られた嫁が

おじいちゃんやおばちゃんと一緒に

おばあちゃんのお墓に参っています。


孫にお小遣いを渡すのが嬉しそうなお義父さん。

少しでも親孝行してあげられてあたしも嬉しい。


結婚式は上げてない

里親になることを決めて一気に決めた結婚。

あたしの過去を知る人たちにも

主人方の身内にも披露したところで

祝福されないことはわかってる。

それどころか双方の身内に迷惑を掛けうる。

それに、新しい生活に早く移行したい


でも、子どもたちの笑顔に囲まれ、

私達親子を守ってくれる、愛してくれる

実家と義実家があること。


それだけで今はどれだけ幸せなことかと痛感している。