じなんぼうの伝言 -7ページ目



面白い話題ではありません。バイクは5年経過で走行2万7千。
ついにセルがうんともすんとも言わなくなった。近くのバイク屋とこれを買ったバイク屋に電話でいろいろ訊いたけど、わからんのよね、それはそうでしょう。
思い返すとバイクについてるデジタルの時計がこの1年くらいはよく消えていることがあった。それでもセルは必ず始動できたので、セルの方が明らかに電気は食うだろうから、矛盾していると思ったけど原因はわからない。
結局一番初めに考えたこと、バッテリの寿命ってことね、バイク自体の買いかえってことも考えたけど、それほどのこともないってことでヤフオクで激安バッテリを買いました。
買ったのは型番YTX7AーBS。最初、取説を見ると「YT7L-BS」となっています。それでとりあえずメーカーのユアサのサイトを探しましたが、ナント、その型番はない。それだけでなく、ターミナルの位置から判断すると型番に「L」と入っているモノは合わない。クエスチョンマークが頭の中に充満した。
それで仕方なく、大きさがあえば良いだろうと思って現在のバッテリの大きさを測りに行き、その大きさに合う型番をさがしたところ「YTX7A-BS」が合いそうだとわかった。
しかし、幅がワシが計ったところでは大体80ミリだったが「YTX7A」は88ミリだ。こういうものは2~3ミリ違うと全然ダメな可能性がある。
そう思って仕方なく再々度現物を見に行ったが、なんと、現在のバッテリはすでに「YTX7A-BS」となっているではありませんか。どういういきさつかはわかりませんが、それで型番の問題はクリアしてヤフオクで探したわけですね。
中国製ってところとか激安ってところが心配ですが(国産の5分の1以下)ダメモトの範囲の値段なので決めました。交換してさっそくエンジンスタート、文句なし。当たり前だけど気分がよくなる。ためしにキックもしたけど、これも2回ほどでかかった。
・・・・去年の今ごろは京都から帰ったころだ。今年は特に考えてない。天気が良くないのが原因と思う。ただ、長期目標としては以前から兵庫以西に行きたいとは思っている。計画だけでも考えている。
観光地と言うよりヤマタイ国とか古代関連の場所をへめぐる。だから1週間以上、できれば一ヶ月くらい。これは技術的にも困難は最大だろう、でも考えるだけでも楽しい。

◎04年6月11日の0750ごろだったのかな、あれから今月でまる四年たった。
歩くのは杖無しでもそれほど不自由しないが、試すわけにもいかないので、長く歩いたらどうなるかはわからない。
思えば退院したときはかなり心もとない感じだったが、当時の状態と比較するとかなりよくなっている。実際、退院後も15ヶ月間、リハビリはやってたからね。
いやしかし、「かなり」の範囲は客観的にはたいしたことはないだろう。杖にはあまり頼らなくて良いかなと言った程度だからね。それに時々杖を使うとかなり楽なのでまだまだと思う。
この前、外出して階段も手すりを使わずに降りられた。降りられたが、もしなにかにつまずくようなことがあれば悲惨なことになるし、周囲に人がいては危険なので、やはり「やればできる」程度だ。
この点についてはもうあまりよくはならないという感じがする。実際入院時から、同じ症状の人と比べてあまりにも差があった。ある人などは退院時には走ることもできていた。
自分は手術前にDRから走ることはできませんと宣言されていた。だが階段までダメとは思っていなかったし、言われてもいなかった。言われてないヨと言って恨むつもりはないが、なぜかDRはそこらへんのことについては全然説明もなかった。
ただ手術後にDRはいわゆる「おさら」を削ったと言っていた。たしかに見た目でもオサラが右側のに比べて直径が七割くらいに小型化していて、逆に関節は2~3割ほどの感じで肥大していた。
これについてDRは、人工骨を高原部にかぶせたが、これがおさらにあたるので削った・・・と言っていたように思う。
そこからさきは自分の想像だが、オサラを削ったので、そこについていた筋肉も一部なりとも除去することになったので、それで階段を昇降できなくなったのではないかと。
で、今Wikipediaを見ると次のようなことが出ていた・・・「膝蓋骨は大腿四頭筋腱に付着している。大腿四頭筋は収縮することで膝をまっすぐにする筋肉で、このうちの中間広筋が膝蓋骨底に付着している。また外側広筋腱と内側広筋腱がそれぞれ膝蓋骨の外側縁、内側縁に付着する。
膝蓋骨の主要な機能は、膝を伸縮することにある。膝蓋骨は腱が大腿骨を動かす際に、てこのような役割を果たすのである」
・・・とあるので、やはりワシの予想は当たっていたのではなかろうか、で、そうするともう4年も経っているしこれからもそれほどよくはならないであろうと予想される。
たしかにDRは入院中によく「大腿四頭筋が・・・」と気にしていたようだったが、やはりそういう問題だったのだろう。
※PS(12/25)・・・この半年ほど、自主トレでエアジョギング?やってるが、その効果か最近体が軽い感じがするようになった。外出するときも杖を忘れることもあるが、まあいらないや、って取りに戻らない。
だが、去年、京都に行ったときは、バイク屋に行くとき駅から歩いて何度も休まなければならなかったことを思い出す。そのときはこんなもんだからと思っていたのだが、今思い返すとよく行ったものだと思う。あのときは杖がなくては歩けなかった。
一日中杖を握り締めていたので手のひらが赤くなったりした。これではそのうち右腕だけが太くなったりするんだろうかなどと思ったものだ。思い出すとつらかったな。よく行ったものだよ。


◎プラッツのデカール
デカールを入手しましたので32型を進めようとしてます。
いろいろ考えたんですが、32型はやはり報国号を作らんといけません。(以前ハセガワかタミヤかのを作ったんですが、いつしかジャンクになった)
しかし、これはデカールが必要。デカールもいろいろ市販されているし、最近ではPCで自作できる時代。まだそこまではできないのでプラッツを通販で買いました。
これは塗装例に灰白色と濃緑を作れるようになっているので、その昔、作った32型もこの際動員して2種類の塗装にする計画を立てた。
古い32型はキャノピがエルエスのままで仕方が無いのですが、なるべく透明度を上げるなどやろうと思います。写真では古いデカール部分をはがした。
この濃緑は名門ハンブロールだったと思います。今回、この上に塗装ということになるので問題はありますが、気にしないでやります、なにしろ脳内修正システムがありますから。こわいものはありません。
サーフェイサを塗った新しい32型はキャノピが旧ハセガワの21型にもの。日の丸を入れてますが、これは他の日本機の日の丸を描いたときに塗料が余ったのでいたずらに塗っただけです。サーフェイサも他のを塗ったときにあまったので塗っちゃったのね。
おわかりのようにこの2機はエルエスの21型と52型のニコイチです。いや、グレーの方はハセガワのキャノピもあるからサンコイチですね。









◎写真てむずかしいね
こういう銀色の光の反射が強いのは暗い部分が見た目より黒く写ってしまうのね、
試しに撮りなおしてみました。どうかな。こうして拡大してしまうとアラがめだつけど、まあこんなもんなのね。
それにワシには「脳内修正システム」ってのが装備されてるのね。例えばこのP47は反射よけの線が曲がってるけど、これは鷲の絵をよけたんでそうなったんだけど、完成ってなると脳ミソの中ではあーら不思議、チャントまっすぐに見えてるのね。
だから塗装のムラでも色の多少の違いなんかは全部「脳内修正システム」が効いて、全然きにならないのね。ただそのためには30センチ以上は近づいて見ないってルールもあるけど。
最近、別のほうで興味が出ていて、プラモはちょっと離れてます。すぐもどりますけど。









◎やっと完成。
今回は組みあがっていたのを作り直そうっていうことだから、手を入れられないところもある。脚収納部の内側とかインタークーラーの内部とか。インタクーラーの部分は脚収納庫から外がすけて見えるがどうしようもない。
実はイーグルストン機の資料が全然ないのね。最初作ったときは航情誌の色刷りを見たと思う。それで今回他の資料も探すと、胴体に描かれているコードレターがワシのは航情資料でFT-Eだったがハセガワのキットや実機の写真や市販のダイキャストモデルなどはどれもFTーL。だがシリアルNOは420473で同じ。時期によって違うとか言えそうだけど
航情誌ではインベイジョンストライプは翼下面にも描かれているが実機写真やモデルアートにはない。結局これは消した。コードレタもFT-Lにした。
しつこくなるのでやめますが、ハセガワキットではガイコツも左側しかないという問題もある。だが市販のダイキャストモデルは両側に描かれている。
ハセガワさんが正しいようにも思えるが、ワシのバヤイはもう描いてしまっているので消すのもおしいのでそのままにした。
ただ、モデルアートでは同部隊で同じガイコツを描いた他の機体(FT-J、229180)は両側に描いてある。(今考えると、このNOのアタマ「2」というのはおかしいと思うが)
撃墜マークとシリアルNOはハセガワのキットのデカールです。コードレターと国籍マークのデカールをはがした部分は手書き。
今回パイロットもポーズを作ったが、なかなか面白い。これは他のでもやろうかな。
ドライヤーでプロペラを回してみました。やはり大直径のペラが回るのは面白い。
PS・・・防眩塗装が写真では黒く見えますが、カウリング上面部は黒ですが、胴体上面部はオリーブドラブです。カメラがどうしても・・・。


◎ヤマってまだあるね。
ヤマが次々出てくるって感じなので、ここで機銃を作ったらほっとしたんで出しておきます。
パイロット、イーグルストン少佐のポーズ作りも一応これくらいってことで、写真1枚目は整形前です。針金の芯材にエポキシパテをまきつけたところです。そう、頭を一度ちょん切って左を向けました。こっち見てるかな。
カウリングも前縁にを厚みをもたせた。プロペラもカフスを追加。
P47の機銃はかなりオリジナル度が高いし、形も作るとなると非常にやっかいなことはやるまえから想像されてた。数が多いし、片側四丁とも直線的にだが長さが違う。しかし間隔は当然同じ。これはやっかいだろう。
特に機銃の直径が問題だった。プラ棒だと近いところで0.5ミリしかない。真鍮パイプだと0.5ミリと0.7ミリだ。
これは図面を見てもわからんのね。で、写真をアレコレ見て計った結果、どうも直径は5センチ以上はあるようだった。12.7ミリ口径で外径50ミリということは、パイプというよりちくわというかバームクーヘン状態な感じだ。
それはいいとして、5センチ径なら1/72で0.7ミリ程度となる。実は最初0.5ミリ径のプラ棒ですっかり作ったのだが、思い直して全部切断し、また穴をあけなおすというゴテゴテをやった。それはもう忘れよう。
結果、0.7ミリ真鍮パイプで作り直したってわけです。
一応パイロットを乗せてみました。






◎足周りがナントカ完成。
今回の改修プロジェクトでプロペラについで困難な作業(いや、困難ではないがめんどくさい)が予想された主脚の作業が完成した。大体はXP72でやったやり方なんだがロッド類を作ったのが今回の相違点。
プロペラと主脚の工作ができたのでヤマは越えた。感じとして60%くらいだろうか。風防も接着したのでパイロットの作業に移れる。
主脚も角度や長さは測りながらやったけど、今回は新兵器として名付けて「ドック式治具」(「そのままかよ」という声があったので「コの字形」を訂正)を作った。以前から作ろうかと思っていたんだけど、ついに決心したのね。(写真4枚目の「木枠」です)
予想したとおり、脚の接着作業などにはかなり便利になった。下には置けないが水平にしなければならないときにいいだろう。
今までは空き箱を裏返して使ったりしてたんだけど、端材を探して作った。やはりしっかりしていて具合が良い。メモリも書いて位置決めをできるようにした。ノコの作業台にもなる。(今くだらないこと思いついたんだけど、メモリ(目盛り)ってメモリー(MEMORY)ってことだよね)
見た目わかりにくいけど翼下のパイロンも位置を修正してる。約2ミリほど内側に移動した。というと簡単そうだけど、こういうものは「移動」と言っても作り直し、一回切断して整形して接着ということになる。
キットのパイロンが実際より外側になっているのはおそらく「湯」の流れの制約から機銃の銃身を実際より間隔を開ける必要があったのでその分外側に移動せざるをえなかったのだろう。
で、パイロットのフィギュアね、こういう工作するのは初体験だ。ではまた。


◎あんまりすすんでません、面白くなくてすんません。
気楽な感じで始めましたが、ここもあそこもと欲張ったせいですね。
作りながら思ったのは、「音」が違うなってことです。実を言うと、これがジャンクのときにどこかにぶつけると「ベコン」というにごった音がしたもんです。
これは組み立て時の接着がまずく、パーツとパーツの間に隙間があるのでベコベコしたものになってるんですね。ところが今回、特に主翼と胴体の間をパテを使ってきっちりと接着したり、翼側のフラップ用の開口部をプラ板でふさいで翼上下面の接着もチャントやったのでがたつきがなくなった。
それでどこかにぶつけても「コツン」という締まった音になりました。めでたしめでたし。
ただ、当初なんでそんな手抜きをしたのかなというと、特にパテを使っていないところを見ると、技術もあんまりないうえにおもちゃっぽいキットだったので少し嫌気がさしていたようなことを思い出しました。
実際、今回も分解したところで、一瞬やめようかなとも思った。しかし、翼をくっつけてがっしりした感じになってくると、「貴重」な感じに思えてきました。やってみるもんですねえ。
ただ、ひとさまには全然面白いということはないと思いますが。
「飾り」としては爆弾2発と増槽を予定。爆弾はフィンを削って「らしく」した。
そうそう、最初に最難関のプロペラの整形をして、それがいい感じでできたので、作業続行を決めたってところもあるんですよね。形は団扇みたいなカーチス系ということでブレードの幅を拡張できた。これがダメならやめようって思いましたからね。やってるうちに別な方法も思いついたので次はそれでやってみようと思ってます.
それと写真ではよくわかりませんがスピンナも少しですが大型化に修正してあるんですよね。いっそのことちょん切って取り替えようかなと思いましたが、そのほうが難しそうなのでやめた。

◎ついむらむらとして、まず、分解。
こんなことやってるのはあんまりいないよね。昔作ったイーグルストンのP47をこわしてる、いや、直してる。ジャンクになってて、ほっといてもいいけど見ているうちにむらむらとしてね。
さっさと新しいのを作ればいいとは思う。でもこういうのはポジティブに考えればオリジナリティはあるだろうと思うけど。
機体は有名なイーグルストン機だが、ノーズアートは手書きしたんで、それを生かしたかったのね。今じゃ市販のデカールもあるから希少価値は全然なくなったが。
ちなみに例のチェッカーの手書きもある。オレって昔はがんばったんだな、って、他にやることなかったのかよ。
まあ、そおゆうことでこの際、あちこち手を加えて希少性を高めようってコンタンね。
改修箇所としては・・・
①キャノピを開状態にする。
②フラップを下げ位置にする。
③インタクーラ排気口を開状態にする。
④主脚を全面改修する。(XP72でやった方法で)
⑤(キャノピを開けるんで)操縦席を「適当に少し」作る。(正しくではない)
⑥(キャノピを開けるんで)パイロットのポーズを変える(と言っても腕を作り直すだけ)。
⑦カウリングを改修する。
⑧プロペラを改修する。
⑨塗装をやり直す。
・・・という具合です。しかしプロペラは難易度が高いので、できるかどうかわからん。既に薄くはしているがブレードの幅を広げたいのね、それにハブ部分を直したい。これは難しい。
ワシの考えとしては、こういう「半分オモチャキット」はオモチャ感覚で作りたい。ビンボ臭いですけどね。新鮮味もないし。
もっともワシの持ってるプラモは全て「半分オモチャキット」ではあるが。
でも、できるかなあ。
PS・・・ボヤキはジジイみたいで言いたくないが、ヤフオクでプラモの完成品が出ているが、技術は良いが考証は捏造というモデルがよく出ていて、それがケッコー高値がついているんで驚く。
買う方はそれで納得しているんだろうから他人がとやかく言っても始まらんが、ワシもやろうかな、ガセは得意だから。









◎やっとできた
出来上がって、何がいいかと言うとキャノピの透明度だ。こういう枠のおおいキャノピは向こう側の枠が透けて見えるというのが実にいい。ここが最高だね。さすがファインモールド。パイロットを乗せればよかった。
ファインモールドのキャノピは良質だがエルエスの機体のほうも優秀だから全体でもバランスが取れていてしっくりいってる。
そうですエルエスとファインモールドのコラボです。ファインモールドのキャノピはM・グラフィック誌の「至高のゼロ」の付属。機体はエルエスです。
ちなみに、キットはエルエスでも前期タイプの脚可動型で、それを生かしたかったので零戦特有の付け根の小形カバーはつけなかった。いまどきフラップや脚可動なんて珍しいでしょう。エルロンとラダーはヒンジを取ってしまったので固定になった。
爆弾と燃タンを接着して気づいたけど、他のエルエス零戦と比べて重量が増えたのがすぐにわかった。実機でもさぞや重くなっていたんだろう。
レター、マーキング類は手書き、日の丸もキットの筋彫りの大きさでは小さいので適当に大型化した。近くで見るとそれなりに荒っぽくなってしまったが、贅沢は言わないってことで完成とします。
◎ ◎
最初に組み上げたのは何年も前だが、製作再開をしてからも4ヶ月くらいだろうか、製作の作業そのものはたいしたことはないんだけど、ああやろうかこうしようかと方針決定に手間取ったのね。
で、その合間に二式観測機をでっちあげたりバッファローを分解したりしてた。
最初は52型丙を作ろうと思っていたんだけど、どうも丙はロケット弾装備が必須らしい。いろいろ考えたがロケット弾装備はできそうにないので断念。まずここで日にちをくった。
しかし単純に52型はいやだ。もうスタンダードなものは作れない体になっているのだ(病気かい)。
ネットで見つけたのが振り分け落下増槽付きで機体は52型の甲か乙らしいタイプ(写真1枚目)。落下増槽は2個だが翼内武装は20ミリだけ。これは現地で改修したものらしい。これなら折衷式で好都合。
だが問題はマーキング、というか文字ね。部隊番号は他のデカールを切って張ってでなんとかなりそうだが、部隊番号機番号の他に一回り小さい「Z」とそこにさらに小さいローマ数字で「Ⅰ」とかの書き込みがある。これをどうするかでまたまた日にちをくった。
この写真の「16番」の機体は1/144のデカールが市販されているようだがデカールは「ZⅠ」だが、解説はなぜか「ZⅡ」となっている。しかも「313飛」と言っているが航情誌では「313飛」は「C」だ。それに写真では「Ⅰ」としか見えない。ここでも古い航空情報誌を探したりして日にちがかかった。
結局、「ZⅠ」は飛行隊は不明だが写真をよりどころにしてコードレターは一大決心で手書きに決めた。しかし、これはまずいのね。模様のようなものならどうにでもなるが文字はすこしでもゆがんだりすれば目立つ。いくらうまく書いてもこの世にはデカールというものがあるから意味が無い。
だけど「ZⅠ」だけ手書きではバランスが悪い。それで全部手書きとなったのね。
所属の飛行隊は不明だが、写真はあるので実在はしてたってことで、221空所属で飛行隊は303、304、315、317のいずれか。(他の4コ飛行隊がA~Dまでをつけてる)
PS・・・航フ・世傑・日本海軍零式艦上戦闘機ではこの写真の機体Noを312飛か313飛としているが、これはどうであろうか。
221空の当初の装備飛行隊は308、312、313、407飛があったが、航情資料では内訳はAが308飛、Dが407飛とあり、312は「221」、313は「21」とある。
単純にアルファベッドをつけたわけじゃないようだが、「ZⅠ」はその後の装備飛行隊(上記の303以下の4個飛行隊)と推測する。
この世傑には「221―26 D」(「D」は数字の下に「別記」のかたちで記入)を308飛としているが、これは航情とマッコー対立するがどうであろーか。

