「ひじきさん
ちょっと聞いてイイ?
時間ある?」





と聞かれました





自分は最近
あまり人と関わらずに居た方が
イイんだろうなぁ……

と云う
まぁ  前からよく考えてる
事の繰り返しなんですが
相談を受けた方からも
ちょっと距離を置いてました





〝距離を置く〟とは
あくまでも自分からは
喋り掛けないというシンプルな
ことです





さてその方の質問は
「ココって評判イイの?」
と云うモノでした





この質問には
明らかに〝疑惑〟があり
〝後悔〟を感じます





自分は案外に価値観が
俗にいう一般的なものと
違うことを
身をもって知ってます





参考に成らないかも知れん
旨を伝えたが

かまわないから喋りたい
と言われた








自分の答えは
『治療は1回きりのモノがある

自分が受けた治療も1回きりのモノ

あなた様が受けてる治療も
1回きりのモノです

5ヶ月と云う
決められた期間を

5ヶ月受ける必要があるのか

もっとがむしゃらに
したいのであれば

極端な話し

自身のために嫌われる勇気は
必要な時があるかも
知れないと感じます』

『リハビリが足りないと
感じてしまう自身の感覚』

『今の繰り返しに
意味を感じないという
自身の感覚は信じるべきだと
自分は思います』





『病気に向き合う気持ちは
間違いなく治療の成果を
上げると自分は信じているので

その自身の気持ちの高める
ことを大切にするための
努力は最大にされて
治療を受けて欲しいです』
と伝えた

言語化って難しい





だけど後悔少ないように
過ごして欲しいです





後悔をする時に
〝自分が選んだからイイんだ!〟

とどうしてもしてしまう
後悔なら
人のせいに
しない選択をして欲しいと
願い自分にも言い聞かしてる






お互いに
僥倖を得られますことを
願います


三年前の今頃に
肺がんステージⅢの
化学放射線療法が全て終わり
退院しました





本来なら
「片肺全摘」が
自分の癌腫の標準治療でした





何度も書いてますが
〝腺様囊胞癌〟と云う
顔に出来るだけでも希少な
癌であり  
その癌が原発として
肺がんとしてあるのは






珍しい癌らしいです





色々と調べてわかったのは
希少癌といっても


「本当に希少ながん」と

「希少癌とは云われていても
だけれども
それ程には珍しくない
という希少癌」が

あると言うことです





告知を受けた後
娘が東京の有名な
癌の病院に問い合わせた時に
言われたそうです


「当院での希少癌とは
もっと希少な癌を指します」と






退院してから
ユーチーブ等で
肺がんについての
勉強していた頃に学んだのは

その東京の有名な病院の
肺がんの先生3人の1人が





癌の研究としては
「摘出して色々と調べるのが
癌の研究としては
一番分かり易い」
と言われており






なんと云うか
医療の〝当たり前〟とは


〝闇〟を含んでいるなぁ……
と正直ガッカリも感じてました





その当たり前を言われても


それを実践しても
自分らしく生きたい
自分には意味は無いなぁ……


という
変な感覚もありました





他の方のブログには
本当に色々と助けられました






〝がん〟というモノが
いかに実感を
伴わないものかも


自分を通して経験しました


なんでこんなに
自分が癌であるという
実感を得ない感覚なのか

その感覚は本当にとても不思議でした





癌でなくても
何度かは
命の危機もあった人生なのに







いつどうなるか
分からないけども

でも片肺取らずに
自分は3年生きれてますよ






誰かの励みになれば有り難いなぁ




今月は定期検診があります





三年前
非小細胞肺癌の
標準治療を終えて
退院しました





自分は職場には恵まれては
おりません





人事課長は
「個人病院だから」
を都合よく使います





「〝配慮が必要〟と
〝書かれていない〟診断書を
もらえないと
復職は認められない」


と言いました






ここまでを読まれた方は
どの様に感じるのだろうか





当時  
福祉関係の職場で
働いて居た方は
この話を
この国で働く医療福祉の
当たり前のブラックだ」と
言われてました






自分もそれを実感してます
悲しい社会の一面ですね

珍しくいい話(⌒-⌒; )

かな?






自分の車に孫3人が乗る

機会がありました(>_<。)






エアコンは壊れているので

窓を開け走ってると

孫達が騒ぎ出す






後部座席の窓は

開けきれない



そのわずかなスペースに

「ヤモリが居る!」

「入って来る!」

と大騒ぎになる(T^T)






窓を閉めたら

ヤモリが

はさまるかも知れん(T^T)






入ってこなかったとしても

途中で落ちたとしたら

踏み潰される(T^T)






車を止めて

何とか草むらに逃がせたけど


孫達は大興奮(⌒-⌒; )






トカゲやらカエルやらの

話やら






自分の知ってることを

3人が一斉に喋る






聞き取れないよ

爺ちゃんには……(T^T)






考えたら

ほんの数分だけだったけど

孫達だけを乗せて


いっぱい話をしながら

車を運転するというのは

初めてやね


貴重な記録です


前から読ませて頂いて
とても尊敬している
看護学生の方の
ブログが

現在1位な事に
気付きました





何とか良い方向が
見付かる事を
切に祈っております

『自分は変な格好をしているが
恐くないですか?』
『自分と話していて
嫌な気持ちに
なったりしないですか?』
散々に色んな話をしました





背骨の骨折の恐いところは
「神経を傷付ける事」と
よく学びました





されど今の時代は
背骨の骨折では
入院出来ないところは
案外に多くあります





安静が必要だったために
その都度に必要性を
伝えてました





自分は「直に忘れる」と
貴女に言ったと怒られたと
セラピストからあり
所属長が盗み聞き状態で
確認していて


色んな事が起こってると
伝えました






そんな中に
「私は直に忘れるやなく
そく忘れる」とも
笑って言われました





「私はあなたのことを
気に入ってる」とも
言われました





「何でそんな事で
怒られたのか分からないが
それなら
私があなたを弁明してあげる

罰を与える委員会に
あなた方の方がおかしい
と言ってあげる」


とまで言われました






その数ヶ月後に
結果が


最初は「言い争ってる」と
いうことで問題と
言われたのが


「直ぐに忘れる」
と言ったこととなった





そして
【罰を与える委員会】では


その方が退院された後に
わざわざ時間を開けた
現実として行われた





所属長からは「問題なし」

だけど
言葉は難しいから
これからも気を付けるよう
にと言われた


所属長からも
もう解決してると
思っていたから
訳が分からないと言われた





患者様本人には嫌やという
感情はなく


逆に本人の闘病や
旦那様の闘病などや

他には言われない
本音に近い

そういった話をされて
過ごして居た





事務長は
「認知の乏しい方の
証言は信用に至らない」
と言われた


そして退院後の対応





ただの病院としての
キチンと虐待に対して
対応しているという
アピールに利用された
だけである





と自分は受け取れた





だって本当に患者さんの為の
事であるならば


早急に対応して
自分には極端な話
近付かないよう指示して
患者さんに管理職が謝るのが
普通の〝会社〟なら
することだろう





しかも「認知の乏しい患者の
言う言葉は信用できない」
って……


自分の発言に問題あるなら
事務長の発言も
完全に差別発言になるのでは?

事務長にはそれは
【許される】のか?





馬鹿な自分には分からない





ただこの件は
公表すると伝えて


この件を公表してもいいと
言われているので
多分また愚痴ります





読まれた方は
どう感じてるのかな……


自分は
正直なところ哀しいかぎりです


『この方々は
今はまだ理解出来ないんだな』
と思うことがありました
(病気になるなり
経験を通してしか
わからないんやだろう)






自分はとても気を付けながら
認知の低下についての
話をしていました






それをたまたまに聞いて居た
他職種の職員は


多分に不快を感じたのでしょう





先に伝えた通り
【罰を与える委員会】に
報告されました





自分には全く意味が
分かりません





所属長はその場の
言葉の使い方を確認していて

問題なしと判断もしていました






いちよ不快に思う人は居るという
注意も受けました






その後
人事課長からはと
看護部長からは
「患者と言い争ってる」
と報告があったそうです





これが二が月前の話です





所属長からも
「言い争いはない」
確認をしたと報告したと
言われてました





【罰を与える委員会】からは
自分が相手に
「どうせすぐに忘れる」と
云う事に対してでした





意味不明です
またこの人事課長がらみです





そして事務長がらみです





何の為の二ヶ月間の
期間が空いたのでしょうか?





意味不明です






話は少し横道になりますが
自分には記憶が無くなる事を
おかしくなる恐怖を
何度も経験しています


〝交通事故の時の事〟
今も戻りません

〝告知後のせん妄時〟
何が起こっているのか
分からず
ナースコールにて
自分が今何を感じているか
伝えました
とてもとても恐かったです

〝化学療法治療後〟
自分が今日キチンと
働いたのか分からずに
今は自分は何故ここにいて
何をしている最中なのか
分からない時もありました
とても恐かったです

〝内服している薬の副作用〟
睡眠導入剤も抗不安薬も
記憶に大きく関係してきます

最近読んだ
認知症の本によると
自分がなっている
〝副作用にてなった
後遺症の病気から
認知症になる可能性〟
が書かれてました
ショックでした

〝加齢〟に
伴うものもあらゆる面から
付いて回ります






もう一体いくつ認知の面でも
あるのだろうかと
とても不安になりました


これらの経験と不安などから

共感と復唱の技術と
想いを込めて
話をしていたのに






【罰を与える人達】は
当然の如く健康で


こんな人間に
一体何が分かるのだろうか…





自分がいかに

何とか
何かしら
何かの切っ掛けは無いか
探して考えて


記憶はつながらないか


自分とのやりとりで
改善を見込めないかと





色々な会話をして

出来る事の維持を目指し

話をしていたのを






結果的には
「罰を与えられた」のですが

それは
「どうせすぐに忘れる」
が不適切な言葉の
一点張りでした






他の医院からは
おかしな職場ですねと
評判になって
きてしまってるのにね




「ひじきさんも病人なのにね」
と他院の先生に言われ


その言葉を聞いて
もう一度自分に
当てはめてみたよ

そしてその言葉は
意味を伝える自信はないが
分からないながらに
表現します








「あなたは呼吸が
しにくい病気ですね

名前は肺がんに伴う
閉塞性肺炎です

咳が止まらないのは
そのせいです

辛くて恐いですね

治りにくい病気ですが
頑張りましょう」

となります






どうですか?






やはり不快になった方は
おられるのでしょう






でも
この事に対して
言われた方に
嫌な気持ちはなくて





言った方は本当に良くなって欲しいと思ってるのであれば





どうなんですかね






価値観の違いから
多少は不快があっても
仕方はないと思いますが

自分は他者に
【罰】をあたえられる
事をしましたか?





「勝手に公表すれば」と
いわば許可を言われたので
ブログに
投稿させてもらいました





闘病されてる人々のの事を
もっと考えないと

これからの時代から
淘汰されますよ





哀しいです

終戦記念日ですね






私の祖父は戦死です

「オシッコが凍るような所で…」

とか



「ひょっこり帰って来ないか…」

などの話を

何度も聞かされてました






自分達兄弟同士の幼少時代の

口喧嘩などした時や



嘘か本当か分からない時など



「お祖父ちゃんに誓えるか!」

と云うのが



自分達の

兄弟同士のもめ事の時に



自然と始まった確認する時の

決めセリフでした






特攻隊の方々の

家族を想い

国を想い



それらを

書かれた手紙のカレンダーが

飾られてもいました






実家の近くには

防空壕の跡地もあり






集団登校する時に集まる

せんべい屋さんのお爺さんは

戦争時に腕を撃たれて

銃弾のあとと

その箇所から不自然に

曲がった状態だった為に



毎日に何処かに戦争の

悲しさを学んで育ちました






幼少時から

病弱の自分は



こういう〝想い〟に

自然と共感して



特に特攻隊の方の



両親や

妻や

子供達への



幸せに成って欲しいと

云う想い



哀しい想い



自身の行いが

国を良くすると信じる想い







そういった想いに



苦しさと共に

頑張って生きなければと云う

想いをしてました






今は比べるべきでは

ないのでしょうが



闘病をされて居る方々への

想いも入り混じり



様々な〝闘う〟事への

想いへの気持があります






戦争がない世界に

成ります様に

願います



赤ちゃんを抱っこしました
三ヶ月  ズッシリと重たかった


職場での昼休憩中
いつものとおり車で扉を開けた
状態で寝てた(-_-)zzz





「ひじきさ~ん!」
と起こされた(-_-)zzz





用事で職場に来たらしい
同職者の赤ちゃん!


自分が
抱っこした姿を
写真におさめてました
「ひい爺ちゃんだよ~」と
赤ちゃんに紹介されました
σ(^_^;)?ちょっと不思議な
気持ちになれた

もちろんイイ方の気持ちに






昨日は長孫が
自分の為にカレーを
作ってくれた


とても美味しかった






中孫と末孫とも遊んだ






一昨日は娘にラーメンを
おごってもらった






なんかここ数日は
不思議な数日でした




 有り難いです

投稿していない時でも
閲覧数のみがある時があり





自分のブログを
見に来られる方々が






どういう経過をして
来られたのだろうかと
思う時があります






当たり前の事かも
知れませんが


自分が他の方より
幸運な面はしっかりとあり





そうして不幸な面もある事は
理解しているつもりです






ブログを読み始めた
一番の想いは
〝告知の衝撃さ〟
が凄すぎて
何処にも救いが
無い中に置かれた感じになり





そんな中で闘病ブログに
当時  出会いました






適切な表現では無いかも
知れませんが
パニック的なものは
少し落ち着き
とても有り難かったです





告知でパニック的になるのは
みんな同じだと思い


それを共感する事により
少しでもその方の苦しさが
和らげばと云う
想いからでもありました






自分はたまたまに
病気との出会いが多い為に


経験的に提案された
示唆された治療を
拒否しました






それでも悩み苦しみ
本当にそれで良いのか
グラグラに悩む時も
有りました





でもやはり
自分の治療なので


自分で決めて欲しくて
書いて来ました







最初の頃は
こう云う面に
自分なりに
何かと間違いなく懸命でした





そして
知り合った方々の事は
治るんだと信じてました





そんな中である方に
「まだ分かっていないね」
とつぶやかれた時は


結構ショックで
何がなんだろう?
と思ってました






でも当時は
全く分かりませんでした








正直なところ
今でも分かっていないし


将来的に分かる様に成るかは
分からないままですが








そして報告は無いので
分かりませんが
その方は今はもう多分
おられません





そういった
報告を多く経験をしていく


知り合った方が
いなくなっていくのが
増えて来てしまいました






そうして
闘病と云うジャンルは
辞めようと思い
先ずはジャンルを止めました








分からなかった状態は


今はイイ方向の中に居るとも
このブログを通して知りました






経過観察の意味も
本当に分からなかった






今も分かっている様で


まだまだ分かって居ないとも
思いますけどね








その自分の経過の時間を


どのような表現で
ブログに書いていけば
いいのかが


試行錯誤しながら

ドンドンと分からなく
なっていく面があります





仕事の愚痴も
かなりあります





日々の事も書きながら





ここまでブログを続けて
書いて来はておいてますが






繰り返しになりますが
さらに今さら


余計に自分が何を
表現をしたいのかが
まとまらず


それらが
ますます分からなくなります









今はそう云う事を
踏まえながら
こうして書いてますが


ブログを
消してしまいたい気持は
もうずっと前からあるんです





でも自分が本当に懸命に

自分と向き合って
治療してきた自覚は
あるんですよね





それが予想外の
イイ結果を得られた理由の
一部であるのは


変な確信もあります







希少癌としての自分


手術と云うものを
自分が向いていないと
判断したから


拒否した自分







自分の経験が
誰かの励みになって
イイ結果を得られるかも
知れない可能性がある


と思うと
ブログを消せない
要因の一つとも成ってます





闘病ブログは
みんなで励まし合って
いければと

本当に本当に願ってました








普通に考えたら
只の馬鹿な


知識足らずの



気持の安定していない人間の





何を書いているのか
分からない内容の
ブログですよね








〝吐き出し〟は
色々と試してみましたが


誰かが読んで下されないと
報われない様な感じは
とてもしてます






それ故に
自由に書く必要と


読まれる方が
おられる以上は


何を書いてもいいわけでも
無いとも感じております







こうしてダラダラと
言葉を落としていくと

結局のところ
自分のブログは


やはり闘病のブログなんだと
思いますね







病気に対して
受けれる治療は
人により違い


選ぶのもとても
限られてます





それでも
受ける治療は
自分で選んだ結果であり


自分で決めた
治療である事を
切に切に願います





そして
上手く言えないのですが


懸命に自分らしく
生きましょう