僕はその男に挨拶をしてみた。



恐る恐る、声を掛けてみた。



「こんにちは。」



「こんにちは。」



何気ないこの挨拶にとても緊張した。



その男はとても腰が低く、深々と頭を下げて挨拶してくれた。



悪い人じゃなさそうだな・・・足が悪くて不自由してるんだろうな・・・




神社の職員の一人に和田さんという話し好きな人がいた。



この和田さんは誰それ構わず話しかける人だった。



「誰々さんと今から会わないといけない。


誰々さんは話が長いんだよな~


付き合いも大変だよ~ 」



おいおい、和田さんの方がきっと話が長いはずだよ。



きっと相手の方が大変なはずだ。



自分のことはわからずにいる和田さん。



人間的にはいい人なんだが・・・・



とにかくその場にいる人に、自分の話を投げかける癖がある。



知らない話を話かけられても、こっちとしては答えようがないので、愛想笑いするしかないのである。



適当に、「そうですよね~大変ですね」



なんて答えようもんならマシンガントークで蜂の巣にされて撃沈してしまうので、みんな和田さんには近寄ろうとはしないのである。



そんな和田さんは予想通り、その男に話し掛けていた。



その男は和田さんと楽しそうに会話をしている。



障害があることは私は気にしないのだが、気にして敬遠する人も多いのではないだろうか。



きっとその男は話掛けられて嬉しかったのだろう。



和田さんは毎日お参り来てくれる信心深そうなその男を信用してしまったのである。



その男にまんまと騙されることになるとは知らずに・・・・・





                                      つづく







今日もその男は神社に通ってきた。



いつも通りの時刻に、いつもの風貌で。



車から降りると、両足を内側に向け引きずるように、賽銭箱に向かってヨチヨチと歩いて行く。



賽銭箱にお賽銭を放り投げ両手を会わせると、必ず1分間ほど何か願いごとをする。



少しだけ頭を垂れて、何かを神様にお願いしているようである。



毎日通ってくるのであるから、きっと信心深い人なのだろう。



お参りが終わると、巫女のいる授与所(御札やお守りを販売している建物)の参道を挟んで対面にあるベンチに腰掛けると、まずはジッポで煙草に火をつける。



煙草を吸いながら、ただぼーっと何をするでもなく、ただただぼーっとベンチに座っている。



傍から観察すると、その視線は巫女を追いかけているように見え、きっと巫女からしたら気持ち悪く感じているに違いない。




ただ、神社という場所は、来る者拒まず、去る者追わず。



神社は宗教法人の私有地ではあるものの、世間的には公共の場所。



ヤクザだろうが、右翼だろうが、どんな人が入ってきても、それを拒むことはできないのである。



たとえその男のように不気味さを醸し出していたとしても、それを排除することは決してしてはいけないと皆思って接している。




女性の巫女が気持ち悪がっているのはよく分かっていたが、男性職員さえもその男に対してあまり良い気持ちは持っていなかった。



男性が同姓である男性に対し不快に感じるわけであるから、当然女性もそうであろう。



もちろん、お参りに来てくださる方々全員に挨拶はする。



従って、その男にもみんな挨拶をする。



色の入った眼鏡越しに見えるその眼はいつも少し充血していて、少し鋭さも持っている。



この人、一体何者なんだろう?



控えめではあるが、何か少し威圧感のあるオーラを出している。



障害があることへのストレスなのか、はたまた障害を持っていることに対し自分のプライドが許さないのか。



とにかく、何かを持っている男のように感じていた。



ある日、僕はその男に話しかけた。



僕は人見知りをしないので、誰でも気さくに声をかけるのだが、その男への挨拶は何故か躊躇した。



何か嫌な感じがしていたのだ。



ただ、その男が障害を持っていることに同情してしまい、声を掛けたのだった。



それが悪夢の始まりだった・・・・・


           

                                                   つづく                  







僕は、とある神社に勤めていた。



勤めていた、と過去形なのは、その男に騙されて神社を辞めてしまったからだ。





その男と出会ったのは約3年前。



僕が神社に奉仕を始めて、毎日通ってくる中年男性がいた。



その男は白いワゴンRスティングレイで毎日毎日通ってくる。



神社を訪れる時間は、だいたい12時前後。



白いスティングレイで音楽をガンガンならしながら、颯爽と到着する。



背格好は中肉中背、まさに中年太り。



眼鏡を掛け、その風貌は決して爽やかではない中年男。




車を降りるとまず、拝殿前の賽銭箱に向かってヨチヨチと歩いていく。



まさにヨチヨチ歩き。



その男は足が不自由で、両足のつま先は内側を向き、何かに捕まっていないと立っていることができない。



そんな状態でも、必死に自力で歩こうとする。



全身の筋肉を駆使し、必死に歩く。



右肩を上に上げ、肩を前後上下に動かしながら一歩一歩必死に歩いていく。



その姿は哀れみを感じ、何か手助けをしてあげないといけないような気持ちにさせる。



実はその男、人の情けを利用し、人を欺いていたのだ。



その後、神社の職員全員がその男にまんまと騙されることになった。



                                               つづく