今日の一曲!やなぎなぎ「helvetica」【平成25年の楽曲】 | A Flood of Music

今日の一曲!やなぎなぎ「helvetica」【平成25年の楽曲】

 【追記:2021.1.5】 本記事は「今日の一曲!」【テーマ:平成の楽曲を振り返る】の第二十五弾です。【追記ここまで】

 平成25年分の「今日の一曲!」はやなぎなぎの「helvetica」(2013)です。1stアルバム『エウアル』収録曲。厳密には同盤よりも前に、4thシングル『Zeotrope』(2013)の初回特典としてネット上でデモが公開されていたようなので、厳密にはこちらを初出とするべきかもしれませんが、リリース年は変わらないため子細無しとします。



 当ブログで「やなぎなぎ」をブログテーマとした記事を作成するのは今回が初です。しかし、2017年および2018年のアニソン振り返り企画に於いては、彼女の楽曲をいくつかレビューしています。

 アニメとのタイアップナンバーが多いので、今まではこうしてアニソン扱いでピックアップしてきたわけですが、外部作品が絡まないアルバム曲やc/w曲にもハイクオリティなものは多く、その中からの選曲を以て「helvetica」を紹介する次第です。もう一つの理由として、同曲は今年の1月に出た2枚のベストには特典のライブBD/CDの分も含めて収録されておらず、埋もれてしまうには勿体無いと思ったからというのもあります。


 タイトルの「helvetica」は、おそらくフォントして有名なそれのことでしょう。歌詞には"等間隔美しく並ぶhelvetica"の形で登場し、他にも"分からない もう文字は読めない"や、"正しい言葉さえどこにも/残らない もうない"と、書体に結び付けられるフレーズを確認出来ます。

 2ndアルバム『ポリオミノ』(2014)の初回盤に付くライブBDは、1st発売記念ワンマンのアンコールツアーを収めたもので、当然ながら本曲も演奏されているのですが、バックスクリーンに表示される歌詞の見せ方も、この観点に沿った技巧的なものです。2番サビまでは文字通り"等間隔"で、「正 し い 言 葉」(正確には縦書き)や「h e l v e t i c a」という風に、スペースが挿入されて整然としています。しかし、ラスサビでは一文字ずつバラバラに宙に浮き上がってくるカオティックなタイポグラフィとなっていて、"狂い出したまま"の趣が強められているのが印象的です。

 別のモチーフとして"花"も幾度か登場しますが、いずれも文脈的にはネガティブなものであることと、本曲に漂う虚しさを端的に表していると解せる、Bメロの"愛したとして/何が応えてくれるというの"というフレーズ。これらも込みで歌詞内容を読み解くならば、外見上の美しさに惑わされて自己を見失ってしまう怖さを歌っているのかなと思いました。


 次は編曲面を語ります。常に同じアレンジャーとタッグを組んでいるわけではないため、やなぎなぎの楽曲の質感には変幻自在なところがあり、その音楽性を一概にまとめて語るのは難しいでしょう。とはいえ、音楽ナタリーで読めるインタビュー等でも明かされているように、影響を受けたアーティストに新居昭乃・坂本真綾・菅野よう子の名前を挙げていることはヒントとなります。この顔触れから類推可能なのは、エレクトロニカに親和性があることと、SSWと言っても弾き語り系よりはDTM系のマインドが強そうだといったことで、作詞作曲編曲に全て本人が関わっている(編曲のみ飛内将大との共作)「helvetica」には、特にこの手の嗜好が反映されているなと感じました。

 単独でブログテーマを立てて何度も言及を行っている菅野さんと真綾さんに関しては言わずもがな、新居さんについても話の流れで存在にふれた記事が過去に二本ある【】くらいには好きで(ちなみに初めて買った彼女のCDは、2006年の『キミヘ ムカウ ヒカリ』です)、且つDTMerでもある僕にとっては、やなぎなぎに辿り着くのはとても自然な流れだったのかもしれません。仮にこのルートがなかったとしても、元I'veの中沢伴行好きが高じて行き着いていた気もしますしね。


 話を本曲に戻して、エレクトロニカとしての魅力的なポイントを通時的に列挙しますと、イントロから続くぼんやりとした輪郭のパッド、突如弾け飛ぶクリスタライズドな音(0:16~0:17)、キックとベースが一体化しているような沈み込むビートメイキング、2番裏から色鮮やかになる打ち込みサウンド(とりわけ1:57から鳴り出すウェイビーなものがお気に入り)、2番後の間奏で多層的に積み重なっていくコーラスワークとシーケンスフレーズ、ラスサビでブレイクビーツ然とした格好良さが前面に来る暴れ方、その熱が俄に果てて煌めきと共にフェードしていくクロージングと、何処を切り取ってもインテリジェンスに満ちた細やかな音作りが披露されていて、個人的に大好物のアレンジセンスです。

 これは作曲面にも食い込んでくる要素ですが、先に「コーラスワーク」と出したように、副旋律とのハーモニーが美しいのも本曲を通した、ひいてはやなぎなぎの音楽の特徴と言えるでしょう。浮遊感のある[ha]もしくは[ah]の支援によって、ボーカルラインがより際立っているというのも勿論ありますが、過度に電子的なサウンドに傾きかねない編曲上の危惧を、コーラスによって血の通ったものにする効果もあるのではと分析します。

 加えて、これも作編曲の中間的なツボですが、終盤の"helvetica"の後に2回繰り返される[vetica]のコーラスが堪らなく好きです。1度目は[ベチカ]が、2度目は[ベティカ]が優勢に聴こえ、音韻による表記揺れ的な取るに足らない差異を、彼女の透明感のある歌声が意味ありげにしてしまう、そんな魔力に惹かれました。


 最後はメロディについて。終始美麗な旋律だと表せる心地好い仕上がりではありますが、オケの複雑性をきちんと把握していないと、現在地がわからなくなりそうな難しさはある印象です。この辺りの攻め方が、一般的なポップスからは離れた良さだと評します。

 楽想としてもユニークで、Bとサビは同じメロのリピートですが、Aにあたるセクションには1番と2番で全く違うラインが据えられており(=ゆえに2番のAはCとしたほうが適切)、殊更後者の変化には特筆性を主張したいです。称賛の対象はその美メロっぷりで、特に頭の"明るい窓辺に添えた花 見てた"のパートは、鳥肌が立ちそうな爛漫さに溢れている点が素晴らしく、言葉と旋律の結び付きの鮮やかさに惚れ惚れします。