今日の一曲!Orbital「Out There Somewhere?」【平成8年の楽曲】 | A Flood of Music

今日の一曲!Orbital「Out There Somewhere?」【平成8年の楽曲】

 【追記:2021.1.5】 本記事は「今日の一曲!」【テーマ:平成の楽曲を振り返る】の第八弾です。【追記ここまで】

 平成8年分の「今日の一曲!」はOrbitalの「Out There Somewhere?」(1996)です。4thアルバム『In Sides』収録曲で、CDと翌年に出たLPでは「part one」と「part two」に分割されていますが、元々のLPでは一曲としての扱いでした。片方しか取り上げないものおかしいので、本記事では「1」と「2」を続けてレビューします。

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 当ブログで初めてオービタルを取り上げた記事の中にも記している通り、僕がそのキャリアの中で最も評価しているのは3rd~5thの頃の音です。複雑でストーリー性に富んだつくりのトラックを多く含むのが特徴で、ダンスミュージックフリーク向けというよりは、何かしらの劇伴集を好んで聴くような層のほうがハマりやすい作風の時期だと思います。実際、この頃には映画への楽曲提供が多くあり、多彩なアプローチを求められていたのと同時に、出来上がった映像からのフィードバックをまた音楽制作に反映させていくという、好循環の中にあったのでしょう。

 オービタルを「今日の一曲!」でピックアップするのも本記事で4度目ゆえ、アーティスト性を語るのは短く済ませて、さっそく本曲ならではの魅力に迫っていくとします。「1」と「2」を合わせて24分オーバーの超長尺トラックのため、今回の振り返りの第六弾と同様に、ブロック毎に分けて通時的にツボを列挙していくスタイルで書き進めていきますね。



 幕開けは機械の運転音のような不穏なサウンドから。その怪しい空気感を保ったまま曲は進み、意味深なフレーズ"I'll remember if it's the last thing I do!"が登場。この歌詞というかボイスサンプリングは、聴き取れたフレーズで検索して出てきたページを参考にしただけなので、内容の正確性は保証しかねます。しかし、英語版のWikipediaには関連するであろう興味深い情報が載っていました。

 出典を見ると英音楽誌『VOX』に掲載されていた文章を基にしているようで、そこには本曲が地球外生命体の存在について扱ったものである旨が書いてあります。こう考えると曲名の「Out There Somewhere?」もロマンのある一節に思えてきますが、引用されているポールの言葉を読むに、着眼点はその一歩先に置かれているようで、「UFOに対する人々のリアクションをTV番組から探した」と書かれている通り、興味があるのは外部存在そのものよりも地球人側の反応みたいです。続くアブダクションに関する記述は正確な文意がよくわからなかったものの、この手の話にありがちな「連れ去られていた時の記憶が曖昧」に着目した理解であることは推測出来ます。

 これを考慮して"I'll remember"~を意訳すると、「絶対に忘れないぞ!(=何が何でも思い出してやる!)」となるため、これはアブダクティが地球に帰されてからの抵抗や苦悩から出た言葉かなと解釈しました。『WhoSampled』で調べたところ、この台詞は『The UFO Incident』というTV放送用のフィルムからきているそうです。有名なヒル夫妻誘拐事件を扱った内容。


 あれこれ調べていたら面白そうな本を発見したので、自分用のメモも兼ねて参考までにリンクを埋め込んでおきます。心理学的な立脚地からアブダクティの証言を冷静に分析していく非オカルト本のようで、本曲をより深く味わう際にも使えそうです。ちなみに価格は新品の出品のもので、表示をこちらで変えられないためどうぞ悪しからず。


 話を音楽に戻しましょう。トラックに最初の顕著な変化が生まれるのは1:29からで、ウワモノと言っていい目立つ音が入ってきます。ボイスとしては新たに"What's wrong?"が登場。これも『WhoSampled』に頼ったところ、ジョージ・ルーカスの監督デビュー作であるSF映画『THX 1138』からのサンプリングだとわかりました。意味のある声ネタは冒頭部に挿入されたこの二種類が全てで、あとは基本的にインストで聴かせる展開です。

 1:58からはビート感が強まり、徐々にダンサブルな趣が醸されていく流れに。2:57からはテンダーな質感のサウンドも加わり、トラックが僅かに丸みを帯びてきたなと思うのも束の間、3:26からはビートが俄に暴れ出し、実にオービタルらしい奇妙なキャッチーさを孕んだ楽想へと変貌を遂げます。これを宇宙人と絡めた発想で表すと、ここで第二種もしくは第三種接近遭遇を果たすシーンが浮かびました。3:57からはドラムスにトライバルなものが加わり、続けて浮遊感のある女性ボーカルによるラインもスタートし、愈々既存のジャンル名では形容がしにくい、エクスペリメンタルな音像の出来上がりです。宇宙船内部の表現?


 5:10から次の展開へ移ったとの認識で、テクノベースのミニマルなアレンジが格好良いパートの始まりです。ここの理知的な音作りがSFの世界観を裏打ちしていると受け取れ、ここまでのカオスな音構成とのギャップで、シンプルさが一層素敵に響いてきます。

 しかし、このスマートネスを破るのが6:09からの狂気です。個人的には昔から'Lush 3-1 in a nightmare'と表現しているパートで、本曲の中では最も気に入っています。「Lush 3-1」(1993)はオービタルの有名曲で、そのメインに据えられている多幸感に満ちたフレージング(1:58~)の気持ち良さは、多くのリスナーの知るところでしょう。「Out~」の当該部もこれを彷彿させる音と旋律で構成されているのですが、綺麗に感じられるのは最初の一瞬だけで、すぐにその不安定な歪められ方に驚くことになります。この変質をして「悪夢」と形容しました。またもエイリアン的な見方に結び付けるならば、ここは身体をあれこれ弄り回されている場面かなと妄想。

 狂気は次第に治まっていき、比較的おとなしめのサウンドによるクールダウンを経て、8:37で一旦曲が終わりかけるフェイントを挟みつつも、8:44からは再びミニマルな良さが顔を覗かせてきます。とはいえ、今度は壊れた電子機器が奏でていそうな調子外れの音の存在感が強く、その気持ち悪さは9:58で極大に達し、そこから10:42までエラーを吐き続けて「1」は終わりを迎えます。勿論これは比喩ですが、バグって事切れる間際の機械の如き哀愁と怖さがある音という意味で、テーマに即した理解に言い換えるならば、手を加え過ぎて壊れてしまったアブダクティの人間らしさでしょうか。


 そんな後味の悪いクロージングを越え、ここから「2」に突入します。タイム表示は「1」から継続させる(=「2」の0:00を10:43とする)ため、数秒のズレがあるかもしれませんが何となくで察してください。ちなみに、ここまでの表示も実は「1」と「2」を自分でシームレスに編集した音源を基に書いていたので、元からズレている可能性もあります。

 先に「2」の全体評を述べますと、「1」に比べて幾分ポジティブな仕上がりとなっている印象です。オープニングはまたもテクノベースの硬派なトラックメイキングに聴こえますが、音の棘が取れて少しの明るさが滲んできているのもわかるかと思います。それを証明するように12:41からは一段と光量が増え、透明感のあるサウンドで満たされていく楽想は非常に美しいです。加えて、15:09から始まる音には何処となく和のエッセンスが感じられ、旋律も含めると琴を弾いているのかと錯覚しそうになる点もまた面白いと言えます。


 次に大きく変わるのは17:07からで、ファンタジックなビジョンが浮かぶサウンドスケープへのシフトが特徴的です。テーマを考慮すると、高度な発展と明るい未来を思わせるサイエンティフィック&スペイシーな音と形容してもいいかもしれません。18:06から挿入されるファイフ系の音の綺麗さがこのイメージを下支えしているとの認識ですが、先の狂気パートのそれに代表されるように、笛を思わせる音はここまでは裏に悪意があるような使われ方をしていたため、ここで平静を取り戻したのだろうと得心がいきました。

 18:50からのインターバルで一度落ち着いた後、19:20から再び幸福感を纏って未来志向に曲は展開していき、ピークを過ぎた22:31から徐々に音数が減り、そのままフェードアウトしていくハッピーなクロージングとなります。「2」を通じて感じ取れるこの煌めきは、前述の『VOX』ソースの文中でポールが使用していた言葉を借りれば、'euphoria'に関する表現でオチをつけているのだと受け取りました。