今日の一曲!group_inou「SAFE」 | A Flood of Music

今日の一曲!group_inou「SAFE」

 「今日の一曲!」は、group_inouの「SAFE」(2015)です。4thアルバム『MAP』収録曲。

MAPMAP
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 group_inouの単独記事を立てるのは今回が初となりますが、簡単なアーティスト評は過去にこの記事の中で行っていますし、MV紹介記事で映像を紹介したことはあります。

 前者には「とりわけ気に入っているナンバー」を数曲記載したので、その中から一曲を選んでレビューしようと思いました。AC部によるMVで有名な4曲はそれゆえに今更感があるので除外し、「CRISIS」と「SWAN」は公式にアップされている音源がないため回避し、消去法で「SAFE」を取り上げることにした次第です。

 本曲に対してはかつて「セクション毎に異なる魅力を見せるプログレッシブな構成」という形容でもって簡単な評を載せたのですが、自分でもわかりにくい曖昧な表現をしてしまったと悔いていたので、本記事ではもう少し具体的に掘り下げていきます。




 クワイアのような質感を宿した独特な音色のシンセで幕開け。ビートがインしてから歌詞に無い語りが入るのですが、その中毒性には特筆すべきものがあると感じます。冒頭部の聴き取りには自信がありませんが、"抜けた感ある 正直 遊びが本業 遊び惚けてる"は、言い回しや発声の仕方が絶妙なのか心地好い脱力感があり、オカマバーのママが自虐と茶目っ気を含ませて常連に語りかけているような情景が浮かびます。笑

 続くセクションは、"てえへんだ てえへんだ/危ない橋 渡るの大好き"の歌詞の通り、何処か緊張感をはらんでいるところが好きです。語尾を意識的に短く切って歌っているからか、逼迫したフロウに聴こえます。リリックも"弾道ミサイル 緊急 特価"や、"スリル溢れる サイレン鳴らして"など、「SAFE」という題に皮肉めいたものを感じさせる内容となっていて、一見コミカルな"牛丼買出し キントウン"も、誰とは言いませんが特定の人物をギリギリ連想させる言葉選びだと受け取りました(「筋斗雲」と漢字表記にしていないので余計に)。

 次のパートがサビだと捉えているのですが、バックトラックは依然緊迫しているものの、コーラスの"ララン ララン ランランララン"の能天気っぷりに助けられて、幾分柔らかい印象になります。"アイドント大丈夫/すれ違い様に聞こえたセリフ/なんだか不思議な気分で好き"は、内容自体がこの歌詞に対する感想になっているという自己言及的な側面があってツボです。文法的に破綻している英日ちゃんぽんの言葉繰りには、妙な魅力がありますよね。"耳に残る"のにも納得です。


 意味はよくわからないが意味深長な"湯気越し揺らぐ ウズラの卵"のリピートを経て、本曲中最もカオスなセクションへと突入。音数が絞られ、シンプルなシーケンスフレーズを軸に、次々と繰り出されるユニークな歌詞に圧倒されます。特に冒頭の"雨の日の路上にぶちまけられた白米ほど/邪悪なものはないという"は、天才的な一節であると絶賛したいです。

 というのも、まさに歌詞通りの状況を子供の頃に目撃したことがあって、家の前の道路(歩道を挟んだ車道)に出前寿司の大皿が中身が入ったままでひっくり返っていて雨に打たれている;この場面は今でも嫌な記憶として思い出せます。当時の出前機の性能が良くなかったのか、或いはドライバーの不注意による転倒なのかはわかりませんが、子供心ながらに「うわぁ…落とした人あとでめっちゃ怒られるんだろうな」とか、「漁師も農家も寿司職人もこの結末では可哀想…」とか、「あれを頼んだ人もこのことを知ったら居た堪れなくなるな…」などの遣る瀬無い気持ちが次々と湧いてきて、他人事ながら非常にショックでした。これは確かに色んな意味で"邪悪"だったかもしれないと、まさかの共感を意思表示しておきます。笑

 話を戻して、このセクションは謎のライブ感があって素敵です。"パンダの野性 さく裂です"の後にキックが復帰して、"続けていいですか"と許可を求めるフレーズが出てくるところは、スタジオ音源であることを一瞬忘れてしまいます。また、"味を占めた NAKANAORI SEX/あげまんレインボー 自然治癒ボーイ"は、実にリアルな男女の性事情の切り取り方だと思っていて、並の作詞者であれば躊躇うであろうデリケートなシーンを、オブラートに包むことなく露骨に表現している点を評価せざるを得ません。


 再び"てえへんだ"に戻り、微妙に歌詞が異なる2番の開始。表題の"セーフ"を含む野球拳のところと、"すれ違い様に聞こえたセリフ"の後に"聞こえないよ"という否定のコーラスが追加されている箇所が殊更好きです。

 2番サビ以降(3:11~)の展開は素直に格好良いと思います。ウワモノシンセの追加も、メロディラインとフロウの良さも申し分ありません。意味深だった"湯気越し揺らぐ ウズラの卵"の連呼を再度経て、"湯気の立ち方を 見ていたら君は/何も気付かない 悲しみの失敗だ"と、急に含蓄のあるような歌詞が終盤に登場してリスナーの意識を覚醒させるという楽想は、group_inouの真骨頂だと思っています。

 他の曲で例示すると、「THERAPY」(2010)の"惚れ惚れ 死ぬまで満たしてよ/ぼくたちいつも鳥のよう"や、「CATCH」(2015)の"好きな色 好きな人 その背伸びで/キャッチしてみな"は、ラストの歌詞によって曲名に込められた意味が一層明確になるという技巧性があり、前者はセラピーを必要とするに至った躁鬱性が、後者はMVのキリンも込みで願望の成就が、それぞれ浮き彫りになっているとの解釈です。また、旋律やフロウの面から見ても、「CRISIS」(2012)の"ふいにカミソリ"以降や、「SWAN」(2015)の"絡み付いていたいのは男性"以降で、よりメロディらしさが顕となって複雑性が増すという構成は、かなり練られた上でのアウトプットだと認識しています。

 これらと同様の妙が、先述の"湯気の立ち方を"以降のセクションにもあると主張しているわけです。肝心の歌詞解釈は納得のいくものが捻り出せないのですが、"ウズラの卵"を「殻を破れないちっぽけな自分」のこととし、"湯気"に纏わるフレーズを「迷い」のメタファーとすると、"何も気付かない/悲しみの失敗だ"は「落伍」の表現に思え、その状況を打破するために"ゲット コスチューム スパイダーマン"という「ヒーロー像」の提示があり、"良い値段してるんだ"としみじみ独り言ちるというオチかなと、それっぽい筋道は一応描けました。ともかく、本曲の主人公は「安全・安心」を求めているのだろうなということです。


 こうしてなるべくロジカルに考えてみたところで、その実全てナンセンスなんじゃないかと言えちゃうところも、group_inouの魅力だとして記事を終えます。


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