稲葉浩志「静かな雨」レビュー 歌詞 意味 | A Flood of Music

今日の一曲!稲葉浩志「静かな雨」

 【追記:2021.1.5】 本記事は「今日の一曲!」【テーマ:雨】の第八弾です。【追記ここまで】

 「今日の一曲!」は稲葉浩志の「静かな雨」(2003)です。ご存知B'zのボーカリストである稲葉さんが、ソロ名義で出した2ndシングル『KI』のc/wに収められているナンバー。

 当ブログに於いては初の稲葉ソロ作品単独記事となりますね。同じく「今日の一曲!」ではありますが、B'zの記事は過去に二本アップしているため、こちらこちらもあわせてお楽しみいただければ幸いです。

KIKI
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 楽曲のレビューに入る前に、いちアーティストとしての稲葉浩志についてざっと語ります。ソロ作品を聴き始めたきっかけはお察しの通りB'zからではありますが、こちらはより稲葉さんのパーソナルスペースが顕になっているというか、個人の内宇宙を覗いているかのような気分に浸れる楽曲が多いと感じるので、B'zとはまた違った独特の魅力を宿していると思う、というのが僕なりのアーティスト評です。

 リリースされたCDは一応全て網羅していますが、特に好きなのは初期の作品で、アルバムで言えば1st『マグマ』(1997)および2nd『志庵』(2002)が、シングルもこの時期に出たものがc/wも含めて名曲揃いだと評価しています。参考までにお気に入りの楽曲を古い順でいくつか挙げると(初出年は省略)、「冷血」「台風でもくりゃいい」「CHAIN」「O.NO.RE」「Touch」「TRASH」「Here I am!!」「炎」あたりは特にヘビロテ率が高いです。

 今回紹介する「静かな雨」もフェイバリットナンバーのひとつで、テーマ「雨」にも打って付けの内容となっているので、この機会を逃すまいと筆を執りました。c/w曲ですがMVが存在するため、以下に埋め込んでおきます。




 B'zのイメージしかない方にとっては、本曲の終始落ち着いた雰囲気は意外に思えるのではないでしょうか。勿論B'zも激しい楽曲ばかりが能ではないので、この手の静けさを全く持ちあわせていないとは決して言いませんが、それでもやはりギターの松本さんの不介入というのは大きなファクターであるので、良い意味でロックだけに縛られないアウトプットになるのだと分析します。

 MVを観れば瞭然ですがギターはアコースティックですし、サウンドの軸となっているのは大人びたエレピです。どちらも雨の日のアンニュイ感を表現するのに適していて、歌詞の内容に即した正しいアレンジだと思います。ボーカルラインと歌声が持っている美しさを損なわず、かといってそれらに埋没するでもない絶妙なバランスでもって、タイトル通り「静かな雨」の情景を描き出すことに成功している、良い音遣い。


 さて、冒頭にリンクしたB'z記事でも同様のことを書いていますが、僕が稲葉さんの才の中で最も惚れ込んでいるのは、作詞能力の高さに関してです。同記事に於いては、とりわけ「男が持つ女々しさの表現」が素晴らしいという旨を記していて、本曲の歌詞についてもこの観点で言えば、"君によく似た人"との"甘い妄想"が描かれているところは流石だなと思います。しかし、それを敢えて差し置いてもなお素敵だと感じる部分が他にあるので、そこの解説をすることで楽曲の魅力を掘り下げていくことにしました。長くなりますが、まずは歌詞内容の確認からです。

 ストーリーは"憂うつな朝の渋滞の中"から始まります。要するに"僕"は車の運転中というわけですね。話を転がすのは"横にならんだTAXI"で、"後ろにひとり/座っているのは/君によく似た人"だったもんだからさあ大変です(続くサビではその時の心情が描かれています)。2番では"何十mか先の方/誰かが事故おこしてる"と具体的な情報が追加され、それによって渋滞の継続性にも説得力が生まれ、歌詞に照らせば"ほんの数分間"ではありますが、"甘い妄想"="ランデブー"の描写に深みを与えていると言えます。"遠くにそびえる/真新しいbuilding/かすんでる最上階"は実際の車窓のことでしょうから、現実に重ねるタイプの妄想ですね。そして時間は進んで車も流れてやがて並走の状況は終わり、"窓を開けて目で/追いかけても/そこには誰もいない"現実に直面、様々な想いを馳せながら僕は"交差点を曲がる"という切ない終幕。以上が、歌詞の大まかな流れとなります。

 僕はこの内容に素直な感動を覚えました。といっても、先述の通り未練がましい内容に対してではありません(そこも味わい深くはありますが)。素晴らしいと絶賛したいのは、渋滞中の数分間だけを切り取るという着眼点自体の鮮やかさについてです。実際に歌詞のシチュエーションを想像してみると、いくつかの道路状況というかパターンが想定出来るとは思いますが、いちばんシンプルに考えれば、本曲は「ひとつの交差点を曲がるまでの物語」だと言えますよね。歌詞にあるように"ほんの数分間"の出来事というわけですが、この短いイベントに対して多くの言葉を尽くす(=詳細な情景描写に努めた)ことで、これほどまでにロマンチックな趣を表現出来ている、この事実に称賛を送りたいです。


 別アーティストの楽曲ですし世界観も異なりますが、Mr.Childrenの「横断歩道を渡る人たち」(2008)の歌詞を読んだ際にも、同種の感動を覚えたことを記しておきます。こちらのほうがもっと短いスパン("信号が変わる"まで)にフォーカスしていると言えるかもしれませんが、描かれている全ての情景がひとつのイベント(一度の信号切替)で起こったものとは考えておらず、複数のイベントを共時的に並べた(幾度かの信号切替時に見た光景を重ねた)作詞スタイルだと捉えているので、実質的により儚い時間の扱い方をしているのは「静かな雨」であると主張します。…まあどちらも僕が個人的且つ恣意的に解釈したものを元にしていますし、短いから正義だと言いたいわけでもないので、両曲共にフレーミングの手腕が光っているとまとめ、記事を終えます。


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