Digital Native / 中田ヤスタカ | A Flood of Music

Digital Native / 中田ヤスタカ

 中田ヤスタカ初のソロアルバム『Digital Native』のレビュー・感想です。過去にリリースされた『LIAR GAME』のサントラも実質的にはソロ作と言っていいでしょうが、本人名義のディスクとしては意外にも本作が初となります。


 中田さんについての説明は今更不要でしょう。ということで彼の経歴等は省略しますが、その長いキャリアからすると、本人名義の処女アルバムの発売が2018年というのはあまりにも遅い気がしますね。個人的には「既に5枚以上出ててもいいくらいなのに」という感覚です。笑

 まあCAPSULE(capsule)名義でのディスクが事実上のソロワークスというか、プロデュースやタイアップ等に縛られずに自由にトラックメイキングに勤しんだ結果の産物という理解なので、「遅い」と言っても別段不満というわけではありません。

 とはいえ、映画やテレビ番組などに提供されたトラックは長らく散逸状態にあったため、こうしてひとつの作品としてパッケージされたことには意義があると思います。それでも網羅されているわけではないので、「もう少し早くからちょいちょいまとめてリリースしていればよかったのに」という意味で、「既に5枚以上~」という表現をしました。

 聴く前の雑感はこんなところです。普段であればこうして前置きを書いた後は具体的に収録曲を見ていくセクションに入るのですが、本記事に於いては珍しく先に全体評を載せることにします。そのほうが理解しやすいかなと思って。




 公式サイトにあるキャッチ?を引用すると、「これは世界の夢見るネオトーキョーの景色!」だそうなので、国内のみならず海外向けも大いに意識されているとわかります。このことをまず念頭に置いていただき、以下読み進めてください。

 去年レビューしたPerfumeの「If you wanna」(2017)はフューチャーベース(以降「FB」と表記)にフォーカスされたトラックでしたが、本作でもジャンルとしてはFBになるであろう楽曲がいくつか収められています。今でも主流かは微妙な気はしますがダブステップめいた曲もあり、もっとざっくりEDMとしてもいいのですが、どのジャンルも10年代【追記2018/3/24 「ゼロ年代」は誤記だったので訂正します。以降も同様。】のダンスミュージックシーンを語るには欠かせないものですよね。

 これを考慮すると、先述の「国内/海外向け」という言葉には語弊があるとわかります(それを承知で使いました)。最先端のシーンをフォローし続けていくと自然とこういう総括的なラインナップになる。つまり「ダンス/クラブミュージックファン向け」としたほうが正確だという解釈です。ロケーションには縛られていない。

 補足と持論:移り変わりの激しいクラブミュージックにおいては特に顕著だと思うのですが、個人的にはシーンに迎合せずに独自路線に走るアーティストのほうが、「長く聴き続けられる」という意味で好みです。迎合すると新人が作る音楽もベテランが作る音楽も同一性を帯び始めて没個性になるのが嫌…というか勿体無いと思います。

 「迎合=悪」ではありませんが、迎合すると文字通り消費されてアーティスト寿命を縮めてしまう可能性を拭えない。延命のために迎合したなら尚更両刃の剣もしくは劇薬。そんな中でも生き残っていく存在になるには、シーンを「牽引」するレベルにまで到達するか、迎合しつつも「+αの価値を付与」出来るようになるかだと考えます。「独自路線」はシーンから外れたという点で特殊なのでここでは除外。

 この意味では本作は「+α」タイプになると思います。中田さん個人の手腕やセンスによるところが大きいのは確かですが、「日本人である」ということも結果的にシーンから一歩引いた客観的な姿勢を生む要因たりえていると分析。これを「牽引出来ずに残念」と捉えるか、「メインストリームの進化を促している」とするかは見方次第でしょうけどね。



 長くなりましたが、以上が本作ひいては中田ヤスタカの10年代の音楽に対する個人的な印象です。プロデュースした作品まで含めればまた違う感想になるのですが、ここでは中田さんの「内省的な志向(或いは嗜好)」に対する僕の差し出がましい分析だとご理解ください。結局は「本人にしかわからない」ことですしね。

 ということで、ここからは細かいことは抜きにして曲の魅力に迫っていきます。2CDの初回限定盤を買ったので、まずはDISC 1の全10曲から。


DISC 1 SOLO

01. White Cube



 日清食品グループ「カップヌードル チリトマトヌードル」のCM「White Mystery 篇」テーマソング。なんだかSFっぽい曲名だなと思ったら、実は「謎肉」のことだという意外性。笑 いや、SFとインスタント食品はむしろ納得の親和性か。

 埋め込んだCMは72秒ですが、本作に収録されているのは3分超えのフルバージョンです。トラックとしては72秒までで一通り完成していると感じますが、長尺となったことで動静のメリハリを見せる展開が明らかとなり、一層ダンサブルな仕上がりになっています。

 基本的にはインストですが、ボーカルトラックも素材的に多く使われており、主旋律に相当する音もボーカルを加工したもののように聴こえるので、それが意外にキャッチーな趣を醸していると言えます。タイアップを意識すれば、「肉感がある」と表現したい。

 繰り返し聴いているうちに80KIDZっぽいなとも思えてきて、つまりはエレクトロの側面が強いと感じたという意味ですが、2017年のトラックなので意識としてはやっぱりFBなんでしょうかね。確かにリズムセクションは派手だし、全体的にキラキラしているので納得出来ますが、細分化するのは匙加減だという気もします。ジャンル名の通り「未来っぽきゃいいじゃん?」としておきましょう。


02. Crazy Crazy

 feat. Charli XCX & Kyary Pamyu Pamyuのこの曲に関しては、スプリットシングルリリース時のレビューがあるのでリンクしておきます。そちらをご覧ください。


03. Love Don't Lie (Ultra Music Festival Anthem)



 feat. ROSIIのこの曲は、括弧内にあるように「世界最大級の都市型ダンスミュージック・フェスティバル<UMF 2017>の公式アンセム」です(祭典の説明文は中田さんの公式サイトにあった記述を一部改変して引用)。同フェスのアンセムを日本人が手掛けたのは初だそうなので、世界的な評価を推して知るには充分ですね。

 感覚的な説明で恐縮ですが、迸る「アンセム感」が堪らないトラックだと思います。(ダンスミュージックに於ける)アンセム観は個々人によって異なるでしょうが、個人的には「踊れる」ことと「泣ける」ことが必要条件だという認識で、これら二つをまとめて「忘我の音楽」であるべきという主張です。

 「Love Don't Lie」はこれを満たしていると思いますし、電子音楽に「泣き」や「切なさ」を帯びさせるのは日本人の得意とするところだとも思うので、「日本人が作ったダンスアンセム」としてしっかりと存在感を放っていると評価します。この観点で特に好きなのは、ヴァースの始めに適宜挿入される和風の旋律です(最初は0:12~15)。

 余談ですが、サビ前の特徴的なフレーズ(たとえば0:45~56)に既聴感を覚えていたら、後でPerfumeの「透明人間」(2015)の間奏だと気が付きました。しかしよくよく記憶を辿ると、「透明人間」を聴いた時にも同じような感想を抱いた気がするので、元ネタというかルーツ的な何かに訴えかけてくるものがあるなと思いました。ここで模倣を疑うのは容易ですが、すぐにそれとわかるほど耳に染み付いたフレージングならば、自身の根源的な好みを模索&拡張したほうが建設的ではないでしょうか。


04. NANIMONO



 feat. 米津玄師のこの曲は、2016年に公開された映画『何者』の主題歌です。同映画のサントラ『NANIMONO EP』に収録されていたナンバーで、レビューこそしませんでしたが実はリリース当時に手を出していたことをここで白状します。

 劇伴も中田さんが担当しているため主題歌以外も目当てだったわけですが、その内容には非常に驚かされました。「よくぞここまで落ち着いた仕上がりにしたな」と、中田さんの新境地を見た思いです。てっきり『LIAR GAME』の時のように「劇伴と言ってもダンス寄りでしょ?」と思っていたら、まさかのストイック路線。(主にアニメのですが)劇伴好きとしては嬉しいやら戸惑うやらだったので、レビューを見送ったという次第です。いい機会なので改めて聴いてみましたが、当初ほど地味な印象は感じられず、劇伴として納得の完成度を誇っていると評価を改めました。

 「NANIMONO」に話を戻します。本作の中では最もキャッチーというか、素直に【A→B→サビ】のJ-POP的構成を持つ曲なので安心しますね。とはいえ、サビに相当するパートには歌詞が無く、ボーカルチョップ然としたアレンジが特徴的なので、そのひねり具合が格好良いナンバーでもあります。

 A/Bはメロディの美しさが米津さんのクールなボーカルによって一層映えていて、言葉のひとつひとつが意味深長に響いてくる。言語的な意味から解放されたダンサブルなサビとの対比も鮮やかで、このギャップが中毒性を生んでいる気がしますね。延々と聴き続けていられる魅力がある。

 米津さんについては「若い人を中心にカリスマ的人気を誇っているミュージシャン」という理解はありますが、未だにきちんと手を出したことはありません。しかし、ソニーに移籍してからのシングル曲はTV等で聴く機会が多くあり、その全てが良曲だという感想を持っているので、アルバムも聴いてみようかなと思っています。


05. Source of Light

 『ニュースチェック11』テーマ曲。ブログを始めたばかりの頃に「ニュース番組のBGM」という記事を書いていて、そこで奇しくも中田さんの名前を出しているのですが、現時点から振り返るとニュース番組(報道バラエティ含む)のために書き下ろされたトラックも結構増えましたね。「Views」(2010)、「PON!のテーマ」(2014)、「NEWS23テーマ曲」(2015)と民放を経由して、2017年には遂にNHKと。

 『ニュースチェック11』はNHKの報道番組と言っても、つくりが民放の情報バラエティっぽいイメージなので、それを思うと「Source of Light」はいささか真面目だなという気もします。笑 もっとお堅い体のニュース番組のほうが合いそうな、未来的でお洒落なトラックだけに意外。

 処理のきついボーカルがなかなかに好みで、歌詞が聴き取れそうで聴き取れないという絶妙なバランスになっているのが素敵です。報道に外部の言葉で余計なバイアスをかけまいとする配慮だと僕は捉えました。


06. Digital Native

 表題曲。予想に反して物悲しいトラックだったので驚きました。内省的とでも言いましょうか、CAPSULEで言えば『CAPS LOCK』(2013)に収録されていそうな趣。タイトルの意味と合わせて色々と思うところがあったので、以下脱線気味の分析を披露します。

 「デジタル・ネイティブ」という題は如何様にも解釈出来る表現だと思いますが、個人的には所謂「スマホ世代」的な意味で、「デジタル・イミグラント」に対する言葉として一般的に使われているのと同じものだという理解でいます。発売前にこのアルバムタイトルを見た時は「時代を常に意識している中田さんらしいな」と思ったのですが、それは「(日本に於いては)DIである中田さんが、DNを前向きに捉えているならば」という但し書き付きです。

 つまり、表題曲はてっきりもっとポジティブなトラックになると予想していたんですよね。それがどうでしょう、「Digital Native」はお世辞にも明るい曲だとは言えませんよね。それどころか、僕にはディストピア的な雰囲気を漂わせているようにすら思えます。乱暴な言い方をしますが、ITの進化で生まれながらにその利便を享受している世代が、代わりに失ってしまった人間性に思いを馳せているかのように感じるのです。哲学的な表現をすれば、「知りえない感覚を懐かしむ思い」でしょうか。


 こういう背景を妄想すると、全体的にチップチューン風というかチープな感じが演出されていることにも深読みが出来、このまま進むことの危うさが意識されている気がします。何処まで行っても肉付けがなされず、精神だけがデータ上を彷徨っているイメージ。イントロのそこはかとない童謡っぽさも含めて、未来の子供たちのエレジーのように思える。


07. Jump in Tonight

 feat. 眞白桃々のこの曲は、TVドラマ『マジで航海してます。』のOPテーマです。新人の発掘にも余念がない中田さんというかASOBISYSTEMですが、眞白さんはローソン主催のオーディションを勝ち抜いた存在というだけはあって、キュートで耳馴染みの好いボーカルが印象的。きゃりー系の声質だと思う。

 去年レビューを見送ってしまった三戸なつめの『なつめろ』(2017)で書こうとしていた批評を今ここに載せますが、曲の良さと彼女自身への評価は別としても、正直声が歌手向きではないと感じるので、今後更にモデル出身の歌手をプロデュースする気であるならば、眞白さんをフィーチャーしてほしいなと思います。余談ですが、名前がぱっと見「桃白白(タオパイパイ)」なのもインパクトがあっていい。笑

 トラックは中田さん安定のハイクオリティ。FB寄りなのは最近の好みが出ているなという気がしますが、あくまでもポップでキャッチーなのは譲っていないので、デビュー曲としては攻め過ぎず外し過ぎずの丁度良いバランスではないでしょうか。


08. Level Up

 feat. banvoxの格好良いトラック。参考情報ですが、banvoxは04.で紹介した『NANIMONO EP』にもリミックスを提供しています。

 担当箇所が明白…と言いつつ間違っているかもしれませんが、曲のベースを中田さんが制作し、ハードなドロップ部分をbanvoxが担っている感じですね。このメリハリが実に鮮やかで、身体を動かさずにはいられない。

 言われなければ日本人同士のコラボ曲だとは思えないほどにサウンドがオーバーシーズなのも素敵で、こうして国境が曖昧になっていくのはダンスミュージックの良いところだと思います。


09. Wire Frame Baby

 feat. MAMIKO [chelmico]のラップが冴え渡るグルーヴィーなトラック。本作の中ではいちばん気に入りました。予てから思っているのですが、中田さんはもっとラップのトラックメイカーとして活躍してもいいほどに、その方面の才能も秀でていると高く評価しています。capsuleの「the Time is Now」(2008)や、リミックスだとm-flo loves MINMI「Lotta Love」(2006)とかRIP SLYMEの「熱帯夜」(2013/オリジナルは2007)とかはかなりツボだったので。

 歌詞カードが付属していないため聴き取ったものを載せますが、"パフューム"や"もんだいガール 不自然なガール"などの遊び心が見えるリリックも面白いですよね。他のパートでも味わい深い言葉繰りが披露されているように感じるので、きちんと歌詞の内容を知りたいところ。特に曲の印象が変わる3:03からは殆ど聴き取れないので気になります。

 04.にも「延々と聴き続けていられる」という形容を用いましたが、この曲に対しても同様の感想を持ちました。レビューを書く時は毎回当該の曲をノンストップで流し続けているのですが、繰り返し聴いていても耳に全く負担のかからないトラックというのはノリや音圧が絶妙なのでしょうね。ラップということも考慮すればフロウの良さも圧巻だと言えます。


10. Give You More



 『RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2017』でのイベント「SOUND JUNCTION」テーマ曲。

 06.ではデジタル・ネイティブの悲哀にフォーカスしましたが、アルバムのトリを飾るこの曲は未来志向の明るいトラックだったので安心しました。またもFBの質感が強いという感じですが、文字通りフューチャリスティックで多幸感に満ちた楽曲なのでぴったりのアレンジだと思います。

 特に好きなのは秒数で言えば0:32~のチャイルディッシュな旋律で、1回目のチープなシンセの音も2回目の透き通ったピアノの音もどちらも素晴らしいです。インストだけど口遊みたくなるという、口笛のような趣が好きなのかも。

 06.で書いた一考を引き摺れば、この「Give You More」は「デジタル・ネイティブのための音楽処方箋」だと思いました。capsuleファンに向けてならば「music controller」(2002)の歌詞みたいな…とでも表現しましょうか。あちらは"恋"に特化したお薬でしたが、こちらは「これからを生きるために」というさながら総合薬ですかね。


DISC 2 REMIX

 続いてDISC 2を見ていきますが、DISC 1のレビューが予想より大ボリュームになってしまったことと、中田さんによる海外アーティスト楽曲のリミックスが収められている本ディスクに関しては、そもそも元の楽曲自体をきちんと聴いたことがないため大したことは書けないだろうということを考慮し、シンプルに気に入ったトラックのみを紹介することにします。

 最もツボだったのはラストの07.「EVERYTHING'S GONNA BE ALRIGHT - Yasutaka Nakata Remix」です。このリミックスの初出は2009年ですが、Sweetboxの楽曲としては1997年にリリースされたものなので結構古いんですよね。表題の部分は有名だと思うので聴いたことのある方も多いのでは。「G線上のアリア」が大胆に取り入れられているのも特徴で、元よりリミックス的な側面がある曲を更にリミックスするという構造になっているのがユニークだと思います。笑

 06.「The Reeling - Yasutaka Nakata Remix」も好みです。元はPassion Pitによる2009年のナンバーで、このリミックスは互い(PPとcapsule)の『MySpace』で公開されていたやつですね。原曲よりハードなサウンドでスピーディーになっているのが格好良い。



 以上、2枚組・全17曲でした。全体評は冒頭に記載したのでそちらをご覧いただくとしても、それはどちらかと言えば「ダンスミュージックシーン」という外側からの分析に注力したものだったので、『Digital Native』という作品の中身に対する純粋な言及を最後に行います。

 と言っても、主張したいことのだいたいはDISC 1の06.と10.の項で書いた文章にてカバー可能です。それらを端的にまとめれば、デジタル・ネイティブのメリットとデメリットを綯い交ぜにしたまま生きていくしかないという、前向きな諦めを感じられるアルバムだと思うという帰結になります。

 「ネオトーキョー」というイメージも足すなら、東京の雑多で猥雑な負のイメージもきちんと取り入れているといった感じでしょうか。僕にとってはその世間的な負はむしろ利点に映る(詳しくはこの記事に書いた東京観を参照)ので、ややこしい評価を下すことになりますが、五輪開催も含めてこれからますますカオスと化していくであろう東京で流れていてほしいミュージックとして、効果的なものがパッケージされているのが本作なのだと、そうまとめておきます。