SIMIAN MOBILE DISCO その2 ―4th『Whorl』から― | A Flood of Music

SIMIAN MOBILE DISCO その2 ―4th『Whorl』から―

【お知らせ:2019.6.30】令和の大改訂の一環で、本記事に対する全体的な改訂を行いました。この影響で、後年にアップした記事へのリンクや、以降にリリースされた作品への言及が含まれる内容となっています。


趣旨説明


 本記事は、「SIMIAN MOBILE DISCO その1 ―3rd『Unpatterns』まで―」の続きです。従って、全体の趣旨説明に関しては、お手数ですがリンク先をご覧になってください。

 ここで扱うのは、SMDの4thアルバムおよびコンピレーション盤を含むその他の作品群(「Delicaciesシリーズ」やアルバム未収録曲など)が中心ですが、2019年の改訂時にその後のディスコグラフィーについても追記を行ったので、実質的には6thまで網羅した内容です。また、記事タイトルでは「4thから」となっていますが、実際には「Dシリーズ」への言及から始めることを断っておきます。


コンピレーションアルバム『Delicacies』(2010)

DelicaciesDelicacies
1,185円
Amazon


 「その1」の最後に紹介した3rdが2012年の作品であったため、通時的なレビューとして時期の前後は好ましくないのですが、本作を含む「Dシリーズ」はその後数年に亘ってリリースが続くことになるので、まとめて言及するにはこの位置が好ましいと判断しました。なぜなら、同シリーズは2014年(4thのリリース前)で一度区切りがついていると思うからです。この辺りの詳細は後述するとし、まずはコンピ盤『Delicacies』にフォーカスするとしましょう。

 さて、同盤のタイトルを見ると、多くの日本人は外来語としての「デリカシー」を連想するかと思います。しかし、その意味合いであれば通常は不可算名詞となる;つまり'delicacy'と表記されるのが適切であるため、この理解は正しくありません。では、本作のように'delicacies'と複数形になる場合には何を意味するのか。収録曲目を見てグルメな方はピンとくるかもしれませんが、答えは「珍味」です。


 SMDに於ける「Dシリーズ」とは、「Delicatessen」(デリカテッセン:調理済みの食品を扱う店)と題されたプロジェクトに端を発したもので、その狙いはテクノをベースとした長尺トラックのリリースとなります。曲名を世界中の珍味から拝借する共通項があるので、まとめて『Delicacies』というわけです。

 レビューの都合上、珍味の概要についても主に括弧書きでごく簡単に紹介していきますが、所謂ゲテモノ料理に分類されるであろうものや、悪食・如何物食いと評されるのも無理がないものも含まれるため、文章だけとはいえ苦手な方は注意してください。中には『検索してはいけない言葉 Wiki』に掲載されているものもあります。




 本作で唯一MVがある、07.「Sweetbread」をトップバッターに抜擢。なお、映像には食への冒涜的な側面があるため、神経質な方は閲覧注意です。ヒントだけ載せておきますと、サムネイルに映っているおじさんはおそらくブッチャー(肉屋)でしょう。曲名で「甘いパン」のことかと誤解すると罠ですが、正しく「シビレ」(仔牛や仔羊の膵臓)を指す語だと認識出来れば、納得の内容かと思います。

 サウンド的にはエレクトロ寄りに感じるので、ノリが良く踊れるトラックだと表せなくはないものの、テクノが主体のつくりを意識しているだけはあって、楽想や展開自体に派手さはなく、ひたすらワンフレーズのみで突き進んでいくシンプルさが、本曲延いては本盤の特徴です。単純な主旋律を種々の音で奏でて徐々に変化させていくナンバーを同系統と見做せば、01.「Aspic」(煮凝り)や03.「Casu Marzu」(蛆入りチーズ)も、繰り返し聴くことで癖になってくるタイプでしょうかね。


 中盤の三曲、04.「Thousand Year Egg」(ピータン)、05.「Skin Cracker」(牛の皮のクラッカー)、06.「Hákarl」(鮫を発酵・乾燥させた食品)は、いずれも前述のトラックに比べると旋律性に乏しく、よりテクノ寄りな印象です。02.「Nerve Salad」(牛筋入りサラダ)は更にメロディレスで、ビートこそあれ仕上がりはアンビエントだと言えます。

 全体的に緊迫感のあるサウンドに支配されている本作に於いて、毛色が異なるのは08.「Ortolan」(ズアオホオジロの丸焼き・丸呑み)です。料理の残酷さに反して、キラキラとした明るいアウトプットが耳に残る。ラストに据えられているのは我らが日本代表09.「Fugu」(フグ)で、ゲテモノ度は低いながらも、傍から見ればリスキーな食材だということを再認識させられます。少し筝曲っぽさがある音作りなのは、日本を意識した結果だろうか。


その他のDelicaciesシリーズ (2011~)

 「その1」から幾度か説明している通り、「Dシリーズ」は『Delicacies』の後も数年に亘って関連楽曲のリリースが続けられています。中でも2013年以降には、3rdの制作で培ったノウハウも反映されているからか、それまでのものより凝ったつくりのトラックが多く、正直『Delicacies』は単調過ぎると感じていた僕にとっては、痒いところに手が届く補遺群であると大絶賛するほかありませんでした。




 いちばんのおすすめは、日本代表再びの「Hachinoko」(蜂の子)です。MVの音源は約半分にエディットされたショートバージョンなので、じわじわと盛り上がる本曲の妙味が薄れている気はしますが、SMDの中で最も好きなナンバーと言っても過言ではないため、半分でも良さが伝われば幸いと埋め込みました。

 本曲を構成している二つのファクターが、僕の電子音楽的嗜好のツボをクリティカルについてきます。一つはメインフレーズに相当する、ポコポコしたサウンドとシンセベースの絡み合いです。もしかしたらインターバルが異なるだけで、両者は同一の音かもしれませんが、要するにベースラインがウワモノまで担っている点に、格好良さを見出しています。もう一つはコードに相当するうねったシンセで、これによる「蜂の巣感」の演出が実に技巧的です。パッド的な使われ方からリード的な使われ方まで、出現箇所によって存在感も変化していきますが、これが蜂蜜の粘り気だとか幼虫の感情とリンクしているように聴こえ、大きな存在(=文脈的には女王蜂)に守られている気分になります。

 余談ですが、本曲を聴いて思い出すのが、SFCのソフト『スーパードンキーコング2』のBGM「ハニー・アドベンチャー」(1996)で、僕の中にある蜂の巣っぽい電子音楽のルーツはおそらくこれです。笑




 エレクトロニックなツボを刺激されるという観点では、「Escamoles」(蟻の幼虫や蛹の炒め物)も大のお気に入りで、同曲はとにかく音の空間処理が素晴らしいの一言に尽きます。残響音を聴いているだけでトリップ可能なほどに綺麗で、これに伴う高揚感と多幸感は電子音楽ならではと言いたい。




 食材をいちばん巧く表現出来ている賞を設けるならば、この「Surströmming」に栄冠を与えます。世界一臭い食べ物として有名な「シュールストレミング」がモチーフで、缶詰の中で密かに進行する事象を鮮やかに描き出し、これほどまでに発酵とガスと破裂を思わせるサウンドを展開させているのは見事です。

 残酷な料理を題材とする楽曲でも、らしいサウンドスケープが冴え渡っています。「Balut」(孵化直前の卵で作るゆで卵)からは胎動と鳥の悲鳴が聴こえてきそうですし、「Sannakji」(タコの踊り食い)からは不随意に暴れ回る触腕の抵抗が感じられ、どちらもミニマルなトラックが徐々に狂っていく恐怖を味わえる、この悪趣味さこそが肝です。しかし、カテゴリ的には同じで度々批判にも晒される三度の日本代表「ikizukuri」(活造り)は、見た目の華やかさを考慮しているのか、クリアな音遣いで比較的明るめに差別化されています。


 残りは雑多にふれるとしましょう。「Smalahove」(羊の頭の蒸し焼き・燻製)は、じっくりと調理されている過程を表現しているからか、温かみのある音が印象的なナンバーです。「Snake Bile Wine」(蛇酒・'bile'は胆汁の意)は、日本の場合ハブ酒が有名で、言っても直接蛇を食らうわけではないからか、終始お洒落なサウンドが維持されています。「Tong Zi Dan」(少年の尿で煮込むゆで卵・英名'virgin boy egg')は個人的に最も衝撃を受けたモチーフで、どのような解釈を経たのかはわかりませんが、同曲も題材の割には聴き易い仕上がりです。小ネタですが、Wikipediaの「童子蛋」のページにはSMDへの言及がきちんとあったので、編集者の守備範囲の広さを讃えます。笑

 コンピ盤と3rdの間という半端な時期にリリースされたため、ついつい存在を忘れがちになってしまうのが「Gizzard」(砂肝)です。『Delicacies』からあまり間が置かれていないこともあって、同盤の延長線上にあるシンプルなトラックといった感じですね。…と、長い間このような無難な感想を抱いていたのですが、2019年の改訂時に改めて聴いてみたら、本曲のミニマルな中毒性の虜となってしまい、8年越しで俄に評価が爆上がりしました。特に4:49~のトライバルなビートと、そこから1分かけて静かな盛り上がりを経た終着点にあたる5:49~の、突き抜けそうで突き抜けなかった消化不良感が好みです。また、2020Visionの企画盤に収録されている「Parson's Nose」は、ディスクの性質上「Dシリーズ」には分類されないようですが、食材名を冠していますし、積み重ねの妙で突き進む曲のつくりは如何にもなので、個人的にはシリーズの一曲だと考えています。最初は曲名を'person's nose'に空目して、とうとうカニバリズムかと驚いたのですが、よく見たら'parson'でした。これはどうも家禽の尻肉を指す語らしく、日本語で言えば「ぼんじり」のことでしょうか。


 以上で、珍味名を持つ「Dシリーズ」は全て網羅したはずです。厳密には「Sacrifice」への言及がまだ残っていますが、同曲へのレビューは、後のアルバム未収録曲についてふれるセクションに回しました。曲名の由来を珍味に求めることが出来なかったがゆえの特殊な措置ですが、「神に捧げる贄」と考えれば、ある意味珍味ということかもしれません。
 
 また、記事の冒頭で「同シリーズは2014年で一度区切りがついていると思う」と述べたのは、2016年からは珍味の名前を冠していないトラックが、新たに「Dシリーズ」としてリリースされ始めたからです。またも時期が前後することになり恐縮ですが、この言わば「新Dシリーズ」に関しては、5th『Welcome to Sideways』(2016)の記事にまとめてあるので、詳細はリンク先を参照してくだい。


4thアルバム『Whorl』(2014)

WhorlWhorl
445円
Amazon


 4thは確かにスタジオアルバムではあるのですが、制作方法が過去作とは異なる実験的な作品です。特殊なのは、オーディエンスを入れたライブレコーディングを基にしている点と、各人の使用機材が1台のモジュラーシンセと1台のシーケンサーのみ(+ミキサー1台)である点。

 リアルタイム&ストイックという縛りを設けて事に当たっても、SMDらしさは遺憾なく発揮されており、彼らのエッセンスを直に味わえる、本質的なディスクだと評価しています。公式に音源が丸ごとアップされているので、興味のある方は下掲の埋め込み動画から鑑賞可能です。MVではありませんが、ビジュアライザー的な映像と一緒に堪能出来るようになっています。




 本作の中で最も気に入っているのは、05.「dervish」(上掲動画では20:58~)です。辞書によると、曲名は「イスラム教の禁欲苦行派の修行僧」のことで、その様式から転じて「踊り狂う人」といった意味もあります。制作の都合上、エクスペリメンタルなトラックが多いのが4thの特徴ゆえ、本曲のキャッチーさは翻って異質に響いてきますが、このダンサブルなアウトプットを、何かが憑依した結果の狂気的なものだと捉えれば、コンセプトからは逸脱していないと言えそうです。

 08.「calyx」(動画内36:38~)も、05.に次ぐノリの良さと明るさで、本作のアクセントとなっているトラックです。曲名は「花の萼」を意味し、次第に彩り鮮やかな音色へと変化していく本曲の美しさには、確かに花を意識させるものがあるなと思いました。


 一転、暗いナンバーでとりわけ好みだったのは、11.「iron henge」(動画内56:06~)です。ストーンヘンジならぬアイアンヘンジということで、冷たく重い印象を心に残していきます。何気ない日常の夕暮れ時にふと感じる焦燥のような、或いは恋人に別れを告げられた日の帰路にある絶望のような、後ろ暗い気持ちを抱えたまま彷徨する前半部から、積み重なった想いや受けた傷が澱となって、悲しみもしくは怒りの感情と共に一気に噴き出し周囲を汚していく後半部といった、破滅的な情景が脳内に浮かぶサウンドスケープです。特に後半は、海鳥の鳴き声や咄嗟の悲鳴にも似た、耳を蹂躙する高音が雄弁だなと感じます。

 リード曲はシングルにもなっている、10.「tangents」でしょうかね。本作発売前の紹介ムービーでも、同曲が使われていた記憶があります。どちらかと言えば暗めの楽曲ですが、同時に勇ましさも窺わせるところが好みです。03.「sun dogs」も同系統かな。他にもベースラインが素敵な、04.「hypnick jerk」および09.「jam side up」もおすすめですし、地味ながら妙な中毒性を宿している、07.「nazard」もフェイバリットのひとつとなります。水が滴る蛇口を、「止めなきゃ」と思いつつも見続けている気分。


アルバム未収録曲 (2004~)

 「その1」と合わせて、これまでにアルバムを5枚(1st~4th+コンピ盤)と「Dシリーズ」に属する楽曲を紹介してきましたが、それでもシングルやEPのリリースが多いので、アルバムに収録されていないトラックにもかなりの数が存在します。順不同で数曲抜粋の形にはなりますが、アルバム未収録曲にも良曲がたくさんあるということを伝えるべく、残りのスペースを活用する次第です。




 まずはMVがあるという理由で、厳密には「Dシリーズ」の一曲「Sacrifice」から。残響音に心地好さを見出せる点と、ベースラインが格好良い点では、同シリーズのお気に入りワン・ツー「Hachinoko」と「Escamoles」の良いとこ取りだと言えなくもないため、音作りは当然のように好みでした。ただ、決して悪い意味ではないのですが、比較対象の二曲よりはサウンドが軽薄な気がして、目指す方向性もその軽さを活かしたダンスミュージックといった感触ゆえに、総合的には並の印象です。ちなみに同曲はBicepとのコラボナンバーで、「その1」にもリンクしたお気に入りMV紹介記事の47番には、同デュオの作品に対するレビューがあります。


 続いて、お気に入りの上位に入るナンバーを幾つか連続でご紹介。「Click」:表題通りに"Click"が連呼され、終始怪しいサウンドで展開していく、低音が気持ち好い楽曲です。妙な中毒性があり、とりわけ中盤から出現するタップダンスのようなクラップがツボ。後半のグリッチな喧しさも、一層狂気的でグッド。「Simple」:看板に偽りなしのシンプルな主旋律が特徴ですが、トラックメイキングの高い技巧性により、前面に来る音が短いスパンで変化していくので、結果的に複雑なアウトプットになっています。そのバリエーションの豊かさに脱帽で、DTMer的な立脚地から補足をするならば、適当に音を選んで繋げただけでは、ここまでのまとまりを持たせることは出来ないと、実体験としてわかるがゆえの絶賛です。

 「Boat Race」:全体的に音遣いがファニーで、ダサ格好良い印象を受けるところが好みのナンバー。曲名からスポーティーな雰囲気を想像していると、裏切られることになります。「The Count」:ジャケットから察するに、曲題はおそらく『セサミストリート』のカウント伯爵の英名で、奇妙さとコミカルさが同居している点では、実にらしい仕上がりです。「A Form of Change」:3rdか4thに入っていても可笑しくないであろう幻惑的なサウンドスケープを有しており、アンビエントな立ち上がりから、次第にアッパーな成分が顔を覗かせてくるグラジュアルな変化が、まさに曲名の由来だという気がします。


 「Run」:27分半もある超長尺トラックです。呼吸音からの幕開けは、Kraftwerkの「Elektro Kardiogramm」を、延いては収録先の『Tour de France Soundtracks』(2003)を彷彿させます。それもそのはずで、クラフトワークの同盤がツール・ド・フランス;即ちスポーツのための音楽であったのと同様、本曲はNike+ Sport Musicのコンセプト下にあり、ランニングに適した音楽となっているからです。何処となく日本的なサウンドが鏤められていると僕には感じられたため(特に7:15~)、その点でもフェイバリットだと言えます。

 「Upside Down」:先に紹介した「Boat Race」に近いつくりである気はしますが、こちらのほうがファンキーさが際立っており、不明瞭なボーカルも含めて格好良いです。「North Face of the Eiger」:アイガーの北壁と言えば、攻略困難な登攀ルートとして有名ですが、同曲からは人間側の都合など露知らずの自然の雄大さが感じられ、環境音楽的な癒しに浸れます。「Unfixed」:あまりユーフォニアスではない不穏当なサウンドが、俄にアプローチを仕掛けてくる落ち着きのなさに、気が付けば虜になっていました。ついでにライブ盤への言及もしておきますと、『Live』(2013)収録の同曲は、不気味さとイヤガズムの融合が果たされていて更に素敵です。




 最後は音源がアップされている中から、「Wheels Within Wheels」をピックアップ。タイトルの元ネタは『旧約聖書』らしく、「複雑な事情」といった意味になるそうです。歯車等の輪が入り組んでいる状況から来る表現だと思いますが、そのイメージを音で再現したナンバーであると形容します。それぞれのトラック(DAW上のもの)は、打ち込まれたフレーズをマイペースに奏でているだけでしょうが、それらが逢瀬と別離を繰り返すことによって、独特のリズムが生み出されています。喩えるならば、時計の内部を覗いているかのような楽曲です。


5thアルバム『Welcome to Sideways』(2016)

Welcome To SidewaysWelcome To Sideways
1,500円
Amazon


 先にもリンクしましたが、「新Dシリーズ」に属す楽曲が収められた5thに関しては、単独でレビューした記事が存在するので、詳細はそちらをご覧ください。

 一応ここにも短評だけは載せておきますと、同盤はテクノをベースとした暗めのトラックを中心に構成されており、SMD史上最も内省的なアルバムだと評せます。サウンド的には4thの影響が窺えますが、そこから陽性を奪った感じの作品と言えば伝わりやすいでしょうか。


6thアルバム『Murmurations』(2018)

MURMURATIONSMURMURATIONS
880円
Amazon


 6thについても、単独でレビューした記事が存在するので、詳細はそちらをご覧ください。

 一応ここにも短評だけは載せておきますと、本作はまさにSMDの集大成だと太鼓判を捺せる名盤です。3rdを境とした方向転換前と後の双方のサウンドが、高い次元で融合しているのを味わえます。


アウトロダクション

 以上、二記事に跨って、SMDが手掛けし遠大な音楽の世界を紹介してきました。「その1」に記した通り、SMDはエレクトロ・ブームの中で頭角を現し、一時は大衆的な人気も獲得していた存在です。しかし、その後のブームの衰退とEDMの隆盛を受け、これからのダンスミュージックの在り方が問われる場面で、新興勢力には迎合しない選択をした;シーンや流行とは関係なしに独自のスタイルを貫き通す高い志と、リスナーを飽きさせないユニークなコンセプト設定と、アーティストのイメージを固定させない変幻自在のトラックメイキング力の全てを有していた、貴重なデュオであると評価しています。

 しかし、このことは彼らを信じて追い続けていたからこそ理解が可能であるだけで、SMDの歴史がブーム下の2ndまでで止まってしまっているリスナーも、残念ながら相当数居ることでしょう。1stから2ndの流れを受けると無理もないかもしれませんが、ぜひ3rd以降にも手を出してみてください。最早別物ですから。


 僕は「ダンスミュージックはインテリジェンスに満ちているべきだ」と考えています。根底あるプリミティブさだけを取り立ててイージーに作られたダンスミュージックは、すぐに似たような音楽に取って代わられてしまうでしょう。良いか悪いかは別として、僕は時々「EDMの'E'は'easy'のそれなのではないか」と、正直思ってしまうのです。それが予見出来ていたからこそ、SMDは独自の路線を行くことを是としたのだと推測します。果たしてそれが正解であったため、デビューから10年以上経っても、コンスタントに作品のリリースを続けられ、「シーンの外」に不動の地位を気付けたのだとの認識です。

 端的に換言すれば、同じブームの波に乗っていた他のアーティストとは違って、彼らは「消えていない」んですよね。加えて、現在名を馳せているEDMのトラックメイカー陣とも違い、「消えそうにもない」んです。偏見もありますが、EDMフリークの価値基準は楽曲単位にあり、「EDM」という名の巨大な傘の下に、各個の別を重視しない人が多い気がします。これをして「消えそう」、或いは既に「消えている」とすら感じるのですが、アーティスト性が希薄だからこそ、フロア向けの一体感を出すことに適していると言えばメリットなので、これも是非を問うているわけではありません。


 2010年代も残すは半年となった現在のEDM勢に、ブームに飲み込まれて消えてしまった2000年代後半のエレクトロ勢がダブって見え、次の10年でどれだけEDM勢の名が残るかは気になるところです。とはいえ、このような余計な柵に苛まれないのが、前述した「シーンの外」の強みであるため、そこに居場所を確立させたSMDの強さこそが、本物のダンスミュージックの証であるとまとめます。願わくば、今のEDM勢の中にもシーンに疑問を抱く存在が出てきて、独自の進化を歩み始めれば尚良しですね。