2013 J1 第14節 ヴァンフォーレ甲府 前哨戦
J1第14節、ヴァンフォーレ甲府は明日6日
ホーム開催となる国立競技場に浦和レッズを迎えての対戦が予定されています
甲府はリーグ戦中断期間の約1ヵ月間、ミニキャンプの実施の他
オルティゴサの退団やジウシーニョの加入など選手の入れ替えなど様々なことがありました
選手の退団および加入は戦術変更や組み立てにも響くものであり
城福監督にとっては難しい中断期間であったと思います
その中でも中断前3連敗をバネにすることと、その試合で計10失点を喫しているため守備の立て直し
そして得点力の向上のために前線における連携面の強化とシュートに至るまでの意識といった
攻守に見られた課題をどこまで修正できたかが今節の鍵となります
フォーメーションは実質的な4-5-1が考えられ
ワントップは平本、トップ下に羽生の布陣を敷くことが予想されます
また、伊東の今季初出場も強く考えられるため、ベテランらしい攻守のバランスを考えたプレーを期待したいです
一方の対戦相手浦和は中断期間前、そして期間中も充実した時期を過ごしており
甲府にとっては厳しい試合が予想されます
これまで通り興梠をワントップに置く3-6-1が濃厚のため
甲府は浦和のディフェンスである3バックの空いた両サイドを2列目の選手が果敢に裏を狙うことができれば
相手ディフェンスを崩すなど攻撃に関して充分可能性があるように思います
中断明けの1戦目、甲府は落とせない試合となりそうです
ホーム開催となる国立競技場に浦和レッズを迎えての対戦が予定されています
甲府はリーグ戦中断期間の約1ヵ月間、ミニキャンプの実施の他
オルティゴサの退団やジウシーニョの加入など選手の入れ替えなど様々なことがありました
選手の退団および加入は戦術変更や組み立てにも響くものであり
城福監督にとっては難しい中断期間であったと思います
その中でも中断前3連敗をバネにすることと、その試合で計10失点を喫しているため守備の立て直し
そして得点力の向上のために前線における連携面の強化とシュートに至るまでの意識といった
攻守に見られた課題をどこまで修正できたかが今節の鍵となります
フォーメーションは実質的な4-5-1が考えられ
ワントップは平本、トップ下に羽生の布陣を敷くことが予想されます
また、伊東の今季初出場も強く考えられるため、ベテランらしい攻守のバランスを考えたプレーを期待したいです
一方の対戦相手浦和は中断期間前、そして期間中も充実した時期を過ごしており
甲府にとっては厳しい試合が予想されます
これまで通り興梠をワントップに置く3-6-1が濃厚のため
甲府は浦和のディフェンスである3バックの空いた両サイドを2列目の選手が果敢に裏を狙うことができれば
相手ディフェンスを崩すなど攻撃に関して充分可能性があるように思います
中断明けの1戦目、甲府は落とせない試合となりそうです
人物紹介 ボディビルダー・マッスル北村
今回の記事はややマイナーなジャンルであるボディビルから
ボディビルダーのマッスル北村(本名:北村克己)を紹介していこうと思います
マッスル北村についての人物像やその概要はWikipediaやニコニコ大百科を閲覧すれば把握しやすいので
ここでは簡単に説明する程度にしますが、一言で言えば日本史上最高と言われるバルク(筋肉の大きさ)を持ち
何よりもボディビルを第一に考えた生活を送った人物です
さらには東京大学や東京医科歯科大医学部に合格する頭脳を持ち
文武両道が当てはまる人物であると言えます
【マッスル北村 トレーニング風景】
マッスル北村は厳しいトレーニングを行う人物としても有名で
特に1985年のアジア選手権の減量・トレーニングのエピソードを以下にWikipediaから転載します
――――――――
彼の経歴の中でも最も語り草となっているのが、1985年アジア選手権における凄まじい減量である。
8月11日の実業団選手権に優勝した直後、急遽アジア選手権のオファーが入る。
チャンスとばかりに二つ返事で了承したはいいが、あと4日しかなく、コンテスト直後で身体は疲弊しきっている状態であった。
「この状態で出ても結果は知れているので、少し好きな物を食べて筋肉に張りを持たせよう」と考え、食べ始めたが最後、コンテスト直後の食欲は凄まじく
コントロールできないまま食べ続けた結果、わずか2日で85kgから98kgへ太ってしまう。
普通の人間は棄権するところだが、ここで彼は一か八かの賭けに出る。
電車を乗り継いで山奥まで行き、そこから自宅までの100㎞マラソンに挑戦する。
途中で足の爪がはがれ、シューズの中が血でグショグショになるほど悲惨な有様だったが、幸か不幸か爪の痛みのお陰で覚醒し、
気絶することなく計120kmを15時間かけて走り抜き、14kgの減量に成功。アジア選手権、ライトヘビー級のタイトルを手にする。
――――――――
また下の動画は過食期(身体を大きくするため食べる時期)から
9週間で身体を作り上げ、無駄な脂肪を極力絞ってコンテストへ向けた身体作りを表したもので
マッスル北村の過酷で負担の大きいトレーニングと己を律する精神が強く出たものです
【マッスル北村 9 weeks Transformation】
しかしこのような身体に負担のかかるトレーニングと筋肉を作り上げることを第一に考えた結果
この動画の数日後、低血糖そして急性心不全により亡くなりました、39歳でした
最後は餓死に近い状態となっていたと言われています
マッスル北村の過度なトレーニングやドーピング疑惑(実際ははめられた可能性大)など色々話はありますが
動画からも分かる通り人間性の素晴らしさ、そして一つのことを最大限に追い求めた意志と行動は尊敬に値します
皆さんには「知っているボディビルダーは?」との問いに
「マッスル北村」と自然と答えられるようになって頂ければ嬉しいです
ボディビルダーのマッスル北村(本名:北村克己)を紹介していこうと思います
マッスル北村についての人物像やその概要はWikipediaやニコニコ大百科を閲覧すれば把握しやすいので
ここでは簡単に説明する程度にしますが、一言で言えば日本史上最高と言われるバルク(筋肉の大きさ)を持ち
何よりもボディビルを第一に考えた生活を送った人物です
さらには東京大学や東京医科歯科大医学部に合格する頭脳を持ち
文武両道が当てはまる人物であると言えます
【マッスル北村 トレーニング風景】
マッスル北村は厳しいトレーニングを行う人物としても有名で
特に1985年のアジア選手権の減量・トレーニングのエピソードを以下にWikipediaから転載します
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彼の経歴の中でも最も語り草となっているのが、1985年アジア選手権における凄まじい減量である。
8月11日の実業団選手権に優勝した直後、急遽アジア選手権のオファーが入る。
チャンスとばかりに二つ返事で了承したはいいが、あと4日しかなく、コンテスト直後で身体は疲弊しきっている状態であった。
「この状態で出ても結果は知れているので、少し好きな物を食べて筋肉に張りを持たせよう」と考え、食べ始めたが最後、コンテスト直後の食欲は凄まじく
コントロールできないまま食べ続けた結果、わずか2日で85kgから98kgへ太ってしまう。
普通の人間は棄権するところだが、ここで彼は一か八かの賭けに出る。
電車を乗り継いで山奥まで行き、そこから自宅までの100㎞マラソンに挑戦する。
途中で足の爪がはがれ、シューズの中が血でグショグショになるほど悲惨な有様だったが、幸か不幸か爪の痛みのお陰で覚醒し、
気絶することなく計120kmを15時間かけて走り抜き、14kgの減量に成功。アジア選手権、ライトヘビー級のタイトルを手にする。
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また下の動画は過食期(身体を大きくするため食べる時期)から
9週間で身体を作り上げ、無駄な脂肪を極力絞ってコンテストへ向けた身体作りを表したもので
マッスル北村の過酷で負担の大きいトレーニングと己を律する精神が強く出たものです
【マッスル北村 9 weeks Transformation】
しかしこのような身体に負担のかかるトレーニングと筋肉を作り上げることを第一に考えた結果
この動画の数日後、低血糖そして急性心不全により亡くなりました、39歳でした
最後は餓死に近い状態となっていたと言われています
マッスル北村の過度なトレーニングやドーピング疑惑(実際ははめられた可能性大)など色々話はありますが
動画からも分かる通り人間性の素晴らしさ、そして一つのことを最大限に追い求めた意志と行動は尊敬に値します
皆さんには「知っているボディビルダーは?」との問いに
「マッスル北村」と自然と答えられるようになって頂ければ嬉しいです
2013 ヴァンフォーレ甲府去就関連 ジウシーニョ 加入内定
ヴァンフォーレ甲府はブラジル人FWのジウシーニョ(Gilson Do Amaral)の加入内定を
6月28日のプレスリリースにおいて発表しました
ジウシーニョは2008年から2011年までジュビロ磐田でプレーし
リーグ戦、ナビスコカップ合わせて122試合に出場し34得点を挙げています(天皇杯は3試合0得点)
プレースタイルについて、ポジションはFWとされていますが
これはST(セカンドトップ)やWG(ウイング)でシャドーとしての役割が多いです
さらにはミドルシュートの精度が高く
また168cmと小柄ながらポジショニングが良く、へディングが上手い印象があります
そして豊富な運動量で攻守に顔を出し、縦の動きが速い選手でした
上でも書いた通り、磐田でプレーしていたのは数年前のことなので
現在どのように変化しているか気になりますが
磐田時代のクオリティ、さらにはそれ以上を出せれば充分戦力になると思います
6月28日のプレスリリースにおいて発表しました
ジウシーニョは2008年から2011年までジュビロ磐田でプレーし
リーグ戦、ナビスコカップ合わせて122試合に出場し34得点を挙げています(天皇杯は3試合0得点)
プレースタイルについて、ポジションはFWとされていますが
これはST(セカンドトップ)やWG(ウイング)でシャドーとしての役割が多いです
さらにはミドルシュートの精度が高く
また168cmと小柄ながらポジショニングが良く、へディングが上手い印象があります
そして豊富な運動量で攻守に顔を出し、縦の動きが速い選手でした
上でも書いた通り、磐田でプレーしていたのは数年前のことなので
現在どのように変化しているか気になりますが
磐田時代のクオリティ、さらにはそれ以上を出せれば充分戦力になると思います