夜中に回す洗濯機の音。
いじるスマホ、開脚した足。
散らかった女の部屋は、十一月の夜を迎えていた。
回しきれないコインランドリー店のように煩雑だった一週間を終えて、一息つく瞬間。
「たまんねぇぜ」ーそういう心の声を楽しみながら、女は今日あった嬉しい出来事の余韻に浸っていった。
きっと明日の朝起きられないだろう、と分かりつつかける、強気目のアラーム、6時。
6時まで残り5時間36分。いいんだ、これで。
起きたいという願望さえあれば、あとは知ったこっちゃない。
サラシのように白く視える男と出会って、新しい“恋”のかたちに一喜一憂する自分をまじまじと嗜みつつ、迎える十一月の半ば。
多少なりとも頑張ってきた自分へのご褒美と、その先の自分への課題が交錯する。
薬には副作用、好きなアーティストにも大して好きではない曲、楽しい時の後には淋しさがセットになっていると知り初めた今日この頃。
自分の孤独を瓶の外から眺めるという術を、身につけようと藻掻く女の初冬であった。
┄ 弱音を吐いてきて、ろくな事はなかった ┄
過去の男たちから学習した女は、ぐっと孤独を噛み潰した。
タンニンのように苦く、貧血の生理後のようにうすら寒い。止まらない悲壮はまるで、マーラーの交響曲とベートーヴェンの「悲愴」とショパンの夜想曲を別々の壊れた蓄音機から鳴らされているような感覚だった。
思い返して女は思う。
結局ハッピーな時にしか連絡を取れない、心を強く保っていないと壊れるような恋愛なら、やはり自分自身の負担であり続けるだけなのではないか。
それでもだからこそ、ハッピーになりたい、強くありたいと願うことができる、吊るしアンパンのような効果が、恋愛にはあるのかもしれない。
ぬいぐるみ"ちゃん"たちを抱えてもふもふしながら、三十二の女は独り思考する。
命にとって究極の営みは、第一に子孫繁栄。
人間社会に於いてそれをするには仕事が必須。
それからはみ出たところに、感情世界が非合理的に文化を形成してゆく。
恋愛は非常に非合理的なスタートをするが、最終的にそれが子孫繁栄に繋がる合理性をもった時に初めて、それが"恋愛"ではない何かに"昇華"するのかもしれない。
それには、恋愛に於ける勝手な幻想を喪失するのが必須で、だからやはり弱みを見せない、ブラックボックスの種を明かさないというこのやり方は、苦しいけれど間違ってはいない筈。 ┄
そんなゴタゴタとした屁理屈をこねながら、今や寝そべって首元に置いたシロクマの鼻先をふぶふぶしながら、半目になりそうな顔でスマホをいじる三十二の独身女であった。
