義母が死ぬときに握りしめていたもの【天使になった義母⑪】 | 地球の裏側から愛を振りまく

地球の裏側から愛を振りまく

いくつになっても好きな人と、好きな場所で、好きなことをしたい!
心からどんどん美しく豊かになるピュアリッチライフを発信

義母と最後になるだろうとのことでお別れをし、2歳の息子を連れて一足先に帰国した。




↓前回の記事 



初めからは右差し

【天使になった義母①】 




しかもだね…



私が日本に帰る3日前、たった3日前に実家の愛犬が逝ってしまったのだ泣くうさぎ




もう、長くない事は分かっていたのだが



なぜ後3日位待ってくれなかったの泣くうさぎ



17歳9ヶ月の大往生ではあったんだけど…



最後にもう一度会いたかったし、出来れば私の手の中で抱っこしながら逝って欲しかったよ…泣くうさぎ




しかも家族も用事で家を出ててその間に息を引き取ったらしい…





私が我が子(犬)を置いて、外に男(夫)作って(実)家に帰らなかったからなの?ショボーン





それとも、死にそうな義母を置いてきたからなの?ショボーン




私も出家すべき??




さらに、私が帰国したその日に親戚の一人が亡くなり、お葬式などで両親はバタバタであった汗うさぎ(小さい子がいるからと両親と姉だけが代表で出席)





亡くなった方の家族は私達と仲も良く結婚式にも出席予定だった。




さすがにこんな事があって、結婚式もキャンセルしなきゃダメなんじゃないの??って思ったんだが…





両親も親戚も大丈夫だから決行しなさいと言う。





そして私が日本に帰ってから数日後に、義母が入院したと知らされた。





死期が迫ったのを知り、痛みを和らげるために義母が自ら病院に行くと言ったらしい。






そしてその数日後に、





義母が亡くなったと知らされた…悲しい





その日からちょうど両親が旅行で何日間か不在だったので、私は氣兼ねなく泣いたり、落ち込んだり、お酒で清めたり(呑ベェ)、義母が好きだった歌を捧げたり(家で1人カラオケw)、義母と愛犬の写真にひたすら話しかけたり、喪に服す事が出来た






死後から数日経ち




オーストラリアにいる夫と話をした。




彼は義母が亡くなった日に会いにいったらしいが、緩和ケアのモルヒネの作用で、意識がもうろうとしていて、とても話せる状態じゃなかったという。





そして、その日の深夜に病院から電話がかかって来たそうだ。




彼女の最後は微笑みを浮かべ、安らかな顔をしていたそうだ。





そして、手には青い石を握りしめていたと....あんぐり





青い石…まさか?






私は、以前天然石のお店で、彼女の病氣などに効果がありそうな石を数個買ってプレゼントしたのだが、その時に目に入った青い石(彼女はブルーが大好きで服もブルーばかりだった)が目についたのだ。なんの石だったかなあせる





石には“Angel”と書かれていた。





私は、もちろんそれも購入して彼女に




「これはエンジェルに生まれ変わるチケットなんだよ。」とそう言って渡したのだった。



脳内BGMは“one night carnival” by 氣志團 


ワンナイト・カーニバル 胸の奥 

Zuki-Zukiと音たてる Angel!!

「とにかくもう 学校や家には帰りたくない」 Angel!!

退屈に怯えてたのさ 夜の闇に逃げ込んだ Angel!!

「俺達まるで捨て猫みたい」 Angel!!


Can you mastar baby,  mstar ベイベ~~~~~!!



爆笑ふざけた嫁でかたじけないあせる








それを彼女はちゃんと覚えていてくれたのだ不安






入院をする時に、いつも着けていた結婚&婚約指輪、その他のアクセサリーを全て外して行ったそうだ。





でも青い石はちゃんと持って行ってくれたんだ…悲しい






そう思うとまたが出た悲しい






お義母さん…




本当にありがとう

さようなら…






夫の話しにはまだ続きがあった。





義母が亡くなった翌朝、夫がスクランブルエッグを作っていた。




そして出来上がり、コンロの上に置いていたフライパンが急に床に落ちたと言うのだ。




F●●K! と叫ぶ夫が目に浮かぶw 




その瞬間、その場の雰囲氣が一変し、義父の犬が突然吠えだし、テーブルの下に隠れたそうだ。







二人はお互い目を合わせて、“彼女が通って行ったな”と思ったそうだ。





私の所には来なかったのかな知らんぷりなんも感じなかったぞ。






そんな体験したことありますか?

なかなか興味深いですね目





 

話が変わるが、私がオーストラリアに帰ってから数ヶ月後には大好きだった祖母も他界した。彼女は後1ヶ月で98歳だった。

 


この年には大切な人(犬)がたくさん亡くなったなぁ…ショボーン



祖母は認知症で、私に会っても誰だか分かっていない様子だったが



それでも私が「おばあちゃん、大好きだよ。ありがとうね。次はいつ会えるか分からないけど、また会おうね。」と手を握って声をかけると、凄く神妙そうな顔をして私の顔を見ていた。



きっと思いは伝わったんじゃないかな…ってそんな氣がした。死に目にも会えなかったし、お葬式にも行けなかったけど、お別れ出来たのかなって…。




オーストラリアの義母のお葬式も行けなかったしねあせる

向こうのお葬式は結構カジュアルで、普段着でゆるい感じだったそう。




そして義母と愛犬を失っても、感傷的になる時間も無いくらい私は結婚式の準備でいっぱいいっぱいだった。




なんせ1ヶ月で何から何まで準備したのだ。




披露宴は、今まで私達に関わり見守ってくれた方々への感謝の宴物申す




食事や引き出物に一番お金をかけたいとすれば予算を抑える為には労力時間を使うしかない爆笑




あとは真心指差し




私は殆ど自分で手配したり、手作りをしたりとまあ忙しかった訳ですよ煽り




2歳児も邪魔するしなにっこり




場所(と日にち)だけは拘りがあって、幼い頃からお世話になっている神社で挙式をしたかったのだ。




披露宴会場も昔からある近くのレストラン(おしゃれにリノベーションされているラブラブ)




どちらも40年前に両親が挙式・披露宴を挙げた場所だった。




こういうとこ拘るの私8ハウスぽいわ~w

そして、蟹座の地元愛 ドキドキ(占星術)




そして、夫も一週間前に来てダンス(海外式)の練習(一夜漬け)をしたり、手紙(私の両親に書きたいと)の和訳を書いたり、色々と打ち合わせをした。




“俺は日本人じゃないから着物は着ない”とブーブー言っておりましたが、神社の決まりだと言って無理やり着せました爆笑 




適当にオンラインでお手頃レンタル(夫婦共々雛人形)したけどなかなか様になってたよニコニコ








そして、いよいよ結婚式前日…

明日の天気は



降水確率95%


ガーン雨ガーン雨ガーン 




ジューンブライドでもないのに泣




素敵な中庭でケーキカットとブーケトスする予定なのに泣





私は超晴れ女晴れやのに~





夫め!さては雨男雨だな!!むかつき





私は焦って天の義母にクレームを入れた驚き




「お義母さん、そっちでなにやってんのよ!明日だってよ?!エンジェルになったんでしょ?明日ちゃんと来れるでしょ?何とかしてよ~。もし明日晴れだったらちゃんと来てくれたって信じるから!」





とふてぶてしく要求したんだわ煽り





マリッジブルー(子育てしながらの準備と夫の非協力でイライラw)でちょっと情緒不安定だったかな爆笑







そうしたら




なんと




当日は





お天道様晴れもびっくりするぐらいの




快晴!!




ゲストの皆さんもビックリ!




そして、披露宴が終わって少し経ってから雨が降った。




もうこれは、義母の出席確認とれたってことで




異議はないよね?





いや、私は彼女が晴れにしてくれたってそう信じたいおねがい




お義母さん本当にありがとう飛び出すハート




長くなり過ぎたので次回に少しだけ続きます。



義母が死をもって教えてくれたこと【天使になった義母⑫】 



最後まで読んで頂きありがとうございます飛び出すハート




モリリン🥭