Moratoriumer´ -6ページ目

Moratoriumer´

今日も波に揺られて海を漂う。

新年度が始まり

あっという間に一ヵ月が経とうとしています。

ブログ更新が滞っていましたが

実は私

昨年度から働いている児童館の

館長になりました。

初めてのことばかりで

昨年度の報告

今年度の計画などなど

事務仕事に奮闘している日々を過ごしております。

館長の話を頂いたときは

正直自分でも

「自分が館長?」

と多少驚きはしましたが

児童館一つ背負えない自分に

「社会を変える」なんて言う資格はないな

なんて思ったりもして

意外とすんなり

今に至ります。

児童館の子どもたちからは

「エマ、館長なの?」

と聞かれることがあります。

「エマはエマだよ。」

と答えています。

「かんちょー。」

と声掛けられたときには

「エマだけどー、なにー?」

と言っています。

先日

「“館長”どうですか?」

と同僚に聞かれました。

「特に変わんないかな。」

と答えている自分がいました。

それが本音なのだと思います。

エマはエマ。

役職は役割にすぎなくて

地位とか名誉とか

そんなものはポーイッ!

って感じなんですが

責任はちゃんと背負いながら

みんなのことを大切にできる館長でありたいな

と思っています。




今年度もよろしくお願いいたします。↓
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続・小5男子

昨日も児童館に来館。

挨拶もなしに会ってすぐに会話は始まった。



「えまって同性愛者なんでしょ?」

  「うん、そうだよー。」

「言いふらそー。
 えまって同性愛者なんだって。(隣にいた高校生に言う)」

  「言うならイイふうに言ってよねー。」

「えま、彼氏も彼女もできなそー。」

  「素敵な人、現れるかもしれんじゃん。」

「でも、女の人だったら好きになるの女でしょ。」

  「わからんよー。」

「そうなの?」

  「女だからって男を好きになるとは限らんよ。
   そんな社会にしたいって思う。」

「彼女いるの?」

  「どうでしょー。」

「前、言い間違えて“彼女”って言ったけど。」

  「うんうん。その言い間違いでわかったんだもんね。」

「同性だったら、子どもはできないよね?」

  「あー、そうだね。
   でも、今は色んな方法はあるよ。」

「養子縁組とか?」

  「そうだね。」

「ふーん。」

  「色んな選択はできる。
   そんな社会にしたいと思ってる。」

「じゃあここで働いてる場合じゃないじゃん。」

  「そんなことないよ。
   そのために活動もしてるよ。」

「うそだぁ。」

  「本当だよ。実は色々してる。」

「えま、どんな人がタイプなの?」

  「んーわかんないかなぁ。
   自分は、どんな人タイプ?」

「わかんない。好きな人いないもん。」

  「そうだよね。前に言ってたもんね。」



彼は今回

一度も“キモッ”と言わなかった。

ただただ素朴な疑問を投げかけてくれ

そんなことまで知ってるの!?

という用語を織り交ぜながら

私と会話をしていた。

今回のやりとりで

私は一つ大きな反省をしている。

“言いふらそ”という彼に対し

“アウティング”の話をしなかったことだ。

「本人に確認せずに、勝手に話をしてはだめなんだよ」

と伝えなかったことは

大いに反省している。

その重大さを知っていながら

でもそれを伝えなかったのはきっと

彼の言葉に全く悪意を感じず

この会話が嫌味なく

純粋に興味を持って質問してくれていること

その気持ちに応えたいと思っている自分がいたこと

それゆえに

「それはだめだよ」

と話を止めたくなかったからだと思う。

でも

命を奪う危険性があることを

次回はきちんと伝えたいと思う。

彼との会話は

すごく楽しい。

なんだか新鮮で

なんだか真っ直ぐで。


たぶん、また話せるときが来ると思う。↓
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今日は児童館へ遅めの出勤。

たまたま玄関で一緒になった女性と一緒に

二人で話しながら階段を上がった。

そこに出くわした

すでに児童館に来ていた小5女子とのやりとり。



「あ、えま。」

  「おっはよー。」

「え、彼女?(えまが同性愛だということは知らない)」

  「彼女。(もちろん冗談)」

「きもちわるっ!(冗談なのはわかっている)」

  「気持ち悪くないからな!!
   これはちゃんと伝えとかないと!(本気)」



“きもちわるっ”

は挨拶みたいなものであることはわかっている。

“気持ち悪い”

はとっさに言える便利な言葉だということも。

でもほっとけなかった。

もはや反射の域。

少し時間を置いた後

てかえまが女だと知りながらその視点!?

と思った。

そもそも “彼女?”って聞く!?

って。

その時点で否定的ではない気がした。

嬉しいことに

“きもちわるっ”と言ったその子との関係は

その後も何もいつもと変わりなかった。

こんな日々を大事にしている。


えまはえまなのだ。↓
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15日夕方

祖母が亡くなりました。

ちょっと危ないかも・・・

と事前に聞いていたので

驚くことではありませんでした。

16日お通夜。

仕事終わり次第直行。

17日告別式。

仕事は休みを頂き参列。

小さい頃から

「えーまちゃーん!」

と会うたびに笑顔で迎えてくれた祖母。

数年前から認知症となり

もう私が「えま」だということもわからなくなった。

訃報の連絡をもらってから

悲しみや悔やみに暮れることもなく

涙はちょっとこらえれば流れないほど

冷静にその事実を受け止めた。

式では久々に親戚が集まった。

小学生以来

会っていなかったおじさんやおばさんは

「大きくなった」

と私を見て驚いた。

昔は毎年

お盆やお餅つきやお正月に会っていたいとこは

「えまちゃんだよね」

と大人になった姿でも懐かしい感覚のままに再会した。

祖母がみんなを集めてくれたのだな

とそう思った。

“死” というのは

“生きる” のと同じくらい自然なことだと思っている。

だから

あーその時が来たのだな

と不思議なほど自然に入ってきたけど

残された父母は大丈夫だろうか

と少し心配になった。

式を終えて

疲れてないはずはないけれど

変わらぬ日常を過ごしているよう。

でもその胸の内はきっと本人しかわからないし

本人でもわからないものもあるのかもしれない。

ただ私は

生きている限り

生きようと思った。


おばあちゃん、ありがとうね。↓
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決着がついたよう。

逃げようとする自分も

そんな自分を捕まえる自分も

今はいない。

今いるのは

凛と立つ揺るぎない自分。

愛すべきひねくれた

あらゆる自分が統合した感じ。

さんざん考え

さんざん向き合い

もういいなんて投げ出さず

いけるとこまでいこうって

覚悟を決めたゆえに

いつしか引き返すことも

止めることもできず

そんなとこまでいってみた。

なんだか怖いものもなくなって

失うものもなくなって

当たって砕けろ精神になって

それでも人には優しく温かくいたくて。

あーでも

それじゃだめなんだって

自分を大切にしなくちゃって

自分が大切なものを大切にしようって

素直でいられる自分になろうって

温かさも冷たさも

全部まるっと受け止めてやるって

そんな風に思って。

どんな壁も乗り越えるし

何と言われようと屈しないし

でもそれで誰かを悲しませるのではなく

それが誰かを幸せにするものでありたいと

そんな風に思っている。

覚悟はとっくにできてるし

意志は強くなるばかり。

揺るぎない自分。

今ここにいる気がする。


一旦終結。↓
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覚えておきたい出来事があったから

ここにメモ。

現在私が職員として働いている

児童館での昨日の1コマ。

小5男子と私(えま)のやりとり。



「えま、彼氏いないでしょ。」

  「いないねー。」

「いないと思った。」

  「彼氏はできないわなー。」

「やっぱりー。彼女は・・・」

  「あー・・・、イイ線いってるね。」

「あ、言い間違えた! “彼氏” いなそーだもん。」


  「できるなら “彼女” だねー。」

「え!?えま、男なの!?」

  「女だよ。」

「じゃあ同性愛者ってこと?キモッ。」

  「そうだね。キモイの?」

「えーキモイじゃん。」

  「なにがキモイの?」

「なんかキモイ。」

  「同じ性別だから?」

「うん。周りにもいないし。」

  「いるよ。いるけど言えないんだよ。
   そうやって “キモイ” って言われると。」

「えー・・・。」

  「てかここにいるじゃん。えまが。」

「えま、同性愛者なんだ。」

  「うん。」

「キモーイ。」

  「それ、乗り越えてやるからな!」

「・・・。」

  「てかさ、それ本気で言ってる?
   その言葉で傷つく人もいるし、
   死んじゃう人も正直いるんだよね。
   本気だったら、ほっとけないんだけど。」

「だって・・・。」

  「好きな人とかいる?」

「いなーい。」

  「今まで好きになった人とか。」

「いるわけないじゃん。」

  「うんうん。そういう人もいるよー。」



私が児童館にいる理由の一つ。

身近にいる存在となれるよう

私はここにいる。

このやりとりを読んで

悲しくなる人や心がふさいでしまう人が

もしかしたらいるかもしれない。

けどこの小5の男の子は

根が優しいこと

口は悪いこと

話せばきっと通じること

だからこういうやりとりをしたということを

追記しておく。


思いやりのある子だからこそしたアプローチ。↓
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自分を貫くシン。

それがわかった気がする。

意志じゃないかと。

可能性とか

自信とか

それとは別次元にある

自分の意志。

やってやんよって

大事にすんぞって

何の根拠もない

譲れない

負けられない

志。

それは

一挙に手に入れられるものではきっとなくて

ぶつかりながらも諦めず

築いていくものであると思う。

覚悟を決めて

意志を貫く

その覚悟が自分にあるか。

あるんだよね。

だから

乗り越え始めた気がする。


覚悟を決めて、意志を貫く。↓
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保育士さんに向けての講座をしたい

そう思ってきたけどそう簡単には叶わない。

児童館での幼児期の大切さを感じるたびに

アプローチしたい現場であった。

スカートを履きたい男の子の何が問題なのか。

今日は

初の保育士さんに向けての講座。

 

ご縁あって

このような機会を頂きました。

初めてのチャレンジに

わくわくが止まりませんでした。

『報道特集「性別違和のある子どもたち」から考える』

というテーマでの新たな切り口。

動画を見て気になるところに突っ込むスタイル。

自分でも未知過ぎて

これでいいのか

何が伝えたいのか

直前まで問い続けて臨んだ本番。

その保育所の温かな雰囲気に包まれ

気合いを入れ過ぎず

リラックスして話そうと思った。

そう思える現場でした。

この講座をするにあたり

自分よがりな話にならぬよう

保育現場を知っている人の声を取り入れたいと

保育士の方に事前に話や意見を聴いたり

自分の実体験を振り返ったりして

自分にとって気づきの多い講座となりました。

まぁ

一言でいっちゃえば

楽しかったー!!

に尽きます。

 

 

よければ動画、ご覧ください。↑
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胸が痛む。

ギューって

心臓を握り潰されるような

胸を思いっきり殴られた余韻のような

息を細める痛み。

胸を手で抑えて

歯を食いしばって

痛みが引くのを待つ。

クソーって

こんな痛みにも負ける気さらさらねーよって

背中を丸める。

思い描く自分は

そう簡単には手に入らないけど

諦める気もない。

この痛みを体にしみこませて

自分の中に取り込んで

手なずけてやるよって

胸に手を当て握りしめて

夜を越える。


負けねーぞー!↓
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「美容師さんの手って、優しいよね。」

4人の美容師さんの手により

3時間の髪のカットとカラーを終えて

私が口にした言葉。

いつもの担当の美容師さんは

少し間を置いた後

「お客さんのこと、大切に思ってるからね。」

「人間性出るよね。」

と言った。

手から感じる優しさは

なんとも繊細だ。

美容師さんの手は

たくましさもあり

力強さも感じる。

そんな手によって

今回はこんな感じに仕上がりました。


 

定番となった“おまかせ”というオーダー。

「今日はどんな感じにする?」

というやりとりもなく

椅子に座った私の髪を触り

目を細めてイメージを膨らまし

迷いもなくバリカンを入れ

手際よくハサミを動かすその姿は

凛としていた。



「手、荒れたりとかしないんすか?」

と聞いたことがある。

「めっちゃ荒れるよー。」

と笑顔で言いながら

チャキチャキと髪を切るその姿に

不思議な魅力を感じた。

そこに苦労と熱意を感じたからだろうか。

自分の手は

どんな手をしているのだろうと

ふと考えた。


手から伝わる人生、人柄。↓
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