ここに決意表明を。
新たな自分に誓う3つのこと。
これからの自分へ。
1つ。
周りの理解に努めること。
もし上手くいかないことがあっても
諦めずに対話をしていくこと。
周りの理解は
必ず支えとなり力となるから
身近な人ほど
諦めずに。
2つ。
独りで考え込まないこと。
自分だけで考えず
関わる人と話し合い
一緒に考えていくこと。
自分だけでは解決できなかったことが
驚くほどスムーズに進むことがある。
たまには
助けを求めたっていい。
3つ。
ハッピーな人になること。
いつも感謝を忘れず
どんなときも楽しんで
あらゆる人に
笑顔と
幸せを贈る
そんな人になること。
色んな壁を
乗り越えられるはず。
もしも壁にぶつかったら
アイデアとユーモアを添えて
また笑おう。
親愛なる自分へ。↓

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誰かを守るために
あるべき自分はどんなだろう。
その姿を考えていると
なんとなく自分が融合される
というか
統合されていく感じがする。
今まで
自分を守るために
築きあげてきた自分。
強くありたくて
全部自分で背負いたくて
独りになって
屈しない信念をもって
青い炎のような
冷たくて熱いそんな自分は
誰かを求めることはよして
誰かに何かを期待することもよして
幸せだとか
温もりだとか
安らぎだとか
なんだかんだ愛だとか
そういうものと距離をとっていた。
そうすることで
自分をより鋭くとがらせて
社会になんて負けねぇぞって
この社会でも自分らしく生きてやるぞって
反骨心をむき出しに立ち向かっていけた。
孤高を目指す自分。
これがファーストステージ。
そして今
セカンドステージへ。
自分だけじゃなく
自分の周りにいる人も
大切にしながら生きていくには。
認めなければ進めない
今まで距離を置いてきたもろもろも
ちゃんとそばに置いて
この身に馴染ませて
大事にして
青い炎の外側に
柔らかくて温かくて
優しい炎を宿したい。
これが今目指している自分。
今までの自分を
誰かのために活かして生きていくこれから。
そのために
まずはどんな自分も愛して
共に生きていこうよ
と何人もの自分に声を掛ける。
違うものは違うままに
それぞれの良さを活かせば
それが強さと優しさを持ち合わせる
新たな自分になると信じて。
きっとなれる。↓

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自分と自分の融合。
今試みていること。
同じ「自分」なんだけど
冷たく硬い自分と
温かく柔らかい自分の融合には
その温度差に霜焼けのような痛み。
まだ上手くいってないけど
それぞれを意識することで
ちょっとずつわかってきた気がする。
どう生きたいのか
何が大事なのか
それらを踏まえて
どういう自分でいたいのか
その自分になるために
何が必要なのか。
正直
独りで長い夜を越えるのは
毎晩自分との戦いだけど
日が昇る前の空の色に
毎朝独り感動するのです。
一夜一夜を刻む。↓

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まだ眠れない夜が続いている。
それは
まだ自分と決着がついていない
という証拠なのだと思う。
何を考えたらいいのか
何を乗り越えたらいいのか
どうしたら抜け出せるのか
はっきりわからないなりにも
深く潜った自分の声に耳を澄まし
冷たくとがった強固な自分をほぐし
今までと違う行動をとってみる。
そんなことを続けて
少しわかったのは
自分を信じ切れていないのだな
ということである。
素直な自分になればいいのだと
何度も意識はするけれど
本音に辿り着いた次の瞬間には
今までの自分がやってきて
早く強く引き戻す。
すごい振れ幅で右に左に揺れまくりである。
こんな自分を貫くシンの強さと
揺れを起こす怖さや不安も
どんな自分も否定せずに受け入れる勇気を
手探りで探す。
どれかを捨てたり
どれかを選んだりせず
どんな自分も愛せる包容力があれば
辿り着けるのだろうか。
きっと決着というのは
勝ち負けとかではない
もっと広くて
もっと高いところに
自分が行けたときだと思う。
もがきながらも、ステップアップ↑↑

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何年も経って
変わっていない自分もいれば
変わらざる負えなかった自分もいる。
癖はあるけどどっちも大事な自分。
ずっとそばには感じていても
ずっと遠くに置いていたものがあった。
大事だからこそ向き合うことが怖かったもの。
何日もかかりながら
何週間もかかりながら
ようやく
少しずつ
曲がりなりにも
それらをまるっと受け入れつつある
という感じです。
もう少しかかりそうですが
大事なことなので
もう少し踏ん張ります。
峠を越えた気がする。↓

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自分と向き合うというのは
命を削るような作業なのだなぁ
と思う。
大学時代
自分ととことん向き合って
どん底まで落ちて
そしたら這い上がって
今に繋がっている。
非常にギリギリのラインまで行くから
危うさはあるのだけれど
絶対負けねーぞ!って
根拠なき自信というか
意地があるから
挑戦するのだと思う。
何年も避けてきた自分の姿がある。
でも
ようやく向き合いたいと思う時が来た。
だから
覚悟を決めて
眠れない夜が来るのも承知で
向き合っている昨今です。
自分の癖はわかってる。
自分の行動も理解できる。
でも
だからって
今まで通りにしたらまた逃げてしまうから
いつもの自分と
変わろうとする自分が
おりゃー!って戦うその横で
調停役の第三の自分が
どうしたらいいものかと眺めている感じです。
こんな感じで
大抵3人ぐらいの自分と生きています。
どうしたらいいものかわからないけど
とりあえず
いつもの自分が逃げないようにと
あらゆる角度から釘を刺し
後に引けないようにと先手を打ったら
ようやくスタートラインに立てた
そんな感じです。
ここまでしても
向き合うどころか
逃げずに向き合う覚悟ができただけ。
ようやく正面に立てただけ。
こっから。↓

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「話、聞きに行ってみたい」
と言ってくれていた職場の人がいた。
私の講座の話。
「ご都合良ければ」
と案内したのが今回の人権講座
『かけがえのない「性」と「生」』です。
昨日終えました。
今回もオンラインということで
私からはどんな参加者がいるのかは見えず
参加者から見えている自分を想像しながら
自分のこと
自分のカミングアウトまでのこと
カミングアウトをしたときの周囲の反応
そして
カミングアウトをすることで気づいた
自分の中の偏見と
見えてきた現実。
そんな話をしました。
講座終了後
会場を映す画面に現れた参加者。
職場の人でした。
嬉しかった。
わざわざ足を運んでくれ
仕事の顔とはまた違う
自分の一面を知ってくれたことが。
大学時代
カミングアウトをする度に感じていた
“より近くなれた気がする”
というあの感覚が
懐かしくも温かく体に沁みる出来事でした。
身近な人やすでに顔を知っている人への
改めてのカミングアウトというのは
なんだか一味違うようです。
自分にとって
この性を語るということは
生きる上で欠かせないものとなっているのかもしれません。
かけがえのないもの。↓

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足が取れるかと思いました。
うだうだしてる自分を置き去りにするように
気まぐれに疾走してみたり
無心になれるまで
ただ走ることに集中してみたり
もう歩こうか・・・
いやここで歩くのか?
歩いたらなんか・・・
なんか負けた気がする!
と結局最後まで走って
今日も走って
だいぶスッキリした。
もんもんとした日々は
自分の気持ちの切り替えで
吹っ切れる瞬間がある。
それは会話であったり
運動であったり
旅であったり
きっかけは様々ですが
少なくとも自分の中で何かが変わった瞬間だと思います。
また一皮むけた気がする。
変わり続ける自分に置いて行かれないように
変化を喜んで迎えようと思います。
あー、なんか充実してる。↓

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オンラインでの授業は
オンラインでの授業は
終わった直後でも手ごたえというものは感じ難い。
独特の疲労感が
目と体と頭に残る。
相手に伝わっているのかと
小さな画面に映る2Dの世界から
相手の心を感じようと感覚を研ぎ澄ましながら話すから
この独特の疲労感が生まれるのだと思う。
ようやくその授業の達成感に似たものを感じるのは
後日届く感想用紙を読んだときである。
先日のオンラインでの性の授業
いや
性と生の授業と言った方がしっくりくるかな。
授業を終えたその日は
昨年もあったこの独特なオンラインの感覚を味わい
伝わったのだろうか
楽しんでもらえただろうか
と今年も頭の片隅で思っていた。
数日後に届いた分厚い封筒。
その日のうちに開封。
生徒さん直筆の
感想用紙という名のお手紙が入っていた。
一枚ずつ読み進めていくうちに
私の心が動いていくのを感じた。
中学生は多感だと言われているが
まさにそのようで
その用紙には一人ひとりの思いが綴られていて
この授業で学んだのは私の方ではないかと思った。
オンラインでは相手の顔や反応がわかりにくいのが
いいのかわるいのかときどき口が滑って
心そのままに言葉が出ていくことがある。
そんな言葉が相手の心に響くのだろうと
わかっていたけどやはりそうなのだ。
思考や感覚に年齢など関係ないと私は思う。
中学生の気づきやあがきや力強さを目でなぞりながら
全てを読み終えたころには
それは私の力となり決意となり
心は幸せいっぱいに包まれていた。
「あー生きてるなぁ・・・」
って感じである。
余韻に浸ろう。
宝物が増えた。大切にする。↑

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