全くノープランなレストア

スズキGSX-R、1985年製。
30年程前に製造された400ccのオートバイ。この初期モデルには敢えて400という文字が車体の何処にも無い。これは排気量以上の性能を・・・という意図が込められている模様。

当時、青天井だった馬力競争の中で59馬力という上限を各メーカー独自で設定した時代であり、同馬力のヤマハFZ400R(46X型)、馬力でほんの少し水をあけられたホンダCBR400Fシリーズ、少し遅れてカワサキGPZ400Rが同じく59馬力で登場した。
各メーカーが技術の粋を結集して作り上げたモデルだけに、どれも魅力的なオートバイだった。
現在の二輪車業界と違い、開発費も潤沢にあっただろう事から新たな試みが各所に見られ、勉強そっちのけでカタログや二輪専門誌を穴が開く程読んでいたもの懐かしい。
無論、休み時間の話題は”それ”ばかりで、誕生日順でクラスメイトが自動二輪免許を取得し、土曜日下校後に皆でつるんで走りに行ったものだった。

このオートバイ、というよりスズキ車というのを購入したのは原付を除き人生初。
しかし免許を取得した当日の夜に友人から拝借して一晩中走り回っていたのが、この初期型GSX-Rだった。
確か12月27日だったと記憶しているが、そんな極寒の中、軍手2枚重ねにトレーナとフライトジャケット、ジーパンのみで走る事が出来たのは、自身がかなり”アホ”なのと若さ、そしてGSX-Rの魅力に尽きるのではないでしょうか。
その後、私自身はヤマハFZ400Rを友人から購入し、このGSX-Rとはライバルになり、何度シグナルGP(死後か)したことか。

このオートバイの購入に至った理由は、先述した懐かしい思い出を取り戻そうという主旨。
BMWのR100RSもそうだが、コイツで走れば通り過ぎる風は”昭和”なのだ。
高校生だった頃、色々な可能性があっただろう頃の、自分に戻れるのではないか・・・勿論気分的なモノだけだが、それでもあの頃の自分に戻ってみたかった。
現状のメーカーにありがちな、「利潤優先的な考え」が全く無いとは言わないが、それでも各メーカー開発陣は大きな冒険が許された当時のオートバイに乗れるというのはとても贅沢であり、今後消え行く運命でしかない旧車と云われるこの手の車両は、私の様なモノ好きが大事に温めていくしかないだろう。
中古車の価格を見ていると、驚くなかれ63万円という車体も確認出来るが、私と同じ考え方の人間が数多いるという事にだろう。
夢でも見ていたのか?と思わせる様な80年代から90年代に掛けての、あの空前のオートバイブームなんてものは2度と来る事は無いと思うが、私と同様に「あの頃熱かった人」が再びこの世界に戻ってくるには、予算もパワーも丁度良い乗りモノになり得るかも知れない。
キャブレタからホンの少しガソリンのオーバーフローもあったが現在はそれも修まり、元気に廻るエンジンにご満悦。
ホンの少し近所を走ってみたが、当時あれだけレーシーに感じたポジションはとても「変」であり、そこから時代の移り変わりを伺い知る事が出来る。
微妙に垂れたハンドル、少し高くて前過ぎなステップ、フカフカのシート等々。
でもこのバランス、逆に言えば現代に於いてツーリング用途には意外に良いかも?と思えたのも不思議な感覚。
ところでこの車体、本体価格はギリギリ1ケタ代、タンク内が怪しかったので、サビ取りを施工し、安価ではあるがそれなりの出費であった。
スズキ車は比較的旧い車両の純正部品の供給状態が良いというのも選択の理由だが、ホンダのNS250Rが欲かったのが本音。でも純正部品の供給はかなりマズイ傾向にあるのと、良いタマが無かったの事でこのGSX-Rに落ち着いた。
現状、走るのに特に問題はないが、タイヤ、ドライブチェーン、エンジンオイル等の消耗品の交換と、車検の取得が当面の課題。
しかし予算も取り難いので春迄を目標に少しずつ進めていこうと考えている。
リターンするなら“危ない”現行車両よりも、この位の方が人に優しい。これから高騰の兆しなので探すなら早い方がいいだろう・・・。
忘年会ツーリング2013 伊豆下賀茂
今年も残り2週間という状況で忘年会ツーリングを開催。
毎年恒例の温泉忘年会だ。
こういった催しモノは、中年男性が大挙して温泉にバスで向かうと目的は桃色一色という事になろうか。移動アイテムとしてオートバイを使用する事で随分と違った印象になると感じているのは私だけか・・・。

自宅を出発したのはAM7:30。この日は日差しがあったのもあるが、辛うじてオートバイに乗っても良いかな?と思わせる朝。
集合時間は比較的遅めに設定しているのはいつも通り。依ってゆったりと流しながら集合場所へ向かうとする。
ところが、遅めの時間が災いし渋滞が各所で発生しており、結局ゆったり・・・という訳にはいかなかった。

時間が押し始めたので、慌てて乗った東名高速はご覧の渋滞。
世の中地味にアベノミクスとやらが効いている模様。

集合場所は箱根大観山。
しかし、AM10時を廻っているにも関わらず気温がマイナスだった為、集合して早々に出発し、伊豆スカイライン亀石PAへ移動。ここも暖かくは無い場所だが、大観山と比較するとかなり温い。
話出すと長い連中なのだが、さすがに寒いのと昼食の予約時間が迫っていた為、ここも少々で退散。なんだか駆け足になっている。

伊豆スカイラインを冷川で下車し、国士峠で湯ヶ島方面へ。
標高が下がれば下がる程、気温は上がってくる。全国的に見ても伊豆地方はやはり温暖な土地です。
湯ヶ島から西伊豆に向かうべく船原峠を越えてアクセス、そこから本日の昼食場所である宇久須へ土肥温泉経由で南下。

ここがこの日予約していた”かねじょう”。
魚の仲買をやっているマスターが、店舗内の生簀から新鮮な魚介を提供し、海鮮バーベキューを食べさせてくれる。
伊豆といえば、海鮮や蕎麦といったトコだが、せっかくの団体様なので、普通では面白く無い。

雰囲気は完全に焼肉。しかしながら高級肉に負けない程脂ののった魚介類がたらふく食べられて税込¥1575-/人はお値打ちで、人数が多い場合は普通に食べるよりも盛り上がる事請け合い。

目一杯お腹が膨らんだ一行が向かうは本日のお宿がある南伊豆町の下賀茂。予約時間に少々遅刻したものの、食事の終了はそれ程押さなかった為、余裕があるのは水先案内人としては助かります。

国道136号線を松崎まで南下し、個人的に好きな蛇石峠を最後に駆け上がって下賀茂へ。
狭小道路とタイトカーブが連続するこの峠は、非力なR100RSで走ると、非力ながらそのパワーと操舵感が存分に楽しめる。
冬は風が強い西伊豆の海沿いをタラタラ走行するくらいなら、山道の方がずっと愉しい。
そんな愉しい峠道をクリアすると程なく、本日のお宿の”かぎや”に到着。今回で都合3回目のリピート宿。

ギリギリ明るい時間に到着したので、明るい露天風呂を皆で愉しむ。
塩味がかなりキツイこの温泉に浸かると、温まるのは勿論、肌がさらさらと良い感じになります。
冷えた身体が戻ってくるこの瞬間はオートバイ乗りでないと解からない醍醐味の一つ。(相変わらず一緒が大好きな様子です)

ここをリピートする理由は、温泉は元より、この料理に尽きます。
伊豆ならではの新鮮魚介を使用した創作料理の数々・・・これら献立全てに手が込んでおり、憎い程に全てが旨い。
この画は初期段階の序章に過ぎないが、この後に汁物に焼き魚と思いきや、絶品ビーフシチュー等々バリエーションが豊富で食べてる者を飽きさせない心遣いが堪りません。さらにはデザートまでが旨いから文句の付けようがないのが、逆に不満。ただ、仲良中年なので宴会の膳の配列をもう少し近づけて欲しいというのは毎回同じ・・・。

たっぷりと宴会の膳を愉しんだ後は、再びお風呂に入って軽く部屋で飲みながら色々な話に華を咲かせた。そして日付が変わった頃にまた入浴し床に付いた。

あくる朝も比較的ゆっくりとスタート。今日も快晴の良い天気。(雨男さんがいるんですが)そして・・・。

宿を出発し、ガソリン補給と共に朝のコーヒータイム。やはりコンビニ大好きな連中。時間を忘れて話し込む・・・。

そのコンビニと隣には完璧でパーフェクトな商店が・・・。
”ないものはない”ここまで完璧に云い切る商店は全国でも数少ない。銀座の一等地に店舗を構える高島屋や三越、松屋辺りも見習うべき。
ん、いやいや”ないものは無い”つまり「無いモノはしょうがない」という意見も出たが、確かにそうだ。さすが伊豆の商店は奥が深い。
まるで良く出来た映画の様だ。どう捉えるかは本人次第と言ったトコか・・・。
ま、どうでもいい事ですが・・・。

西伊豆スカイラインを北上し、沼津ICから帰宅の途へ着く。
風は少々強いが、本当に天気が良い。テンションも上がろうというものだ。

西伊豆スカイラインのいつものパーキングにて。ここでも話出すと長い。自販機も何も無いのに大したモノだ。
ここから私がシンガリを務めていたが、いざ走り出すと私の車両のエンジンの調子が悪い。アイドリングから3000回転程度まで片排になる。キャブレタのオーバーフローかと思い確認するも特に漏れは無い。
前日にスパークプラグの交換はしているので、それが少々気になるが・・・。
以前からタンク内の汚れが少々多少出始めていたので、それがフロートバルブの通路に詰ってフロートが動かなくなった事があったので、スロー系にゴミが詰っている可能性が高いと推測。
結局、西伊豆スカイラインから沼津IC近くの昼食場所までの渋滞区間をかなり乗り難い状態での走行を強いられた。
昼食直前にガソリンを補給し、昼食を摂りながら最後の東名高速が心配だったが、それとは裏腹に昼食後の我が愛車はグズる事なくエンジン始動。
今までの乗り難さが嘘の様に頗る調子が良くなってしまった。
故障の類で原因が不明なまま直ってしまう程嫌なものは無い。
エンジンを暫く停止した後、何かの拍子で詰っていたモノが取れた可能性が高そう。
その後東名高速中井PAにてコーヒーで最後の休息。ここでも盛り上がってしまい、出発する頃にはすっかり暗くなっていた。
流れ解散後、東名横浜町田IC迄無事に辿り着く事ができた。勿論そのまま自宅まで何の問題も無く走破。

帰宅後すぐにフロート室を外してみる。画像では殆ど確認出来ない程の、小さなゴミが底に溜っていた。この線が濃厚かどうかは不明だが、取り敢えず燃料経路にフィルターの追加は必須。

2013年も皆さんのおかげで、無事無事故無違反にて終了する事が出来ました。たまにシンガリを走る事がありますが、この連中は全員が全員巧いと思いました。今更ですが。
先頭より最後尾の方が付いて行くのが大変なのは、今回改めて実感した次第。私のペースに付いて来れるという事は、皆さん私より確実に巧いという事に他なりません。
年齢という問題が今後発生してくるかと思いますが、そうなったらそうなったでそこのペースに落ち着いて行けば良い事だと思ってます。
また来年もそれなりの企画を立てていきたいと思っておりますので、安全第一で愉しみましょう。
参加された方、大変お疲れ様でした。
