誰にも分かってもらえない…繊細な子の親が受けている“見えない傷” | 「安心」と「共感」がひらく、子どものこころの扉

「安心」と「共感」がひらく、子どものこころの扉

ポリヴェーガル理論をもとにした神経の仕組みから考える不登校支援の新しいアプローチ
心理的安全性を土台にした対話(NVC/共感的コミュニケーション)による子どもとのつながりのヒントをお伝えしています。

 

前回の記事に、たくさんのご感想をいただきました。

 

 

「まるで自分のことを書かれているようで、胸に突き刺さりました。先日もママ友から『親が甘やかしすぎだからずっと学校行けないんじゃない?うちは子どもが休みたいと言っても、簡単に学校休ませたりしないよ』と言われて、その場で泣きそうになるのを必死でこらえました。悪気がないのは分かっているけれど、ああいう言葉は本当に傷つきます。」

 


 

「先生に『学校では全然問題ないんですけどね』『お母さんが不安になりすぎなんじゃないですか』と言われて、“じゃあ朝の大泣きは?”“帰ってからの崩れ方は?”頭の中でたくさん言葉が浮かんだけど、言っても分かってもらえないと思って、結局何も言えませんでした。 帰り道、ずっと胸がぎゅっとして“私の感じていることって、そんなに大げさなのかな”って、分からなくなりました。先生と話した日の夜は『学校ではちゃんとやるんだったら、やっぱり自分の育て方が悪いせいなのか』と自分責めが止まらなくなります。」

 

 


「相談したくて勇気を出して話したのに『考えすぎだよ』 『そのうち行くようになるよ』  『みんな同じような時期あるよ』 ってママ友に軽く言われて、その場では『そうかな』って返したけど、帰ってから“私が神経質なだけなのかな”“この子の困りごとは本当にあるのかな”って、ぐるぐる止まらなくなりました。この子の毎日の大変さも、私の積み重ねてきたしんどさも、全部ひとまとめにされた気がしました。励ましのつもりなのは分かるけど、心は置き去りになった感じでした。 」

 

 

 

 

そういう言葉をかけられたとき、
本当にしんどいですよね。

 

 

頭では
「悪気はないんだろうな」
「励ましてくれているのかもしれない」
って分かっていても、

心はちゃんと傷ついてしまう。

 

 

勇気を出して打ち明けたのに、
軽く流されたように感じたり、
分かってもらえなかった
ように感じたりして、

帰り道や夜ひとりになったときに、
じわっと涙が出てくることもあります。

 

 

そしていつの間にか、

「私が大げさなのかな」
「この子の困りごとは本当にあるのかな」

そんなふうに、
自分の感覚まで疑い始めてしまう。。。

 

 

 

 

最近、
「マイクロアグレッション」
という言葉を耳にすることが
増えてきました。

 

 

マイクロアグレッションとは、
日常の中で何気なく投げかけられる、
さりげない言葉や態度によって、
相手を傷つけたり、
否定したりしてしまう
関わり
のことです。

 

 

 

「攻撃(アグレッション)」といっても、
怒鳴ったり責めたりするような
分かりやすいものではなくて、

 

・本人は悪気がない
・むしろ励ましているつもり
・普通の会話のつもり

 

というケースがほとんど。

 

 

だからこそ見えにくく、
でも受け取る側の心には、
確実に小さな傷が残ります。

 

 

そのマイクロアグレッション
の中のひとつに、
「マイクロインバリデーション」
という概念があります。

 

 

これは、

相手の感情や体験、
感じ取っている現実を
「否定する」
「軽く扱う」
「なかったことにする」

そんな無意識の関わりのこと。

 

 

たとえば…

 

「そんなに気にすることじゃないよ」
「考えすぎじゃない?」
→ 感情の無効化

 

 

「誰でも大変だよ」
「それくらい普通」
→ 経験の一般化・否定

 

 

 

こうした言葉は
一見やさしそうですが、
その人が感じている
苦しさや現実を、
そっと消してしまいます。

 

 

一回一回は小さくても、
これが積み重なると、
自己否定や孤立感に
つながっていきます。

 

 

特に、繊細な子を
育てている親は、
とても影響を受けやすいです。

 

 

なぜなら、
繊細な特性は

 

・外から見えにくい
・家庭で強く出やすい
・数値や診断に乗りにくい

 

という特徴があるから。

 

 

だから本当は、
一番そばにいる親の
「感覚」がいちばん正確なのに、
そこが軽く扱われやすいんです。

 

 

「気にしすぎだよ」
という言葉は
一見やさしそうですが、

あなたが見てきた事実
子どもの繊細さという特性
毎日の積み重ねで
感じている違和感

それら全部を
「あなたの受け取り方の問題」に
すり替えてしまう言葉でもあります。

 

 

 

結果として、

「私がおかしいのかな」
「この子の困りごとは本当にあるのかな」

と、親自身が揺らいでしまう。。。

 

 

そして

相談する勇気がくじかれる
次から黙るようになる
支援につながるタイミングが遅れる

 

 

これは、
親にとっても子どもにとっても、
とても大きな損失です。

 

 

はっきりお伝えしますね。

繊細な特性を持つ子は、
「気にしすぎな親」によって
見つけられるんじゃありません。

 

 

よく見て、
よく感じている親によって
守られています。

 

 

あなたの違和感は、
子どもをちゃんと見ている
たしかな証拠です。

 

 

もし余裕があれば、
自分を守るために
こんな返し方もあります。

 

 

「私の感じ方も、一つの情報として聞いてもらえると助かります」
「家ではこういう困りごとが実際にあって」
「心配だから、早めに相談しておきたくて」

 

 

相手を論破しなくていい。
でも、自分の感覚も
決して下げなくていい。

 

 

あなたが感じている
その「引っかかり」は、
ちゃんと意味があることを
信頼してあげてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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