苦しかった頃の自分がほしかったもの | 「安心」と「共感」がひらく、子どものこころの扉

「安心」と「共感」がひらく、子どものこころの扉

共感的コミュニケーション(NVC)×神経の仕組み(ポリヴェーガル理論)で、
関わりの迷い・イライラ・すれ違いを減らし、親子関係が自然と整うヒントが詰まっています

娘が3月に保育園を卒園するのですが

この時期になると、最後の保育参観や、卒園文集の依頼や、

謝恩会の計画などの話がどんどん出てきて

いよいよ卒園なんだなあと感じるようになってきました。

上の写真は最後の保育参観の時の写真ですが
子どもたちのみずみずしさや
明るさや真剣な眼差しに
生きている喜びやパワーをたくさん感じて
涙涙涙の感動の時間でした。


先日卒園に寄せる文集を書いていて

保育園時代を振り返ってみると

娘がもっと小さくて保育園に入園したころは

私は本当にありとあらゆることを心配していたなあ

ということを思い出しました。

 

離乳食をよく食べないと言っては悩み…

かんしゃくが他の子よりひどいんじゃないかと悩み…

オムツがなかなかはずれないと悩み…

育児雑誌と自分の子の成長を比べては落ち込み…

保育園に預けて寂しい思いをしないかと悩み…

 

今思うとなんでそんなにいちいち悩めるんだと思うくらい

とにかく悩みまくっていました。

 

保育園に入る前は、

家で子どもと二人で向き合っているのが辛かったので

よく地域の子育て支援センターにも出かけていました。

 

悩みだらけの私は、

そこにいる保健師さんや先生などに

しょっちゅう悩みを相談してみるのですが

「なんとかなるわよ!元気出して!」なんて
励まされたりするだけで

悩みは全く解消せず、

逆に余計にストレスがたまり疲れて帰ってくる

ということもよくありました。

 

他のお母さんたちとも

表面上の当たり障りのない話題ばかりで

腹を割った本音の話ができず

心の中の子育ての苦しさを吐き出したくても

どこにも誰にも吐き出せなくて

ストレスはたまる一方でした。

 

他のママたちはみんな楽しそうにおしゃれして

子育てしているように見えて、

とてもうらやましかったし、

私だけがうまく子育てができずに

いつも落ち込んでばかりいるダメなママだと

自分を責めていました。

 

今振り返ってみると、

当時の私が求めていたものは

自分の本当の心の中の気持ちを正直に吐き出せる場所
でした。

そして、その本音に対して、

判断したり批判したりアドバイスするのではなく

私の苦しい感情をありのまま受け入れて共感してくれる人

心から求めていました。

でもそんな場所や人にはなかなか出会えませんでした。

 

情報があふれかえっている中で子育てしている

現代のママたちは

もう知識や情報はたくさんあると思うんです。

 

それよりもなによりも

当時の私が求めていたのは

子育てしているときに湧いてくる

わけのわからない自分の感情の苦しさや

得体のしれない生きづらさを

吐き出したい

誰かに聞いてほしい

わかってほしい

共感してほしい

楽になりたい

安心したい

そんな思いでした。

 

子育てしている中で湧き上がってくる

イライラには理由があります。

 

それは、私たちがこれまでの人生の中で

頑張ってきたことや

我慢してきたことを

子どもが示してくれるから。

 

本当の原因に気付いたとき

苦しい子育てが

幸せな楽しいものに変わっていきます。

 

私は、自分が子育てしてきた中でずっと感じてきた

「こんな人に気軽に相談ができたらいいな」という人に

自分自身がそう在りたいなと感じています。

そして、

「こんな場所があったらいいな」と感じていた場所も

今年は作っていけたらいいなと思っています。