遊びに行こうという誘いを振り切って、俺は一人帰途についた。カラオケやゲーセンで騒ぐ気分にはなれない。春樹は例によって、高橋に誘われて別行動だ。彼は彼女に何て答えたのか分からないけれど、彼女は強引に春樹の世界に割り込んでくる。


そんな風に迫られて、春樹も断り切れずに押し切られるまま高橋に付き合わされている。

――まぁそういうのもアリかもな、と思った。


高橋は積極的だし、恋愛面でもイニシアチブをとるだろう。

春樹さえ嫌だと拒まなければ、このまま恋愛関係に縺れ込んでしまうかもしれない。


「俺も恋人欲しいなー。・・・・・・付き合いやすくて、一緒にいると楽しくて、気ィ遣わなくていい・・・」


そんな難しい注文じゃないだろうと思いながら、独り言ちる。

昨日の大学生には “好みが難しいそう” だの “人見知りする” だのと痛い所を突かれてしまったが、それほどうるさい事を言うつもりはない。


例えば――どんな子がいいかなぁと考えたら、何故か頭にポンッと春樹の顔が浮かんだ。


「・・・・・・何で春樹が出て来るんだ?付き合うのは、可愛い女の子・・・」


俺の好きなタイプってどんなんだっけ、と考えてみる。

自分の好きなタイプなのに、何故か思い浮かばない。

この前まで好きだった女子ってどんな子だったっけ・・・・


突然、パッパー!と車のクラクションを鳴らされて、俺はその場で飛び上がった。

何だろうとキョトキョトしていると、スーッと一台の車が横付けされて、助手席のドアが開かれる。


「やあ」


覗いた顔に、あっと声を上げた。


「羽柴 梓・・・だったかな」


「芳久さん!」


「乗る?送ってくよ」


もう二度と会う事もないかも、と思っていたのに、凄い偶然だと驚きながらも、俺はするりと助手席に滑り込んだ。


「嬉しいなー。これ、芳久さんの車?」


「いや、借り物」


簡潔に答えて、家は何処だと訊かれる。


「あー・・・・・・家は、もうそこ。次の角曲がってすぐ。車に乗せてもらうまでもなかったんだよなー・・・・・・ちぇ・・・」


つまんないの、と舌打ちする。


「軽く転がすか」


「本当?」


「何処行きたい?」


ニコリともしないけれど、彼が気も進まないのに社交辞令で言っている訳ではないと、何となく分かる。ここで遠慮するのは、かえって失礼だろう。


「じゃあ、レインボーブリッジ渡りたい!」


「レインボーブリッジ~~?あんなとこ行きたいの?ついでに、観覧車乗りたいとか言わないよね」


「あ、乗りてぇ」


言った途端、彼はうんざりした顔つきになった。


「芳久さん、観覧車嫌い?もしかして高い所苦手とか?」


そんなんじゃない、と彼は嘯く。


「・・・まるっきりデートスポットじゃないか」


「いいじゃん。下見、下見。芳久さんは何度も行った事あるかもしれねーけどさー」


彼は特に否定もせず、ちらりと俺を一瞥した。


「下見ね。誰かとデートする予定?」


「・・・・・・そのうちね」


「アテはあるの?」


容赦なく訊かれるのに、「ねーよ」 と唇を尖らせる。

芳久はフフンと鼻先で笑った。


「何だよ。俺だってその気になれば、女の一人や二人・・・――どうやったら出来んのかなー、彼女」


「おいおい、弱気だね」


好きな子とか気になる子はいないのか、という問い掛けに頭を抱える。


「分かんねー。今まで後輩とばっかり連んでたからさ。っていうか、向こうがしつこく俺に付き纏って来てるって感じなんだけど。それ以外は、何かどうでもいい感じで・・・」


「じゃあ、その後輩と付き合えばいい」


彼のその発言に俺の笑顔が引き攣った。


「あ、あのさ、芳久さん。俺の後輩って男。言わなかったっけ?」


「男だと何か問題あるの?」


さらりと訊き返されて、仰天した。


(この人、最初から分かっててそういう事言ってた訳?)


「君、頭固いな」


「か、固いとか軟らかいとか、そういう問題?だってさ、普通・・・」


「人を好きになるのに、枠を決めるのはおかしい」


当たり前のように、彼は言った。


「・・・・・・と言っても、近親相姦はマズいけど」


「キンシンソーカン~~?」


またまた驚きの言葉を吐かれて、俺はあんぐり口を開ける。


男でも問題ないと言い切ったのと違い、彼は苦い表情を浮かべている。

そんな横顔を見ていたら、まさか、とある考えが頭を過ぎった。


「・・・・・・芳久さんって、実の姉ちゃんとかお母さんを好きだったりする?」


「違う」


けんもほろろに一蹴された。


「じゃあ・・・」


「妹がいる」


「えっ、い、妹っ!?」


(実の妹を密かに愛してるとか、そういうヤツ?それってかなりヤバいんじゃ・・・)


「好きなんだ?」


「違う」


「だって・・・・・・あ、そっか。好かれてんだ!」


今度は否定されなかった。


(どうしよう。好奇心でドキドキしてきた。興味本位でこれ以上首を突っ込むのって、よくねーのかなぁ)


「君、兄弟いる?」


「ううん、一人っ子」


じゃあ分からないかもな、と彼は呟く。


「腹減ってない?」


唐突に彼が訊く。


「減ってる」


「じゃあ何か食う?」


「・・・・・・でも、俺あんまり金持ってないから」


「バカ」


年下相手に割り勘なんてせこい真似すると思うのか、と彼は言った。


「えっ、奢り?ラッキー」


「その代わり、ファミレスな」


言うなり彼は、目に付いたファミレスの駐車場へと入っていく。

強引だけど、心地いい。何年かすれば、春樹もこんな風になるんだろうか。

その時、俺はどうなってるんだろう。俺と春樹は――。


窓際の禁煙席からは、遠くにレインボーブリッジが見えた。

ここもそれなりにいい雰囲気だ。


遠慮しなくていいからと言われて、ミックスフライを頼んだ。サラダとコーヒーも付けてもらい、ちょっと餌付けされちゃった気分だ。


昨日偶然知り合っただけなのに、こんな風に出掛けているなんて何だか不思議だ。それに、まだたった二回なのに、もう何回も会って話しているように感じるのも。


「あのさー・・・・・・さっきの話だけど、妹に想われるのって、ヤバくない?迫られたらついフラフラッと・・・」


「なる訳ないだろう」


それもそうかと考えて、妹の方はどういう気持ちなんだろうとふと思う。


「一緒にいるから良くないんだろうと、大学入学を機に家を出た。でも、駄目だね。アパートまで押しかけて来て、かえって良くない」


「そうなんだ」


親の目もないし、確かに大胆になっちゃうかもなーと思った。

ハッキリその気はないと言っても駄目なんだろうか?


(可愛い妹相手だと、冷たく拒絶出来ねーのかなぁ)


「勝手に合い鍵作って上がり込むし、ご飯作って待ってたり、部屋掃除して人のもの勝手に捨てたりしてね。・・・・・・郵便物はチェックするし、メール読んだり携帯の着信記録なんかを調べられて、流石にキレた」


「それは・・・」


キレるよな、と納得してしまう。


(それにしても凄い妹だな・・・)


「・・・・・・もしかして、留学するとか言ってたのって・・・妹から離れるため?」


当たらずといえども遠からずなのだろう。彼は僅かに顔を歪めた。


「暫く離れていれば、状況も変わるだろう」


ぼそりと呟かれた一言に、俺は何も言えなかった。そうですね、とはとても言えない。

離れれば離れる程、慕ってしまう想いというのもあるかもしれないと思うからだ。

会えない距離が、忘れる手助けをしてくれればいいけれど――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レインボーブリッジを往復してから、家の前まで送ってもらったら、もう九時近かった。

礼を言って車を降りようとすると、芳久は思い出したようにぼそりと呟く。


「君、明日暇?土曜は休みだろ?」


「休みだけど・・・?」


「車返しがてら、横浜まで行くんだけど付き合わない?」


帰りは電車になるけど、と言われて、二つ返事でOKした。


「じゃあ、家まで迎えに来るよ」


「でも・・・・・・いいの?一緒に行って」


彼は軽く頷いた。


「一人だと眠くなるからヤバいんだ」


「何それ」


「傍で君が喋ってると、目が覚める」


良く考えてみると失礼な言われようだが、嫌味っぽさは微塵も感じられなかった。

じゃあ明日、と約束して俺は車を降りた。


テールランプが見えなくなるまで見送って、家に入ろうと足を踏み出した。


今日、春樹は高橋と何処かに出掛けたんだろうか。

知りたいと思う反面やっぱり聞きたくなくて、俺はポケットから取り出した携帯電話の電源を切った。昨日のように、電話が鳴ったら困るからだ。


春樹には悪いけれど、今夜はあまり話したくない。





                                続く

授業が終わり、周囲は一斉に騒がしくなる。


「これからカラオケ行こうぜー!」


小杉の声に、俺は振り向いた。


「俺も行く」


えっ、と皆が目を丸くする。


「嘘、マジで?珍しいじゃん、羽柴が来んのって」


「・・・って事は、もしかして市原の弟も・・・?」


「あいつは来ないよ」


「あーっ、遂に女に奪られたのか」


「どっちかって言うと、俺羽柴の方が先に彼女作ると思ってたけどなぁ。お前、意外とモテるじゃん」


「駄目駄目、羽柴みたいなタイプは敬遠されるんだよ。独り占めには向かない“皆のアイドル”タイプ」


「そーそー、女より可愛い男彼氏にするなんて嫌じゃん」


皆ゲラゲラ笑いながら、早く行こうと俺を急かす。


「じゃあ、あぶれちゃった羽柴を俺らが慰めてやるから、。思いきり騒ごうぜ」


それもいいやと俺は愛想よく笑い返して、彼らと連れ立って教室を出る。


「梓」


直ぐに聞き慣れた声がして振り返ると、案の定春樹が立っていた。

その後ろには高橋もいる。


「悪い、今日は一緒に帰れねーや」


俺は早口で言って、春樹の顔を見ずに踵を返した。


俺がああ言ったのは、別に高橋の為じゃない。

心の中で迷いが生じ始めてるからだ。


客観的に見て、春樹と高橋はお似合いだ。釣り合い取れてるって思う。

高橋は春樹って言う人間を理解しているし、春樹自身も高橋を自分のテリトリーに入れた。

だったら俺じゃなくてもいいじゃないか。


春樹の世界に高橋も入ったのなら、別に俺じゃなくても・・・。


春樹の気持ちは知ってるけれど、彼の隣に立つのはやっぱり女の子の方がいい。

男の俺なんかじゃ駄目だ。


(何だ・・・?この気持ち・・・・・・)


胸が苦しくて、チクチクと痛むこの感情は。


「羽柴?どうした?何か顔色悪いぞ?」


「ちょっと、気分が悪いだけ」


「大丈夫か?カラオケ行くのやめるか?」


「もう大丈夫だから、行こーぜ」


そのうちこの気持ちも晴れるだろうと、俺は歩みを進めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


歌って踊ってはしゃいで騒ぎ捲くったけど、そうしている間も頭の何処かが冷めていた。

楽しいんだけど、何だか物足りない。

春樹はこういう騒がしい場所があんまり好きじゃないから、俺と一緒でという事で誘われても殆ど断っていた。


無理をしていた訳ではなく、ただ俺にとってクラスの友人達よりも、春樹の方が優先順位が上だったんだ。


(あ・・・れ?何で俺・・・・・)


いつから春樹の方を優先するようになったのだろう。


分からない・・・・・・


どんどん心が冷えてきて空しくなってきたので、俺は途中でカラオケボックスを抜け出した。

籠った空気とやけにデカい音量のせいか、ちょっと頭が痛かった。


夕飯の買い物客で賑わっている商店街を通り抜けようとして、俺は何となく足を止めた。車道を挟んで向こう側にあるスーパーの前で、幼稚園ぐらいの女の子が一人うろうろしている。母親とはぐれたんだろうかと気になって、立ち去り難くなってきた。


ちょっとだけ、と様子を見ていると、少女はバタバタと店の前を走り回り、少し離れた位置で立ち話をしていた母親らしき女性にじゃれついた。


「・・・何だ」


迷子じゃなかったのだとホッとして、そのまま通り過ぎようとして・・・・・・。


少女はまた走り出した。前も見ずにちょこまかと駆けて―― 一人の男にぶつかって、勢いよく尻餅をついた。背の高い、まだ若い男だ。服装からすると、大学生だろうか?


彼は慌てて少女を起こそうと、身体を屈めた。その瞬間、少女は大声で泣き喚いた。


「おいおい・・・」


勝手にぶつかって転んで、あんな風に泣かれたのでは誤解されるんじゃないか?と思っていたら、案の定母親らしき女は血相を変えて飛んで来た。


俺には関係のない話だと思う。俺は行きずりの通行人に過ぎないし、ここで口を挟むのは余計なお節介でしかないだろう。だけど・・・・・・何だかほっとけなかった。

大学生の男が、まるで春樹のように見えたのだ。

このままほっといたら、きっと彼はあの母親に責め立てられるに違いない。


俺は慌てて道を横断し、スーパーの前に近付く。案の定、歩道に辿りつく前から少女の母親の金切り声が聞こえてきた。


「こんな小さい子を突き飛ばして泣かせて、何が面白いんですか!恥ずかしいと思わないんですかっ」


やっぱり思った通りだと、さりげなく男の横顔を見ると、呆れたような表情を浮かべながら何処か諦めた様子で。

そんな顔つきが、なおさら春樹を連想させる。


「怪我してたらどうするんですっ。警察に・・・」


「おばさん、その人何にもしてないよ」


俺は声を張り上げた。

母親はギッと俺を睨みつけ、男はキョトンとこちらを見る。少女は地べたに座り込んだまま、まだ泣いている。


「おばさんさー、喋るのに忙しくて自分の子供ちゃんと見てなかったろ。だから、事情が分かってねーんだよ。その子、こんな狭いとこで走り回ってたんだよ。そんで、この人に勝手にぶつかってひっくり返っただけ。こんだけ体格差があるんだ、弾き飛ばされて当たり前。でも、この人には責任ねーだろ?」


「な、何、あなた・・・」


「俺、あっちの歩道でずっと見てたんだよ。子供がウロウロしてて危ないなーって。親は何してんだろうなってさ。こういう混雑したとこでは、ちっちゃい子から目ェ離さねー方がいいんじゃないの?」


母親の顔がカーッと赤くなった。怒りのせいなのか、羞恥のせいなのか。


「あなた、何なのよっ。と、突然、そんな・・・・・・アミちゃんっ、立ちなさない!行くわよ!」


いつの間にか泣きやんでいた子供の手を引っ張って立たせ、母親はそのまま背を向けて立ち去ろうとする。


「ちょっと、この人に謝っていきなよ。誤解してすみませんってさ。無実の罪で責めといて知らん顔かよ?それに子供の方も、“ぶつかってゴメンナサイ” だろ?」


呼びかけたが、答えはなかった。彼女はもう振り向きもせずに、凄いスピードで歩いて行ってしまう。


「・・・・・・最悪だな」


ふうと息をついて、俺もくるりと踵を返そうとした。


「わざわざ、悪かったね」


ぼそりと声を掛けられた。ありがとう、と言われて、俺は男を見上げる。


「・・・いや、お節介で余計な口出して・・・」


「助かったよ」


無表情に、抑揚のない声が告げる。そのぶっきらぼうさが、また春樹を思い出させて俺は苦笑する。


「何で・・・」


「うん?」


「何で言い訳しなかった訳?俺は何もしてない、この子供が勝手にぶつかって来たんだってさ」


男は、ボリボリと頭を掻いた。


「ああいう母親は、人の話なんか聞かないだろう。一々言い返すのも面倒臭かった。言うだけ言ったら満足して帰るだろうしね」


俺は噴き出した。

やっぱり、似てるかもしれない。きっと春樹なら、同じ事を言うだろう。

不意に彼は背を向けて、傍の自動販売機にコインを入れる。そうして缶コーヒーを二本買うと、一本を俺に差し出した。


「・・・・・・ありがとう」


礼のつもりなのかなと思いながら、それを受け取る。


「ねえ」


このまま彼が背を向けるのに、俺は何となく呼び止めた。


「こっちに公園、あるよ」


彼は立ち止ったままじいっと俺を眺めて、それからゆっくりと足を踏み出した。俺が指差した方向に。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


特に何を話すでもなく、誰もいないブランコに隣り合って座り、それぞれ缶コーヒーに口を付けた。


初めて会ったような気がしないのは、やっぱり雰囲気が春樹に似ているからなのかな。

彼は彼で、俺の事を変なガキだと思っているだろうか。


「君、その制服・・・東高?」


当てられて、そうだけど、と口籠る。


「何年?」


「二年」


ふーん、と彼は頷いた。


「もしかして、卒業生?」


「そう」


「じゃあ、先輩じゃん。・・・えーと・・・・・・俺、羽柴 梓、・・・です」


名前を訊こうとして、まずこういう時は自分から名乗るべきだよな、と口にする。


「一昨年卒業したんだ。俺は、高橋芳久(よしひさ)」


「高橋・・・?」


あまり聞きたくない名前を告げられて、思わず訊き返す。


「じゃあ入れ違いなんだ。名前で呼んでいい?芳久さんは大学生?」


彼はちょっと面喰ったような顔つきになった。確かに、初対面なのに馴れ馴れしいかも。

でも、“高橋さん” とは呼びたくないのだ。


「H大学二年」


「すげー、ストレートじゃん」


「もうすぐ休学するけどね」


何で、と訊くと、あっさり 「留学する」 と言われた。

頭のいい所まで、春樹に似てる。


「君、物怖じしないね」


不意に、彼はそう言った。


「え?」


「怖くないの?俺、結構怖がられるんだよ。仏頂面だし、子供にもさっきみたいに大抵泣かれる」


思わず笑ってしまった。


「だって、俺、慣れてるし」


隠すほどの事でもないから、正直に打ち明ける。


「俺の後輩が芳久さんみたいなタイプなんだ。本当は優しいのに――たまに生意気なんだけど――見た目で周囲から誤解されがちなんだ。そのせいで俺以外に友達作んなかったんだけどさ」


「過去形?」


鋭い切り返しに一瞬面喰い、俺はコーヒーの缶をゴミ箱に投げ入れて、勢いよくブランコを漕いだ。キィッと軋むような音がして、風がふわりと頬を撫でる。


「そー、過去形。そいつに、彼女が出来た」


「置いてけぼり?」


「うーん・・・・・・」


そうかも、と呟く。


「俺もさっさと彼女作っちゃえば、問題ねーのかなぁ」


「水を差すようで悪いけど、君みたいに一見人懐っこく見える人ほど、実は人見知りするんじゃないの?好みも難しいだろう」


低いボソボソした声が、またまた鋭い所を突いてくる。

答えに窮していると、彼は不意に立ち上がった。


「じゃあね。早く帰るんだよ」


それだけ言って、振り向きもせずに彼はさっさと歩き出した。


「あ、ちょっと・・・」


慌てたけれど、ブランコは急に止まらない。

大きく揺れているのを、地面にザーッと足を擦って止め、飛び降りる。

咄嗟に彼の後を追いかけようとして――追いかけてどうするんだ?と思い直してやめた。


名乗り合ったとはいえ、知らない大学生だ。

ちょっとだけ春樹に雰囲気が似てて、興味を引かれた。それだけだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


家に帰って、部屋の電気を点けるなり携帯電話が鳴った。表示画面に、春樹の名前が記されている。


「もしもし?」


受信しながら、ベッドに仰向けに倒れ込む。


『何処に行ってた』


不機嫌さが電話越しから伝わってくる。

それは自分よりも優先しなきゃいけなかった事なのかって、軽く俺を責めているようにも聞こえる。


「カラオケ行って・・・」


一瞬言おうかどうしようか迷って、結局芳久の事は言わなかった。

言うほどの事でもないと思った。

大体、春樹に似たタイプの男を見付けて、公園で喋ってたなんて、何か変じゃん。


初対面の人間相手に、愚痴なんか零してさ。

春樹と一緒にいられないのが寂しかったんじゃないかと思われるのは、格好悪い。


「そんな事より、高橋どうした?帰り一緒だったんだろ?」


ごく普通に、後輩の恋の行方が気になる風を装って訊いてみる。

本当は――興味はあるけど、そんなに聞きたいほどでもない。

聞かなくても目を瞑れば、誇らしげな高橋の顔が浮かんでくるほどなのだ。


『駅までな』


素っ気なく、春樹は答えた。


「どっか寄り道しなかったのかよ」


『別に』


「高橋に告られなかったのか?」


告られた、と彼はつまらなそうに言った。


「じゃあ・・・――どうするんだ?付き合う事にした?」


電話越しに、彼は黙り込む。

言っちゃいけない事だって分かってるけど、つい口にしてしまう。


どうするんだ?と訊いてみて、何だか俺まで分からなくなってきた。


(俺は、春樹に高橋と付き合って欲しいのか?それとも、彼女をフッて欲しいのか?)


春樹はきっと真剣に考えて、答えを出すのだろう。

それはいい事だと思うのに、何故か俺の心にはモヤモヤと蟠っているものがった。


それが――つまらない子供染みた独占欲だって事は、ちゃんと分かってる。

翌日、教室内は騒然としていた。

皆窓際に集まって不思議そうに眼下を見ていたので、俺も気になって眼下を見下ろすと、中庭のベンチに春樹と高橋が二人一緒に座っていた。


「なぁ、どうなってんの、あれ」


まるでツチノコでも発見したような顔をして、何人かの男子が俺に訊きに来る。


「・・・・・・どうなってんのって、見たまんまだろ」


俺はさらりと答える。


正直言って、俺だって訳が分からない。

今日は妙に春樹の姿が見えないと思っていたけれど、原因は高橋か。


二年の教室は二階で、ここからでは二人が何を話しているのかまでは分からない。


「何か、異様じゃねぇ?」


「そうそう、さっきからあの女・・・・・・一年の高橋だっけ?一人で喋って一人で笑ってるぜ」


「そうか?春樹も時々頷いてるし、楽しそうだけど」


俺の言葉に、皆は首を傾げた。

唯一頷いたのは、春樹の兄である市原だけだ。


「分かんねー・・・」


「っていうより、俺は市原の弟が羽柴以外の人間と一緒にいるっていう構図が驚きだな」


「そうだよな。あいつ、よくビビんねーよな。俺、市原の弟にギロッと睨まれるとチビりそーになるもんよ。一年のクセに妙に迫力あるし」


みんな口々に、勝手な事を言う。


「春樹は睨んだりしてねーよ。元々そういう目つきなんだ。何にもしてねーのに、何で皆そんなにビビるんだよ。春樹に対してそれは失礼だろ」


うんうんと、市原も力強く頷く。


「分かってるよ。怒んなよ~」


まあまあ、と連中は俺を宥めにかかった。

頭やら肩やらを撫でられて、俺はフーッと毛を逆立てる。


「羽柴ってば、馴れてねー野良猫みてぇ。らしくねーぞ、愛想だけが取り柄なんだからさ」


「愛想だけで悪かったな!」


「悪かねーよ、羽柴はそうでなくちゃ」


わやわやと弄くり回されていたら、眼下にいた春樹と目が合った。

ジッと俺を見ているのが分かる。それに気付いたらしい高橋が、じろりと俺を一瞥した。

結構距離があるのに、その眼光の鋭さに何となく気圧されてしまう。


と、その時予鈴が鳴った。


春樹と高橋は立ち上がると、一言二言言葉を交わしてから校舎の中に消えて行った。


俺の目には、春樹は高橋を自分のテリトリーに入れたように見えた。

俺と同じ場所に、俺以外の人間が初めて立ったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


授業を半分上の空で過ごして、昼休み開始のチャイムが鳴るなり俺は席を立つ。


「羽柴?」


慌ただしく廊下に飛び出そうとした俺を、市原が呼び止める。


「春の事、待ってなくていいの?」


「いいの、いいの。今日は一人で食べるって言ってあるから」


そんな事一言も言ってない。

適当な事を言って、春樹が来る前に教室を出る。


購買部までの道程を猛ダッシュし、何とか調理パンをゲットした。


(どうしよう)


このパンを持って、教室には戻らずに何処かに行ってしまおうか?

今頃春樹は俺が戻るのを待っているかもしれないが、その傍には高橋がいる様な気がしてならない。

そう考えると、ちょっと足が重くなる。


だって、三人で食事だなんて・・・・・・何となく気が進まない。


(俺って心が狭いのかなぁ。そんな事ないよな?こういう場合、気を利かせてあげなきゃいけない訳だし)


でもそれは春樹にとっては余計な事で、俺が気を遣ってるって知ったら傷付くかもしれない。

だって、あいつが好きなのは俺なんだから。


そんな事を考えながら、ノロノロと歩いていたら、廊下の曲がり角からふらりと誰かが姿を現した。ギョッとして立ち止まると、目の前にいたのは、春樹といるとばかり思っていた高橋だった。


「・・・・・・お前・・・」


「ちょっといいですか?」


真っ直ぐに俺を見て、彼女は言った。


「いいけど・・・?お前、春樹んとこに行くんじゃねーのか?」


何でこんな所にいるんだ?という質問を口にする前に、高橋は俺に話があるのだと言う。


「話?」


何だろうと、首を傾げた。


(だって、昨日からずっとこいつの眼中には、俺は入ってなかったじゃねーか)


「羽柴先輩、市原くんと仲がいいんですよね?」


体育館に向かう渡り廊下の途中で立ち止まり、彼女は話し始めた。

昨日と違って一方的に喋るのではなく、ちゃんと俺が答えるのを待っている。


ということは、いつも他人の話を聞いていない訳でもないんだな、と思った。


(だとすれば、昨日一方的に捲くし立てたのは何らかの意図があっての事か?)


「どちらかと言えば」


仲が悪いかと問われればそうでもないし、だからと言って凄く仲がいい訳でもないような気がする。

でも、仲はいい方なのだろう。


「市原くんって、ずっとあんな風だったんですか?」


「あんな・・・?」


「市原くんの通訳っていうか・・・」


ああ、と俺は曖昧に肩を竦める。


「春樹、人嫌いなとこあるから」


「だから、羽柴先輩が間に入って取り持ってあげたりしてるんですか?」


「そんなとこかな」


彼女は難しい顔をして黙り込んだ。


「それがどうしたんだ?」


「羽柴先輩は、それって市原くんの為だと思ってやってるんですか?」


高橋の口調は、少し非難めいた響きを帯びている。


「そうじゃないですよね?そんな事続けてたら、市原くん駄目になっちゃうと思いませんか?分かってて、やってるんですか?」


「駄目にって・・・」


そんな事ぐらいもう何度も思っていたのだが、素直に認めるのは何だかちょっと嫌だった。


何故だろう?高橋の言う事はもっともなのに、頷くのが躊躇われる。


「羽柴先輩がフォローするから、市原くんの排他的なとこがどんどん増長しちゃうんですよ。そうやって、市原くんが内に籠っちゃったらどうするんですか?頭良くてもスポーツ出来ても、社会的に順応性がなかったら困るんですよ」


排他的とか順応性とか、俺が考えてない訳がないじゃないか。

そんな事言われなくても分かってるから、余計にムカつく。


「そりゃあ、この先もずーっと羽柴先輩がフォローしていくって言うんならいいですよ。四六時中傍にいて、面倒見てあげられますか?一生ですよ?出来っこないですよね?羽柴先輩だって、自分のやりたい事とかあるでしょう?それ、犠牲に出来ますか?自分の人生よりも、市原くんの事優先できますか?」


ちょっと飛躍しすぎなんじゃねーの?と俺は呆気に取られてしまう。


「だって、この先何があるか分からないんですよ!二人がずっと一緒にいられる保証なんか何処にもないんですから。羽柴先輩は市原くんの仲のいい先輩として彼を自立出来るように成長させてあげなきゃ。面倒臭くなって放り出した時に、市原くんが今の状態じゃ可哀想過ぎます。それって、羽柴先輩の所為なんですよ?羽柴先輩の責任なんですよ!」


「あのさ・・・」


やっぱりマシンガンみたいに喋り始めた彼女に、そろそろうんざりしてきた。

早く結論を言って欲しくて、俺は先を促す。


「・・・・・・で?お前、俺にどうしろって言うんだよ?」


「ちょっと距離を置いてみたらどうですか?」


高橋は俺の顔色を窺うように、上目遣いになった。


「それ・・・・・・春樹から離れろって意味?」


「完全に離れろなんて酷い事、言ってるんじゃないんですよ。ちょっとだけ・・・・・・加減して欲しいって事です。だって、今のままじゃ羽柴先輩の独占状態じゃないですか!羽柴先輩と一緒にいる限り、市原くんは他に目を向けない。きっと彼女も作らないと思います。だって、気心知れた先輩の方が楽でいいじゃないですか!そんなの・・・」


「高橋、春樹が好きなんだ?」


言った途端、バシッと二の腕あたりを叩かれた。


「ヤだ!そんなハッキリ言わないで下さいよ!」


(やっぱりか)


昨日言ってた “好きなタイプ” っていうのは、春樹を “そういう意味” で好きだって事だったのだ。

落ち着いて考えれば、訊くまでもない事なのかもしれないけれど、そうなんだろうなと頭で考えているのと、実際に本人の口から聞かされるのでは、多少ニュアンスが違ってくる。


「私、市原くんに嫌われてないですよね?先輩の目から見てどうですか?」


「・・・・・・嫌われてはいないと思うけど」


「えっ、本当ですか?よかったー!!」


高橋は満面に笑みを浮かべた。こういうところ結構可愛いんだよなー、と思う。


「春樹に告白すんの?」


彼女は珍しく口籠もり、ちょっと迷ってから頷いた。


「羽柴先輩、応援してくれますか?」


「・・・・・・うーん・・・」


「何ですか、その煮え切らない態度」


「春樹次第。こういうのって、結局は本人同士の問題だろ。俺、他人の恋愛沙汰には関わらない事にしてんの」


邪魔はしないけど協力するのもなぁと、つい素っ気なく言ってしまった。


「冷たいんですね。まあ、別にいいですけど。それじゃあ、私、市原くんとお昼食べて来ますね。羽柴先輩、お昼休みの間は独占権私に譲って下さいね」


失礼します、と彼女はスカートの裾を翻した。


「・・・・・・独占なんかしてねーっつーの」


俺はぼそりとぼやいて、その場でサンドイッチの袋を開ける。

全速力で勝ち取った人気の調理パンなのに、あまり美味しく感じられなかった。




                                       続く