翌日、教室内は騒然としていた。

皆窓際に集まって不思議そうに眼下を見ていたので、俺も気になって眼下を見下ろすと、中庭のベンチに春樹と高橋が二人一緒に座っていた。


「なぁ、どうなってんの、あれ」


まるでツチノコでも発見したような顔をして、何人かの男子が俺に訊きに来る。


「・・・・・・どうなってんのって、見たまんまだろ」


俺はさらりと答える。


正直言って、俺だって訳が分からない。

今日は妙に春樹の姿が見えないと思っていたけれど、原因は高橋か。


二年の教室は二階で、ここからでは二人が何を話しているのかまでは分からない。


「何か、異様じゃねぇ?」


「そうそう、さっきからあの女・・・・・・一年の高橋だっけ?一人で喋って一人で笑ってるぜ」


「そうか?春樹も時々頷いてるし、楽しそうだけど」


俺の言葉に、皆は首を傾げた。

唯一頷いたのは、春樹の兄である市原だけだ。


「分かんねー・・・」


「っていうより、俺は市原の弟が羽柴以外の人間と一緒にいるっていう構図が驚きだな」


「そうだよな。あいつ、よくビビんねーよな。俺、市原の弟にギロッと睨まれるとチビりそーになるもんよ。一年のクセに妙に迫力あるし」


みんな口々に、勝手な事を言う。


「春樹は睨んだりしてねーよ。元々そういう目つきなんだ。何にもしてねーのに、何で皆そんなにビビるんだよ。春樹に対してそれは失礼だろ」


うんうんと、市原も力強く頷く。


「分かってるよ。怒んなよ~」


まあまあ、と連中は俺を宥めにかかった。

頭やら肩やらを撫でられて、俺はフーッと毛を逆立てる。


「羽柴ってば、馴れてねー野良猫みてぇ。らしくねーぞ、愛想だけが取り柄なんだからさ」


「愛想だけで悪かったな!」


「悪かねーよ、羽柴はそうでなくちゃ」


わやわやと弄くり回されていたら、眼下にいた春樹と目が合った。

ジッと俺を見ているのが分かる。それに気付いたらしい高橋が、じろりと俺を一瞥した。

結構距離があるのに、その眼光の鋭さに何となく気圧されてしまう。


と、その時予鈴が鳴った。


春樹と高橋は立ち上がると、一言二言言葉を交わしてから校舎の中に消えて行った。


俺の目には、春樹は高橋を自分のテリトリーに入れたように見えた。

俺と同じ場所に、俺以外の人間が初めて立ったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


授業を半分上の空で過ごして、昼休み開始のチャイムが鳴るなり俺は席を立つ。


「羽柴?」


慌ただしく廊下に飛び出そうとした俺を、市原が呼び止める。


「春の事、待ってなくていいの?」


「いいの、いいの。今日は一人で食べるって言ってあるから」


そんな事一言も言ってない。

適当な事を言って、春樹が来る前に教室を出る。


購買部までの道程を猛ダッシュし、何とか調理パンをゲットした。


(どうしよう)


このパンを持って、教室には戻らずに何処かに行ってしまおうか?

今頃春樹は俺が戻るのを待っているかもしれないが、その傍には高橋がいる様な気がしてならない。

そう考えると、ちょっと足が重くなる。


だって、三人で食事だなんて・・・・・・何となく気が進まない。


(俺って心が狭いのかなぁ。そんな事ないよな?こういう場合、気を利かせてあげなきゃいけない訳だし)


でもそれは春樹にとっては余計な事で、俺が気を遣ってるって知ったら傷付くかもしれない。

だって、あいつが好きなのは俺なんだから。


そんな事を考えながら、ノロノロと歩いていたら、廊下の曲がり角からふらりと誰かが姿を現した。ギョッとして立ち止まると、目の前にいたのは、春樹といるとばかり思っていた高橋だった。


「・・・・・・お前・・・」


「ちょっといいですか?」


真っ直ぐに俺を見て、彼女は言った。


「いいけど・・・?お前、春樹んとこに行くんじゃねーのか?」


何でこんな所にいるんだ?という質問を口にする前に、高橋は俺に話があるのだと言う。


「話?」


何だろうと、首を傾げた。


(だって、昨日からずっとこいつの眼中には、俺は入ってなかったじゃねーか)


「羽柴先輩、市原くんと仲がいいんですよね?」


体育館に向かう渡り廊下の途中で立ち止まり、彼女は話し始めた。

昨日と違って一方的に喋るのではなく、ちゃんと俺が答えるのを待っている。


ということは、いつも他人の話を聞いていない訳でもないんだな、と思った。


(だとすれば、昨日一方的に捲くし立てたのは何らかの意図があっての事か?)


「どちらかと言えば」


仲が悪いかと問われればそうでもないし、だからと言って凄く仲がいい訳でもないような気がする。

でも、仲はいい方なのだろう。


「市原くんって、ずっとあんな風だったんですか?」


「あんな・・・?」


「市原くんの通訳っていうか・・・」


ああ、と俺は曖昧に肩を竦める。


「春樹、人嫌いなとこあるから」


「だから、羽柴先輩が間に入って取り持ってあげたりしてるんですか?」


「そんなとこかな」


彼女は難しい顔をして黙り込んだ。


「それがどうしたんだ?」


「羽柴先輩は、それって市原くんの為だと思ってやってるんですか?」


高橋の口調は、少し非難めいた響きを帯びている。


「そうじゃないですよね?そんな事続けてたら、市原くん駄目になっちゃうと思いませんか?分かってて、やってるんですか?」


「駄目にって・・・」


そんな事ぐらいもう何度も思っていたのだが、素直に認めるのは何だかちょっと嫌だった。


何故だろう?高橋の言う事はもっともなのに、頷くのが躊躇われる。


「羽柴先輩がフォローするから、市原くんの排他的なとこがどんどん増長しちゃうんですよ。そうやって、市原くんが内に籠っちゃったらどうするんですか?頭良くてもスポーツ出来ても、社会的に順応性がなかったら困るんですよ」


排他的とか順応性とか、俺が考えてない訳がないじゃないか。

そんな事言われなくても分かってるから、余計にムカつく。


「そりゃあ、この先もずーっと羽柴先輩がフォローしていくって言うんならいいですよ。四六時中傍にいて、面倒見てあげられますか?一生ですよ?出来っこないですよね?羽柴先輩だって、自分のやりたい事とかあるでしょう?それ、犠牲に出来ますか?自分の人生よりも、市原くんの事優先できますか?」


ちょっと飛躍しすぎなんじゃねーの?と俺は呆気に取られてしまう。


「だって、この先何があるか分からないんですよ!二人がずっと一緒にいられる保証なんか何処にもないんですから。羽柴先輩は市原くんの仲のいい先輩として彼を自立出来るように成長させてあげなきゃ。面倒臭くなって放り出した時に、市原くんが今の状態じゃ可哀想過ぎます。それって、羽柴先輩の所為なんですよ?羽柴先輩の責任なんですよ!」


「あのさ・・・」


やっぱりマシンガンみたいに喋り始めた彼女に、そろそろうんざりしてきた。

早く結論を言って欲しくて、俺は先を促す。


「・・・・・・で?お前、俺にどうしろって言うんだよ?」


「ちょっと距離を置いてみたらどうですか?」


高橋は俺の顔色を窺うように、上目遣いになった。


「それ・・・・・・春樹から離れろって意味?」


「完全に離れろなんて酷い事、言ってるんじゃないんですよ。ちょっとだけ・・・・・・加減して欲しいって事です。だって、今のままじゃ羽柴先輩の独占状態じゃないですか!羽柴先輩と一緒にいる限り、市原くんは他に目を向けない。きっと彼女も作らないと思います。だって、気心知れた先輩の方が楽でいいじゃないですか!そんなの・・・」


「高橋、春樹が好きなんだ?」


言った途端、バシッと二の腕あたりを叩かれた。


「ヤだ!そんなハッキリ言わないで下さいよ!」


(やっぱりか)


昨日言ってた “好きなタイプ” っていうのは、春樹を “そういう意味” で好きだって事だったのだ。

落ち着いて考えれば、訊くまでもない事なのかもしれないけれど、そうなんだろうなと頭で考えているのと、実際に本人の口から聞かされるのでは、多少ニュアンスが違ってくる。


「私、市原くんに嫌われてないですよね?先輩の目から見てどうですか?」


「・・・・・・嫌われてはいないと思うけど」


「えっ、本当ですか?よかったー!!」


高橋は満面に笑みを浮かべた。こういうところ結構可愛いんだよなー、と思う。


「春樹に告白すんの?」


彼女は珍しく口籠もり、ちょっと迷ってから頷いた。


「羽柴先輩、応援してくれますか?」


「・・・・・・うーん・・・」


「何ですか、その煮え切らない態度」


「春樹次第。こういうのって、結局は本人同士の問題だろ。俺、他人の恋愛沙汰には関わらない事にしてんの」


邪魔はしないけど協力するのもなぁと、つい素っ気なく言ってしまった。


「冷たいんですね。まあ、別にいいですけど。それじゃあ、私、市原くんとお昼食べて来ますね。羽柴先輩、お昼休みの間は独占権私に譲って下さいね」


失礼します、と彼女はスカートの裾を翻した。


「・・・・・・独占なんかしてねーっつーの」


俺はぼそりとぼやいて、その場でサンドイッチの袋を開ける。

全速力で勝ち取った人気の調理パンなのに、あまり美味しく感じられなかった。




                                       続く