遊びに行こうという誘いを振り切って、俺は一人帰途についた。カラオケやゲーセンで騒ぐ気分にはなれない。春樹は例によって、高橋に誘われて別行動だ。彼は彼女に何て答えたのか分からないけれど、彼女は強引に春樹の世界に割り込んでくる。
そんな風に迫られて、春樹も断り切れずに押し切られるまま高橋に付き合わされている。
――まぁそういうのもアリかもな、と思った。
高橋は積極的だし、恋愛面でもイニシアチブをとるだろう。
春樹さえ嫌だと拒まなければ、このまま恋愛関係に縺れ込んでしまうかもしれない。
「俺も恋人欲しいなー。・・・・・・付き合いやすくて、一緒にいると楽しくて、気ィ遣わなくていい・・・」
そんな難しい注文じゃないだろうと思いながら、独り言ちる。
昨日の大学生には “好みが難しいそう” だの “人見知りする” だのと痛い所を突かれてしまったが、それほどうるさい事を言うつもりはない。
例えば――どんな子がいいかなぁと考えたら、何故か頭にポンッと春樹の顔が浮かんだ。
「・・・・・・何で春樹が出て来るんだ?付き合うのは、可愛い女の子・・・」
俺の好きなタイプってどんなんだっけ、と考えてみる。
自分の好きなタイプなのに、何故か思い浮かばない。
この前まで好きだった女子ってどんな子だったっけ・・・・
突然、パッパー!と車のクラクションを鳴らされて、俺はその場で飛び上がった。
何だろうとキョトキョトしていると、スーッと一台の車が横付けされて、助手席のドアが開かれる。
「やあ」
覗いた顔に、あっと声を上げた。
「羽柴 梓・・・だったかな」
「芳久さん!」
「乗る?送ってくよ」
もう二度と会う事もないかも、と思っていたのに、凄い偶然だと驚きながらも、俺はするりと助手席に滑り込んだ。
「嬉しいなー。これ、芳久さんの車?」
「いや、借り物」
簡潔に答えて、家は何処だと訊かれる。
「あー・・・・・・家は、もうそこ。次の角曲がってすぐ。車に乗せてもらうまでもなかったんだよなー・・・・・・ちぇ・・・」
つまんないの、と舌打ちする。
「軽く転がすか」
「本当?」
「何処行きたい?」
ニコリともしないけれど、彼が気も進まないのに社交辞令で言っている訳ではないと、何となく分かる。ここで遠慮するのは、かえって失礼だろう。
「じゃあ、レインボーブリッジ渡りたい!」
「レインボーブリッジ~~?あんなとこ行きたいの?ついでに、観覧車乗りたいとか言わないよね」
「あ、乗りてぇ」
言った途端、彼はうんざりした顔つきになった。
「芳久さん、観覧車嫌い?もしかして高い所苦手とか?」
そんなんじゃない、と彼は嘯く。
「・・・まるっきりデートスポットじゃないか」
「いいじゃん。下見、下見。芳久さんは何度も行った事あるかもしれねーけどさー」
彼は特に否定もせず、ちらりと俺を一瞥した。
「下見ね。誰かとデートする予定?」
「・・・・・・そのうちね」
「アテはあるの?」
容赦なく訊かれるのに、「ねーよ」 と唇を尖らせる。
芳久はフフンと鼻先で笑った。
「何だよ。俺だってその気になれば、女の一人や二人・・・――どうやったら出来んのかなー、彼女」
「おいおい、弱気だね」
好きな子とか気になる子はいないのか、という問い掛けに頭を抱える。
「分かんねー。今まで後輩とばっかり連んでたからさ。っていうか、向こうがしつこく俺に付き纏って来てるって感じなんだけど。それ以外は、何かどうでもいい感じで・・・」
「じゃあ、その後輩と付き合えばいい」
彼のその発言に俺の笑顔が引き攣った。
「あ、あのさ、芳久さん。俺の後輩って男。言わなかったっけ?」
「男だと何か問題あるの?」
さらりと訊き返されて、仰天した。
(この人、最初から分かっててそういう事言ってた訳?)
「君、頭固いな」
「か、固いとか軟らかいとか、そういう問題?だってさ、普通・・・」
「人を好きになるのに、枠を決めるのはおかしい」
当たり前のように、彼は言った。
「・・・・・・と言っても、近親相姦はマズいけど」
「キンシンソーカン~~?」
またまた驚きの言葉を吐かれて、俺はあんぐり口を開ける。
男でも問題ないと言い切ったのと違い、彼は苦い表情を浮かべている。
そんな横顔を見ていたら、まさか、とある考えが頭を過ぎった。
「・・・・・・芳久さんって、実の姉ちゃんとかお母さんを好きだったりする?」
「違う」
けんもほろろに一蹴された。
「じゃあ・・・」
「妹がいる」
「えっ、い、妹っ!?」
(実の妹を密かに愛してるとか、そういうヤツ?それってかなりヤバいんじゃ・・・)
「好きなんだ?」
「違う」
「だって・・・・・・あ、そっか。好かれてんだ!」
今度は否定されなかった。
(どうしよう。好奇心でドキドキしてきた。興味本位でこれ以上首を突っ込むのって、よくねーのかなぁ)
「君、兄弟いる?」
「ううん、一人っ子」
じゃあ分からないかもな、と彼は呟く。
「腹減ってない?」
唐突に彼が訊く。
「減ってる」
「じゃあ何か食う?」
「・・・・・・でも、俺あんまり金持ってないから」
「バカ」
年下相手に割り勘なんてせこい真似すると思うのか、と彼は言った。
「えっ、奢り?ラッキー」
「その代わり、ファミレスな」
言うなり彼は、目に付いたファミレスの駐車場へと入っていく。
強引だけど、心地いい。何年かすれば、春樹もこんな風になるんだろうか。
その時、俺はどうなってるんだろう。俺と春樹は――。
窓際の禁煙席からは、遠くにレインボーブリッジが見えた。
ここもそれなりにいい雰囲気だ。
遠慮しなくていいからと言われて、ミックスフライを頼んだ。サラダとコーヒーも付けてもらい、ちょっと餌付けされちゃった気分だ。
昨日偶然知り合っただけなのに、こんな風に出掛けているなんて何だか不思議だ。それに、まだたった二回なのに、もう何回も会って話しているように感じるのも。
「あのさー・・・・・・さっきの話だけど、妹に想われるのって、ヤバくない?迫られたらついフラフラッと・・・」
「なる訳ないだろう」
それもそうかと考えて、妹の方はどういう気持ちなんだろうとふと思う。
「一緒にいるから良くないんだろうと、大学入学を機に家を出た。でも、駄目だね。アパートまで押しかけて来て、かえって良くない」
「そうなんだ」
親の目もないし、確かに大胆になっちゃうかもなーと思った。
ハッキリその気はないと言っても駄目なんだろうか?
(可愛い妹相手だと、冷たく拒絶出来ねーのかなぁ)
「勝手に合い鍵作って上がり込むし、ご飯作って待ってたり、部屋掃除して人のもの勝手に捨てたりしてね。・・・・・・郵便物はチェックするし、メール読んだり携帯の着信記録なんかを調べられて、流石にキレた」
「それは・・・」
キレるよな、と納得してしまう。
(それにしても凄い妹だな・・・)
「・・・・・・もしかして、留学するとか言ってたのって・・・妹から離れるため?」
当たらずといえども遠からずなのだろう。彼は僅かに顔を歪めた。
「暫く離れていれば、状況も変わるだろう」
ぼそりと呟かれた一言に、俺は何も言えなかった。そうですね、とはとても言えない。
離れれば離れる程、慕ってしまう想いというのもあるかもしれないと思うからだ。
会えない距離が、忘れる手助けをしてくれればいいけれど――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レインボーブリッジを往復してから、家の前まで送ってもらったら、もう九時近かった。
礼を言って車を降りようとすると、芳久は思い出したようにぼそりと呟く。
「君、明日暇?土曜は休みだろ?」
「休みだけど・・・?」
「車返しがてら、横浜まで行くんだけど付き合わない?」
帰りは電車になるけど、と言われて、二つ返事でOKした。
「じゃあ、家まで迎えに来るよ」
「でも・・・・・・いいの?一緒に行って」
彼は軽く頷いた。
「一人だと眠くなるからヤバいんだ」
「何それ」
「傍で君が喋ってると、目が覚める」
良く考えてみると失礼な言われようだが、嫌味っぽさは微塵も感じられなかった。
じゃあ明日、と約束して俺は車を降りた。
テールランプが見えなくなるまで見送って、家に入ろうと足を踏み出した。
今日、春樹は高橋と何処かに出掛けたんだろうか。
知りたいと思う反面やっぱり聞きたくなくて、俺はポケットから取り出した携帯電話の電源を切った。昨日のように、電話が鳴ったら困るからだ。
春樹には悪いけれど、今夜はあまり話したくない。
続く