モノトーンの切り絵に嵌る日々のブログです。
今日の誕生花は「銀銭花」だそうなので、そのカット。花言葉は「乙女の美しい姿」。アオイ科フヨウ属の一年草で、朝に開いた花は昼前にはしおれてしまいます。なので「朝露草(ちょうろそう)」とも呼ばれます。咲いている時間が短いので、英国では「Flower of an hour(一時間花)」。
8月の1日~7日の間は「スター・ウィーク(星空に親しむ週間)」。星空や星を見ることに親しみを感じてもらうために設けられたもの。カットは観測用ドーム型の個人用天文台。中学のとき、知り合いにおぼっちゃまがいて、その親父さんが天文学の博士号も持つぐらいのマニア。家には4、5人ほどが入れるドーム型の天文台がありました。何度か訪れたことがあるのですが、親父さんがセッティングした状態から触ってはいけないときが多く、遠巻きに見ることが多かったです。現代のように、日付と時間、座標を入力すれば、勝手にその角度に合わせてくれる時代ではなかったでしょうから仕方なかったと思います。でも何度かは親父さんがいるときに見せてもらったことがありまました。特に土星は、図鑑でみるようなカラーではなくモノクロでしたが、大気のゆらぎで、ちょっとゆらゆら揺れる土星の環は神秘的でした。
今日は「ハイタッチの日」。市民大学である「丸の内朝大学」から誕生したもので、ハイタッチを通して街や人に元気と笑顔を届けるアクションイベント。「ハイタッチ」は和製英語で、英語圏では「ハイファイブ(high-five)」と呼ばれます。カットは元気にパチンと手をあてた瞬間。気持も明るくなります。オリンピックでも盛んに眼にします。コロナ禍前までは、毎週のボーリングのリーグ戦でストライクやスペアを出した時は、 対戦相手も含めて全員とハイタッチをしてましたが、コロナで完全廃止。でも、最近は徐々に復活しつつあります。ただ、コロナの感染はまだ続いています。ご注意を。
今日のカットは、平等院 鳳凰堂の阿弥陀如来坐像のお顔(国宝)。威厳の中に優しを感じます。平安時代、末法思想が漂う 中で、憧れる極楽浄土におられる阿弥陀様を理想的に造形されたのではと思っています。生活の中で、何かミスをされたときや、人に無理な頼み事を受けたとき、「仏の顔も三度までだよ」と言うことがあります。ただ、この言葉からすれば、3度目までは「OK」と思ってしまいます。おとぎ話などでも「3つのお願い」など、3度目までは「OK」なものです。でも、正しくは「仏の顔も三度」です。この言葉は、「仏の顔も三度撫ずれば腹立つ」を略したもの。「いくら慈悲深い仏さまでも、無遠慮に、汚い手で顔を撫でられたら切れてしまう」と言うこと。つまり、どんな温厚な人でも。3度も同じようなことをされたら怒るのは当然です。つまり3度目はアウトなのです。「まで」を付けたいなら「仏の顔も二度まで」にしないと、誤解を生みます。使う場合は、2度目のときに「これが最後、仏の顔も三度」と、もう後がないことを宣言しておくのが肝心・親切(?)です。
今日は国連で制定された「国際フレンドシップ・デー」、日本では「国際友情デー」とも呼ばれます。国や文化を超えての友情が、世界平和を促進することを想起する日とされます。国連ではこの日を通して、政府や国際機関、市民社会グループが、相互理解や和解に向けた対話を促進するためのイベント開催を推奨しています。制定の背景には、世界的な貧困や暴力、人権侵害などの問題があり、人々の平和や安全、社会的調和を損なう課題や危機を解決するには、異なる言語や文化、価値観を持った人々の相互理解や和解が不可欠。そのためのもっともシンプルな方法が、友情を育むとの考えです。カットは、世界中の多くの人が手を取り合う想像の世界。果たしてこんなに多くの人がこのつなぎ方がうまくできるかわかりません。できたらいいなの空想です。
女子体操では、大会直前に女子チームの主力選手の離脱問題が起きました。選手への対処についてはいろいろな考えがありますが、此処では触れません。今日のカットは体操競技の中の平均台。競技を見ていたら一瞬で、こんな風には見えませんが、こんな体制になっていること、あらためて驚きます。点数を付ける審査員はこの状態で見えているのでしょうね。でないと採点できないでしょうから。選手の能力もさることながら、審査員も凄い動体視力と思います。選手にとっては日々の練習を、この一発で決めなけらばならない。そのプレッシャーと、恐 怖心との戦い。凄いとしか言いようがないです。健闘を期待します。
TVを見ると、オリンピック一色です。日本のメダル第一号は女子柔道の金メダルでした。暑さでげんなりする中、元気つけられます。昨日から競泳も始まっています。今日のカットは、飛び込み競技のジャンプする瞬間。オリンピックに限らず、多くの競技がある中で、勝負が決するまでの時間がわずか2秒程度と、最も短い競技と言われています。空中の技と入水時の美しさで競います。水しぶきをあげないのをノースプラッシュと呼び、高い評価に。また、全く水飛沫が上がらない入水を「リップ・クリーン・エントリー(唇を弾くような音)」といい、最高の入水方法とされます。・高飛込:10mからの高さから助走などをして飛び込む。・飛び板飛び込み:通常1mと3mの高さから、弾力性のある飛び板を使用、助走または飛び板の先端に立ってその弾力を十分に利用して跳ね上がり飛び込む。・シンクロナイズドダイビング;2~4名の選手が同時に飛び込む。活躍を期待したいです。
厳しい警備の中、オリンピックが始まりました。選手の生命をも危険にさらすと言われる暑さの中、17日間の戦いが始まります。放映権がからんで、最近はこの時期に開催されていますが、選手たちは本当に大変だと思います。今日のカットは、フェンシングで「突き」が決まった瞬間。源流は、フランスで発達した中世の騎士たちによる剣術にあるとされます。従い用語はフランス語が多いとか。「フルーレ」「エペ」「サーブル」の三種目があるそうですが、私には区別はつきません(笑)。日本選手の活躍を期待します。
820年7月26日、弘法大師が「日光山」と命名したとされたとのことで、今日は「日光の日」。元は中禅寺湖の北の「男体山」の別名の「二荒山(ふたらさん)」で 二荒山神社の奥院があります。782年に勝道上人が開山されたときは「観音菩薩が住む」とされ「補陀洛山(ふだらくさん)と呼ばれていたのが訛って「二荒山(ふたらさん)」になったと言われています。今日のカットは、日光東照宮の陽明門の「見ざる 聞かざる 言わざる」の三猿。これは「幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいい」という教え。転じて「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいい」という教えにもなっています。
今日のカットは、平等院鳳凰堂に祀られている52躯の雲中供養菩薩の中の「南10」像。左手は来迎印を結ばれていますが、右手がなんとも不思議なポーズです。この群像は基本、合掌するなどして祈るか、楽器を奏ずるか、踊るかのどれかのポーズです。さてこの像はどれに属するのでしょうか。52躯もおられるのですから、仏師さんもそのバリエーションを考えるのも大変だったとは思います。一瞬思ったのは、右手で手話をされているようにも見えました。
猛暑日が続きます。必要に迫られた用件で無い限り、外出を控える日々です。今日は地蔵盆・地蔵会、地域のお地蔵様に、地域の人々、特に子ども達が花やお菓子を供えて祀ります。子どもたちを守護し、成長を見守る地蔵様に感謝し、同時に地域社会の絆を深める機会となっています。今日のカットは、薬師寺さん所蔵の木造地蔵菩薩立像。どこか(大阪市立美術館?) に寄託されているようで、以前東博で見掛けました。雲の上の蓮華座に左手に宝珠を持って立っておられます。右手の何かを濁り持つ形からすれば、多分錫杖を持っておられたと推測できます。雲に乗って移動されている状態のようで、後方に雲がなびいて、尻尾のように見えます。この雲の形は 、兵庫県 浄土寺の阿弥陀三尊さんが乗っておられるそれぞれの雲と同じ雰囲気です。現在のお姿には放射状の光背がありますが、造像当時のものでは無い様子なので省略しています。
イルカの知能は、他の動物と比べ、群を抜いて高いといわれます。頭頂部の噴気孔で周期は約40秒で肺呼吸、血中のヘモグロビン量が多く、酸素を蓄えて1回の呼吸で長く海中に潜ることが出来ます。さらに凄いのは、潜っているときは、心 拍を抑制、血液を脳や心臓などの必要な臓器に集中させることによってて酸素消費量を抑えるシステムが備わっているとか。彼らは四六時中泳ぎ続けます。「じゃあ、いつ眠るの?」って疑問が湧きます。実は左右の脳を交互に眠らせていることが分かっています。ちなみに右脳が眠っているときは左眼をつむり、左脳が眠っているときは右眼がつむっているとのこと。これも凄い能力です。ちなみに人間の脳(大脳)の左は言語処理、右は空間把握処理につかわれているとの説や、論理と感性の使い分けなど諸説があります。ただ、私はこれまでこの使い分けを自覚したこともなく、便利にできているなァと感心したこともありません(笑)。そんな小難しい使い分けよりも、イルカのように明確な使い分けの方が良かったのにと勝手に思っています。イルカの平均体温は37℃と人間並みで、その高さに驚きます。皮下脂肪で守るにも限度があり、多分なんらかの維持システムを持っていると思います。今日のカットはイルカ君。昨年名古屋水族館のショウで2頭がシンクロでジャンプした瞬間。なお、ショーに出ているのは、基本メスだそうです。イルカは人間と同様、種族保存のためだけでなく、快楽を求めた性行為をすると言われており、オスが混ざると、ショーの進行に支障が出るとされます。この面でも人間に近いような…(笑)。
今日7月22日は「下駄の日」。その謂れは「7」は下駄の寸法を表すときに「七寸七分」のように、7がよく使われるから。そして「22」は下駄の歯型から。下駄のサイズは男性ものは七寸七分(約23センチ)、女性物は七寸二分(約21.5センチ)と決まっていたそうです。「昔の人の足はそんなに小さかったの?」と思いますが、和装したときの履物は、かかとが少しはみ出るぐらいが美しいシルエットになり、かつ歩きやすいとのこと。カットは一本歯の下駄。実は、日々のウオーキングで一本歯下駄を履いたおじさんがいて、コツコツと普通に軽快に歩いている姿に良く出会いました。最近はあまり見かけないのは、私のウオーキング時間がバラバラになったからでしょうか。歩きやすいはずはなく、健康のためかとは思います。「疲れませんか?」と聞きたい気持ちになるのですが、なかなか言い出せませんでした。天狗さんだったら怖いですし…(笑)。また、もし声掛けして「試しに履いてみますか?」と言われたら困る事情もあります。まず最初は上手く履けるはずはなく、くじく、あるいは捻挫して足首を痛める可能性大。あともう1つ、その昔、夏休みに友人の実家にしばらく逗留した際、おじさんの下駄を借りたのですが、速攻で水虫になったのがトラウマになっています。以降、素足で履くものは、たとえば旅館でのスリッパなども、入浴後は必ず短い靴下を持参して対応しています。それにしても、世の中いろいろな方がおられるものです。
1955年の7月20日は「ビリヤードの日」だとか。その謂れは「ビリヤード」を風俗営業法の規制対象から外す法案が成立したことから。「ビリヤード」が風俗営業法の規制対象だったと聞いて驚きます。そう言えば、米国の映画でビリヤードは、風営法の対象になってもおかしくないかと思われるシーンを見たことがあります。また、ポール・ニューマン主演の「ハスラー」も面白かったです。でも、「健全なスポーツ」にしようとした人物がいました。衆議院の眞鍋儀十議員です。氏は高浜虚子氏に師事した文学研究家で、特に松尾芭蕉の研究で有名な人物です。風営法は「待合、料理屋、カフエー、キャバレー、ダンスホール、玉突場、マージャン屋、パチンコ屋など、客に射幸心(努力なしに運よく得をしたい心)をそそるおそれのある遊技」を取締りの対象にしています。でも「玉突」は物理学を応用する高尚な室内スポーツで、パチンコなどの偶然の勝負を争うものではないので、取締法の対象から外すようにとの働きかけた結果です。もちろん、ビリヤードの組合から、陳情があったことと思います。カットはキュー で突く瞬間。社会人になった頃は、街中や、奈良のド田舎の農道のような道路脇にもビリヤード場を見かけることがありました。でも、最近は見かけるのは希と言うより皆無に近いです。競技人口が減少し たのでしょう。
今日から奈良国立博物館では、「泉屋博古館の名宝」と「フシギ!日本の神さまのびじゅつ」展が始まります(9 月1日まで)。「泉屋博古館の名宝」は、住友家が菟集した多くの中国青銅器と、仏教美術の名品が展示・紹介されます。カットは、展示品の1つ、鴟きょう尊(しきょうそん)のモノトーン表現。酒を盛るための容器の一種で、フォルムはフクロウやミミズクの形を模して作られていて、頭部が蓋、胴部が本体となっています。また、同期間に開催される、わくわくびじゅつギャラリー「フシギ!日本の神さまのびじゅつ」は、日本の神さまにまつわる、いろいろな「フシギ」が紹介。日本人が神さまをどのように見つめていたのか、その秘密に迫ります。カットは展示品の1つ、奈良 與喜天満神社(よきてんまんじんじゃ)さんの天神像(重文)のモノトーン表現。鎌倉時代に造られた日本最古の木造天神像です。天神さんですから菅原道真公がモデルですが、随分と険しい表情をされています。2つの展示とも、お子さまから大人の方まで、わくわくしながら観できるよう、楽しい工夫をがされています、夏休みに家族で観覧されるのはいかがでしょうか。https://www.narahaku.go.jp/exhibition_cat/special/
飽きもせず、愚直にただひたすら一日も欠かさず切り絵をアップし続けて、今日で丸9年、3288日目となります。その間、体調を大きく崩すことなく過ごせたのは、自分でも驚いています。多分「続けたい…」の気持ちの効果もあったと思います。業務の関係もあって、切るのは後追いになっているものもありますが、少なくとも下絵は欠かさず完成させました。切るのは、時間をかければ必ず切り上がります。でも、ネタを探してモノトーンの切り絵でカットできる下絵を仕上げるのは、時間をかければできるものではなく、正直大変です。それでも続けられたのは、好きだと言うことと、何と言っても面白いからだと思います。今日のカットは、「9」繋がりで法隆寺さん所蔵の九面観音(くめんかんのん)立像(国宝)です。以前、法隆寺さんへ挨拶に伺ったとき「きゅうめんかんのん」と言ったら、すかさず「くめんかんのんです」とチェックが入りました。あと「夢違観音」は、昔は「ゆめたがいかんのん」と教科書にも書かれていた記憶がありますが、今は「ゆめちがいかんのん」に統一されています。この九面観音像は貴重な香木と言われる白檀の一木造。頭上の顔の一部だけは別材ですが、その他の持物、瓔珞、耳飾り(耳朶からぶら下がって揺れ動きます)に至るまで一木から見事な技で彫られています。中国の唐時代の作品が渡って来たとされます。頭上に複数のお顔かある仏像と言えば十一面観音と千手観音像ですが、この像は本体の顔と頭上の顔を合せても9面しかありません。なお、実際の像では頂上仏のお顔がスパッと削られたように亡くなっています(写真を参考にアップ)。このままではあまりに痛々しいので、メインのお顔を少し優しい表情にした顔を勝手に再現、修復しています。最初、瓔珞の飾りも出来る限り正確に切り上げるため、手元にある和紙の最大寸法の高さ90センチの和紙に全身像を切り上げました。完成して満足して眺めているとき、ふと実際の像高が37.6センチだと、遅ればせながら気付きます。硬いと言われる白檀をそのサイズで彫り上げた仏師の技に感嘆しているうちに、三次元の像ではなく、二次元の切り絵なら、私の技術でも原寸大で切り上げられるのでとの思いに駆られ、縦42センチのA3サイズに原寸大でトライします。細かすぎて目の疲れは半端なく、眼を休ませながら、倍以上の時間をかけて、なんとか切り上げした。せっかくなので、2つを並べた状態でアップします。原寸大の方は、細かすぎて見えないので、バックライト付きの額に入れています。丸9年を迎えて、さてこれからどうするかですが、ここまで来たら、やはり、「あと1年、365日続けてみようか」となります。来年の今日、「10年達成!」の文章が書けるよう頑張ってみたいと思います。もしよろしかったら、覗いて頂けましたら幸いです。
1967年7月19日、東京女子医大山岳部の今井通子さんと若山美子さんの2人が、アルプス山脈にある標高4,478m、スイスとイタリアの国境が通るマッターホルン頂上に北壁からの登頂に成功しました。シェルターも含め、女性だけのパーティーでの北壁登攀は世界初のこと。今井通子さんは、これで登頂が困難と言われる三大北壁(マッタ ーホルン北壁、アイガー北壁、グランド・ジョラス北)を登攀しました。カットは、マッターホルン北壁のイメージです。
Windows 10のサポートが来年で終了するとのアナウンスがMicrosoftからときどき届くようになりました。以前、Windows 10への乗り替えをサボっていて、打ち切り間際に切替えたら、動作しないアプリもあって大慌てになった記憶が。それに懲りて、マシンを入手して時間の余裕のあるときに早めに対応をしています。現在のところ、現在のWindows 10環境で使っている主なアプリはほぼインストール・動作確認が完了。ちなみにWindows 11の使い勝手は「何処が良くなったの?」って聞きたいぐらいで、「ここが良くなったなァ」と思える場面には、まだ遭遇できません。それよりも、私から見れば「余計なことを」と思える細かな変更があって、面喰うことがしばし。暫く10と11が混在することになるので厄介です。特に右ボタンで現れるメニューの中に「コピー」や「貼付け」「削除」がなくなり、「その他」を選んでやっと出てくるのは不便極まり無い。レジストリを書き直して、従来のように表示されるようにしましたが、この作業ができない人には不便ではないでしょうか。◎筆自慢がインストールできない!24年前からバージョンアップもなしに使えていた住所録管理・はがき印刷ソフトの「筆自慢」がインストールできません。このソフトのサポートは十数年前に打ち切られています。ビジネスでも個人でも必須なソフトなのでデータが引き継げるソフトを購入しました。でも使い方に慣れず重いので、軽くて使い勝手が良い筆自慢を使い続けてきました。特殊なことをやっている雰囲気もなさそうなので、当然使えると思っていました、「インストールできんとはそんな馬鹿な!」と思ってネットで調べたら、ほとんどが「無理」との回答。そこで駄目元で、ネット接続でファイル共有しているWindows 10マシンのドライブにCD-ROMをセットしてインストーラを起動したら、普通に起動してシリアル番号を聞いてきてインストールができました。こんなことがあるのですね。ラッキー!友人に話すと、「お前のシステムだからたまたま上手く行っただけかも。調子こいてネットの知恵袋などにアップしたら、できない人が続出して、炎上するかもしれんぞ」と言われました。なので、此処でこっそり(?)アップします。ちなみにバージョンは1999年に購入した「筆自慢14」、24年間使えるとは凄い!です。
先日、あべのハルカス美術館で開催の「広重 ―摺の極―」展へ。歌川広重氏は、葛飾北斎氏と共にゴッホやモネなどの西洋の画家にも大きな影響を与えた浮世絵版画家なのは周知のこと。その作品を30代前半から晩年まで、時系列に沿って300点ほどが展示、見応えがありました。なお、8月6日からの後半には100点ほどが入れ替えられます。多くの作品はA3サイズかそれ以下の大きさですが、構図の取り方が凄くて、遠近感もあって、壮大な風景が連想できます。またグラデ―ションが綺麗です。特にブルーはなんとも言えない美しさで、フランスの印象派の画家やアール・ヌーボーにも影響を与えた「ヒロシゲブルー」です。ただ私は「藍」のブルーと勝手に思っていたのですが、実はドイツのベルリンで生まれた「ベルリン藍(ベロ藍)」という化学染料でした。知らない方が良かったように思います。ただ、計算上の調合ではなく、調合の失敗で偶然生まれた色だったのが面白いです。西洋の油絵よりも遥かに小さなサイズに精緻な線が描かれた作品、肉筆でも困難と思えるのに、これが版画と思うと驚くばかりです。広重氏の原画を彫り師が色ごとに版を彫り、摺師が微妙な色とグラデーションを付けて、色ごとに何度も摺り上げたもの。この小さな和紙に収めたその技の凄さにも驚きます。次に思うのは俯瞰図(鳥瞰図)的なアングルの作品が結構多いこと。氏の本業は、幕府直轄の江戸城の火消し役人の家系だったそうで、江戸城近くの「火の見櫓」の上から、江戸の町の風景を見慣れていたからこそ、自然に描けたと推測します。カットは、歌川広重氏の似顔絵。亡くなった際に追善を兼ねて出される浮世絵を参考に、立体視してモノトーンにしました。氏の作品の中で、是非見たい作品の1つが激しい雨の中、橋を渡る旅人を描いた「大はしあたけの夕立」でした。でもこれは後期にしか展示されないようで、それまで待っていられなくて、また前期にしか見られない作品もあるので、まずは行った次第。雨の作品は他にもいくつかあり、今回は「中津川」も出ていて、写真撮影も可能でしたので撮影、アップします。ほぼ無風状態で激しく降る雨の中、3人の旅人(武士)が槍や荷物をかついで歩んでいます。「雨の表現」が不思議なくらい「自然」に見えるのは、雨足の密度に「揺らぎ」と言うか「自然な乱れ」があるからではと解釈しています。また、あの密な細い鋭い線を彫り出す彫り師のテクニックも凄いです。ただ、展示の解説文を読むと、版木が早々に破損したので、これとは別に「晴れの中津川」と言う作品が創られたとも言われます。細かな雨は避けて晴れにしたことから、苦労のほどがわかります。大変な人出もあって、時間をかけて観て、感じる所が多い展示会でした。後半も行きたいと思っています。展覧会は9月1日まで。https://www.aham.jp/exhibition/future/hiroshige/
今日は「閻魔賽日(えんまさいじつ)」(閻魔参りの日)。仏教では1月16日と7月16日の2日だけは、地獄の釜の蓋が開き、鬼も休日。従い、亡者は鬼の責め苦からこの2日は免れることができます。寺院の閻魔堂へのお参りもあります。ところで、閻魔様にお参りしたときは、何をお願いし、どう祈ればよいのでしょうか。「家内安全」と言うのもちょっと違うような気もします。まさか「地獄行きの切符を切らな いでください。」なんてお願いしたら余計に怖い顔をされそうで…やはりそこは、これまでの過ちや罪を反省して、心から懺悔することでしょうか。カットは新潟県の十王堂さんが所蔵する木喰さんの閻魔王像。上下の歯が見えるまで大きな口を開いておられます。大声で怒っていると言うより、笑っておられるように見えます。木喰微笑仏ならではの閻魔王さんです。