企業は組織として動くものであり、

自己中心的な個人プレーに走ったり、

誰かがやるだろうという気持ちでいては、

真の組織力は生まれません。

ある村の夏祭りでは、

必ず一斗樽を皆に振る舞います。

ところがある年のこと、

農作物の不作によって

祭りどころではなくなりました。

村人たちは思案の末、

「皆がコップ一杯の酒を

持ち寄って樽に入れればいい」

と対応策を出しました。

無事に樽は満杯になり、

乾杯の音頭と共に飲んだその瞬間、

一同の顔が曇りました。

それもそのはず、

全員が水を持ち寄ったのでした。

各人の考えとしては、

自分一人が水を入れても、

たいして味に変わりはないだろう

という思いだったはずです。

しかし、

それを

「一人」ではなく

「全員」が考えていたところに、

この話のオチがあります。

自分一人くらいなら・・・

という勝手な判断は、

それが集積されれば大きな影響を及ぼします。

自己中心的な心を捨て去り、

仕事に対し、

生活に対し、

真摯な心で全力を尽くしていきましょう。
 
国民の間に

「人と人とのつながり、

家族とのつながり、

社会とのつながり」など、

絆を大切にしようという空気が強まっています。

「絆」という文字は、

糸偏に半分と書きます。

ここに、

この文字の持つ大きな意味があります。

語源は布地の形成にあるといわれています。

布地は、

たて糸とよこ糸が十字にしっかりと

結び合って成り立っています。

結びつきが緩ければ、

丈夫な布地は形成されません。

家庭の中のたて糸を親子、

よこ糸を夫婦や兄弟と位置づけてみます。

たて糸を親の上に伸ばしていくと祖父母、

さらには祖先へとつながり、

下に伸ばしていくと

子や孫へとつながっていくでしょう。

家族の絆を強固にするためには、

たて糸の伸びる方向に深く想いを馳せ、

同時によこ糸が伸びる方へも

心を寄せたいものです。

このたて糸とよこ糸は、

企業の中においても存在するはずです。

社員間の絆を強くするには何が大切なのか、

今一度見つめ直してみたいものです。

明日はネット環境の悪いところへ行きますので、

一日早いのですが掲載します。

私たちは日々の業務を進める中で、

様々な物に囲まれています。

中でも文房具類は職場において、

なくてはならない存在です。

そのような文房具に、

どれだけ感謝の心を持っているでしょうか。

「あって当たり前」

「使えなくなったら替えればいい」

という心で文房具に接していると、

いざという時に働いてくれません。

人間関係でも同じです。

感謝や尊敬の念を持って接してこそ、

そこに信頼関係が生まれ、

仕事や交友が円滑に進むのです。

私たちは、

人間に対しては感謝や尊敬の念を持ちますが、

文房具に対して意識することは多くないでしょう。

人に接するような気持ちで文房具に接し、

「お願いします」

「ありがとうございます」

という気持ちで使っていきたいものです。

デスクの上に何気なく置いてある文房具に、

ホコリが被っていたりしませんか。

物を大切にしている人の机の上は、

必ずキレイに整頓されています。

身の回りの整理をし、

使用している文房具への

感謝の気持ちを深めていきましょう。
営業職のN氏は、

少年野球の練習を見て足を止めました。

ちょうどランニングや

キャッチボールなどの基本練習を

終えたところで、

内野の併殺プレーの練習に入ったところでした。

最初はもたついていた少年たちが、

コーチに檄を飛ばされながら

練習を繰り返す姿を目の当たりにしたN氏。

こうした地道な練習の継続があってこそ、

試合での勝利につながるのだろうなと

改めて教えられたのです。

仕事で悩みを抱えていた氏でしたが、

少年野球を仕事になぞらえて、

「野球の試合はお客様との商談であり、

試合の勝利とは商談成立である。

商談にも、

地道な準備と継続が必要なんだ」と

気づかされたのでした。

そしてふと、

子供の頃に父親から

「誰も見ていない日常生活の中で、

当たり前のことができなくてはだめだ」と

言われ続けていたことを思い出したのです。

N氏は明るい挨拶、

返事、

そして感謝の心を深めることを、

改めて肝に銘じました。

自分を振り返るキッカケとなった、

少年たちの姿に感謝したのです。
仕事や習い事で、

ある程度の力がつくと、

人はその力にしがみつきたくなるものです。

しかし、

しがみついてしまっては、

それ以上の進歩や向上は望むべくもありません。

ある人はこう言いました。

「高い峰を登っていくと、

素晴らしい眺望が開けてくる。

『ああ美しいなあ』と一服するのもいい。

しかし、一息入れたら、

立ち止まらず、

さらに上を目指して登っていく。

すると、

もっと素晴らしい眺望が開けてくる」

「しばし一服したら、

さらにその景色にも別れを告げる、

その先にはもっと美しい眺望が開けてくる。

進歩は捨てることであり、

向上も捨てることにある。

ひと時も同じ境に留まっていないところに進歩向上の道がある」

それは、

一時の成功体験に酔っていい気になったり、

胡坐をかいたりせず、常に工夫を凝らしていく大切さを示唆したものです。

 人の細胞がそうであるように、

日に新たに日に進みたいものです。

大きな完成は、

その先にこそあるといえるでしょう。