夜の重みが

しっとりと迫る

星もない夜は

暗い、黒い、厚い

苦しみにもれたため息が

こもる一部屋

黒色と灰色の煙の

立ちこめた

悲しい空間

押さえて、押さえて

沈むだけ沈む

縮むだけ縮む

押しつぶされた

一部屋の中

涙も出ずに

うつりな一つの心

黒いただよい

胸の悪くなるような空気は

濁って、どよんで、どす黒い

ひんやりと冷たい

そして

柔らかな感覚器は

硬く硬くその扉を閉める

ペタしてねペタしてねペタしてねペタしてね
緑濃く、奥深い森で

狐がわなにかかった、

十分な血が足からにじみ

あたりの草むらを

赤く染めた

あまりの痛みに

もがく事も出来ず

そのまま冷たくなってしまった

わなをかけた人間も

その事を忘れていて

狐はわなに挟まれたまま

地面の土に染み込んでいった

雨も手伝って

狐の身体は

すっかり流され

あとには草いきれ

だれもその事を知らなかった

草についた血も

いまは雨に洗われ

緑濃く

森はいつも同じ・・

しっとりと濡れて

さらさらと乾いて・・・

ペタしてねペタしてねペタしてねペタしてね
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び
路上のソリスト

ホームレスの

天才チェリストにジェイミー・フォックス、

それを取材する記者に

ロバート・ダウニー・Jr.

この映画はもうこの二人につきます。

新聞のコラムに感動した読者から

プレゼントされたチェロに

目を輝かせて

すぐにも弾いてみたくて

車がひっきりなしにと

おりすぎるトンネルで

30年ぶりにチェロに

触れるナサニエル。

ふたりきりのコンサートの

シーンが印象的でした。

Rayで盲目のピアニスト、

レイ・チャールズを演じたときの

ジェイミー・フォックスもすごかったですが、

ナサニエルを演じられるのは彼以外にない!

とだれもが確信するような、

鬼気迫る演技でした。

そもそも二人の出会いは、

弦が2本しかないバイオリンを

弾いているホームレスが

名門ジュリアード出身

ということを偶然知ったロペスが

このギャップはコラムのネタになる

と興味をもったことから

始まるのですが、

ナサニエルと深くかかわるうちに

彼をこのまま「掃きだめ」に

捨てておいてよいものか悩み、

仕事上のかかわりを越えて、

あれこれ奔走して尽くします。

でも良かれと思ってしたことで、

逆にナサニエルに

敵意をもたれてしまい、

ロペスは傷つき、苦しみます。

というのも、ナサニエルには

「統合失調症」があり、

自分をおさえきれなくなったり

突然凶暴になったり・・

ジュリアードを辞めた

原因もそれでした。

ナサニエル自身もまた

苦しみのなかにいるのです。

ロスにいる9万人もの

路上生活者の実態。

ランプコミュニティなどの支援施設での

ボランティアたちの活動。

ドラッグが蔓延し、

治安も衛生状態も劣悪な

彼らの生活空間・・・・

そういったアメリカのかかえる問題も

描きつつ・・・なので、

この映画、決して

気分爽快になれるような

娯楽映画にはなっていません。

Rayでも、

ドラッグ依存から立ち直るための

苦悩が描かれていましたが、

それ以上にいろんな

苦しみに胸がつぶれそうになります。

ロペス自身の妻との関係、

94年のノースリッジ地震で失ったもの・・

まで登場して、もう、

苦しみのオンパレードです。

だから、カンドーして、

気持ちよく泣いて、

すっきりして帰りたい、

たとえば「奇跡のシンフォニー」

とかがお好みの方には

この映画お勧めできないです。

苦しいこと、

見たくないこと、

報われないこと・・・

イヤなことは数あれど、

音楽に陶酔しているときの

ナサニエルに「神の愛」を感じ、

ともに神の恩寵を喜べるのだったら、

日々のイヤなことなんて、

その瞬間は吹き飛んでしまいます

もしこれが「ドキュメンタリー」だったら、

ロスの路上生活者や精神を

病んだ人達の実態や政策の問題点など、

問題を提起しながら、

ある程度結論をだすのでしょうが、

そうでないところが、

「私は」好きなので満点です。
ペタしてねペタしてねペタしてねペタしてね

$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び


南極料理人


お腹を空かせて観に行くと大変なことになる映画だ

主人公・西村くん(堺)が作る料理の美味そうなこと!!

何これ、ホントに南極かよ!?と突っ込みたくなるほど、

豪華量飯、素晴らしき食卓(料理がね)なのである…。

あぁ…なんて我が家の食卓の寂しいこと切ないこと(汗)

まぁしかし

好き嫌いでいえば、けっこう評価が割れるかもしれない。

原作がエッセー(日常を綴る)なのだから、まぁこんな風に

何にも起こらない(ドラマ性に欠ける)ことをつまらないと、

そう思う人も多かろうと思う。

でも、何にもいないところ(動物すら・ウィルスすら)で、

一年以上も、野郎オンリーで、共同生活するその辛さを

あ~分かる分かる!なんて人の方が少ないと思うのだ。
(
せめて昭和基地だったらねぇ)

日々の歓びといえば、料理とビデオ体操にも表れており

レオタードは赤がイイね!!朝はそれだけが楽しみという

切なさと、彼らの紅潮した顔面から笑みがもれる瞬間。。

前半と後半では、腕の伸びそのものが、違っている

トイレの列も、歯磨きの列も、水を作る?ことも、珍しい。

家族に逢えない、電話は短い、空時間だけはあるので、

ゲームに勤しみ、酒を汲みかわし、楽しみを作るしかない。

郷に入れば郷に従え。とはいうが、

これは、極に入れば極に従え。ということなのだろう。

厳しい選択を強いられる、仕事の達成感と家族の苦悩。

本さん(生瀬)がボソッとつぶやく一言に胸が痛くなり、

兄やん(高良)の彼女がだんだん無言になるのが辛くなり、

タイチョー(きたろう)の麺切れには自業自得だろと思い^^;

主任や平さんがおかしくなるのも無理はないと感じる。

が、やけに楽しそうな男がドクター(豊原)だったりもする。

この、アンバランス且つ個性溢れるメンバー達のお腹を

満たすのが、西村くんのセンス溢れる料理の数々なのだ。

どんな辛いことがあっても、お腹が膨れりゃ元気が出る。

やっぱ白飯だな。そう思った。(いや、蟹も捨てがたい)

胸やけするほど脂っこい唐揚げの存在(二種)と、

全身がラーメンで出来ているタイチョーの嬉し涙には、

なぜかこっちまでこみあげてしまった。

原作とは微妙に設定が変えてあるようだが、

この映画はこの映画で、私には愛すべき作品となった。

伊勢海老は刺し身がいいけど、フライも食べてみたい


ペタしてねペタしてねペタしてねペタしてね
自分の中に

押し込めた感情を

今解き放つ

消化不良さえ起こしそうな程の

感情の渦

喉だけじゃ足りない

全てを吐きだそにない

身体にあちこち穴を開けて

放出しよう

封じ込めた思いを

全て流れ出す

どこ得行くともなく

覚束無い足取りで

今すぐ楽にしてあげる

もう止めたりはしない

邪魔するもなは何もない

自分が追い払ってあげるから

安心して貴女は

全てを洗い流すの

ペタしてねペタしてねペタしてねペタしてね