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クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

始発のこだまで京都に入り

JR嵯峨野線の花園駅で下車して

8時過ぎから京都洛西エリア散策スタート。

京都の世界遺産訪問をテーマにぶら京都。

京都の世界文化遺産である古刹や城は17ヶ所だそう。

まずは龍安寺を目指して歩きます。

 

花園駅からほどなく妙心寺の南門に着きましたが

スルーして東に向かってしまいました…これが失敗。

後から地図を開いてわかったのですが、

龍安寺は妙心寺を経由してアクセスできたのに

北野天満宮付近まで歩き、

嵐電の北野白梅駅から線路沿いに西に龍安寺駅まで

引き返すルートになり随分遠回りをしてしまいました。

 

京歩きビギナーとしては予習不足。

しかしこうやって多少迷って街並みを眺めるハプニングも

街歩きの楽しみのひとつでもあります。

 

龍安寺は室町末期応仁の乱の東軍総大将細川勝元の創建。

方丈庭園はすでに大勢のお客さん。

人いきれの中、高長身の外国人観光客の肩ごしに

暫く遠まきに枯山水を眺めて待っていたのですが、

団体さんが鑑賞を終えスペースが空き、

縁側に座して目前の白砂と石の芸術を観賞しました。

その後、西側の森も散策し新緑の香りでリフレッシュ。

 

龍安寺石庭

 

次に、きぬかけの路を東に歩き金閣寺へ。

こちらも沢山の観光客で賑わっています。

黄金色の舎利殿を眺めたあとは

お客さんの行列の流れに付いて回廊庭園を一周。

北山文化を体感しました。

 

金閣

 

またきぬかけの路を折り返し西へ歩き、

桜の花見が有名な仁和寺を訪ねます。

こちらは西暦888年建立の古刹。

低木遅咲きの御室桜が特に有名ですが、

その周回路の入口から行列待ちだったので諦らめ境内を散策。

五重塔、金堂を眺め御影堂の方まで歩いて

御室成就山八十八ヶ所の案内板を見つけましたが

遍路の距離が3km、2時間と手頃な巡礼ながら

今回は断念、またいつか次回の楽しみに。

 

仁和寺五重塔とツツジ

 

さて、次の目的地は嵐電に乗って嵐山に向かいます。

 

かぐらへのツアーで

上越までの往路は中野・飯山を経由し

南魚沼に抜けたのですが、

復路は国道17号で三国峠を越え沼田・小諸を経由

韮崎から清水へと南下するルートを選択。

 

途中休憩のため、

まず国道145号線沿いの長野原町の

道の駅八ッ場ふるさと館に立ち寄りました。

駐車場に入ってからハッと気づきました…

八ッ場といえば八ッ場ダム。

 

もともと八ッ場ダム事業構想は、終戦後すぐの1947年9月の

カスリーン台風の大雨による利根川堤防決壊が発端とのこと。

死者・行方不明2000人近くの犠牲を出したこの大災害は

戦後国が治水事業に本腰を入れる端緒にもなったらしい。

この時代まだ占領統治下だったので

台風の呼び名が英語名なんですね。

 

もう10年近く前になるが記憶に新しいのは、

2009年民主党政権時にマニフェストで謳われた

無駄な公共事業の見直し政策で

一度は中止決定されたのが八ッ場ダムプロジェクト。

 

昨年の解散後の総選挙前にも

色々話題を提供された元国土交通大臣が

事業中止宣言された時の報道を

なぜか鮮明に覚えています。

 

ところで同じ時期、

土日休日どこまで走っても千円という

高速無料化に向けた導入実験が実施され、

旅行好きには喜ばしきことこの上ない交通インフラ整備に

大いに期待しながら高速道をフルに使って上越や信州、

東西南北もっと遠くまで走った記憶が

事業仕分けシーンと連動して鮮明に蘇りました。

 

八ッ場ダムは、

自然破壊や観光資源損傷を心配する地元住民の反対や

費用対効果疑問視等紆余曲折を経て

2015年に本体工事着工、昨年末で進捗半分、

2020年3月竣工予定とのこと。

 

道の駅の建屋の一画に八ッ場ダム関係の情報デスクがあります。

受付の方もいらっしゃって

いろいろテイクフリーのパンフレットもあります。

八ッ場ダムの工事現場見学会や

完成後水没するエリアを含むエコツアー企画もあるようで、

いずれなくなる風景を目に焼き付ける散策に

機会があればぜひ参加したく思います。

 

道の駅近くの不動橋から吾妻川とダム工事現場を望む

 

ちょうど正午近くだったので、

道の駅内のコンビニYショップで焼きたての

八ッ場ダムカレーパンでランチにしました。

 

八ッ場ダムカレーパン…ポテトサラダとカレーの間をチーズのダムで仕切る構造

 

さて、次の休憩は佐久から韮崎に向かう国道141号線沿い

八ヶ岳の南側に位置する道の駅南きよさとに寄りました。

 

正面の小山の頂上に向けレールが設置してあります。

このリフトカーで山頂へ行くと南八ヶ岳花の森公園

にアクセスできるようです。

ここも改めてまた訪ねてみたい道の駅。

 

道の駅南清里…まだ少し風が冷たい夕暮れ、鯉のぼりがたくさん泳いでいました

 

夜遅くに自宅到着、

正味運転時間は往路と同じ約11時間でしたが、

走行距離は約30km長くなりました。

高速道路を使わずに新潟上越のかぐらスキー場へ。

極力法定速度を遵守して走り、

休憩を除くと運転時間は正味約11時間。

 

4月中旬一気に暖かくなり、上越エリアのスキー場も

そろそろクローズタイミングの中、

まだシーズンを終えない春スキーフリークは、

皆さんこちらに集まっている印象の大盛況です。

 

この季節勿論重い雪なれど積雪はまだ豊富で、

神楽エリアを経由して初めて田代エリアまで足を伸ばし滑走。

 

エリア入口横断幕の向こうに田代湖を見下ろす

 

神楽エリアのゲレンデに比べて

田代エリアはスキーヤーが疎らで、

緩やかなスロープでゆったり大パノラマビューを

満喫しながらの滑走となりました。

 

正面に見える田代ロープウェイ山頂駅を目指してスキー散歩

 

緩やかなゲレンデから谷川連峰を眺めて滑る

 

ここ苗場山の麓から、谷川岳、巻機山等

上信越の百名山がいくつか見える晴天のスキー散歩でした。

 

季節は清明から穀雨へ。

近所の多毛作の圃場では、

玉葱を収穫した後に水を引いて

田植えの準備が始まっています。

好天雨天を繰り返す毎、本格的に暖かくなり

活発な動きを見せる生き物達の

力強い生命力が感じられるこの頃

フォトジェニックになりそうな被写体を探しにぶらぶら。

 

遅咲き種の桜で囀るカワラヒワ…近づいても叫びに夢中でなかなか飛び立たず。

 

アオジだと思って撮影したけど、ウグイスでした。

…声は高らかなれどなかなか姿を現らわさない春告鳥

   まだまだ透き通るような囀りを聞きたい。

 

蜘蛛の巣トラップに片羽を押さえられて、

 凧のようにバタバタもがいていたミヤマカラスアゲハ。

 …つい鎖に繋がれている不自由な姿に同情し、

  開放の手助けをするおせっかいを犯しましたm(_ _)m。

 

満開になった近所の公園の藤…桜同様に例年より10日ほど早いです。

 

 

毎年藤に集まるクマバチ…スズメバチのような凶暴性はないけど

                体も羽音もブンブン大きいから避けてしまう。

                メスだけが針を持っているらしい。

                  

 

先月逝去されたスティーブン・ホーキング博士。

車椅子の天才を見事に演じたMr.工デイ・レッドメインが

第88回アカデミー主演男優賞を受賞したのは2年前でしたが

まだ記憶に新しい。

 

ケンブリッジ大学院在学中の21歳の時にALSを発病、

余命2年の宣告を受けるもその後

数々の障害を乗り越え76歳で逝去されるまで、

理論物理学の最先端を走り続け、

「宇宙を完全に理解する事が生きる目的」という

自身の言葉を貫いた生涯だったと思います。

 

相対論と量子論の統合を目指すアプローチの

宇宙を支配する究極法則の解明は

博士の手では未完となってしまいましたが、

 

宇宙とは、人類とは、自分とは…

生きている限り人間が問い続ける素朴な問いに解を与えるべく

一般人に理解できる言葉で宇宙論に誘ってくれた

「宇宙の語部」ホーキング博士に感謝!

 

ということで、追悼のおもいを抱きながら

博士の伝記映画「博士と彼女のセオリー」

(原題: The Theory Of Everything)をじっくり観賞。

氏の人間味を身近に感じることができる秀作です。

 

 

それと、和訳版出版時の1989年に購入して途中読みかけのまま

放ってあった博士の初出版本

「ホーキング、宇宙を語る」(A Brief History Of Time)

を本棚の奥から引っ張り出して最初から読み直しています。

 

論文の最終章は、「結論-人間の理性の勝利」

というタイトルで、その最後の締めくくりフレーズは、

 

「人間が完璧な理論を発見でき、

 我々と宇宙が存在しているのは何故かという問への答えを見いだせれば、

 その理論は人間の理性の究極的な勝利となるだろう。

 なぜならその時人間は神の心を知ることになるのだから…」

 

本編のあとに、偉大な先達である

A.アインシュタイン、ガリレオ・ガリレイ、A.ニュートンの

政治やとりわけ宗教との柵を少しアイロニカルな

タッチで寸評している記述があり、

博士自身は神仏を信じないと公言し宗教関係者から

中傷されるような事実もあったことを思い出すと

興味深い結び方だなと思いました。

 

1988年出版 累計1,000万部と言われる博士の著書

 

それにしても、博士が生前予想していた100年以内に起こりうる

ネガディブな人類の運命…

核戦争や素粒子実験、人工ウイルス、環境破壊、

地球外知的生命との遭遇、AIの暴走等の脅威の中、

(どれもこれもすでに映画ではみたような世界ですが…)

地球を脱出し系外惑星へ移住、コロニー形成を模索するような

未来が次世紀には本当に訪れるでしょうか? 

 

先日、「コズミック・フロント」で紹介していた興味深いテーマ。

太陽に一番近い恒星、赤色矮星のプロキシマケンタウリの

衛星ケンタウリbまでは地球からたった(?)4光年の距離で

人類の入植が可能と考えられるハビタブルゾーンに存在する

系外惑星の候補だという。

 

極小さなカメラを積んだ薄い膜のような構造の探査機に

地球からレーザー光を照射する技術を使い

高速の2割の速度で約20年で到達可能という研究が進行中らしい。

 

このような系外惑星の探査が可能になり、

太陽系から移住できる科学技術を手にする頃には、

ホーキング博士が追い続けた

宇宙を支配する究極の原理が解明されていることを期待したい。