日経平均が7万円を超えたのでコメントを、と社員に頼まれました。ん?また1万円上がったの?それだけじゃん?それじゃ済みませんね。日経平均5万円到達が10月、6万円到達が4月、そして今はまだ6月。明らかに伸びが速くなっています。

 

 日経平均は「平均」と銘打ってますが、指数の作り方に大きな偏りがあり、「日本株、だけど主に半導体関連指数」みたいになっています。アメリカのNASDAQ指数、通称ナスも、テクノロジー銘柄に大きく偏っていますから、そういうもんだと割り切ってしまえばそれでいいし、何よりもこの時代に良く上がる指数があることは、資本市場的にも経済的にも良いことだ、と考える方がベターです。

 

 一昨日の日曜日は、トランプ大統領の80歳の誕生日でした。彼の自作自演の誕生日プレゼントのおこぼれを、日経平均ももらったかな。今日は日経平均、いわば古稀x1000になった日。人生古稀の次は喜寿。次は7万7千円を祝う日を待ちましょう。必ず来るでしょう。Stay invested. 持ち続けることが重要です。ではまた喜寿x1000の日に!

 今ニューヨークにいるのですが、ニックスとサッカー各国のユニフォームを着た人たちでごった返しています。ニューヨークは相変わらず元気で、AIによって世界が変わりつつある、そしてお金・資本の流れも変わってきている中で、やはりその中心に居続ける、本当に強い街だと実感します。資本市場というか、世界の資本の交錯するど真ん中が、ここニューヨークなのでしょう。

 

 そんなニューヨークの街中で見掛ける「日本」は、鮨は前から当たり前なのですが、今回目に付いたのは、音楽とMATCHA(抹茶)でした。カーネギーホールの前を通ると、Final Fantasy、Mitsuko Uchida、Joe Hisaishiのポスターがそれぞれ貼られていました。ゲーム音楽、クラシック、そして現代音楽。日本の音楽が、実に幅広い存在感を示しています。そしてスーパーに行くと、抹茶が紅茶やハーブティーの横に並んでいます。極め付けは蕎麦屋さんに行ったら、カウンターの上に抹茶と茶筅が売り物として並べられていました。凄いな。これじゃ日本で抹茶も茶筅も超品薄になるのが良く分かります。

 

 日本は今でも世界の産業を支える重要なプレーヤーです。しかしニューヨークで目に付くのは、そうした産業的な存在感とは少し異なる、日本独自の文化的な存在感です。つまり、長い伝統と文脈(コンテクスト)を持っている日本独自の「抹茶」と、ゲーム音楽や現代音楽など、現代に作られているやはり独自性のある音楽が、ここニューヨークで注目を集めているということです。

 

 インターネット、SNS、そしてAIによって、全てのことが同時に共有される時代、そんな時代に、やはり「独自性」が重要になって来ているのでしょう。情報や知識は、AIによって誰でも手に入れられるようになる。しかし、歴史や文脈に裏打ちされた独自性は、そう簡単には真似できない。そしてその価値が上がる。

 

 五番街に源吉兆庵があるのですが、そこで抹茶も売っていたので、それと個包装のお茶菓子を買って来て、日本独特のスイーツを食べ、薄茶を点てていただきました。あぁ。いい感じ。やや密かな優越感も意識しようとすれば出来る、でもそんなことより本当に幸せな気持ち。

 

 私自身は、資本市場主義の申し子だと自認しています。しかし同時に日本の伝統文化を愛する人間でありたい。その二刀流で、これからも参りたい。そう強く思うニューヨークでした。

 マーケットは荒れていますが、需要が供給を超えている状況と、我が国上場企業経営者が以前よりもずっと様々な経営リソース(ヒト・モノ・カネ)を最適配置しようという姿勢が強い、という二つの長期的な流れに変わりがあるとは思えませんから、売られたところには良い買い場もあると、私は考えています。

 

 さて今日は、ルビ(ふりがな)の話。不定期つぶやきなのに、敢えて何故今日ルビか?それには理由があるのです。ルビとは、漢字や熟語の横に振られているふりがなのことです。何故ルビと云うか?それはかつて活版印刷時代に、ふりがなを振るための小さいサイズの活字セットが「ルビー」と呼ばれていたからです。活字セットは、サイズによってダイヤモンドとか、すべて宝石の名前が付いていたのでした。

 

 日本語は、古事記から読み方ガイドがビルトインされていて、江戸時代は木版出版されたほとんどの書物、寺子屋で使われた教本にも、ほぼ総ルビが振られていました。日本人は、ルビによって日本語の読み方を覚えていったのです。明治・大正・昭和初期の文豪の作品にも多くのルビが振られました。私の好きな永井荷風の全集の初版本は総ルビです。ところが第二次大戦後、いくつかの不幸な理由が重なって、ルビは極端に減りました。しかし、ルビはとても重要だと思うのです。

 

 大人向けの本と子供向け本に明確な区別がある国は日本だけです。アルファベットで書かれていれば、最新の物理の本でも経済の本でも、子供でも読むことが出来ます。知らない単語は辞書で引けばいい。そして中には、その内容をちゃんと理解する、或いは部分を理解する子供もいるでしょう。もっと多くの本にルビが振ってあれば、子供は勝手に好奇心の赴くままに様々な分野の本を読み、好奇心と知性を発展させていく。或いは今、日本には外国ルーツの人も多く住んでいます。多くの人は必ずしも英語圏からではありません。彼らがもっと日本社会を理解し、共生していくためにも、ルビが振ってあることは良いことです。日本に住む以上、たった50音のひらがなは習得しているでしょうから。或いは、ここでは割愛して説明しますが、認知戦やフェイクニュースの時代に、日本の人が正しく情報を理解し、認知戦などに対して防衛するためにも、ルビが振られて日本人の日本語文章読解能力が担保されることはとても重要です。

 

 これらの理由から、ルビが振られることを推進するために、3年ほど前に私はルビ財団なるものを設立しました。(ルビ財団の活動はこちら→https://rubizaidan.jp/)私は昔から、触媒(カタリスト)となって、社会の仕組みを少しだけ変えて社会を良くしよう、と云うことにとても興味があります。資本市場に興味を持ち、我が国資本市場を改革・改善することを私はライフワークとしていますが、それも触媒的な役割です。マネックス・アクティビスト・ファンドの運用助言のために作った会社の名前を、カタリスト投資顧問としたのも、私のこの思想の表れです。敢えて云うなら、人々の様々なアクセシビリティの向上を、カタリストして推進するのが、私の人生なのかも知れません。

 

 そんなルビ推進活動を、「有隣堂しか知らない世界」、通称:ゆうせか、が約一年前に取り上げてくれました。そしてそれを見たポプラ社さんが、私を著者として、『「振り仮名」があれば、学力は上がるのか』と云う本を出版してくれることになりました。そこでなんと私が、ゆうせかに再度出演することになり、先週6月2日(ルビの日=去年、ルビ財団が申請して、ルビの日と制定されました)から配信されているのです。(https://www.youtube.com/watch?v=aqcWjzPuF2E&t=942s

 

 そして更に更に!明日、6月9日(火)の夜7時から、再々度ゆうせかに私はライブ出演し、このルビの本を、オンライン即売会することになりました。(https://yurindo-store.jp/products/9784591190135

 

 と云うことで、今日の明日なので、こうしてつぶやきを書いているのです。上の方に書いた、戦後ルビが大幅に減った理由、認知戦やフェイクニュースの時代にルビが何故重要か。これらが全て、この本に書かれています。或いは上記のゆうせか(YouTube配信)の中で、説明しています。ルビを増やすことは、日本社会を良くするために、本当に本当に重要なことだと、私は強く信じています。是非、ゆうせかを見てみて下さい。そして明日の即売会にも参加していただけると幸いです!

 

 

 加熱式タバコの仕組みを利用して、香木のポータブル空薫(そらだき)器を考えて、使い始めてみました。香木とは、熱を加えることで良い香りを放つ木の総称ですが、その中に沈香(じんこう)なるものがあります。沈香は、東南アジアの特定のジンチョウゲ科の樹木が、何かしらの理由で身に傷が付いた時に、自らを守るために樹液を分泌し、それが木の内部に沈着し、100年程度もしくはそれ以上の年月を経て熟成し、深みのある品の良い香りを持つようになった木のことを云います。水の中にも沈むように比重の大きい木となるので、沈香と呼ばれるようです。正倉院にある、織田信長や明治天皇も削り取った有名な蘭奢待(らんじゃたい)も、沈香の一種です。

 

 沈香は、温めるといい香りがするのですが、熱すぎると焦げて奥深い香りが崩れるので、炭を灰の中に埋めて灰の上に沈香を置いたり、或いは炭の上に銀葉(ぎんよう)と呼ばれる雲母板を置いて温度を下げて、その上に沈香を置いたりします。いい香りを引き出すには、中々手が掛かるのです。この沈香の香りを、どこでも簡単に聞けないか(沈香は嗅ぐではなく、聞く、と云うのです)。そう思った私は、小さい頃からの実験好きな気性が出て来て、新しい方法を考え出してみました。

 

 加熱式タバコのデバイスを上手く使えないか?加熱式タバコのデバイスの仕組みはどうなっているのか?温度はどのくらいなのか?製品によって温度は違うのか?沈香の空薫の温度は?などなど色々調べ、プルームオーラをコンビニで買い、ブルートゥースを繋いでモードをロングに替えて温度を下げ、沈香を小さく割って小さく切ったアルミホイルに半分ほど包んで加熱温度を更に調節し、いざ本来煙草カートリッジを入れる筒状の場所に入れてみました。そしてスイッチオン。

 

 最高です。穏やかな香り。一旦沈香とアルミホイルの大きさなどを確定すれば、完璧なる再現性。完全なポータブル性。日本の煙草製品ですから、安全性・安定性は申し分なし。そしてスッキリとしたデザイン。沈香の空薫に、完全な機能性を実現しました。やっほい!とても嬉しくて、かなり自慢です。車の中や茶室でサッと空薫してみる。或いは胸ポケットにしまったままでも空薫してみる。いいなぁー。最高だなぁー。自画自賛。ご興味の或る方は、あくまでも自己責任でどうぞ。

 

 さて、不定期つぶやきの初回は、恐らくマーケット関連だと思っていたら、自分でも驚きの沈香になりました。一昨日始めたことで、今一番ホットなのです。しかしこのつぶやき、ふりがながないと読めない言葉が多いですね。沈香も読み間違えると大変だ。と云うことで、次回はふりがな=ルビについて書きたいと思います!

 

 このつぶやきは、1999年の夏から2023年の初夏まで約24年間、一営業日も休まずに毎日書きました。そして2023年初夏から今までの3年間は、毎週1回書いてきました。しかし今日を最後に、不定期に移行することとなりました。というのも、毎営業日書くのはもちろん大変だったのですが、週1はとってもやりにくく、何より旬なテーマを書きにくいという問題があり、困っていたのでした。そこでわがままを言わせてもらい、「書きたい時にいつでも書く」という方式に換えさせてもらうことになりました。

 

 例えば最近でも、自民党にアクティビストのあり方を議論する作業部会が立ち上げられた!とか、巨人軍監督の話とか、色々と思うことはあったのですが、一日二日と経つうちに急速に世の中の興味は移っていってしまったり、私の中でも考え方が変わってきたりで、数日経つともう今さら書くのが憚れることが多くあるのです。或いはお茶の話とか、1回では書き切れないのでシリーズもので書こうかなと思っても、週1のペースでシリーズで書くと月をまたぐ形になり、流石にそれって長すぎる感じがあるだろう、季節も変わっちゃうし、などと考えて筆が進まなかったりで、結果、週1はツマラナイ!と思うに至り、今回の変更をお願いすることになりました。

 

 読者の方にあられては、間が空いてしまったり、或いは知らないうちにいくつも私のつぶやきが出てしまっていたり、分かりにくいかと思うのですが、恐縮ですがお付き合い下さい。今後ともよろしくお願いいたします!

 左足の薬指の骨折をしてから二週間以上が経ちました。かなり順調に治ってきているのですが、先日風邪を引き、まぁこれは一日の間に発熱して下熱してすぐに回復はしたのですが、咳だけが少し残り、そこに来て東京では低気圧が来て、私はかなりノックダウンされています。特に昨日、東京の気圧は1005hPaまで下がり、他にも色々あって、と云うか低気圧のせいで身の周りの全てのことのうち、気が下がることばかりに気が付いて抱える次第で、ま、私のレイニー・デイです。あ、英語ではそれは間違いか。ダウン・デイ、もしくはブルー・デイですね。

 

 私は元来が高気圧ボーイ、もしくは高気圧野郎なので、これはもう寝込んで状況が変わるのを待つか、内側からはね除けるかしかありません。まぁはね除けるしかないか。ブルー・デイと云えば、私は1月に大きなストレスを感じ、手の親指の爪が凹みました。私は大きなストレスが発生すると、発生時に生まれた親指の爪が大きく凹んで、それが爪の成長に従って徐々に爪の先の方に移っていくのです。そしてその凹みを触る度に、ストレスの元となった出来事を思い出したりするのですが、その凹んだ爪がちょうど今朝、先まで行って爪切りで切り終わりました。あー、スッキリ。そしてまさに今朝、ストレスの元になった人と久し振りに話しました。とても穏やかな心持ちで。季節が変わっていくようなものですね。

 

 低気圧の次は高気圧が来るでしょう。或いは気圧の高めな飲み物でも飲んで、体内気圧を上げて行きます!

 このつぶやきを書いているのは今日5月15日のお昼前なのですが、本日午後に今年度のAIO(アート・イン・ザ・オフィス)の審査会が開かれます。今年はどんな議論になり、どんな作家が選ばれるのか、とても楽しみです。

 

 先日予備審査、即ち参加作品・プランの一覧確認をしたのですが、この1年間で私の中で大きく変わったことを感じました。つぶやきで何度か書いてますが、私はこの数年、茶道に凝っています。特にこの1年間は茶室に強い興味を持ち、いくつもの茶室を見て、比べて、そして今まで何となくでしか見ていなかったディテールを注意深く観察するようになり、そしてその意味を理解しようとしてきました。茶室は日本文化や芸術を納める空間なので、必然的に掛け軸とか茶花にも興味を持ち、観察し、理解しようとすることになります。

 

 茶室に関してもっとも思索的に深く仮説を立て解説し、そして芸術的な観点からも西洋との対比を著したものは、私は岡倉天心の THE BOOK OF TEAの The Tea-Room の章だと思っています。西洋文化と東洋文化が違うように、西洋芸術と東洋芸術も大きく違う。その違いを私なりに深く、何度も考えて感じてきたせいか、「ではコンテンポラリー・アートはどうなのだろう?」という疑問が自然と浮かびました。

 

 予備審査でサッと目を通した限りでは、少なくとも応募作品・プランは西洋アート的なものを多く感じたのですが、もちろんコンテンポラリー・アートは日本的であったって成り立ちます。コンテンポラリーは時間の概念であって、場所の概念ではありませんから。コンテンポラリー・アートの要素の中で私が一番好きなのは、作者がコンテンポラリー、即ち同時期に見る者と生きていて、見る者を巻き込む生々しさです。コンテンポラリー・アートがそういうものだと、私は決して云ってません。コンテンポラリー・アートの中でそういう要素があると、私は個人的に好きなのです。

 

 そしてその見る者=客との一体性、見る者=客が居て初めて成り立つ空間というのは、茶室などの日本文化にも共通するものがあると思うのですが、果たしてそうでしょうか。今日は、その辺りのことにも思索と感性を巡らしながら、AIOの審査に臨みたいと思います。

 連休の終わり前に、骨折しました。5月5日の夜、自宅でお茶を点てようとしていて、水指に水を入れて運んでいたところ、裸足の足で椅子の脚を強打してしまったのです。悶絶してうずくまったのち、見てみると、左足の薬指が、外側に向けて90度近く曲がっていました。手で元に戻して、そのままお茶を二杯点てました。立礼ですけど。それからテーピングして、バファリン飲んで寝ました。

 

 翌朝休日診療の病院に行ってレントゲンを撮ると、きれいに斜めに折れていました。それでぐにゃっと曲がっていたのですね。と云うかぐにゃっと曲がって、骨が折れたのですね。と云うことで、今はバディテーピング(中指と薬指を仲良くくっ付けてテーピング)して、サンダル履いて杖をついて歩いています。

 

 私は痛みには強い方で、骨折自体は苦にならないのですが、動きが少ないためにカラダ全体の発汗量が少ないのか、トイレが近くなって困ります。また、やはり動きが足りないのか、顔がむくむ感じがして嫌です。ちょこまか上半身を動かすしかないですね。物理的にも人生的にもとにかく動いているのが好き、動かないとダメな性分でして、自分はサバ科だと思っています。私はサバ科である。くれぐれもサのあとに読点を入れないように。

 

 但しいいこともあって、考える時間はやや長くなったようにも思えます。なんとか折り合い付けて、乗り切りたいと思います。皆さまも御用心を。

 母が90歳になりました。卒寿。母は私にとって、本当に大切な人で、文字通り掛け替えのない存在です。頭脳明晰、新しもの好き、大谷翔平の大ファン、強い意見を持ち、意志が強くて、何よりも自由を大事にする、活動的な人です。株式について話すこともありますが、常に私に対して最大・最強のアクティビストは、母です。

 

 本来とっても活動的な人なのですが、近年は歳相応に色々と体に支障もあり、最近もちょっと元気がなくなることがありました。そんな時に、私の息子が母に会いに来て、母が心配する内容のことを云った瞬間に、カッと目を見開き、いきなり両手を胸の前でクロスさせてダメ出しをして、しかしそれがドーパミンだかアドレナリンを湧き出させ、俄然スイッチが入って、母は一気に元気になりました。意外な展開でしたが、ヨカッタヨカッタ。

 

 そして90歳の誕生日は、家族みんなでバルーンを持ち込み、ハッピーに過ごして、娘からのスペシャルプレゼントもあって、母はとってもとっても嬉しそうにしていました。母にはこれからもずっと元気でいて欲しいです。そして母のアクティビスト発言に、きちんと傾聴していきます!

 世界では多くの紛争が起きています。そしてその背景には、価値観の違いや宗教の違いなどもあるでしょう。このような世界の紛争に伴う人権の侵害を減らすことに心血を注いで生涯の仕事としているヨーロッパ人とその奥さま(FCと呼びます)が日本に来た折りに、お茶に興味を持ったので、詳しくは書きませんが最高の茶道体験をアレンジしました。

 

 果たして昨日その体験をしたFCから、感謝のメールが来ました。以下は、その一部の翻訳です。~「おもてなしの温かさ、一つ一つのお道具の美しさとそのしつらえ、所作の優雅さ、そしてお茶の深い味わいーそのすべてが合わさって、妻は『動きの中の瞑想』と表現しておりました。私自身も、すべての動きが丁寧に定められていながら、決して堅苦しさはなく、とても自然で心地よい体験として感じられました。」~

 

 日本文化と西洋文化は違います。部屋の造り方も材質も違います。何よりも、時間の過ごし方が違うと思います。そういった違いを肌で感じると、たといお互いの文化を無理に理解しなくとも、文化の違いを受け止め、違うものが併存することを実感できるのではないでしょうか。FCの仕事には頭が下がりますが、文化の違いを知ってくれたなら、それは彼らの仕事にも役に立てるのではないかと思いました。