A Haunting in Venice(2023 アメリカ)
監督:ケネス・ブラナー
脚本:マイケル・グリーン
原作:アガサ・クリスティ『ハロウィーン・パーティ』
製作:ケネス・ブラナー、リドリー・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ、ジュディ・ホフランド
撮影:ハリス・ザンバーラウコス
美術:ジョン・ポール・ケリー
編集:ルーシー・ドナルドソン
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
出演:ケネス・ブラナー、ティナ・フェイ、カイル・アレン、カミーユ・コッタン、ジェイミー・ドーナン、ジュード・ヒル、アリ・カーン、エマ・レアード、ケリー・ライリー、リッカルド・スカマルチョ、ミシェル・ヨー
①ポアロのゴシックホラー!
「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」に続いて、ケネス・ブラナー監督主演エルキュール・ポアロ・シリーズの第3弾。
今回は「地中海殺人事件」…ではなくて、「ハロウィーン・パーティ」という原作を元にしたオリジナルの映画化作品です。
今回の特徴は、ホラー。とにかくホラー映画調。
ことあるごとにジャーン!と大音量のジャンプスケアが鳴り響く、ものすごいベタな「ホラー映画」を、ケネス・ブラナー、すごく楽しんで撮ってる感じです。
ホラー映画以上に、「ザ・ホラー映画」になってる。
とはいえ、アガサ・クリスティの本格ミステリなので、ホラー演出のすべては「ミスリード」なんですけどね。
考えてみれば、クリスティの世界観でホラー映画をやるって、なかなか珍しい試み。
20世紀半ばのベネチアを舞台に、エルキュール・ポアロを主人公とした亡霊ゴシックホラーという、ちょっと他にない興味深いジャンルの映画になっていました。
②ベタな演出とホラーの相性
ケネス・ブラナーという人…「オリエント急行」でも「ナイル殺人事件」でも書きましたが、基本的にかなりベタな演出をする人です。
そこは、シェイクスピア俳優という出自による個性かな。
なんか今どき珍しいくらいの、正攻法のド直球。「古臭い」「陳腐」と感じるスレスレくらいの。
雷ドーン! ドアがバターン!みたいな。ホラー演出にしても「自分の顔に下から懐中電灯当てる」みたいなベタを、堂々とやっちゃう。
古典的ホラー映画としては、ベタな演出は相性がいいとも言えます。かえって、一周回って新鮮かも。
若い世代の人気に軽快に乗っかるキャスティングも潔いくらいで。1作目「スター・ウォーズ」のデイジー・リドリー、2作目「ワンダーウーマン」のガル・ガドットに続いて、「エブエブ」のミシェル・ヨーがキーパーソンになっています。
で、ポアロの映画化をやってる割には、あんまりミステリに興味もない…というのも毎回感じるんですよね。
「オリエント急行」も「ナイル殺人事件」も、アリバイの検証とかトリックの解明とかの、謎の構築と解明の部分はやけにぞんざいでした。
今回は…その2作に比べれば丁寧な印象。そこは原作から大きく離れて、ほぼオリジナル脚本と言えるものになっているので、密室殺人の解明、意外な犯人の指摘など、割とじっくりと描かれていた印象です。
ただやっぱり、「ポアロがなぜ真相に気づいたのか」は本作でもよくわからなかったな。
かなり乱暴な密室殺人の解決の仕方や、「毒」があまりにも万能だったりするのは、うーん…という印象ではありました。
③失われた20世紀のベネチアの美しさを再現!
ケネス・ブラナーのポアロ、これまでの2作では事件そっちのけで、とにかくポアロを描くことに注力している印象でした。
それこそシェイクスピア悲劇のキャラクターのように、ポアロという人物像を描き出す。
そういう意味では、今回は「混乱するポアロ」の巻かな。
心霊現象という、彼の信じてきた世界観に真っ向反する事態を前にして、引退直前のポアロが揺さぶられる。ポアロ、アイデンティティの危機。
あともう一つ、ケネス・ブラナーがこだわっていると思われるのが、舞台となる国の風景や時代背景も含めた「ポアロ物語の世界を映像として描き出す」ということ。
「オリエント急行」での、黄金時代のイスタンブールを発進する豪華列車の美しさ。
「ナイル殺人事件」での、ナイルに浮かぶ豪華クルーザーというその時代ならではの絵面。
今回は、最初と最後に登場する「20世紀のベネチア」の風景と。
それに本編のほとんどを占める、「嵐に閉ざされたゴシックな水上の館」のムードですね。
CGが多用された映像ではあるのだけど。「今は失われた風景をスクリーンに再現する」こともまた、映画の醍醐味の一つではありますね。
特にエンディングの、空撮でぐるぐる回って見せるベネチアの映像はうっとりする美しさで、これだけで元が取れた気がしましたよ。